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クリフの体の周りに小さな光たちが旋回し、あっという間に彼を包んだ。私は笑みを浮かべながら、クリフの変身を待つ。
ふっふっふ。聖女は強いんだぞ。魔族だって従えることができるんだぞ。
クリフを纏う光がふっと消えた。私とレイは彼の姿を見て、瞬きを忘れて固まったまま見つめた。
――でっっっかい犬だ。
目の前に現れたのは、私よりも一回り大きい純白の毛並みを持つ大きな犬だった。
え? こんなに可愛くなっちゃうの? 人を威圧するような顔がこんなに愛くるしいつぶらな瞳の犬になるの? てか、ウサギじゃないんだ。
「うっそ、まじ?」
私は思わず口を開いてしまう。
ラベンダー色の瞳が一気に柔らかい雰囲気になった。変身前の神秘さがなくなってしまっている。……見た目が変わると、こうも印象が変わるのね。
人相は悪いけど、目を引くような美形だった。それが、今ではもふもふの巨大な可愛い犬になってしまった。
「本当に魔族かよ」
私の隣でレイも犬に変わったクリフを見て驚いている。
クリフは一瞬キョトンとして私たちを見つめていたが、すぐに自分が何に変わったのか分かったようだ。私を強く睨みつけながら、ガルゥゥゥと喉を鳴らしている。……だが、しかし、全く怖くない。
「ワン!! ワン!!」
どうやら、言葉まで失ってしまったみたい。
必死に吠えているけど、全て犬の鳴き声だ。……まぁ、意味は分かる。今のは「なんだこれ!」と叫んでいた。
私はいつの間にか、とろけるような表情でクリフを見ていた。
「かっっわいい~~~!! なにこの生き物ぉ~~! え~~!! 可愛すぎない? 背が高いって、犬になった時に巨大になるんだね~~。あ、じゃあ、レイはちっさい子犬かな~~。変化魔法かけてもいい?」
私はクリフからレイへと視線を移す。レイはギョッとした表情を浮かべてすぐに「頼むからやめろ」と真剣な声でそう言った。力では私に敵わないことを自覚しているようだ。子犬になるってことに対して荒い口調で反論してこないということは、本気で私が変化魔法を使うのをやめさせたいのだろう。
私はチェッと舌打ちをして、「ワンワン!!(今すぐこの魔法を解け!)」と吠えるクリフに近づいた。彼の柔らかな毛並みにゆっくりと手を滑らせ、そのまま顔をダイブした。
綿のような心地のいい感触。ここが天国ね……?
「ワンワン!(やめろ!) ワンワンワン!!!!(今すぐ離れろ! この変態!!)」
クリフは思い切り身体を動かして、私を弾き飛ばした。私は見事に宙で一回転をして、地面に着地する。
……はぁ、躾のなっていない犬ね。
魔力をパチパチと体から放っているが、隷属魔法により、クリフは私に一切の攻撃ができない。
「ワンッ(てめぇ)」
「自分の立場を分かってる? 私に逆らうなんて何様?」
私は脅すような表情でクリフを睨んだ。その瞬間、クリフは大きな体をキュッと委縮させる。
……くぅ、カワイイ!!
この姿の方が愛着が湧く。カワイイから許しちゃお! ってなるもんね。見た目って恐ろしい。魔族が全員美形じゃなくて、モフモフ動物だったら、人類はとうの昔に負けていたかもしれない。
「ワンワンワン……ワン(せめて他の姿に変えてくれ……ください)」
「ん~~、残念ながら無理かも。これが貴方の姿だもん。私の趣味嗜好は一切反映されてないよ。あの魔法でこの姿になるってことは…………君は相当変わり者だね」
「クゥゥゥン」
私の言葉にグサッと来たのか、クリフは分かりやすく落ち込んでいた。しょぼんとした大きな犬はあまりにも可愛かった。私は満面の笑みで彼の姿を眺めていた。
……残虐じゃないのかもね、と言いかけた。けれど、そんな魔族がいるなんて到底信じられない。今のクリフは無害だけど、まだ完全に信用できるわけじゃない。これから次第ってところかな。
「お前、こいつと意思疎通がとれるのか?」
レイは訝し気に私たちの様子を見ていた。
「え? うん。レイはクリフが何言ってるか分からないの?」
「犬語なんて俺には分かんねえよ」
……クリフに魔法をかけた私にしか彼の言葉は分からないのかも。
「何ですかそれ!? 私が寝ている間に何が起こったんですか!?」
突然、ミミの甲高い声が耳に響いた。
私たちはミミの方へと視線を向けた。彼女は大きな犬になったクリフを指しながら、その場に立ち尽くしていた。困惑するミミに私は「クリフに対しての処置を終わらせたところだよ」と冷静に答えた。
まぁ、朝起きてこの状況だとまだ夢を見ているんじゃないかと思うよね。驚く気持ちはよく分かる。
「そんなぁ、ずるいです……」
……ん? ずるい……?
「魔族がケイト様と隷属関係を結べるのに、私とは主従関係を結んでくれないんですか!? それって不公平じゃないですか? まさか魔族を贔屓なさるんですか!?」
え~~~そっちぃ~~?




