第9話
クエスト報酬概要の文字が浮かんだので選択する。
さて、クリアランクからその内容に期待せずにはいられない。
『一覧を表示しますか?それとも個別に確認しますか?』
ポップアップする文字は標準語である。
前作と同じ仕様なら、閲覧途中で一覧表示に切り替えることも可能だろう。そう思って個別確認を選択する。
良質なアイテムをゲットしている可能性が高い時は、じっくりと成果を噛みしめたいというのがゲーマーとしての本懐だろう。
『ナイトリーソードをゲットしました。』
うん?
これはまあ、ゲヘンの部屋にあった物かな。
ナイトリーソードとは、細長い剣身と垂直に交わる十字型の鍔が特徴で、鎧の継ぎ目や兜の隙間から突き刺さすことも可能な剣である。騎士時代に最も慣れ親しんだ剣であり、市場で手に入れようとするとなかなかに高価なものだった。
ナイトリーソードをアイテムボックスに移す。
多くのゲームで定番の収納庫があるため、物が増えてもかさばらなくていい。リアル過ぎる設定が好まれる昨今でも、この仕様がなくなると非常に困る。大荷物を抱えて魔物に囲まれるなどゾッとしない話だからだ。
海外のMMORPGの中にはストレージがなく、荷物持ちや地図職人などを同行させなければクエストを進められないというものもあるらしい。一部のマニアには大いにウケているらしいが、最初のクエストを始めるまでにまず人件費を貯めなければならないというシュールな設定なのだそうだ。このあたりは個人の好みだろうが、私的にはゲームにまでリアルなビジネス要素を入れ込むのは勘弁してもらいたい。|ロールプレイングゲーム《RPG》よりも|シミュレーションゲーム《SLG》の要素が強いようにも思う。
『ストレージに同じアイテムが存在します。集約しますか?』
んん?
クエスト中にゲットしたナイトリーソードとは別のようだ。
よく考えれば、前作にはクエスト中に武器を奪うような流れはなかったので、新要素のように感じる。そもそも、魔術師には耐久度が関連する武器などなかったため、なくて当たり前だったと思う。
ステータスをオープンさせると下記の内容が表示された。
【名前】ノア・ゼルドナー
【職業】元王国騎士団分隊長、新人冒険者
【装備】ナイトリーソード、防具なし、アイテムなし
【所属】ソロ
【AI】方言ナビゲーター 関西弁(A)モデル
シンプルな内容が表示される。AIの記載内容が気になるが、スルーして装備にあるナイトリーソードを選択した。
【ナイトリーソード】
鎧の隙間から刺突もできるワンハンドソード。鍛造の高級品。攻撃力+10、耐久値9/10。
武器耐久度のMAXは10のようで、ゲヘンの屋敷で使用したからか9に下がっていた。
ヘルプ画面を開くと耐久値8~9については武器屋でメンテナンスを行うことで10に戻るようだ。7以下となると刃こぼれや歪みにより劣化が激しくなり、調整しかできないとのこと。なかなかシビアな設定である。因みに、報酬としてゲットしたナイトリーソードの耐久値は10だった。
雑魚が相手ならともかく、強敵なら万全の武器で挑む必要があるだろう。予備として同じ武器が複数あるのは心強いといえる。
また、このゲームでは身体は各プレイヤーの潜在能力─リアルでの能力がデバイスによって簡易計算される─をベースとしており、レベルアップするにはオーラと呼ばれる力を増幅させることが必要だった。
オーラとは生命エネルギーとも中国武術の気功とも呼ばれており、体内の気を鍛えて武力に変換するものだと解釈されている。オーラのレベルを上げるためには、鍛錬以外にも霊薬を飲むことでも効果が発揮されるそうだ。
ただ、霊薬は希少で市場にはなかなか出回らないものとされている。ソードマスターの境地に至った騎士だけが備えるオーラだが、飲むだけで強くなれる霊薬に莫大な価値を見出す者は後を絶たない。
結果、目をむくほどの価格がつけられ、貴族や大商人などしか参加できないオークションでたまに出品される程度だそうだ。リアルと同じく転売ヤーもいるのだろう。
地道に鍛錬を積みながら金を貯め、霊薬を手に入れることが成り上がるためのセオリーだといえよう。
『方言ナビゲーター“津軽Ⅱ型”をゲットしました。』
クエスト報酬の次を表示させると、また余計なアイテムがポップアップされた。
いや、いらんがな。
津軽弁が悪いというわけではない。
ただ、独特の表現や言い回しで、日本一聞き取りにくい方言とされているのが津軽弁だ。青森県出身のプレイヤーにとっては嬉しいものかもしれないが、俺にとっては翻訳機が必要になりかねない。
「もっと実用的なものはないのか?」
次々と表示されるアイテムを見て、矢継ぎ早にスキップを行う。
「おっ、ここでガチャ券か。」
序盤のクエスト報酬にそれほど期待していたわけではないが、ガチャ券は低い確率ながらレアアイテムをゲットできる可能性があった。
すぐにメニューからガチャを選んで引く。
二枚あったガチャ券はいずれもスーパーレアクラスのアイテムを引くためのものだった。
『方言ナビゲーター“琉球諸語”をゲットしました。』
「⋯⋯⋯⋯」
『ナイトリーソードをゲットしました。』
二枚のガチャ券でゲットしたものが泣ける。
「仕方がない。ナイトリーソードを換金するか⋯⋯」
換金さえできれば他の装備やアイテムを買うことができる。そう考えると、方言ナビゲーターなど使えたものじゃないク〇アイテムじゃねぇか。
ああ、そういや関西弁から標準語には戻せなかったが、津軽弁や琉球諸語には変更できるということか。ならば標準語もそのうちゲットできるかもしれない。ストレスの溜まる関西弁から戻せるなら、それなりに有効かもしれなかった。
それにしても、前作はこんなお笑い要素を多分に含んでいなかったのだが、今作品は何なのだろうか。
クリエイターは一度成功をおさめると、個人の趣味趣向を取り入れたがる傾向にあると聞いたことがある。この訳のわからない事象はそういったものなのかもしれないな。
「お待たせしました。ノア・ゼルドナー様の冒険者ランクについて査定が完了致しました。詳しくご説明させていただきますので、奥の部屋までお越しください。」
受付嬢にそう言われ、受付カウンター横のドアへと誘導される。
そこには冒険者ギルドの警備員が立っており、部外者が立ち入らないよう目を配っていた。
「どうぞ。」
警備員が抑揚のない声でそう言う。
何となく値踏みされているような視線を感じたが、気にしないことにした。
頑健な体をしたおっさんだ。元冒険者か何かだろう。
冒険者にとって、騎士とは好ましくないことが多い。
国に仕える者、領主に仕える者など様々だが、騎士は庶民にとって貴族であり権力そのものでもある。街中や都市近郊の騒乱に出張ってくることも少なくない騎士は、庶民たちにとって領主よりも身近な存在なのだ。
そして、腕っ節の強さだけで稼ぐ冒険者にとって、騎士は商売敵であることも多い。所作や話し方など騎士独特の臭いを感じれば、対抗心を剥き出しにする者もいるという。
現代社会でいえば警察と探偵、軍人と傭兵の関係値といえばよいだろうか。少なくともこのゲームの世界観はそう設定されているようだった。
「ノア・ゼルドナーで間違いないかね?」
ドアを潜り、中にいるギルド職員に案内された部屋には厳しい面の男がいた。体の分厚さでいえば、先ほどの警備員よりも上だ。
さらにスキンヘッドにスカーフェイスという、これでもかという強面を盛り込んでいる。
「そうだ。そちらは?」
「副ギルド長のカーク・ライドルだ。」
外観に似合わず奇妙な声をしている。ヘリウムガスでも常用しているのだろうか。
いや、この強面にそんなツッコミを入れるとよろしくない未来が見える。
「それはどうも。」
査定の末にここに呼ばれたのだ。
心当たりはないが、まだ駆け出しの一冒険者と副ギルド長がいきなり顔を合わせるというのは珍しいに違いない。
「バルバロイから実力は聞いている。優れた剣技を持っているそうだな?」
「自らはいと言うほど自惚れてはいない。」
そう答えると、カークはニヤリと笑った。
その笑顔、怖すぎてチビりそうになるぞ。




