第7話
バルバロイは騎士団在籍時のことを思い返した。
当時の騎士団長が遠征時に絡んだ俺の実力を買い、騎士団入りを打診してきた。当初は実力試しにちょうどいいと軽率に考えて快諾したのだが、いざ入団するとプライドと選民思想の強い騎士どもからあからさまな差別を受ける破目となる。
その時になって、族長が「外で見聞を広げろ」と言っていた意味をようやく理解した。
俺たち戦闘部族は蛮族と呼ばれ、都市部では獣や魔獣のような扱いを受けるのである。
それは貴族どもだけにとどまらず、町民なども畏怖の念を持った表情をこちらに向けてくるのだ。
何とも居心地の悪い環境で日々を過ごし、侮蔑してくる騎士どもと何度もやりあった。
奴らとの模擬戦で圧倒し、「口だけで大した奴らはいない」と溜飲を下げていたのだが、自らの立場は日増しに悪くなっていく。そんなある日、俺をスカウトした騎士団長からひとつの提案を受けることになった。
「あいつを倒せたら、おまえのような立場の者ばかりで特別部隊を編成しよう。」
これはチャンスだと思い、すぐに快諾した。
蛮族と蔑まれる者たちで部隊を編成し活躍すれば、同胞の地位向上につながるのではないか。その思いを胸に、指定された相手との模擬戦を受ける。
結果は惨敗だった。
かつても挑んだ騎士団長に敗北を喫したが、その時はオーラを使用させるまで善戦したと考えている。しかし、今回はオーラすら使用されずに辛酸をなめさせられたのだ。
力もスピードもこちらが上だった。だが、彼は俺の攻撃をすべていなし、器用にカウンターを何度も入れてきたのだ。
“バインド”や“パリィ”と呼ばれる剣技、そして甲冑を利用した防御術など、騎士としての技術の高さを初めて知らしめてきたのである。
確かに騎士団長は強かった。しかし、それはソードマスターという特性の強さだった。その時に対戦したノア・ゼルドナーという男は、純粋に騎士としての技術の高さを見せつけてきたのである。そして、模擬戦後に放たれた彼の一言に心酔した。
「偏見や狭い世界に捕らわれなければ、おまえはまだまだ強くなるだろう。」
そうか。
俺自身も苛立たしい騎士どもと同じだったのだ。
「騎士など自分よりも弱い。オーラを操れない奴など敵ですらない」という思いあがった自分など、戦士としてはまだまだ器が小さかったのだ。
その日から俺は、ノア・ゼルドナーに剣技を教わることにした。
「ふむ、誰でもないあんただ。抜け道というものを教えてやるよ。」
「抜け道?」
バルバロイは悪戯っぽく笑った。
「正確には、装備を整えるための資金稼ぎだ。」
「合法的なものなのか?」
「あたりまえだ。俺たちバドゥの民は好き好んで犯罪に身を投じない。」
そこらにいる騎士よりも彼らは誇り高い。そういった面で信用できた。
「悪かった。そういうつもりで言った訳じゃない。」
「それはわかっている。ここじゃなんだから、場所を変えよう。」
そう言ったバルバロイに促されて、彼が定宿している部屋を訪れた。
「冒険者が依頼を受ける場合、ランクが大きく影響する。報酬の高いものほどそうだ。多くの者がある程度の実力と資金を貯めてから冒険者を始めるのは、このためだといえる。」
その資金が低めとはいえ、冒険者稼業も他の事業と何ら変わらない。開業のためにはまとまった初期費用と当面の生活費が必要なのだ。
ただ、俺みたいな境遇の者や、底辺から成り上がりたい奴はその資金すらおぼつかない。
「俺もそこでつまずいている。」
「それでつまずいてドツボにハマるヤツも少なくない。例えば、昨日一昨日にあったケースでは、水商売で一攫千金を狙って客に手を出し、危ない筋から狙われているといったものだ。」
それ、俺のことじゃね?
「そんな奴がいるのか?」
「ああ。女の色香に惑わされたのか、それとも自分の体を売って儲けようとしたのかはわからないがな。」
なんだろう。
不快な汗が背筋を伝ってくる。
「その男の結末は?」
「それは知らない。捕まれば森の奥にでも埋められるとかじゃないか。」
バルバロイがそこには関係していないと捉えることにした。
「それ、俺のことかもしれん。」
埋められるのは勘弁してもらいたい。何か情報があるなら、それをもとに逃げるか攻めるか考えたいところだ。
「マジか⁉」
「マジだ。」
「あんた、客の色香に惑わされたのか?」
「そうするのが当たり前だと思っていた。ほら、アフターとか同伴とかもサービスの一環というじゃないか。」
「あの業界のことはよく知らんが、それはちょっとマズイかもしれないな。」
「マズイとは、具体的に何がマズイ?」
「……いや、逆にちょうどいいのかもしれない。その状況を利用すれば、さっき言っていた資金稼ぎも可能だ。」
そう言いながら不敵な笑みを浮かべるバルバロイを見て、こいつを信じていいのだろうかという不安が浮かんだ。
どうしてこうなった?
何度となく頭の中で繰り返される疑問がそれだ。
俺は今、郊外のある邸宅の前にいた。
邸宅には門衛の代わりにガラの悪い連中がいたのだが、そいつらの訝しげな視線を無視して門扉へと近づく。
「おい、兄ちゃん。ここはおまえみたいなのが来るところじゃねぇぞ。」
強面に囲まれた。
リアルなら震えあがるか、全力で逃げ出したくなる状況だ。
「ここの家主の女に手を出したのは俺だ。まぁ、帰っていいならそうするよ。」
俺はそう言って、帰ろうとした。
「なっ⁉ちょ、待てや!」
想定通り拘束される。
何発か殴られるかと思っていたのだが、両側から腕を押さえられただけだった。
郊外とはいえ人通りがまったくないわけじゃないからか、それとも別の理由があるのかはわからない。もしかすると、ゲームだから無用な暴力沙汰は描写を抑えているのか。いや、それならウッフーンな描写を目の当たりにしたのが説明できない。共にR18くらいのレーティングなのではないかと思うが。
相手に言われるままに従い、項垂れながら連行されていく。
やだなぁ。
拷問とかやめてくれよ。
そう思いながら邸内に入り、視界に入った間取りを頭に入れる。
ゲームなのだからマッピングくらいしてくれるだろうと思っていたのだが、関西弁のAIが『自分でやれよ』と言ってくるので仕方がない。
というか、こいつムカつくなぁ。
三階の最奥の部屋前にたどり着いた。目の前にはずいぶんと豪華なドアがそびえ立っている。
天井高と同じだから、三メートルくらいの高さがある両開きの扉だ。装飾部にはこれでもかと金が使われ、扉本体は黒い漆塗りのようにテカっている。
『趣味悪。』
こういった意匠にこだわるのは、特に成金だとか反社の人間に多い。
自らの力を誇示したいのだろうが、実際には目立たないが良質なものを用立てる方が力の誇示につながりやすいのがわからないのだろうか。
本当に力のある人間は自身を磨くのに余念がない。品質や価値を理解する者ほど、敵に回すと恐ろしいものだ。
「なんだ?」
扉の前にいた護衛らしき男が、俺を連行した男を見てそう言った。
「探していた野郎が見つかったから連れてきやした。」
「そうか、わかった。」
護衛の男は端的に返し、扉をノックする。
「姐さんを誑かした男が捕まりました。」
「入れ。」
バルバロイいわく、この屋敷の主人は非合法な商いを手広く行っている闇の商人だそうだ。金になることなら何でも扱う奴で、中規模な犯罪集団として有名らしい。
そんな奴らがなぜ摘発されないかというと、有力者や官憲の類に盛大な賄賂をバラ撒いているからだそうだ。そんな奴をどうにかしようなど、自殺行為じゃないのかとも思えた。しかし、金になびかない相手には弱みを握って脅しを入れているらしく、敵もなかなか多いとのこと。
「貴様がそうなのか。」
室内に入ると、高級そうなデスクの向こう側からでっぷりとした男がにらんできた。
贅沢三昧しているのか、太っているだけでなく顔も土色で痛風鍋でも毎日食らっているのかと疑いたくなる。
「ふむ。その腹だと、あんたのピーは埋もれて役立たずという感じか。そりゃ、男漁りに走るわな。」
「貴様、死にたいらしいな。」
感情的にならず低い声で凄んでくるとは、見た目以上に肝が座っているのかもしれない。肝心の肝臓自体は、沈黙の臓器と化している気もするが。
横にいた護衛が何らかの動きを見せたため、後方へとわずかに下がった。
つい先程まで俺の脇腹があった位置に、細いナイフが突きたてられようとする。その手首を掴み、背中側にひねりあげてナイフを取り上げた。
「⁉」
門扉から俺を連行してきた男もようやく身構えるが、その時には股間に蹴りを入れていた。
「さて、ゆっくりと話をしようか?」
俺はそう言いながら、片側の壁に歩み寄る。
「貴様、誰に向かってでかい口を叩いているのかわかっているのだろうな?」
「闇ギルドを運営しているトーマス・ゲヘヘさんだろう?」
「……トーマス・ゲヘンだ。」
「これは失礼。」
おあつらえ向きにクロスさせた二本の剣が壁に飾られている。
そのうちの一本を手に取り鞘から抜き出した。
鞘や柄、鍔の部分には装飾が施されているため、剣身を見なければ飾り用の宝剣かと思えたのだが違うようだ。
『珍しく合金製の鍛造品や。なかなか優れたナイトリーソードで、ガチャならSSRかSRの部類やなぁ。』
関西弁のAIがいうように、形状はスタンダードなナイトリーソードである。しかし、片手で軽く振ってみると、重心が絶妙で実際の重量を感じさせない扱いやすさがあった。
「もうすぐここに護衛たちが集まってくる。投降するなら今のうちだぞ。」
「おまえ、家出して行く宛てのない女性たちに何をさせた?」
「何の話だ?」
「スラムの住人にドラッグを配って中毒にし、犯罪に加担させたのもおまえだろう?」
「知らん。」
「賄賂で有力者を味方につけ、反目する相手は抹殺しているとか。」
「…………」
「異常性癖の持ち主で、赤ちゃんの格好でムチ打ちされなきゃイケない体質だとか。」
「ち、違う!それだけは違うぞ!?」
「他は事実ってことだな。」
「なっ⁉」
俺はバルバロイから預かった封書をゲヘンの目の前に投げつけた。
「なんだ、これは?」
「生死不問で身柄を抑えろという指名依頼が出ている。読むなり捨てるなり、好きにすればいい。」
「ふ、ふざけるな!私のバックには誰がいると思っている‼」
俺はナイトリーソードを逆手に持ち替え、トーマス・ゲヘンの胸部に投げ込む。
「ぐえっ⁉」という叫びの数瞬後、奴は力なく座っていたチェアに沈みこんだ。
「バックにいる奴が見限ったから、生死不問にしてあるのだろうな。」
俺はそう吐き捨てた。




