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「どうか世界を救ってくれないか」
メグナドル王国の最も偉い人――国王であるアリソン・ドリューの言葉が王宮の謁見広間に重く響く。
天井は高く、床はピカピカに磨かれた石が敷き詰められている。権威を表すような豪華な空間の奥にある王座に腰を下ろす国王を見つめながら、私は満面の笑みではっきりと答えた。
「嫌です!」
♢
チーン……。悲しい……。
今、私は王宮の牢獄にいる。さっきの華やかな場所とは大違いだ。一切の飾りがない部屋に閉じ込められた。
冷たく重厚な石壁に私は背中をつけて、膝を抱え込み座り込む。
どうして私がこんな目に……。
まぁ、確かに王命に逆らったのはまずかったかも……。
ケイト・シルヴィ、二十二歳、女。
肩にかからず、首筋が見えるほどの長さの艶やかな黒髪。前髪は眉よりやや下で後ろ髪と同じように一直線に切り揃えられる。
私は戦場の最前線で戦う身だから、長い髪は不必要。手入れが楽な方を選ぶ。
ちなみに、瞳の色はピーコックグリーン。黒髪によく映える緑だ。
身長は……同年代の平均女性に比べて随分と低い。よく言うと可愛らしくて、悪く言うとチビ。
もちっとした頬を持つ白い肌の顔にクリッと丸みを帯びた目、鼻筋の通った高い鼻、主張のない慎ましい唇。これらを兼ね備えた童顔である。…………マジで童顔。
どれぐらい童顔かと言うと、初めて私を見る者たちに「子ども」と間違えられるほど。……酷いよね?
そして、ここからが重要ポイント、聞き逃さないで。
幼い頃に私は神託を受けた。
すごく簡潔に言うと、「この子が聖女だ」って言われた。
本当にやめてほしいよね。すごく迷惑だもん。おかげで私はすごく生きづらい。
聖女っていうのは慈悲深い人がなるものなんじゃないの? どうして私が? と思いながらも、日々逞しく戦場へと足を運び、血を浴びている。……この辺の詳しい話はまたどこかで。
とにかく、私は世間からはこう言われている「優しくない聖女」って。
…………どう? あんまりネーミングセンスなくない?
と、私は目の前の壁に話しかけていた。
もちろん、返事はない。「やぁ、よろしく」ぐらい返してほしい。
「はあぁぁぁぁぁ」
私はひどく長い溜息をつく。
壁に自己紹介をするぐらい暇なのよ……。
「ね~~~、出してよ~~」
私は立ち上がり、鉄格子を掴んで近くにいる見張りの衛兵二人に声をかける。二人とも私の方を見ながら怪訝な表情を浮かべた。
……もっと笑顔で接してよ! 牢獄は酷い場所だったって悪い噂を流すよ!
「なぁ、あれって……」
「戦場の美少女兵のケイト・シルヴィだよ」
「うわッ、あのケイト・シルヴィだよな!? 聖女認定されて、次々と戦果を上げているケイト・シルヴィ?」
「そう、そのケイト・シルヴィ」
おっと、ここで一度彼らの会話を止めて、先ほど私が壁に話しかけていた内容の戦場に足を運んでいる話について少し説明しておこう。
私の魔法と剣の腕は国家最強格だ。だけど、天才とはちょっと違う。
心を捨て、能力を高めてきたからこそ、戦場で名を轟かせるほどになった。悲しいことに民衆からは嫌われていて、「残酷な女よ」と罵られることが多い。……が、そんなのはいちいち気にしていない。
そして、ここまで聞いた皆は思うだろう。
それほどの実力者なら、脱獄なんて朝飯前だろうって。
もちろん答えは「イエス!」だ。……しかし、流石の私も王宮からの脱獄はまずいって理解している。いつもその道は選ばない。
……と、ここまで話したところで、衛兵二人の話に戻そう。
「噂とは随分違う感じだな。優しそうな可憐な少女にしか見えない。そもそも戦場にいそうな雰囲気も全くないし……」
「分かってねえな、お前は……。彼女の才は、戦場で輝くんだよ。おっかねえぞぉ~」
「というか、どうして彼女がこんなところに捕まっているんだ?」
「そっかお前はまだここに配属されたばかりだからか知らないのか。……いつものことだ、王様の命令を拒否したから」
「は!?」
「命令の内容は知らないが、ここに閉じ込められるのはもう日常茶飯事だ。王様の命令を拒否しても生きていられるのはケイト・シルヴィぐらいだろうな。それほどの国が手放せない存在だということだ」
「そんなことって…………」
説明を聞いた一人の衛兵が瞳を大きくしながら、私の方へとゆっくりと視線を移した。衛兵と目が合ったから、私はニコッと微笑んでおく。だが、衛兵は慌てて私から目を逸らした。
……失礼な男め。
私はあくびをしながら、再び壁を見つめる。
シルヴィ家の現在の家族構成は、弟が一人。以上。
両親とは私が聖女認定を受ける前に死別した。ある日、魔族が突然村を襲撃してきた。そして、二人は殺された。
遠い昔のことのように思える。
……四つ下の弟は今では王国騎士団長補佐を務めている。最年少でその地位を獲得した。平民出身なのに大したものよ。
騎士団の過半数は貴族出身だが、極稀に才能を認められて平民でも騎士団に入る者もいる。
ちなみに私はただの兵。表向きは騎士団には属しているけれど、「騎士」のように名誉を重んじているわけでもない。
弟は大違いだ。性格も対照的。本当に血が繋がっているのか疑われるほど。
正義感の強い真面目な弟は、私がこうして国王に逆らい、牢獄に入れられる度に助けてくれる。
もうそろそろ迎えに来てくれるはずだ。
「「ジェフリー副団長ッ!!」」
ほら、来た。
私は衛兵の重なる大きな声にニヤッと口元を緩めた。




