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MONO  作者: 浅霧猫ノ輔
壱章 悪意の序章
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壱−5  仲間


「⋯⋯ろ!⋯⋯⋯おい⋯」


 波の音と一緒に誰かが呼びかけている声がする。シーラフィーナは鬱陶しそうに寝返りを打った。


「なんだよ、かあさん⋯⋯」

「誰が母さんだ! 起きろ!」

「アダッ」


 額に鋭い痛みが走り、意識が戻る。デコピンを食らったらしい。目を開けるとすぐ近くに脂ぎったソンプの顔があった。


「目覚めてすぐにこの顔とか⋯⋯⋯⋯見たくなかった」

「聞こえてるぞ!」


 憤慨する彼から逃れて立ち上がる。すると身体から見覚えのない布が滑り落ちた。尻についた砂を払いながら拾い上げると、ハルヴァのローブに似た刺繍が施されていることに気づく。これはどうやら彼が掛けていったようだ。海沿いだからシーラフィーナが風邪を引かないように掛けていったのだろうか。敵のくせに奇妙なことをするものだ。


「嬢ちゃん、よくバスティアンのログハウスの近くで寝れるな。肝座りすぎだろ。怖いわ」

「いや寝ようと思って寝たわけじゃないんだけど⋯⋯そのバスティアンは?」

「今街の若いの数人とガストさんで問いただしてるところだ。だが何度聞いてもとぼけるばっかりでよ」


 昨夜シーラフィーナが腰掛けていた木箱に手足を縛られたバスティアンと思しき男が座っている。その周りを取り囲む屈強な男たちの顔つきは険しい。泣き喚くバスティアンを睨んで怒鳴る。動けないのをいいことに足で蹴り上げ殴り、まるでリンチだった。

 その様子を見てソンプは不安を口にする。


「⋯⋯魔力管はわざと描かなかったんじゃなくて見落としちまっただけなんじゃねぇか? 俺だってわからなかったんだしよ」

「おっさん寝ぼけてんの? あんなに正確に模写できる画家が見落とし? ありえないでしょ。それにログハウスの二階見た?」

「見てないが⋯⋯まさか入ったのか? 命知らずなやつだな、おい」


 騒がしいバスティアンは被害者面しているが、彼の家に被害者の身体の一部があったことは紛れもない事実で彼が一連の事件の犯人である証拠以外のなにものでもない。リンチは間違っているけれど、それだけ街の住民の怒りが大きいということだ。

 しかしシーラフィーナもソンプの気持ちが分からないわけではない。命を救う仕事を誇りに思っている彼が公然と行われる暴力を黙認するのは心苦しいことだ。


「お兄さんたち、そこまでだ」

「なんだッ!?」

「縄!?」


 〈黒縄こくじょう〉をだして若者を取り押さえる。シーラフィーナにとって使い慣れた魔法は杖さえあれば詠唱がなくとも行使できる。ただ、この魔法を使うと昨夜の戦闘が蘇ってきて苛立ちがつのる。

 痣持ちだろうとどれだけ研鑽を積もうと上には上がいる。強い魔法使いを相まみえるのは好きだ。自分より強い者と戦うのはワクワクする。

 けれども、同時に自分の未熟さに落胆する。伸びしろがあるといえば聞こえがいいが、それを埋めるのにどれほど時間がかかるだろうか。もしも背後に誰かがいたとき、自分に守りきれるか。断言できないことが歯がゆくてならない。


「ハハッ ありがとうございます、お嬢さん」

「うわ、助けなきゃよかった」

「そうおっしゃらず。あなたのおかげで私の尊い命が助かったのでございますから」


 奇抜なシルクハットをかぶった男がにこやかに礼を言う。泣き喚いていた先程の様子が嘘のように、彼は余裕のある態度で握手を求めてきた。


「改めまして、皆さんごきげんようでございます。フラジールが四番、バスティアン・タンゼンローと申しますでございます」


 フラジール。ハルヴァも言っていたがなんの組織なのだろうか。番号はただの識別か序列か。何にせよ胡散臭い組織なのだろう。魔法協会に追われているようだし、関わるとろくなことにならない。ここで叩きのめして協会に引き渡すが吉だ。


「君の魔力はアレだ。管属性、そうだろ?」

「⋯⋯」

「君が集めてたヒトのパーツは全部管状だった。魔力管も腸も。お前、管に作用する魔法を持ってるな? 対象の管の部分を破裂させればまるで内側から食い破られたように見える」

「ほう、随分勘のいい方がいらっしゃるでございますね」

「いや見たまんまじゃん。馬鹿にしてる?」


 シーラフィーナは悪態をついて虚勢を張ってみるが、対峙しただけで相手のほうが何倍も格上の魔法使いだと悟る。彼から漏れ出す魔力は肌を刺すような硬質さを持ち、間合いを詰めようにもどこにも隙がない。民衆に捕まったのもわざとだろう。いったい何が目的でこんなことをするのか。あしらわれているようで気に食わない。


「管属性魔法〈虫食い〉」


「がっ」


 バスティアン杖を振るうと、シーラフィーナは身体の中で何かが破裂するのを感じた。口から少量の血液を吐く。見た目以上に痛みを伴い、彼女は膝をついた。魔力はまだ流れるから魔力管を攻撃されたわけではない。バスティアンは〈虫食い〉と言った。四人の被害者の遺体からしてこの魔法は内側から虫と称するモノに食い破られると推測する。吐血していることから血管を切られたのは確かだが、食道か胃か。どちらにせよ早く対処しなければ切れ込みが進行する。


 必死になる彼女をせせら笑う男はモデルのような歩き方で彼女に近づく。


「この世に生きとし生けるものみなすべて私という命を飾り付けるもの! 虫けらをすり潰して羽毛や羊毛に色をつけ私の服とする! 動物の歯や牙をピカピカに磨き上げて私の身体に埋め込み、私の輝きに加える! 目玉や血は私ののどを潤し肌を若々しく保つ! 肉や臓器は食になり皿になり帽子になりストールになり靴下になり! なりなりなりっ! 余すことなく全てを私に活用してやる私の寛容さ! あぁ、いい! 実にいい!」


 イカれサイコパスの脳内は誰にも理解できない気色悪さで埋め尽くされていた。腕を広げ鼻息荒く興奮している。やたらめったら装飾の多い服装だとは思っていたが、芸術家というものは常人の理解を超える。


『魔法使いの国を創る』


 その願いを叶えたくて彼女は立ち続けてきた。相手が帝国だろうが魔族だろうが踏み台にして夢の国を創りたいという思いは年々強くなる。くだらない思想は必要ない。魔法にあふれた麗しの国を。恋焦がれるほど魅惑的な理想の世界を。


「そ、れを阻も、うなんて、野暮だろ、うが」


 ブチブチと身体の中で何かが蠢いて肉を食い破る音がする。その何かとは、人間が生まれながらに有するもので生きるためになくてはならないはずのもの。それが自身を攻撃するとはなんて皮肉なのだろう。

 腹が熱い。外傷はないが中身はもう大惨事だ。彼女に攻撃を仕掛けたらしい男は口端をつり上げて愉快そうに笑っている。実に腹立たしい。


「くっ⋯⋯ふっ、私を」


 細い杖に縋りついてでも立ち上がらなくてはならない。こんな奴に屈するなどあってはならない。彼女が彼女であり続ける限り、絶対に許してはならない。


「天才魔法使い、シーラフィーナ・シーフェッツ様をなめるなよ、クソ外道」


 痛みに耐えながらも、彼女は不遜に笑ってみせた。


 周囲に緊張が走る。ガストもソンプも固唾を呑む。

 突然、バスティアンの頭が潰れた。頭上から重たい踵が落ちてきたのだ。骨の折れる音が響き、不細工な顔を晒して彼は蹲った。


「身体をバネ状の管にして耐えたか。さっきので死んでおけよ、モンスター」

「ハルヴァ!?」

「よぉ面白そうなことやってんな。俺も混ぜてくんない?」


 踵落としの主はハルヴァだった。相変わらず暑い中ローブを着てフードまで被っている。汗はかいていないようだが、バスティアンといいハルヴァといい、フラジールというのは変態の集団なのかもしれない。


「待ち合わせしようとか言ってきたのテメェだろうが! ドタキャンしてんじゃねぇよ! するなら連絡くらいしやがれ!」

「ガハッ すみませんでございます。私、迷子になったもので」

「迷子ォ? 一ヶ月も滞在しといて?」

「お恥ずかしながら、でございます」

「それでこの騒ぎを起こしたのか。お前ほんっと馬鹿というか考えなしというか」


 バスティアンを踏みつけにしながら彼は周囲を見回した。屈強な男たちに取り囲まれ睨まれている。目の前には昨夜戦ったシーラフィーナが杖を構えて臨戦態勢で警戒しており、平和とは程遠い光景だった。


「で、今何やってんだ? 喧嘩か?」

「これがそんなかわいいものに見えるなら眼科の受診をお勧めするでございます」

「お前の目玉潰してやるよ。こっち向きやがれ」


 アイアンクローのごとく顔をつかむと彼はひとさし指をバスティアンの目に押しこんだ。良い子は真似してはいけません。


「昨日の感じだとまだ話がわかりそうなのに、君はなぜフラジールとかいう胡散臭い組織に所属してるんだ? そこの芸術家みたいな狂気とかも感じないけど」

「あー、成り行き? 魔法協会の奴らに追われてたらじゃあ入りなって言われて入会? そんな感じ」

「じゃあそっちにつく理由はないんだ? こっちでもいいってこと?」

「まぁそうだな。何? 俺を勧誘してる? まぁバスティアンに勝てなそうだもんな、今んとこ」

「⋯⋯ムカつく言い方しやがって」

「条件次第ではついてやらんこともないぞ?」


 逃げるバスティアンの首を腕で挟み絞めつけ、彼は余裕のある表情であごを突き出し笑った。シーラフィーナはその情景を見ながら淡々と、しかしもったいぶるように言葉を切る。


「こっちには」

「こっちには?」


 金か女か。身なりの良い彼女なら援助者かあるいはその元手に心当たりがあるのかもしれない。それなら彼の望むものが出すことができる。つまり今彼女がハルヴァの利になるものを提示できれば、その結果如何によってこの勝敗が決まる。ソンプは両手を合わせて祈った。


「猫天国がある」


 沈黙が降りる。予想もしていなかった言葉に周囲は唖然とした。そんなものでつられるバカがどこにいる。ソンプは交渉破綻の未来が見えて額に手を押し当てた。


「マジで?」


「食いつくのかよ!?」

「いやだって猫だぜ? 世界のお猫様だぜ?」


 ハルヴァはどこまでもハルヴァである。シーラフィーナもテキトーんい言った言葉が彼の琴線に触れるとは思っておらず、さすがにそんなものでつられる彼に引いた。


「よしわかった。仲間になろう、シーラ。俺は今からお前の仲間。このカスの敵」


(⋯⋯ちょっろ)


 手のひらを返したハルヴァはシーラフィーナの横に並んでバスティアンを指さした。コペルニクス的転回である。彼は柔軟な思考の持ち主だった。己の欲に忠実とも言う。

 ハルヴァがシーラフィーナに手をかざすと、たちどころに傷が癒えていく。痛みがスッと消え楽になった。雷属性魔法にこんな治癒術があるのかと驚く。やはり魔法とは面白い。笑顔になるシーラフィーナとは対照的に、バスティアンは胡乱げな視線を裏切者に向ける。


「ハルヴァ。どういうつもりでございます? フラジールを裏切るのでございますか?」

「そうだなぁ。そうなんのかな?」

「なぜでございます?」

「いやだってさー、猫天国あるっていうし。あとゴザイマス君生臭いし」


 鼻をつまんで舌を出す彼にバスティアンは攻撃を仕掛ける。彼は軽く飛び上がって薄ら笑いを浮かべた。魔法使いの攻撃は目に見えるものなら避けることが可能だが、バスティアンのように体内に直接攻撃しかけてくるようなものは避けようがない。

 しかしシーラフィーナはハルヴァがその攻撃を避けるのを見た。詠唱や杖の補助を使わないことも含めて彼は得体が知れない。敵に回さなくてよかったと心底思う。


「攻撃は当たらないと意味がないんだぜ?」

「ムッキャァァァアア!!」

「うるさっ」

「もう怒りましたでございます! 管属性魔法〈折重管路せっちょうかんろ〉!」


 地面に置いた彼の両手の下。腹に響く音を立てながら何かが上へ上がってくる。地面が揺れ、皆立っていられなくなり膝をつく。すると足が何かにつかまれたかのように動けなくなった。引きずりこまれるわけではないようだが、代わりに下から生えてくる土の壁に覆われ分断される。


「ここからがSHOWの始まりなのでございます」


 シーラフィーナは土の壁によって遮断されるまで気味悪いバスティアンの顔を睨めつけた。



シーラ  「猫好きって結構いるじゃん」

ハルヴァ 「俺が犬好きだったらどうすんの?」

シーラ  「お前が犬好きなわけがない。そんな顔してないし」

ハルヴァ 「犬好きじゃない顔ってどんな顔だよ」

シーラ  「私は犬好きだからな。わかるんだよ」

ハルヴァ 「⋯⋯なんなの? お前」


作者は猫好きですが、犬なら大型犬が好きです


皆さんはどちら派ですか? 


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