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「自分でそこまで言うか?」
私たちの反応に、王子は困惑した表情を浮かべる。
困惑したいのは私たちの方よ。まさか、王家秘蔵書庫の価値を分かっていない……?
生まれた時から「王子」だもんね。そりゃ価値観も私たちと大きくずれるわ。王子視点だと、王家秘蔵書庫に入れるのは当たり前のこと。私一人に見せたところで重要性はたいして変わらないと思っているのだろう。
「殿下、王家秘蔵書庫はとても貴重なものなんです!」
私は声を張り上げて、真剣に王子を見つめながら伝える。私の得意げな表情が王子の美しい瞳に映っている。
ジェフリーが隣で静かに口を開く。
「姉さん、すごく当たり前のことを偉そうに言ってる人になってるよ」
「人によって当たり前は違うんだからね。王子が王家の秘蔵書庫の出入りを私にしていいって言っているんだよ? おかしいでしょ?」
「うん、それは確かにおかしい。責任感がない姉さんにさせることじゃない」
「ん?」
「王家秘蔵書庫の価値はちゃんと分かっている」
聞き捨てならぬ言葉がジェフリーの口から聞こえてきた気がしたが、王子の一言によりすっかりと流された。ジェフリーがやや訝し気な表情を浮かべる。
「その上で姉に出入りさせると?」
「その通りだ。寛大な王子だろう?」
自分で言わないで……って喉の先まで出かけたが、グッと飲み込んだ。
相手は王子。牢獄は避けたい。
「私に対して聖女フィルターかかりすぎていませんか?」
「俺は別に聖女としてお前に交渉しに来たわけじゃない。魔族を一人で倒したケイト・シルヴィの能力を見込んでいるだけだ」
私の言葉を一蹴するように王子ははっきりとそう答えた。
……なんかちょっと嬉しい。
「だが、条件がある」
やっぱり、嬉しくない。
私は王子の続きの言葉を待つ。
「一人、お前に預かってほしい人間がいる」
「えっと、嫌です」
いつものニコッ。
断る時は大抵嫌な表情を浮かべない。満面の笑みで拒否する。それがケイトスタイル。そして、王子も
「そう言うと思った」と私に笑みを返す。
人を預かるって責任感のない私には無理だよ。私より強い者か、同等レベルの者だったら考えるけど……。
王子って私のこと聖女とは思っていないけれど、便利屋だと思ってない?
「この任務が終わるまでの間だ」
「この任務の量、随分と多いじゃないですか。……一ヶ月分ぐらいですよね?」
私の言葉に王子は目を丸くさせる。
「これを一人で一ヶ月で終わらせれると?」
「ミレッタよりも強い者がいなければ……」
「ほぅ、面白い。じゃあ、人ひとり預かるぐらい余裕だろう」
「それとこれは話が違います。それに、どうして私が人を預からなくちゃならないんですか。ジェフリーの方が面倒見いいですよ」
「僕を巻き込まないでくれる?」
ジェフリーは私の発言に嫌そうな表情を浮かべる。
「依頼を全て終わらせ、私の言った条件を飲み込めば、王家秘蔵書庫の出入りとエワット特別自治区の出入りを許可する。それでどうだ?」
うわぁ、この王子、計算高い。
ちっとも良い交渉じゃないじゃん。……けど、悪い交渉でもないんだよね。たった一ヶ月我慢すれば、私にとって最高の褒美が手に入る。
あ~~~~、王子の手のひらで踊らされていると分かっておきながら、この条件を飲むのが悔しい~~。
「これらの依頼は、腕試しのようなものだと思えば気楽だろう? それに赤子を預かれと言っているわけじゃない。会話もできるし、足手まといにならない成人だ。悪くない条件だろう?」
王子に営業トークされてる……!?
その人物を見ない限りイエスもノーも答えられないのに、王子は詳しく話そうとしない。与えてくれた情報は成人ってことだけ。
私は神妙な顔つきのまま王子をじっと見つめる。……罠かもしれない。うまい話には必ず裏がある。
「こんなに疑い深く、険しい顔で見られるなんて初めてだな」
「……申し訳ございません。素直さが裏目に出る姉なんです。相手が誰であろうと恐れ知らずなもので、牢獄の常連になってしまうんだと思います」
私が必死に王子との交渉に頭をフル回転させている中、ジェフリーが代わりに答える。
「新鮮でいい。……が、恐れ知らずで好奇心旺盛は身を滅ぼすことになりかねない」
「私からも一つ条件を出していいですか?」
私はようやく口を開き、王子を真っすぐ見つめた。




