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第2話

 自分のために生きるという感覚は、今まであまり意識したことがなかった。

 その方法は色々思いついたが、セルフィウスは冒険を選択した。

 囚われていた以前では出来なかったこと。そして、少しだけやってみたかったことだ。


 そうと決まれば、少年は早速街から離れた。

 数時間休みなしで、ここなら誰にも見つからないだろうという所まで、とにかく離れた。


 やがて、その先10キロは森と山が続くほどの大自然に辿り着き、ようやく腰を下ろす。


「自由だー!」


 声が森に響く。

 誰も文句を言わない。

 誰も期待しない。

 誰も失望しない。

 ただ、自分だけがいる。

 

 誰のためにも生きないという選択は、まだ自分には難しかった。決断したとはいえ、人はすぐに変わることは出来ない。

 しかし周りに誰もいなければ、必然的に優先されしは己になる。

 ここに来たのはそういう理屈だった。


「それじゃまずは……どうやって生きようか」


 哲学的ではなく、生物的に。

 冒険に興味はあったものの、そんなのは夢のまた夢だったため、サバイバルの知識が壊滅的に不足している。


「とりあえず水だよね。眠いけど……川を探そう」


 寝て起きれば、良くも悪くも気分はリセットされる。命に関わる重大なことは先にやっておいた方がいいと少年は判断した。

 

 森の中は視界が木々によって遮られている。

 夜に探索するのは基本的に不可能だが、この男は違う。


「――とう!」


 少し力を入れて地面を蹴った。瞬く間にそれは空を切り、気づけば数十メートル上にある高木の梢を掴むに至る。

 月明かりに照らされた森を眺望し、その中から木のない部分を見つけ出した。


「あそこに行ってみよう」


 樹木を伝って移動し、常人の何倍もの速さで目的地へと辿り着く。

 そこには狙い通り川があった。


「ラッキー……!」

 

 あまりにもスムーズに見つかったため、セルフィウスは気が抜けた様子でその場に倒れ込む。


 今日はもう寝よう。

 そう思ったが。

 地面を下に寝転んだ感想は、固いでも汚いでもなく、寒いだった。


「……これじゃ眠れない」


 身体を温めなければ死んでしまう。

 木の葉を集めようとしたが、途中で肉食動物を発見して。


「流石に寝込みを襲われたら死んじゃうかも……」


 距離を取ろうと思ったが、文字通り動物は当然動くし、思ったより色んなところに色んな生き物がたくさんいて。


「木の上で落ちなければなんとか……あっ」


 苦肉の策も、自分の寝相が悪いことを思い出して。


 もう何度か壁にぶつかった後、地面を掘ることで空間を作り、その中に集めた木の葉を敷き詰める形で、ようやく寝床を完成させた。


「これも地下闘技場のおかげだ……!」


 割と着想を得ていた。


「大変だったけど……なんだかんだで、楽しいな……」


 生活水準は著しく下がっており、とても幸せと呼べるような環境ではなかったが。


「これが、自分のために生きるってことかぁ」


 当の少年は十二分に満たされた様子で、溶けるように眠りについた。


 ◇◆◇


 それから、三日間の時が流れた。

 川の水を飲み、木の実を食べ、土の下で寝床に入る。

 自然と触れ合いながら、セルフィウスは充実した日々を過ごしていた。

 川の水は美しかった。木の実も美味しいものとそうでないものがあって、色々と試してみるのが楽しかった。

 

 だが、何かが足りない。

 

 本当は、現状に飽きていないというだけで、充実しているわけではないのかもしれない。

 ホームシックの節はある。身体は汚いし、腹が満たされないのも事実だ。しかしこの喪失感は、そんな()()()()()()()()では決してなかった。

 その正体はまだ分かっていない。

 

 家を出てから四日目の朝。

 

 不意に生じた大きな地響きに飛び起きた少年は、慣れたように穴から這い出る。


「なんの音だろ」


 再び地面が揺れる。今度は外にいたため方角がわかった。


「……行ってみよう」


 不吉な予感に冷や汗を流したセルフィウスは、恐る恐る地鳴りのする方角へ駆け出していく。

 僅かだが、その『音』にはかつて聞き覚えがあった。


「あれは……!」


 生い茂る草むらを掻き分けた先には、籠を担いだ一人の少女がいた。そして――


「サイクロプス……!」


 頭に一本の角を生やした、一つ目玉の巨人。

 人間の何倍もある大型の棍棒を、ひたすら彼女に向けて振り下ろしている。身が軽いのか、まだ当たってはいない。


「はあ!」


 戸惑うことなくセルフィウスは地面を蹴った。

 元いた場所から多量の土が湧き上がり、それが落ちるより前にサイクロプスの元へ辿り着く。勢いそのまま、少年は一直線に拳を突き出した。


「グアッ――」


 巨体は横腹に減り込んだ拳から弾けるように飛んでいき、その先で本当に弾けた。

 遅れてやってきた風圧で体勢を崩す少女。


「すみません、大丈夫ですか……!」


 慌ててセルフィウスは駆け寄っていく。


「……ありがとう」


 麻でできた茶色のチュニックを身につけた、黒髪の彼女は小さな声で感謝を述べる。

 見てくれはどうも自分と同じ年代のようだった。

 

「どうしてこんなところに? ここには凶暴な動物がたくさんいます。さっきみたいな魔物はイレギュラーですけど……軽い気持ちで来ていい場所じゃないですよ」

「別に、いい。死んだら、自業自得。それに、さっきのも逃げられた」


 少年の警告を意に介さない少女は、背中を向けて歩き始める。


「ちょ、ちょっと。待ってくださいよ……!」


 無視して森の奥へと入っていく。

 追いかけようと思ったが、セルフィウスはふと冷静になって考えてみた。

 今自分は、あの人をどこか安全な場所まで送り届けようと思っていた。しかしこの家出の目的は、自分のために生きることだ。

 目的に反している。

 彼女に構うべきじゃない。

 それはわかっている、けれども。


「待ってって!」


 追いついて少女の手を掴み、強引に足止めする。


「……なに?」


 助けてもらった恩はあるが、それはそれとして。彼女は鬱陶しそうに眉をひそめ、少年を睨んだ。

 

「せめて理由を教えてください。どうしてこの森に来ていたんですか」


 森のエキスパートとかであれば、納得もできる。一人でも大丈夫という箔がつく。

 安心できる。


「……それなら聞くけど」


 しかし少女から帰ってきたのは、そんな期待した答えではなく。


「あなたは、どうして私を助けたの?」


 全くの逆質問だった。


「えっ……と」


 あのままでは彼女が危険だったから。

 自分なら簡単に助けられたから。

 見てみぬフリは出来ないから。

 考えれば理由はいくらでも出てくる。

 

 けれど、そのどれもが、違う。

 あの時の自分は、()()()()()()()()()()


 これまでの癖がそのまま行動に現れた。

 反射で、無意識に助けていた。

 この森では自分のために生きると決めていたのに。

 それでも、不思議と後悔はなかった。


 何故か。

 

 考えて、考えて、考えたが。


「わからない……」


 握る手も離し、ただ茫然と立ち尽くすセルフィウスに少女は。


「そう……それじゃあ、もう一回助けてよ」

「えっ……?」


 何か思いついたように、ニヤリと不気味に笑って見せた。

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