第8話
『おめでとうさん。クエストクリアやで。』
例の効果音が脳内で鳴り、続けて関西弁のAIがそう言った。
感情のこもらない関西弁って、何て可愛げがないのだろうか。悪行三昧のトーマス・ゲヘンも不快感が強かったが、まだ話し方に人間味があった。
『報酬はポップアップメニューに出とるからな。好きに見とけや。』
コイツ、言い方がなにわのオッサンかよ。
標準語に変更してやろうかと思ったが、設定画面を開くと変更不可の文字があった。なぜコイツがデフォルトなのだ。
さて、呆気なくクエストクリアとなったものの、この屋敷にはまだゲヘンの部下がもりもりいる。
窓から外を見ると、約束通りバルバロイが前の通りからこちらを見ていた。俺は頭の上で丸を作って見せる。ニヤッと笑ったバルバロイが門扉へと向かって行った。
門衛が話しかけた瞬間、殴打して意識を奪う手際の良さ。このあたりを見るに、こういった荒事にかなり慣れているようだ。
元騎士という肩書きからすれば、このような行いには疑問がもたれるだろう。ただ、背に腹はかえられないし、相手は相当な悪党なのだから躊躇っても仕方がない。
俺はゲヘンに投げた封書とナイトリーソードを回収し、廊下に通じるドアの前へと行く。この部屋は防音措置もしっかりしているらしく、今の騒動で駆けつける者の気配は感じなかった。
ドアを開けた先に広がる通路に目をやる。すぐに各所に配置されている警備の者たちと目が合った。一人で部屋から出てきた俺に怪訝な表情をした彼らは、事情を聞くためかこちらに歩み寄ろうとする。
そのタイミングで階下からの喧騒が聞こえてきたため、警備の者たちの視線が俺から外れた。機を逃さずに一瞬で間合いを詰めた俺は、相手に反撃を食らうことなく無力化していく。
魔術師と騎士の違いはあるが、戦闘パートでの動き方など意識しなくてもお手のものだ。まして、基礎体力値の高い騎士のキャラクターだと、魔術師などとは移動速度もまったく異なる。
同じフロアにいる敵を殲滅していくと、やがて階段を駆け上がってくるバルバロイと合流することになった。
「さすが分隊長。手側が良くて助かるよ。」
そう言ってニヒルな笑顔を見せたバルバロイとフィストバンプさせた。
ゲヘンに投げつけた封書の中身はハッタリでもなんでもなく、冒険者ギルドから正式に出された指名依頼書だった。
もちろん、俺宛ではない。
騎士団を追放されてからのバルバロイは、その武力を活かして順調に冒険者としてのランクを上げてきたようだ。
多種族で構成された冒険者は閉鎖的な騎士団とは異なる。多様性が重視される現代社会と同等、いやそれ以上に様々な属性が共存できているようだ。とはいえ、まったく差別がないわけではないが、バルバロイにとっては騎士団よりも居心地がいいらしい。
そういった訳で冒険者ギルドの上層部からウケのいいバルバロイは、俺の話を聞いた上でゲヘンの拘束──というより抹殺を提案してきたのである。
俺はゲヘンに接触する駒として参加し、見事任務を達成させたというわけだ。
まあ、作戦についてはバルバロイの独断によるもので、冒険者の俺に対するギルドからの報酬は特にない。
この邸宅にあるゲヘンの私財は没収となるのだが、その内の二割相当がバルバロイの追加報酬となる。個人協力者の俺にはその半分相当が支払われるという覚書を、ギルド立ち会いのもとで作成したという経緯だった。
たった一割と思うかもしれないが、ゲヘンの私財というものはそれなりの金額にのぼる。事前に提示された額は一般家庭のおよそ一年分の生活費に相当し、冒険者の初期装備なら十分に揃えられる金額となった。
「昨日のことは詳しくお聞き致しました。現在、査定中となっておりますので、少々お待ちいただけますか?」
翌朝に冒険者ギルドを訪れると、受付嬢にそう告げられた。
「査定?」
「はい。ノア様は駆け出し冒険者という位置付けですが、それはギルドに登録された直後であるためです。今回のように功績のある冒険者と協力体制で行われた依頼は、冒険者としての査定ポイントが計上されやすいとお考え下さい。」
なるほど。
ソロや仲間内でこなす依頼よりも、功績のある冒険者と組んでする依頼の方が内容を把握しやすいというのが理由だろう。
しかし、俺とバルバロイがもともと知り合いであることは考慮されないのか?虚偽の証言となった場合は、実力に見合わない冒険者をランクアップさせることになりかねないのではないかと思えた。
「念の為にお伝えしておきます。こういった査定は不正がないようきっちりと対策がされているのです。万一、報告されている内容が虚偽であったと判断されれば、報告者に大きな減点が入ります。それこそランクダウンも致し方ないほどのもので。」
考えていることが顔に出ていたのか、それとも皆が同じ考えに及ぶのか、得たい回答がすぐになされた。
この場合の報告者というのは、功績のある方の冒険者──つまりバルバロイのことである。
達成した依頼における俺の実績が盛られたものならば、割を食うのはバルバロイの方というわけだ。さらに虚偽報告でランクアップを果たした冒険者の方は、今後の活動で実力が不足して死か再起不能に至る可能性がある。
まあ、当然の報いではあるが、そのあたりのシステムは冒険者ギルドとしても「備えていますよ」と言いたいのだろう。
「ゲームなのに緻密な設定をするなぁ」などと思ってしまうが、そのゲーム内でリアルな生活を送ること数日間である。相変わらずログアウトはできず、夢から覚めるような兆候もなかった。
これは本当に転生というやつなのか。
「ラノベやアニメじゃないのだから」という思いと、「ヘッドマウントディスプレイによる脳への障害では?」という板挟みの思いがいまだに強い。
果たして、自分にとってこの状況は歓迎すべきものなのかと、時間を持て余した時にいつも考えてしまう。とはいえ、答えが出ないのはいつものことだった。
重要なのは自分がこの状況を楽しめているかどうかだろうが、そういった意味では歓迎すべき点も多い。
気を取り直し、未確認だったクエストクリア報酬をポップアップさせる。
まず、クエストの詳細やクリアランクが表示された。クリアランクというのはクエストごとの評価点である。自由度が高いゲームであることから、遭遇するイベントや選択肢の内容などがポイント化されて評価される。これが低いとクリア報酬もしょぼくなるのがデフォルト仕様だ。
Sと表記されたクリアランクを見て安心する。
バルバロイと出会い、仲間として活動することが最適解だったと解釈しておく。ここでソロ活動に固執していると明るい未来はなかっただろう。このゲームはプレイヤー同士の共闘よりも、NPCとの友情や協力を最上とする節が前作にもあった。
しかも、NPCが相手といっても、それなりのコミュ力が必要とされる。AIが優れていることもあるし、ゲーム廃人の増加が社会問題となっている昨今の風潮を運営が重く見ているのかもしれない。
バーチャルとリアルの判断がつかなくなった者の人口割合が、昨年の統計ではついに先進国で一割を超えたそうだ。ゲーム業界も規制がかからないよう躍起なのだろう。
そう考えると、ゲーム内から脱出できない今の状況は、ゲームメーカーの意図するものではないとも推測できる。たとえベータ版とはいえ、人の人生を脅かすような真似をするメリットなど、どこにもないのだから。
いや、ゲームクリエイター自身が廃ゲーマーなら、ありえない話ではないかもしれない。そう考えた俺が背筋に寒気を感じたのは然るべきだろう。
魔術師、騎士といったファンタジー的テーマを盛り込みながら、洗脳だとかSFあたりのジャンルに置換するゲームも少なからず存在する。そういった作品を世に出しているクリエイターの何割かは、頭のネジが何本も外れているとの噂なのだから。




