壱-3 欠けたモノ
蒸した暑さの残る夜。ガストの厚意で夜食を食べたシーラフィーナはさっそく捜査に出かけた。ガストにもらった地図には最初の被害者ヒガ・イシャーの発見現場と雇った冒険者たちが犯人と出くわしたポイントが記されている。冒険者らは犯人の顔を見たわけではないが、姿を認識した瞬間に身体が動かなくなったという。
五人いた冒険者のうち三人は死亡、一人は植物状態、もう一人はかろうじて生きているが精神的に参っているとのことだった。
シーラフィーナは地図が示す医院へ歩を進める。ガストの家から西に20分ほど歩いた先の緑色の扉の建物だ。明かりはまだついており、シーラフィーナはドンドンと扉を叩いた。
「ごめんくださーい。ちょっと聞きたいことがあってー」
夜だからか人通りが少ない。皆殺人鬼を警戒して暗い外に出ないようにしているのだろう。きっとこの医院も同じこと。そう考えた彼女は医師が出てくるまで叩き続けた。
「誰だ、こんな時間に!」
「オウ」
ようやくドアが開かれたかと思うと、ボーガンを構えた男がいた。こめかみに青筋を立てた彼は鷲のような鋭い目でシーラフィーナを睨む。至近距離で首や腹に撃ち込まれたらたまったものではない。刺激しないように彼女は両手を顔の横まで上げた。
「あなたがソンプさん? ガス爺に頼まれて事件の捜査をしてるんだけど、ちょっと話聞かせてくれない?」
「ガストさんが?⋯⋯嘘じゃねぇだろうな? 俺がそれを信じるに値する根拠を示せ」
「えぇー、面倒だな。じゃあこれ。ガス爺直筆の地図を預かってる」
「ほう?」
地図を受け取ったソンプはチラチラと彼女を注視しながら地図の文字を確認していく。やがて彼女の言い分と合致するその内容に口をへの字にしてボーガンを取り下げ中へ入れた。
屋内はソファが三つある待合室で奥の扉の向こうが診察室や処置室になっているらしい。
シーラフィーナはまだ警戒を解かないソンプに感心する。いつでも構え直せるようにボーガンを持つ姿は医師というより戦場を駆ける兵士のようだ。
「遺体について詳しく知りたいんだけど」
「なんでちょっとワクワク気味なんだ?」
「グロは得意」
「不謹慎だぞ」
「心外だ。私はどんな魔法だったのか興味があるだけ。死者を冒涜したりしないよ」
「⋯⋯それならいいが」
ソンプの訝しむような視線から目を背け、彼が差し出す遺体の模写を何食わぬ顔で受け取る。
遺体の四人はうち一人が民間人、二人が戦士、残る一人が魔法使いだ。何枚かにわたって描かれたそれは全体像や患部のアップ。隅々まで丁寧なタッチで正確に写されている。リアルなそれは本物を見ているようで絵描きの技術に圧倒される。
「随分細部まで描かれてるね」
「一ヶ月前くらいからこの街に留まってる画家に描いてもらったんだ。海しか描かない主義とか言っていたが、こんな事件なら遺体の様子は捜査の手がかりになるはずだと思って無理やり頼んだ」
「おっさん、いい仕事するね」
「やかましいわ」
この世界では魔法を重視して発展させたためエネルギー革命などはまだ起きていないどころか、その兆しも当分見えない文明レベルだ。見たものをそのまま写し取る技術さえ絵という手段でしか存在しない。
ソンプが監察した際のメモを見て遺体の様子を確認していく。動物の噛み跡や刃物による傷痕もない。内側の肉が激しく飛び散っている様子から、外側から攻撃されたのではなく内側から破裂したとわかる。確かにこんなことができる人は魔法使いくらいだ。肉が突然破裂する恐怖は考えただけでもおぞましい。
「どうだ。何か分かったか?」
「いや、犯人がキショい癖を持ってるってことくらいしか」
「だークソっ そうなるよなぁ」
「初手から手詰まり感ハンパねぇー」
現場は住民が手分けして掃除をしてしまったというし、昼間見た男を探すにしてもどこにいるか分からない。困ったことに手がかりが小さすぎて動きにくくなった。
二人して唸っているとドンッドンッと天井から何か音がする。誰かが貧乏ゆすりでもしているのかもしれない。その割には音が大きい気もするが。
掃除が行き届いている天井からは埃も木屑も落ちてこないが、上を見上げたソンプは難しい顔をした。
「二階に生き残りがいてな」
「あぁ、精神的に参ったって人か⋯⋯会えたりする? まずい?」
「事件がそうとうなトラウマになっちまってる。できれば事件関連のことはやつに見せたくないし知らせたくない」
「だよね。わかった。いいよ、ありがと」
「すまんな、嬢ちゃん」
「いや、悪いのは全部イカれサイコパスだから。謝らないでよ」
ソンプの謝罪に、シーラフィーナは軽く手を振った。彼がどれほどこの事件に心を痛めているか、言葉にしなくても伝わってくる。生き残った冒険者を守ろうとする気持ちと助けられなかった三人への悔恨。その両方が胸の奥で絡まり合い、彼の表情に影を落としていた。
シーラフィーナはその重さを理解して、あえて軽口で返す。重苦しい空気に押し潰されるより、少しでも前に進めるように。彼女の言葉にソンプがわずかに笑ったのを見てシーラフィーナはほんの少しだけ肩の力を抜いた。
疑いも晴れてようやくボーガンをテーブルに置いたソンプは、もう一度模写とにらめっこするシーラフィーナのために茶を淹れた。ついでにちょっとしたお菓子も足してテーブルに置く。ソンプも一緒に模写を眺めながら、時間だけが過ぎていく、かと思いきや。
「あ」
「なんだ? どうした?」
もう一度模写を見直してシーラフィーナが声を上げた。眉根を寄せてその一枚を睨む。
「おじさん、私魔法研究とか大好きなんだけどさ。ここ、見て」
「む?⋯⋯なんだ? 何かおかしいか?」
脈絡のないシーラフィーナの発言に戸惑いつつも模写をじっくり見つめる。彼女が指で示す部分はどこもおかしな点など見当たらない。
「三人のうち一人は魔法使いなんだよね?」
「あぁそうだ。五人が犯人と出くわす前に一応俺が全員の状態を診たからな。そのときに聞いたさ。服装もバッチ、リ⋯⋯この目、で⋯⋯おい、まさか!?」
遅れて気がついたソンプはシーラフィーナを驚愕の目で見た。彼女は落ち着いてそれに応える。
「おかしいよね。魔法使いの身体に『魔力管』がないなんて」
魔法使いになるには魔力とそれが流れる魔力管がなければ話にならない。魔力管とは血管のように身体の隅々まで魔力を送るための道で、これがなければ魔力を練ったり放出したりすることはできない。
魔法使いは昔より普及した職ではあるが、それでもまだ主流とは言えない。魔力管は血管と酷似しており、あまり縁のない町医者が他二人の戦士と同じように意識せず魔法使いの遺体を監察して、このことに気づけなかったのは仕方のないことだ。
医師として仕事に誇りを持っているソンプは悔しそうに顔を歪めた。
「監察してるときにおじさんが気づけなかったのはしょうがないとして。模写にそれがないってのは変だよね」
「あぁ。改めて魔法使いの身体としてこの模写を診るが、魔力管がまったくない。ありえんな」
この事実が指し示すのは、画家が絵を描くときにわざと魔力管を避けて模写したということだ。なぜか。画家がこの殺人騒動に関係がある以外に理由はない。二人の表情は険しくなった。
「この模写、誰が描いたの?」
「名前はバスティアンとか言ってたな。浜辺のログハウスを借りて住んでるはずだ」
「今からそこに行ってみるよ」
「一人で平気か?」
「魔法使いだからね。ある程度は大丈夫。おじさんはこのことをガス爺に伝えて。頼んだよ」
「わかった。お前も気をつけろ」
シーラフィーナはソンプの医院を出て南へ走った。下り坂を下りて堤防に取り付けられた階段を飛び越え、浜に建てられた観光客用のログハウスを見て回る。ログハウスの扉にかけられた看板に『4』と彫られた四号棟がバスティアンの根城だという。
砂に足を取られながらも走って見て回る。バスティアンが気づく前に急いで取り押さえなければ逃げられてしまう。そうなれば再び奴を見つけ出すのは困難だろう。
(あった)
看板は『4』と示している。間違いない。南側と東側に大きな窓が二つ、二階は南側と西側にそこそこのサイズの窓が一つずつ。屋根と西側の二階と北側の一階に小さな窓が取り付けられている。玄関以外に他に出入り口はない。
(うっ くっさ)
音を立てないようにログハウスに忍び込む。異臭の立ち込める部屋の中に人の気配はしない。一階は画材道具が並び、絵の具の臭いが充満している。ぐちゃぐちゃと散乱したそれらを踏まないように気をつけて奥へ進む。
観察する限り、絵の具に赤や茶色など暖色系の色がことごとく消えている。普通絵の具セットのなかにはそれらが揃っているのではなかったか。シーラフィーナに絵画の心得は特にないが、頭を捻って考えてみる。
絵を描くとき、画家はそのものの色を原色のまま塗る人はあまりいないだろう。重ね塗りすることが多いはずだ。あるいはパレット上で色を作るなど工夫をこらす。現にこの家の画家もそうしている。暖色系の色を使わずに表現したいというこだわりでもあるのかもしれない。
画材の海を超え、二階へ続く階段を上がる。静かにしたいときほど木製の階段は悲鳴を上げる。キシキシと軋む階段を上がり終えると、絵の具の臭いに紛れていた異臭が濃くなる。すぐ目の前の部屋から流れてきているらしかった。
部屋の戸を開けて中へ入る。黒いカーテンがきっちり閉め切られたその部屋で最初に目についた手作り感あふれる棚には大きな瓶がいくつか置かれており、どの瓶にもラベルが貼られている。
暗闇に慣れてきた目で確認すると―――
「気持ち悪⋯⋯」
瓶のなかには被害者のものと思われる魔力管や腸など、ヒトのパーツが入れられていた。
シーラフィーナが見つけたものの中には
『ヒガ・イシャー』
と書かれたものが!!
※もちろん日本語ではなく、ランスホルスト語です




