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MONO  作者: 浅霧猫ノ輔
壱章 悪意の序章
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壱−1  自由を得たいのならば


『魔法使いの国を創る』


 その願いを叶えたくて彼女は立ち続けてきた。相手が帝国だろうが魔族だろうが踏み台にして夢の国を創りたいという思いは年々強くなる。くだらない思想は必要ない。魔法にあふれた麗しの国を。恋焦がれるほど魅惑的な理想の世界を。


「そ、れを阻も、うなんて、野暮だろ、うが」


 ブチブチと身体の中で何かが蠢いて肉を食い破る音がする。その何かとは、人間が生まれながらに有するもので生きるためになくてはならないはずのもの。それが自身を攻撃するとはなんて皮肉なのだろう。

 腹が熱い。外傷はないが中身はもう大惨事だ。彼女に攻撃を仕掛けたらしい男は口端をつり上げて愉快そうに笑っている。実に腹立たしい。


「くっ⋯⋯ふっ、私を」


 細い杖に縋りついてでも立ち上がらなくてはならない。こんな奴に屈するなどあってはならない。彼女が彼女であり続ける限り、絶対に許してはならない。


「天才魔法使い、シーラフィーナ・シーフェッツ様をなめるなよ、クソ外道」


 痛みに耐えながらも、彼女は不遜に笑ってみせた。



□□□



 炎の灯された松明が一本、壁に立てかけられて窓のない暗い部屋を照らしている。そこは地下牢と呼ばれるものであった。みすぼらしい布切れをかぶった少年少女が辛気臭い顔で、部屋よりも陰鬱な表情でうつむいている。


「ほんっとナニコレ⋯⋯」


 重たい鎖は壁に繋がれ、番号札の提げられた首輪をつけられている。彼らは奴隷だった。

 そんななか死んだ目で嘆く黒髪の少女がいた。この地下牢の新入り、シーラフィーナである。三日前にこの小さな交易都市マーストンキーに立ち寄ったところを捕まってしまい、彼女の抵抗虚しく鎖で引きずられた。


(やっべー⋯⋯バレたら殺される)


 帝国ランスホルストの貴族として生を受けた彼女は本来ならば一人で屋敷を抜け出すのも許されない身だ。しかしながらマーストンキーに隣接する大都市に滞在している移動式魔道具店ピコット商会の商品を実際に見てみたくて黙って飛び出してきた。ピコット商会がこの国に立ち寄るのは8年ぶりで、魔法に関する知識なら何でも収集したい彼女にとって逃したくないチャンスだった。大量の魔道具をすべて見るのは叶わないが、たった一つでも多く知りたい、見たいと思うのだ。

 ところが街に入る少し手前。刺繍の美しいローブを頭からすっぽりかぶった魔法使いに気を取られているうちに横から馬車が突進してきた。一瞬のことで対応しようにも身体が動かなかった。右にコントロールを切った御者がニヤリと笑うのが見えて、荷台に潜んでいた男に棍棒で殴られ気絶した。


 彼らは奴隷商だった。この国では禁止されているはずだが闇市では当たり前のようにオークションが開かれ人が売買される。商売相手は金のある商人か貴族だ。十三歳の彼女は社交界デビューを迎えていないが、すでに多くの貴族には認知されている。


 忌み嫌われる黒髪と黒眼を持ったシーフェッツ伯爵家の汚点。


 それにも関わらず第一皇子の婚約者として皇帝が指名した異質な少女。


 生まれた頃から自分の知らない人間に知られている彼女にとって辺境にある街とはいえ闇オークションに奴隷として出品されるなど絶対にはあってはならない。家の名に泥を塗るわけにはいかないのだ。


「おっ 外れた」


 シーラフィーナの左斜め前。手首と足首を締めつけていた枷を外して伸びをする男がいた。白く短い髪をかき上げて満足そうに笑う。壊すでもなくきれいに外された鎖は地面に無惨にも転がっている。


「は?⋯⋯はぁぁぁぁあ!? 何してんの!?」

「声がデケェよ!」

「君もな!」


 牢番がガチャガチャと腰の物を見せびらかしてギロリと鋭い睨みを利かせにやって来る。男はちゃっかり正座して腕を後ろで組みうまく枷を隠した。二人してにへらっと笑って誤魔化す。周囲の捕まっている少年少女らはヒヤヒヤと肝を冷やした。


「っぶね。セーフ」

「で、どうやって外したの?」

「企業秘密だ」

「チッ」


 もしかしたらこの地下牢から逃げ出せるかもしれない。そんな淡い希望を抱くほどに彼の手口は鮮やかで、今だけはその技術力を羨ましく思う。しかし彼は教えてくれる気はないという。一人で抜けて逃げたほうが見つかる可能性は格段に低い。仕方のないことだ。


 そう諦めかけたとき。青年が壁の隅へ鎖を置き、地面に膝をついた状態で腰に手を当てて笑った。


「みんな後ろ向け。枷、外してやる」


「え⋯⋯」


 牢番に聞こえない程度の小さな声。けれど芯の通った力強さを持っている。囚われの奴隷たちは隣に座る仲間の目を見合って困惑する。

 逃げられるのだろうか。絶望しかないこの状況からまた元の暮らしに戻ることができるのだろうか。


「⋯⋯」


 シーラフィーナは他人を頼るのが苦手だ。他人は当てにならない。裏切るかもしれない。だが青年は一人で逃げたほうが助かる見込みのある場で全員を救うことを選んだ。それを信用せずして、どうして夢を叶えられようか。


「頼む」


 まっすぐな視線。青年は真正面から彼女の誠実さを受け取る。口角を上げて任せろ、と胸を叩く彼の姿は頼もしかった。


 格子の外側には三メートルほど距離を置いて曲がり角がある。そこを曲がると小さな椅子と机があり、牢番が一人警備を担当している。少し前に朝飯と称してカビの生えた硬いパンが配られたところだから、牢番の交代時間である昼にはあと少し時間がある。交代時に牢から意識が逸れるはず。そこが狙い目だ。

 魔法の杖を奪われたシーラフィーナには戦う術はない。奴隷商と格闘しようものなら秒で地面に叩きつけられるのは目に見えている。青年は鍛えているようだしそこそこ戦えるだろう。あとはどうやってこの総勢二十を超える奴隷たちを連れ出すかが問題だ。


 全員の枷を外し終わり、そろそろ牢番の交代と時間となった。


「いいか。この後、何があっても俺の言うことをよく聞け。いいな?」

「そうしてたらお母さんのところに帰れるの?」

「あぁ。絶対に帰してみせる。約束だ」


 不安そうに瞳を揺らす少女の頭を豪快になでる。泣きそうになっている幼い子どもたちを安心させるような笑顔で勇気づける。

 いつでも抜け出せるように二列になって鉄格子の入口に張りつく。彼はそれを確認して大きく息を吸った。



「牢番サァーン! こいつら逃げ出そうとしてやがるー!」



「ヌアァニィィィ!?」


「え、なんで、」

「なんでなんで、どうしてっ」

「おにいちゃんっ」


 突然の裏切り。青年は鉄格子に子どもたちを近づけさせないように手で制止して牢番を呼んだ。


 ―――信じていたのに。どうして、どうして裏切ったの。


 子どもたちは驚愕の目で青年を見上げた。脱走を図ったことがバレたら折檻ものだ。昼食も夜食も抜き。棍棒で失神するまで叩かれる。待ち構える絶望に彼らは大声を上げて泣き始めた。信じなければよかった。奴隷として生きていくしかなくなって、希望なんて持たなければ良かった。そうしていれば現実を見るよりいくらか楽だったのに。


(⋯⋯いや、これは)


 二人の牢番が顔を真っ赤にして近づいてくる。針でつつけば爆発しそうなくらい怒っている。頭に血が上って、奴隷たちを懲らしめようと腕まくりをしてやって来る。

 鍵を開けて鉄格子に二人ともが手をかけたとき、青年は悪い顔で得意げに笑った。


「ちったぁ頭使えよ、バァーカ!」


 二人が格子を掴むと同時に彼も掴んで、その手からバチバチッと青い稲光が走る。それが一気に二人を襲う。鉄格子に置いた手を伝って全身へ激痛が広がる。


「あああ゙あ゙あ゙ぁぁぁあああ゙ッ!」


 二人は絶叫して気を失った。少し焦げ臭い匂いが漂う。子どもたちは何が起きたのか理解が追いつかず目をぱちくりする。


(なるほど、この子たちを感電させないために)


 彼は入り口を開けると牢番の大きな身体を蹴飛ばして叫んだ。


「走れェ!」


 青年の号令によって戸惑っていた少年少女が一斉に地下牢を飛び出した。行き場所なんてない。それでもとにかく外へ出て助けを求めなければ。入り口へ向かって息を切らして走る。青年が奴隷を捕まえようと襲い来る男たちをのしていく横を通って、シーラフィーナが先導する。


 薄暗い屋内から見える外の光を目指して。


「外だ!」


 夏の暑い熱気と照りつける日光の強さを身をもって実感する。建物のすぐそばにいた人たちはただならぬ様子の子どもたちに目を瞠った。清潔とはとても言えない布を身体に巻きつけただけの傷だらけの子どもたち。屈強な男たちが追いかけてくるのを見て異常事態を感じ取った。彼らを保護して街の若い衆が男たちの相手をする。

 彼らは自由を手にしたのだ。シーラフィーナはホッと息をついた。


 ところが一難去ってまた一難。民衆の一人が顔をしかめて彼女を睨んだ。


「黒髪黒眼!?」

「ひっ し、死神!?」

「まさかこいつが!?」


 恐怖と憎悪が綯い交ぜになった強い目で彼女を見る。何を言っているのかわからず、シーラフィーナは自分を取り囲む彼らをぼんやりした顔で眺めた。


「このっ 人殺しめ!」


 今日はよく事件に起こる日だ、と呑気に感想をこぼした。


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