35
次の瞬間、ジェフリーは力強くレイの胸ぐらを掴み言葉を発した。
「教えてやるよ。姉が魔族との初めての戦いから帰ってきたあの日、地面に崩れて、声を上げて泣いたんだ。痛々しい泣き声が空気を裂き、とめどなく涙を流し続けていた。僕はそんな姉を見ていることしかできなかった。六歳の僕は何もできなかった。戦場で涙を流すことは許されない。だけど、あの日、姉は戦場で涙を一筋流したんだ。それを誤魔化すために笑った。……あの時、戦場にいた団長がわざわざ家まで来てくれて事実を教えてくれた。彼は『真実はいつだって多数派が信じるものによって作られる』と言っていたよ」
ジェフリーの言葉にレイは目を大きく見開く。
ジェフリーが騎士団に入ったのは、ケイトを少しでも助けたいと思ったからだ。貴族でもなく、ましてや孤児であったジェフリーは騎士団にスカウトされるほどまで実力をつけた。その優秀さはますます輝き、今では誰もが一目を置く地位を手に入れた。
かつて騎士たちの中で神童と呼ばれていたレイもジェフリーの実力は認めていた。
「当時の団長って……」
「グレイン・モッカト。……本当に姉が戦場を楽しんでいたのか、本人に確認しに行けばいい」
グレイン・モッカトは、騎士たちの中で伝説とされている団長だ。
ケイトが初めて参戦した魔族との戦いで右腕を失い、引退を余儀なくされた。グレインは堅物だったが、その並外れた剣術と戦術により、偉大な騎士として称された。彼が嘘を言うような人ではないということは、レイも理解している。
現在は病気で動けず、グレインの弟であるブレナンが営んでいるモッカト食堂の二階にある小さな部屋で過ごしている。
「戦死者が以前よりも減っていることに気付かないのか?」
ジェフリーはそれだけレイに言い放って、彼の胸ぐらから手を離した。
レイは何も言えずに、茫然としたままその場に立っている。
ずっと心の底に溜まっていた言葉を全て吐き出せたことで、ジェフリーは落ち着きを取り戻していた。
「…………姉の傷ついた心も救われたいと願った日々も誰も撫でてくれなかった。むしろ、大勢が追い打ちをかけるように攻撃をして、守り切れなくなった。名もつかない心の痛みに耐え続けて、壊れたんだ。レイが姉を傷つかないと思うのは、傷つきすぎて分からないんだ。……今回ポジー村に現れた魔族は精神を蝕む能力を持っていたそうだ。…………姉だけが平気だったそうだ」
「あ……」
レイは何か言おうと思うが、言葉に詰まる。
ジェフリーはゆっくりと満天の空へと視線を上げて、小さく息を吐く。誰よりも間近でケイトを見てきたジェフリーは、ケイトの常軌を逸した積み重ねがあることを知っていた。倒れそうになりながら、なお立ち続けてきた背中を見てきた。そこまでケイトを追い詰めた世界に腹を立てた。しかし、世界は惨く、ジェフリーが一人で変えられるものではない。
それならばせめて、ケイトを守ることに己の人生を費やそうと覚悟を決めた。
ジェフリーにとって、ケイトは自由奔放で我儘な姉だが、誰よりも大切な人なのだ。




