第6話
冒険者ギルドに到着すると、すぐに掲示板前へと向かう。
反社会的勢力が絡んでいそうな依頼を探すが、そういった類はいずれも中堅ランク以上の冒険者でしか受付してくれないようだ。
相手が相手だからあたりまえなのかもしれないが、受託されていない依頼も多かった
。
普通に考えれば敬遠されがちな内容だろう。
組織的な相手だと、依頼を完遂した後でも恨みを買ってつけ狙われる恐れがある。また、その手の組織が関係する商いも少なくないだろうし、非正規な物品の売買で関係を持っている冒険者も存在するかもしれなかった。
「受けれそうな依頼はなしか。」
軽くため息をつきながら、情報収集することにした。
冒険者ギルド併設の酒場に行き、飲み物をオーダーする。メニューを見ていて懐かしく感じ、ついクリームメロンソーダを注文してしまった。
現実世界なら恥ずかしいからあまり注文することはしないが、ここはゲームの中だ。格好つけても誰も注目なんかしないだろう。
ウェイトレスが注文の品を運んでくる。ミニスカとニーハイによる絶対領域を誇張したデザインの制服が、ゲーム開発者の性癖を暴露しているようで微笑ましい。
「お待たせしました~。」
俺の顔を見てニコっと笑みを見せてくる。
クリームメロンソーダを注文する野郎に対して、『カワイイ』と感じてくれているのなら良いなぁなどと自分勝手な願望に浸りながら、こちらも笑顔で「ありがとう」と答えておく。ゲームの世界であっても人間関係は大切にしたい。特にかわいい女性に対しては。
去って行く彼女の絶対領域に視点が釘付けにされながらも、周囲からはどこを見ているのかわかりにくい表情をさらしておく。
まあ、同じ思考を持つ同志や女性たちにはバレバレかもしれないが、幸いにも女性客はほとんどいなかった。絶対領域効果か、男性率90%超えである。
クリーム部分をスプーンですくい、冷たさと濃厚な甘味を堪能する。
なぜ、メロンソーダに浮かぶクリームはこんなに美味しく感じるのか。緑の液体に白いアイスクリームの映え方は一種の芸術品だからか。もしくはこのジャンク極まりない鮮やかな緑が癒し効果を発揮するのかもしれない。
多くの者はクリームをメロンソーダに溶け込ませて飲むそうだ。個人的にはあまりしないが、愛好家はそれをクリームソーダの正しい飲みかただと熱弁するらしい。
正直なところ、「どうでもええやろう」と思う。
それよりも、かつてのアメリカではクリームソーダ禁止令が出たという話の方が気になってしょうがない。宗教的な理由か何かで、ぜいたく品として禁止されたとか何とか。それで抜け道のようにアイスクリームサンデーが生まれたというのだから、歴史とはおもしろいものだ。
因みに、日曜日にクリームソーダが禁止され、代替品として普及したからアイスクリーム“サンデー”なのだそうだ。
「よう、旦那。相変わらず禍々しい物を食っているな。」
突然肩に手を置かれてそう言われた。
クリームソーダのウンチクを語るのはこのあたりで終わりのようだ。
まさかこんなところに知り合いがいたのかと思いつつ、声の主に目をやる。
片側のツーブロックをオープンにし、反対側に長髪を流しつつ結わえたアシンメトリーな髪型をした大柄な青年だった。
ノースリーブの上衣からは筋骨隆々の両腕が生えており、浅黒い肌と合わさってワイルドな風貌をしている。髪の色はあまり街中で見かけない、くすんだような灰色だった。
「誰だ、コイツ?」と思っていると、AIがもう聞き慣れた関西弁で説明を始める。
『戦闘民族バドゥの血統を持つ野蛮人や。名前はバルバロイ。あんたの元部下やで。』
その説明の直後に目の前にいる男の情報が瞬時に脳内に流れ込んできた。NPCでもモブではなさそうだ。
情報をたどると、確かに俺の騎士時代の部下である。
バドゥという戦闘民族は南部の少数民族で、狩猟と独自の文化で生活していた。価値観が戦闘による強さにあり、部族を率いる長も決闘で決めるらしい。
「ひさしぶりだな。団法会議の審理以来か。」
「ああ。あの時は世話になった。最後までかばってくれたのは、あんただけだったのをしっかりと覚えているよ。」
『バルバロイは気の荒い野蛮人で、他の隊の者が一族を貶したことで15人ほどフルボッコにしよった。当然、服務規程違反による裁判にかけられて、騎士団をクビになるわな。』
AIによる解説は非常に助かる。
ただ、悪意はないのだろうが、その内容が少し偏っていた。
「任務に対しては誠実な団員だったからな。かばいきれなくてすまなかった。」
バドゥ族に関わらず、戦闘民族は野蛮人と俗称される。
旧態依然とし、いまだに蛮族特有の内政を行っていることから差別的な見方をされているのだ。個人的に考えれば、直情型なため扱いやすい。それにバルバロイ本人は頭の回転が速く、様々な経験を有しているから頼りがいもあった。
いやぁ、それにしても、ゲーム内で扮するキャラがまともな部類でよかったなと胸をなでおろす。これが本当にゲーム内転生でモブ悪役キャラだったりしたら、その時点で難易度が大幅に上がってしまう。序盤から知り合いはすべて敵とか、本当に泣くしかないからな。
「あんたが食い下がってくれたおかげで禁固刑にはならなかった。騎士団からの追放のみだったから、今こうして自由でいられる。」
詳細は脳内にもたらされる情報でしかわからない。
俺はこのバルバロイの能力に一目置き、騎士団としての任務においても何度か助けられている。そんなバルバロイからしても、俺は能力のある上官というより実力のある戦士と映っていたらしい。
戦闘民族の価値観とはそういったものなのかもしれないが、騎士団から追放された今となってはそちらの方が都合もよかった。
「そう思ってくれているなら何よりだ。ところで、こんな所で出くわすとは、バルバロイは冒険者なのか?」
彼が騎士団から追放されたのは最近のことではなかった。
「ああ、そうだ。俺が騎士団に入ったのは、自身の実力を確かめるためだったからな。その目的は今も変わっていない。だから冒険者という職業は、騎士よりも性に合っている。」
そうだった。
戦闘民族だからといって、バドゥ族は閉鎖的な部族ではないらしい。特に今代の族長は外での修練や知見を広げることを推奨し、また、他種族からの血を入れることにも抵抗がないそうだ。
これは旧態依然とした部族内治世では、今の世の中を生き抜くのは難しいとの考え方からだとのことである。確かに、狭い社会で慣習に囚われ過ぎた結果が、広い世間での差別や侮蔑を生んでいるともいえるのだから正しい考え方とも思えた。
バルバロイはそんな族長の息子であり、バドゥ族でも最強の戦士なのだから規範とならなければならないのだと主張する。
部族固有のものではあるが、剣技に優れた彼をスカウトしたのは当時の騎士団長だ。その騎士団長が精鋭部隊である騎士たちから疎まれていた彼を、任せるといって俺に預けてきたのである。その後、他の部隊員とのトラブルによって、団法会議にかけられて騎士団を追放されることになったという流れだ。
当時の上官だった俺はその責任を問われて減点査定の対象となり、それも自身の追放の一因となったのである。こちらからすれば、厄介者を押し付けられた体裁だった。
とはいえ、これはあくまでAIやウィキが語る設定に過ぎない。
俺の追放など、このキャラに設定されたからには大した理由にならない。なるべくしてなったのだから、恨みを抱くこともなかった。
「分隊長と、今の俺が呼ぶのはおかしいよな。あんたはどうしてここに?」
俺はこれまでの経緯を説明した。
「マジかよ。ソードマスターのあんたまで追放とは、狂っているな。」
「魔術師との立場が一転した。これも時代の流れだろう。」
「ずいぶんと達観しているな。それでいいのか?」
誇り高きバドゥ族の戦士からすれば、腑抜けに見えるのかもしれない。
「騎士とは名ばかりで、保身や政治に身をやつすような立場に未練はない。俺もおまえと同じで、一冒険者としてやり直すつもりだ。」
「なるほど。でも、冒険者の世界も甘くないだろう?登録して間なしなら、ろくな依頼も受けられないはずだ。」
痛いところを突かれたものだ。
いや、バルバロイにも身に覚えがあるのだろう。
実力云々の前に、装備を整える金や信用がなければ低ランクに甘んじる。最初は底辺冒険者として、泥をすする覚悟が必要なのは身に染みて感じていた。




