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MONO  作者: 浅霧猫ノ輔
壱章 悪意の序章
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壱-4  ハルヴァ


 瓶の中のソレらは被害者のものと見て間違いない。ラベルにはそれぞれの名前が書かれており、どの瓶も違う人物のものであった。全部で七つ。つまりこの街で殺された四人以外に少なくとも三人の被害者がいるということだ。

 すぐ隣の棚の戸を開けると、中には小瓶が並ぶ。封印結界がなされたその中身は被害者から搾り取ったであろう血液が所狭しと置かれている。封印結界は難しい結界術だが習得してしまえば応用が簡単で、人の頭部ほどの小さなサイズのものなら時間を止めることすらできるようになる。バスティアンはそれを可能としたようだ。

 こんなおぞましいことに魔法を使うなど虫酸が走る。シーラフィーナは憤った。


 ログハウスにバスティアンの姿はなく、海辺へ向かったのかと姿を探してみたが誰一人いない。仕方なくシーラフィーナはガストの家へ戻ることにした。昼に見たときはきらきらと輝いていた海が、今夜は黒く濁って見えた。


 堤防に設けられた階段を上がると、そこに頭から足まで全身真っ黒な男が一人佇んでいた。見覚えのある魔法使いの男だ。堤防の下を見下ろすような姿勢でもたれているということは彼女の先ほどまでの行動を目撃していたということ。

 シーラフィーナは薄く笑って彼に近づいた。


「そのローブ、しゃれてるね。どこで買ったの?」


 シーラフィーナの無地のローブとは違って彼のローブは裾や袖、フードに刺繍が施されていた。白糸や銀糸で精巧にデザインされており、見た目からして相当な値打ちのしそうな代物である。彼は袖の刺繍に手を当てると、嬉しそうな声で笑った。


「これ、俺が作ったやつ。けっこう売れ行き良くてな」

「へぇ⋯⋯すごいね。私は昔刺繍の稽古あったけど秒でやめた」

「針仕事は苦手か?」

「不器用なわけじゃないけど興味なくてさ」


 その声や口調は昼間ともに大脱出を試みた青年のもので。いつのまにか姿を消した彼がこの殺人に関与しているであろう刺繍のローブの魔法使いと同一人物であることに少なからず驚きが隠せない。シーラフィーナは眉根を寄せた。

 フードを目深にかぶっているおかげで顔はよく見えないが、シャープな顎と不敵に笑う口がのぞいている。彼は堤防に腰掛けると、向かい合うように置かれた木箱を手で示してシーラフィーナに座るように促した。


「この街に来るまではフード取らなかったのに、今はもういいのか?」

「何が言いたい?」

「わかるだろ?」


 シーラフィーナが彼を目撃していたように彼もまた彼女を警戒していた。白磁のような肌をなでるように柔らかな黒髪が海から流れる風に揺れる。キメ細かな肌や絹糸のような髪は極上で、それらひとつひとつの要素が彼女の魅力を増している。痣があることを除けば誰もが認める美人である。

 この世界では忌み嫌われる黒髪と黒眼を併せ持つ彼女は死んだ魚のような、まだ眠たそうな半眼で目前の彼を眺めた。彼はシーラフィーナがこの黒髪を隠していたことを指摘しているのだ。


「いいんだよ。ガス爺はこの黒髪を見て何も言わなかったし。恩人が気にしないならいくらでも見せてやるよ。それで君は? 私と同じような理由なんだろ?」


 挑発するように顎を突き出すと、何を思ったのか男は腹を抱えて笑い出した。当惑するシーラフィーナを放って一人で笑い転げる彼は異様だった。

 ひとしきり笑って落ち着いた彼はようやく口火を切り、シーラフィーナはめんどくさそうに意識を向ける。


「なぁ知ってるか?」

「知らん」


 態度の悪い仏頂面の少女に笑いつつも、彼は朗らかに話を続けた。


「10グラムの鉛筆が一個、世界から消えるだけで帝都ほどの範囲が弾け飛ぶらしいんだよ。ロマンがあると思わねぇか?」

「話題を統一しろよ⋯⋯で?」

「実践してみたくねぇ?」

「君がその中心で弾け飛んでくれるなら話に乗るのも吝かではないよ」

「何、俺と心中したいのか?」

「勝手に死ね」

「大胆だなぁ」


 彼は肘をつき、向かいに腰掛けている少女のこの世界のすべてをコケにしたような欠伸を見つめて明るく微笑む。少女は自身の親指にはめているサイズの合わない立派な指輪を回しながら、彼の顔を盗み見た。


(頭沸いてんなぁ)

(欠伸で顔面終わってら)


 年頃の男女だというのに二人の間には色気のいの字もない。互いを危険だと意識して腹の探り合いが始まった。痣持ちの魔法使いと推定犯罪者の化かし合いである。


 そよそよと海風が頬をなでて去っていく。シーラフィーナは相対する男の挙動に注意しつつ、周りを観察した。

 彼女の背後には民家や店仕舞した後の露店が並ぶ。道の真ん中の木箱に座る彼女から男までの距離は一から二メートルといったところか。遮蔽物なし、視界良好。民間人は皆戸締りして家の中だ。巻き込む心配はない。

 シーラフィーナの警戒心を察した男は、手を叩いてにこやかに笑った。


「自己紹介でもするか。俺はハルヴァ。魔法使いだ。副業は刺繍職人。よろしくー」


 バスティアン本人ではないのか、別人の名前を口にする。もしかすると彼はバスティアンの仲間なのかもしれない。ソンプによると画家としてこの街に来たときのバスティアンは一人だったそうだが、三日前にハルヴァを呼び寄せたという可能性もある。だとすれば彼がなぜ奴隷商に捕まっていたのか理由が分からない。彼はどうやってか枷を外し牢番を感電させた。シーラフィーナのように油断さえしなければ避けられたはずだ。

 そしてバスティアンが今頃になって仲間を呼び寄せるのはなぜだろうか。ピースをするハルヴァを念入りに観察する。


「シーラフィーナ。魔法使い」

「シーラな」

「馴れ馴れしいな」

「それほどでもー」

「褒めてねーよ」


 ハルヴァに悪意は見えない。人当たりのいい顔や話し方を理解している。しかしどこにも隙を見せない周到さはさすがだ。人と距離を詰めるのが上手い一方、他人が自分へ近づくのを許さない。

 シーラフィーナはローブの下で杖を握る手に力を込めた。


「俺にも何か用があるんだろ? なんだ?」

「思い当たる節があるだろ?」

「さぁ? 何のことだ?」


 あくまでもしらをきるハルヴァ。軽く首を傾げる様子には焦りも緊張もない。むしろ楽しんでいるようにすら感じられる。

 その反応はわざと煙に巻いているようにも、本当に心当たりがないようにも見える。どちらとも取れる曖昧さが彼の掴みどころのなさを際立たせた。彼は軽薄だが軽率ではない。慎重で用心深い。


「この街に殺人鬼が潜んでいるんだってさ」

「そりゃ怖いね」

「魔法使いだ。どこぞの逃れ者(のがれもの)がやらかしやがったんだろう」

「見た目のひどい遺体だったんだ?」

「そうだよ。知ってんじゃん」

「推測が当たっただけだって」

「しらばっくれるなよ」


 犯人が魔法使いだと聞いて遺体の有り様がひどかったなどとは予想がつかない。その逆ならない話ではないが、彼の言い草は辻褄が合わない。隙を見せない男がすぐにバレるの嘘をつく。奇妙だ。裏があると見て間違いないだろう。


「嘘って決めつけるの早くね?」

「わざとわかるような嘘をついてる本人がよく言うよ」

「じゃあ俺が犯人かもって思うでしょ? 殺される前に帰ったら?」

「そういうわけにはいかないね。私は頼まれてここにいるんだ」

「はぁ、諦め悪いなぁほんと」


 頭を抱えるハルヴァは彼女に攻撃する意思はないようだ。面倒だと言いたげな気の抜けた諦観が漂う。

 だがシーラフィーナが杖を構えたことでその気配を一変させ、戦うつもりの彼女に応えて立ち上がる。


「そんじゃ、俺はフラジールが八番、ハルヴァ。よろしく」

「⋯⋯フラジール?」

「えっ?」

「え?」

「ん?」

「は?」


 今度はわざととぼけているわけではなく本気でわかっていない様子。首を傾げておかしいな、なんて小さく呟く。


「あれ、知らない? お前、魔法協会の人じゃねぇの?」

「違うけど」

「なんだ、それを早く言えよもう! 協会の人間かと思って警戒したじゃん!」

「はぁ?」


 魔法協会とは世界中の魔法使いを取り締まる警察兼司法組織のようなものだ。協会に従わない魔法使いは逃れ者と呼ばれ、指名手配される。

 ため息をついてまた堤防に座った彼はもはや戦う気などまるでなかった。シーラフィーナは拍子抜けして危うく杖を落としそうになる。


「一般の魔法使いなら用はねぇよ。さっさと帰りな。ほら行った行った」


 近寄る猫を追い払うように手をひらひらと振る。煩わしそうに堤防に寝転んだ彼は気が抜けたらしい。彼女を協会の追手と思って話しかけたが、まったくの勘違いである。

 再度杖を構え直すシーラフィーナを見て嘆息する。


「痣を過信すると痛い目見るぞ」

「生憎、痣持ちつっても私にたいした才能はないんだがな」

「あらら。あぶれたんだな」

「そ。ガス爺に期待されてるとこ申し訳ないけどね。私は超優秀な魔法使いじゃあないんだな」

「俺としては好都合だけど⋯⋯そういうのを自覚してるやつほど面倒だったりするんだよなぁ」


 シーラフィーナの自己評価を聞いたハルヴァは表情こそ軽いままだが、目の奥にわずかな興味を灯した。自分の力量を冷静に把握している魔法使いは過信する者よりよほど厄介だ。そんな思考が彼の視線の奥で静かに働いている。


「闇属性魔法〈黒縄こくじょう〉」

「わーお、闇属性なんて久しぶりに見たぜ」

「君がローブと杖を取り返してくれたおかげでな」

「親切を仇で返すのか?」

「なんとでも言え」


 シーラフィーナの杖から伸びる黒く長い縄がハルヴァに急接近する。首をもたげる蛇のようにうねって迫る。そのひとつひとつをのしつつも数が多く、ハルヴァは攻撃を一つ許してしまい足首に掠った。血が地面をぬらす。


「やるなぁ。そんじゃ俺も⋯⋯雷属性魔法〈雷火雷獣らいからいじゅう〉!」


 杖を出すこともなく彼は両手から人ひとりを包み込めるほどの雷の獣を生み出す。〈黒縄〉を飲みこみシーラーフィーナへ向かっていく。紫色の炎をまとった雷獣の勢いは強く、彼女は跳躍してそれを避けようとする。

 しかしそれこそがハルヴァの狙いであった。


「ッ!」


 夜闇に映える雷獣の背後。楽しそうな笑顔のハルヴァがシーラフィーナよりも高く跳び上がる。彼のフードがめくれ、白い短髪と特徴的な瞳があらわになった。

 赤や紫や桃が絶妙に混ざり合った不思議な色を放つ瞳。見方によっては青みが強いようにも赤みが強いようにも見える。

 その瞳に魅入られて、気がつけば彼は腕を伸ばして届く距離にいた。上昇するのと下降するのとでは、下降するハルヴァのほうがスピードも速くなる。


「お前ともっと戦いたいのはヤマヤマなんだけどな、そろそろ待ち合わせの時間でよ。悪いな」

「何!?⋯⋯クッ」


 顔面を捕まれ、シーラフィーナはハルヴァから魔力が増幅するのを感じた。魔法を行使する際、魔法使いは一時的に魔力が増大する。


(こいつ、詠唱なしでも使えるのか!?)


 先程詠唱を挟んだのはただのブラフ。詠唱を挟まない彼の攻撃は彼女の防御よりも速く、正確に彼女を襲った。

 気を失ったシーラフィーナを堤防を背もたれにして支える。


「いやぁ、最近の魔法使いは血気盛んで怖えー」


 シーラフィーナの身体に魔法で作った布をかぶせながらハルヴァは小さく笑う。幼子のお守りをしている気分で、眠る彼女の頬にかかる髪を払った。



ハルヴァの言っている計算は以下の通り。

アインシュタインの有名公式E=mc^2より

m=10 [g] = I.0x10^(-2)[kg]、c=3.0x10^8 [m/s]を代入して

E=9.0x10^14[J]

TNT火薬1 [t]が4.2x10^9[J]なので

9.0x10^14/4.2x10^9≒2.1x10^5

すなわち約210[kt]

広島原爆がTNT火薬換算で約16 [kt]なので

210/16≒13 [倍]

よってこの世から10グラムの鉛筆が1本消えると広島原爆の約13倍の爆発エネルギーに相当する。範囲としては爆発規模の3分の1が半径なので13の3分の1で約4倍。

帝都はこの世界において大都市に数えられるけれども、さすがに広島の4倍以上の広さはないので、こんなエネルギーがあったらぶっ飛びます。絶対。たぶん。きっと。おそらく。

ただし鉛筆が消失したことで生じるエネルギーが爆発エネルギーにうまく変換されたらの話。


本来ならまず有り得ないことなので、ファンタジーです。フィクション万歳!


(計算間違ってたらごめんなさい(≧∇≦))


注意

 広島原爆については、あくまでエネルギー比較のための科学的な例として引用しています。歴史上の出来事を軽視する意図はありません。

 ご不快に思われた方がいらっしゃいましたら申し訳ありません。コメントまでお申しつけください。後書きから取り消させていただきます。


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