クリスマス記念小説
「ねえ・・・貴女は、”サンタクロース”の存在を信じるかい?」
そう、幼い私に彼は言いました。私は当時、よく質問の意味が分からなかった。考えてもみて欲しい。あの頃はまだ私は幼稚園に通っていた年齢だ。そんな子供にあんな質問されても答えられるはずが無い。
それにその年代の子供はまだサンタクロースの存在を信じているのが普通だ。私も例に漏れずその存在を信じていた。だから、私はその質問にこう答えた。
「さんたさん~?うん!もちろんしんじてるよ~!」
そう答えると、私の目の前に居る男の人、・・・いや男の子かな?、私より5歳ほど上の男の子が答えを聞き、微笑を見せた。
「そうかい・・・。因みにどんな人だと思うんだい?」
私の頭を撫でながら、その男の子は聞いてきました。当時から頭を撫でられる事が好きだった私は、男の子の撫で撫でで眼を細めて撫でられ続けていたに違いない。そして恐らくだが、こう質問に対する答えを返したんだと思う。
「え~とね~・・・。よいこにぷれぜんとをくれる、かっこいいおにいちゃんみたいなひとだとおもう!」
それを聞きその男の子は目を見開き、そして今度は年相応の笑顔で私を褒めてくれた。
「・・・そうか。ありがとうね、お嬢ちゃん」
「む~!?わたしのなまえは”おじょうちゃん”じゃないよ!わたしのなまえは”ともえ”っていうの!」
「ははは・・・。そうかい、悪かったねともえちゃん」
「わかったらいいの!それと、おにいちゃんのなまえはなんていうの~?」
「僕かい?僕の名前は__っていうんだよ、ともえちゃん」
「__?__お兄ちゃんってよんでいい~?」
「良いよ、ともえちゃん」
そう言って彼はずっと私の頭を撫でながら笑っていた。そうして私は頭を撫でられるのが段々心地よくなってきて、瞼が落ちて来る。
「おやおや・・・。眠いのかい?ともえちゃん・・・」
「うんうん・・・おねむ、じゃ、ないよ~・・・」
「全く・・・。眠いんなら素直に言いなよ」
「・・・うん」
「本当は、眠たいんでしょ?」
「うん・・・。ねむたいの・・・」
「そう、じゃあ僕のお膝の上でお休み」
「うん・・・。ありがとう__お兄ちゃん」
「ああ・・・お休み、ともえちゃん」
そうして私は__お兄ちゃんの膝の上で眠った。次に眼が覚めたときはお父さんの背中に背をわれており、__お兄ちゃんの事なんて忘れてしまっていた。それもその筈、お兄さんに会ったのはたったの一度きりであり、しかも年齢が幼かった為に特に記憶が欠落しているのだ。
お兄さんはお父さんの方の血筋の親戚で、昔冬休みを利用してこっちに遊びに来た時に一度会ったきりで、私がお兄さんの地元に遊びに行く事は終ぞ無かった。
そもそも最近昔の夢を見たから、お兄さんの事を思い出したのだ。しかし、お兄さんの名前は思い出せない。何故だかお兄さんの名前の部分だけ記憶に霞が掛かったかのように思い出せないのだ。私はこれは幼い時の記憶だから欠落しているんだろうと決め付けていた。
普通はそう思うだろう。通常、人間は5歳前後、特に以前の記憶が曖昧になってくるからだ。それは年が経つにつれて顕著になってくる。私も今年で22歳。残念ながら私の記憶力も世間一般における『普通』と類されるレベルなので、殆どあの頃の事は覚えていない。
しかし、何故今になってあの頃の夢を見たのだろうか?私は答えが出なかった。・・・この時に何故今になってお兄さんの事を思い出したのか、自分なりに結論を出しておけばよかった。今日が、そして、あの時お兄さんとサンタについて話したのが何日だったのか。それさえ思い出していれば・・・。
「う~~。今日もお仕事疲れたな~」
「何言ってるのよ・・・。今日は何時もよりマシだったじゃないの」
「うわっ!・・・何だ~、レナか~」
「レナか~って、その発言は失礼じゃないかしら?」
「何言ってんのよ~。私とレナの仲じゃないのよ~」
「親しき仲にも礼儀ありと言う諺を知らないんじゃないかしらこの子・・・」
はぁ~、とため息を漏らすのは、私の同期のレナ・M・竜崎。彼女は父親が英国人で母親は日本人のハーフで、そのスタイルは流石は父親が英国人だなと思うくらい西欧人風のスタイルである。
しかし、その中にも大和撫子よろしく相手を立てる謙虚な心が垣間見える、両方の良い所を欲張って受け継いだ子なのだ。見た目が英国人の血を濃く受け継いでいるのに、相手を立てる謙虚な心とのギャップが職場の同期や先輩達にモテている。
そんなレナのスタイル抜群な身体を一度見て、私の身体を見て、もう一回レナの身体を見て
ため息を吐く。そんな私にレナは呆れたような声で私に言ってくる。
「行き成り黙り込んで私の身体と智恵の身体を見比べて落ち込むの止めてくれない?確かに私はパパの血が濃いからプロポーションも西欧風だけど、智恵だって日本人の平均から見たら断然スタイル良い方じゃない」
「五月蝿いのよ~。人とは、得てして自分が優れていたとしても、他に自分以上に優れている人が居れば、その人を羨む生き物なのよ~」
「出た、智恵の哲学的主張!」
一日一回は智恵のその主張を聞かないとね~、とレナが笑いながらそう私に言ってくる。豪快に笑っている筈なのにその中にそこはかとなくある気品は、レナが質の高い教育を受けている証なのかも知れない。
「全く・・・。別に毎日は言ってないでしょ~?」
「・・・自分では分かってないみたいね。智恵、私と話しているときは確実に毎日言ってるよ・・・」
「えっ・・・。全然気がついて無かったよ~・・・」
何と私は毎日親友にこう、中学二年生と言う思春期真っ只中の男の子が言うような語りをしていたようだ。・・・自覚すると恥ずかしくなってきて、私の顔に血液が集まっていくのが分かる。
「ふふっ、智恵何恥ずかしがってるのよ~」
「だ、だって~・・・。親友に偉そうに語ってたなんて自覚したら、誰でも顔が赤くなるでしょうが~」
フカーッ!と猫の威嚇の様な声を上げて、照れを誤魔化すようにレナに対して叫ぶ。するとレナは、まるで子供が可愛い物を見つけたときのような顔をして私を抱きしめた、って!
「ちょ、ちょっとレナ!何で私を抱きしめてるのよ~!?」
「何でも何も無いわよ~!こ~んなに可愛い智恵を抱きしめない筈が無いじゃない!こんなに可愛い智恵を抱きしめないで良いのだろうか、いや!抱きしめるべきだ!」
「反語まで使うなんて・・・相当なのね、今の私って・・・」
ワシャー!と猫可愛がりみたいな感じでの頭を撫で繰り回すレナ。私はそれを止めもせずに、唯なすがまま、されるがままにしておいた。こうなった時のレナは長いのである。これは以前にも似たようなことをされて経験済みである。
それからレナの気が済むまで撫でられて(と言っても30分位あのままであったのだが)、やっと解放して貰えた。レナの肌は心なしツヤツヤしており、対照的に私の肌は少しげっそりとしている感じがする。
仕事が終わってタイムカードも押さないで、私たち何してるんだろう・・・。ふと今私の頭に思い浮かんだ。それにまだ仕事をしている人たちも居るのにこんなに騒いで怒られるんじゃ・・!そう思った私は周りの同僚たちの顔を見渡す。
すると、皆苦笑いをしているだけで、私が思っていたような人は一人も居なかった。その事に疑問を覚えた私。そんな私にレナが話しかける。
「何、今更?私と智恵が仕事終わりにこういう風にじゃれているの大体毎日してるから、もう皆慣れたって言ってたわよ」
「怒られないから良いんだけど~、慣れられたって言うのも何か複雑だよ~!」
私がそう叫びながらもう一度周りの同僚を見ると、同期と年の近い先輩達は私達から露骨に眼を逸らし、部長や年の離れた定年に近い先輩たちはこちらを生暖かい目で私たちを見守っていた。私はその視線に恥ずかしくなって急いで自分の帰り支度を始めた。
「ちょっと~!恥ずかしいからって急に帰り支度しないでよ~!私まだ仕事少し残ってるんだから~!」
「ならさっさと仕事をしときなさい!私は帰らせていただきます!」
おつかれさまです!!と私は叫びタイムカードを乱雑に押してオフィスから逃げるように去っていった。後ろで何か少し言っていたような気がするが私には聞こえなかった。
~~智恵が出て行って直ぐのオフィス~~
「はぁ~・・・。ああ言う所、やっぱりまだまだお子ちゃまだね~智恵は・・・」
「いやいや・・・。レナさんみたいに智恵さんは図太くないんだと思いますよ?」
「あっ!蓮杖先輩!?私だってそんなに神経図太くないですよ~」
「そんなこと言って・・・この前も1万人の前での初司会にも全然慌てず動じずこなしてたくせによく言うよ」
「あ、あれは!・・・私、図太くなんか無いもん」
「ちょっ!涙目になってこっち見ないでくれよ!ほら、周りの皆の視線も俺に対して冷たくなってきてるから!」
「原因は蓮杖さんじゃないですか~・・・」
「ごめんって、言い過ぎた・・・。どうしたら、許してもらえるかな?」
「・・・じゃあ、この後飲みに連れて行ってくれて奢ってもらえるのなら、許します」
「はいはい、それで許してもらえるなら喜んで連れて行きましょう」
「・・・絶対ですよ?」
「大丈夫、俺がこういう約束事で嘘吐いた事あった?」
「・・・なかったです」
「ほらね?じゃあさっさと仕事を片付けて飲みに行こうか」
「・・・はい!」
~~智恵帰宅~~
「ただいま~・・・って今は一人暮らしだから返事がかえってくるはず無いね~」
これで帰ってきたらただのホラーよね。そう呟き部屋の電気をつける。私が今住んでいるのは、家賃5万円の1LDKである。部屋の中には必要最低限の家電と家具、それに仕事で使うために自分の給料で買った最新のPCとプライベート用のPCがリビングにおいてある。
リビングにある椅子にスーツの上着をかけ、ワイシャツのボタンを2つほど開ける。そして洗面所に行き手洗いうがいを済ませ、リビングに戻り冷蔵庫からお茶を取り出し戸棚からコップを取り出しお茶を注ぎ込む。
お茶を手に机に戻りテレビをつける。しかし最近のテレビ番組はあまり面白く無い為、直ぐにテレビを消す。そして帰りに予め買っておいたお弁当を開けて食べる。買ったお店で温めておいて貰っているのでまだ暖かいそれを私は食べる。
何時もは自炊するのだが、今日は何となく弁当を買って見た。自分でも何故だかは分からないが、今日は買った方が良いと自分の中の何かが囁いたために弁当を買った。・・・次の日、朝起きて一食分の食材しか残ってなくて昨日の勘が正しい事に気付くのは完全なる予断である。
ご飯を食べ終わり、使った箸とコップを洗い拭いてから元有った場所に直しておく。そして脱衣所に着替えを持って行き、今着ているスーツを脱いでそこに置いてあるハンガーにかけておく。他の衣類は洗濯機に入れてお風呂に入る。
お風呂の描写?残念だけど女性のプライベートな所はカットよ。30分ほどでお風呂から上がり、濡れた身体を拭き置いてある着替えを着る。そしてドライヤーで髪を乾かし再びリビングに戻る。
それから明日の仕事で使う資料作製に取り掛かる。と言っても2週間ほど前から準備していた為、後は細かい所の修正などの最終チェックのみだけだが。それも1時間ほどかけて隅々までチェックし終わり、そろそろする事がなくなって来た。
取り合えずデータを仕事用のUSBメモリーに移し、仕事用のPCをシャットダウンする。その後プライベート用のPCの電源を点けてネットサーフィンをする。今は日常を舞台にした一次小説を読むのに嵌まっていて、今日もお気に入りの作者さんが更新したかを確認する。
残念ながら今日は更新していないようなので、他のサイトを渡り歩く。それも時計の針が12時を過ぎるまでにしておく。明日は何時もより少し早く出勤しないといけない為、何時もより早くPCを閉じる。
そして歯を磨き、寝巻きに着替えて寝室に向かい目覚ましのタイマーを何時もより1時間早くセットし、眼を瞑る。何時もと同じ様な朝を迎えられると思い。
「・・・あれ?ここは、どこ?」
今私は360°何処を向いても真っ白な空間に一人で居る。可笑しい・・・。私はさっき自分の家の布団に入って寝たはずだ。なのに、どう言う事?全く分からない。
「とにかく、ここから早く出ないと・・・」
「大丈夫さ、僕の用事が終われば勝手に帰れるから」
私の呟きに誰かが返答をしてきた。それに驚き、私は直ぐに声のした方に振り返る。そこには、私より3,4歳上の、格好良いというよりはどちらかと言えば可愛いと言える、男性が立っていた。しかし・・・私は彼とは初対面の筈。なのに、なのに何故なのだろう・・・。
私の深い所の『何か』が、彼を『知っている』と叫ぶのは。
「あ、貴方は・・・」
誰ですか?その言葉を私は飲み込んだ。今、ここでそれを言ってしまうと、何かが壊れると警鐘が鳴っている。でも、私は彼が誰なのかを知りたい。どうすればいいのだろうか・・・。
「うん?僕かい?・・・まあ覚えてないのは無理ないよね。僕と智恵ちゃんが会ったのは一度きり。それももう20年近く前の事だ。それで覚えていろって言うのは、それこそ幽霊が存在するかどうかの証明をしろって言うくらい無理な話さ」
そう言って儚げに笑う男性。でも、今彼はなんと言った?私と一度きりとは言え会った?・・・・・・!もしかして、
「もしかして・・・智お兄ちゃん?」
父方の親戚の智お兄ちゃん。今日、いや昨日か、の夢で見たお兄ちゃん。何故かあの時は思い出せなかったお兄ちゃんの名前も、今ははっきりと思い出せた。しかし、何故私は智お兄ちゃんにこんな所に呼び出されたのだろう。だって、智お兄ちゃんは確か、
「死んじゃった筈、って言いたいのかな?」
「そう、だけど・・・。もしかして、私の心読んでる?」
「うん。ここは夢の中だからね。コレ位は出来ても不思議じゃないでしょ?」
まあ確かにここが夢ならそれは不思議ではないかな?
「取り合えず、何で僕が智恵ちゃんをここに呼んだかだったね」
「うん・・・。ここが夢なら何で死んだ筈の智さんが出てきて、しかも感覚がリアルなのかの説明がつかないもん」
そう、さっきまでは説明をしていなかったが今私の五感は妙にリアルなのだ。もし、ここが夢ならば感覚はあまり無いのが普通だと思うんだけど。
「ここはね・・・一応は智恵ちゃんの夢の中だよ」
「だとしても・・・」
「分かってるよ。五感があるのは可笑しいよね。・・・今日が僕の三周忌さ。親元を離れて遠くで忙しく働いている智恵ちゃんは来れなかったよね」
「う、うん・・・。明日も朝から早かったし最近は仕事も順調だったから、行けなかったんだ。ゴメンね、智さん」
「いやいや、それは仕方ないから良いんだよ別に。・・・だからね、ここには昔にした質問をもう一度智恵ちゃんに投げかけようかなって思ってきたんだ」
「昔にした、質問?」
「うん・・・。貴女は、」
そこで一度言葉を切る智さん。そして再び言葉を紡ぐ。
「貴女は、サンタクロースの存在を信じますか?」
「あっ・・・」
その質問は、あの夢で見た質問だった。
「私は・・・」
今は勿論サンタは信じていない。小学4年生くらいには、両親がプレゼントを私の枕もとに置くのを見てしまったために私はサンタクロースの存在を信じなくなった。しかし、それと同時に本当にサンタクロースは存在しないのか?それも疑問に思った。確かにサンタクロースの原型となった人は居た。しかしその人を本当にサンタだとは言えない。
しかしサンタクロースが居るかは、その人の思い込みだと思う。居ると思えば本当に居るのだろうし、居ないと思えばその人の中からは居なくなる。私はそう思っている。だから、私がここで返す答えは、
「私は・・・サンタクロースは居ると信じているよ。・・・きっと、智お兄ちゃんみたいな人なんだろうって、そう信じてる」
そう言うとお兄ちゃんは前みたいに少し驚愕し、それから笑みを浮かべる。
「そっか・・・。相も変わらず、眩しい意見だね、智恵ちゃん」
「・・・ありがと、お兄ちゃん」
「うん・・・。さて、これで心残りも無くなったよ」
「・・・もう、行っちゃうの?」
「うん・・・。時々で良いから、僕のお墓にも来てね?」
「・・・うん。ちゃんと一年に一回は行くね」
「ありがと。・・・じゃあ、僕みたいに親不孝したらダメだよ?」
「大丈夫ですよ・・・。また、会いましょうね?」
「うん・・・また、ね?」
そうお兄ちゃんが告げると、急に私の意識が遠のいていった。ああ・・・これは本当に夢だったんだなぁ~と思った瞬間、完全に私の意識は途切れた。
目を覚ませばそこは何時もの私の家。時計も目覚ましが鳴る5分前だ。しかし何時もと違う物が枕元にはあった。そこには小さな箱が、綺麗にラッピングされていてその近くにクリスマスカードも置いてある。
私はそれを手に取りクリスマスカードを開き中身を見る。それを見て私の顔はきっと緩んでいるのだろう。クリスマスカードを持ち机の上に置き、鼻歌を歌いながら洗面所に行く。
朝日がキラリと差込み、部屋を照らす。机の上のクリスマスカードに光が当たる。そこにはメッセージが書かれていた。そのメッセージとは。
『メリークリスマス 智恵ちゃん 今年も良い子にしていた智恵ちゃんにプレゼントさ
喜んでくれたら幸いだよ お兄ちゃんより』