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「いいんですか?」
半信半疑で私はそう聞き返す。王子は「ああ」と笑顔を保ちながら頷く。
若干まだ信じられないけど、私は困惑しながらも心の中で拳を握り「わ~い」と天に突き上げる。力は入っていないし、勢いもないけど、たまにはぎこちないガッツポーズの日があってもいい。
貴方のお父さんには散々「世界を救ってくれ」と言われ続けているというのに。……こんなところで王族親子の方向性の違いを感じられるなんて。
王子は急に真剣な双眸を私に向ける。その吸い込まれそうな瞳から私は目を逸らせなくなる。
何故か分からないが、国王よりも王子相手の方が何倍も緊張する。
「君に意志の確認だけしておきたい」
「なんでしょう?」
「これからも戦い続けるか?」
「それはもちろん。私にはそれしかないので」
「……ならいい」
私をわざわざこんな場所に呼び出すほどの確認……?
「とりあえず、明日ここに行ってくれ」
王子は話を変えて、テーブルの上に地図が描かれた紙を置く。私は「なんですか、これ」と眉間に皺を寄せながら地図をじっくりと見つめた。
…………山の中にある村?
「ポジー村に魔族が現れたという情報を手にした」
「戦いにいけと?」
「そんなところだ。ただ、今までと違って暴力で侵略してくるタイプではない。静かに村人の心を洗脳し、奴隷にしているようだ。血を流すことなく、村を侵食している」
「そんな魔族聞いたことがありませんね」
「だから、厄介なんだ。もしかしたら君よりも強いかもしれない」
「へぇぇぇ、私より強い者がいるなんてゾクゾクしますね~~」
にやぁっと笑みを零してしまう。私より強い者にいまだかつて出会ったことがない。「変態だ」とセナは声を漏らす。
「明日、第二騎士団を派遣させる。君もそこに加わってくれ」
ううっ、第二騎士団の団長とは波長が合わないんだよね……。
私は王国騎士団という大きな組織には所属しているが、特定の騎士団には所属していない。弟のジェフリーは第一騎士団に所属しているんだけどね。私はただの一兵だし……。というか、聖女だから所属できない。それが一番の理由。
「第二騎士団ですか……」
私は露骨に嫌な表情を浮かべる。王子相手に「はい!」と即答しないのは無礼だということは分かっている。しかし、感情を隠すことはできない。
かつて私は第二騎士団の団長とは共に戦地に赴いたことがある。……それはそれは見事に性格が合わない。副団長が仲介に入ってくれても、団長との仲は悪いままだった。
私情は挟んではダメ、と何度も心の中で呟き、平常心を保つ。
「分かりました」
私はなんとか感情を飲み込んだ。
折角、強い魔族と戦えるかもしれないというのに、気が重いよ。
♢
「本当にあのまま帰して良かったのですか?」
よぼよぼと帰っていくケイトの背中を見送りながらセナは口を開く。アヴィンはガゼボの欄干に肘をつきながら、興味深そうにケイトを眺めていた。
そんなアヴィンにセナは「彼女は腐っても聖女ですよ?」と言葉を加える。セナはケイトに聖女としての自覚を持ってほしいと考えており、今回アヴィンがケイトを呼び出したのも、その為だと思っていた。
セナは第一王子の従者として過去に何度かケイトと接触したことがある。倒した魔族について聞くためだ。その度に、セナはケイトに対してずっと違和感を抱いていた。彼女は世界を救うつもりなどない、ということに早々から気付いていた。
世界を救うつもりないのに、魔族と戦うというケイトの感覚をセスはどうしても理解できなかった。そして、今日はっきりのだ。ケイトにとって、魔族との戦いは「ゲーム」なのだと。
「戦い続けると言ったんだ。何も問題はないだろう」
アヴィンはケイトの返答に満足しているかのように口角の端を上げる。セナはアヴィンの言葉に反論する。
「魔族が現れる度に聖女である彼女を最前線で戦わせるべきではないかと……。最近の魔族の傾向を見ると、どんどん狡猾になってきています。人間の心理と行動パターンを学んだのでしょう。本当に強い魔族が現れた時にケイト・シルヴィの力を温存しておくのが得策かと」
「……お前はケイト・シルヴィがなぜ『優しくない聖女』と呼ばれているのか知っているか?」
アヴィンの低い声が庭園に静かに響いた。




