第4話
《ランダムクエストが発動しました!》
「⁉」
視界の真ん中に文字が浮かび、ピロリロリーンという音が聞こえてくる。
前作と同じくランダムクエスト発動時の演出だ。
昨今のフルダイブ型MMORPGに過度な演出はない。
五感で体感できるゲーム世界に、ほとんどのリソースがかけられているのだから不要ともいえるのだ。
ただ、何となくレトロな演出にアンバランスさを感じるのは前作と同じだった。この奇妙なアンバランスさが、完璧ともいえるゲームバランスの中では理解不能な親近感に思えるのだから不思議なものである。
《応戦しますか?それとも逃走しますか?》
ランダムクエストでは定番の選択肢が出た。
この時の判断が小さいながらも今後のゲーム展開を左右するというのは、前作で散々味わったことである。
さて、どちらを選べば有利に展開するだろうか。
ランダムクエストでは、その中での選択やクリア状況により何らかの報酬を得ることができる。序盤ではそれほどいい物がもらえるわけではないが、ちょっとした武器が手に入れば非常に助かるのだ。
『逃走する』
俺は後者を選ぶことにした。
理由は応戦するには相手の戦力が未知数であること、そして素手で圧倒すれば武器は報酬として手に入りにくいと感じたからだ。
このゲームはプレイヤーの行動と脳波から、その思考をAIが読んで展開を左右させる。少なくとも前作ではそれが顕著だった。
素手で戦えるなら剣は不要と判断されるか、ガントレットなどの殴打武器が報酬となる可能性が高い。対して、逃走を選べば戦力補強のために身の丈にあった武器をくれるか、知略行為として魔道具などを報酬として出すのではないかと考えたのだ。確信はないが、少なくとも前作ではそういった傾向が強かった。経験則に基づく思考というやつだ。
それに騎士が主役なのに殴打武器などもらったら、クリアできてもトゥルーエンドとはほど遠くなるのではないかと思う。あくまで騎士らしい、誇りと尊厳を見出せる武器が望ましい。剣や槍、ギリギリのところで短剣といったところである。
《逃走が選択されました。これより、クエスト『昨夜はお楽しみでしたね?』が開始されます。》
「…………」
クエスト名に微妙な気持ちにさせられたが、間違いではないのでなんとも言えない。
「あの路地に引きずり込んでから攫え!」
《スタート》の文字が眼前に出現すると同時に、後方から物騒な声が聞こえてきた。
近くの路地を曲がるようなフェイントを混じえながら、正面にのびた通りに向かって全力でダッシュする。
「逃げたぞ!追え‼」
さすが序盤、相手の言葉でその先の展開がまるわかりである。
幅は広いが人通りがまばらな通りを駆け抜け、予備動作なしで先ほどの路地とは斜め向かいにある狭い通りへと入りこむ。
道幅はわずか三メートルくらいの狭さだ。
その先には井戸端会議でもしているのか、ヨボヨボの老人たちがたむろしていた。
『ミニゲームエリアに突入しました。ご老人方に接触しないよう、走り抜けてください。』
いやいや、そんな趣向などいらないだろうに。
片耳に手を当てながら他の老人の言葉に耳を傾ける人もいれば、口論からケンカに発展しそうな人たち、杖を持ちながら痙攣するかのようにプルプルしている人など、十人以上のシニアが道の真ん中を占拠していた。
老人たちに触れたらミニゲームは失敗に終わり、その場で追跡者に捕まるということだろう。まあ、動作の遅い老人たちばかりを集めているようだし、大した難易度とも思えなかった。
足を緩めることなく、左右の壁と老人方の隙間を縫って走る。
時折、急な動作で倒れてきそうになるご老人や意味不明に杖を振りあげるご老人、よくわからないが「喝っ!」と奇声を発するご老人方を難なくクリアしながら距離を稼いでいく。
因みに、このゲームは前作と同仕様であれば、プレイヤーだけでなくご老人方にも危害を加えることが可能である。
理不尽な暴力をゲーム世界で存分に振るい、ストレスを解消したい者というのは一定数存在していた。だからこその年齢レーディングだったりするのだが、理不尽すぎる行動には制裁が存在するのもこういったゲームの特徴だったりする。
「喝っ!喝っ!!喝っ!!!」
腹に響くような野太い声で老人の声が聞こえてくる。
先ほどまで耳にした「喝っ!」とは切迫度が違い、明らかな殺意も含まれているように感じた。
何が起きているのか振り返って確認したい衝動に駆られたが、緩いとはいえミニゲームの途中である。くだらないミスで報酬を無為にするつもりはない。
あと数歩で老人たちが集うエリアを抜けようといった場所までくる。
「きぇぇぇぇー!」
「きぇっ!きえっ!!きぇっ!!!」
鼓膜をつんざくような奇声が聞こえてくる。そして、ほぼ同時に鳴り響く打撃音。
強くなる一方の好奇心を、歯を食いしばって抑えながら走り抜けた。
《おめでとうございます!ミニゲームをクリアしました。》
「よしっ!」
俺は振り返って状況を確認する。
そして、視界に飛び込んできたのは……
ミニゲームのプレイ中画面を再生する。
このゲームにもスクショや録画といった機能が搭載されていた。ゲーム内のコミュニティだけでなく、外部の動画配信アプリやブログにアップできるものとして昨今ではあたりまえの機能である。
ただ、ベータ版であることから外部共有は活性化されていないのだが、そちらをゲーム内で再生することはいつでも簡単にできるようだった。
「いや、怖すぎでしょ。」
先ほどの奇声や打撃音だが、結論からいうと俺を追ってきた連中が老人たちを張り倒して進もうとしたことから端を発する。
あまりの横暴さにブチ切れた老人たちが、集団で杖を振りかざして奴らに襲いかかったのだ。結果として、追っ手たちは油断からか反撃できないままタコ殴りにされて全滅したという訳である。
まあ、善良な御年寄をいたわらず、足蹴にした報いというやつであろう。
しかし、キレ散らかした老人たちの動きはそこらのプレイヤー顔負けのものがあった。NPCだからといって配慮を怠るとああなるのである。
少し間を置いてから現場に視線をやった。
既に老人たちは散開し、そこにいるのはフルボッコにされたホスト連中だけである。
そう、俺をつけまわして攫おうとしていたのは、昨夜に一夜限りの同僚であった彼らだったのだ。クエスト名から連想していたものの、客をぶんどった新人ホストへの報復とは短絡的な行動に出たものである。
「さてと……」
ミニゲームはクリアしたが、クエストの完遂通知は出ていない。
この先の展開は地面に突っ伏したホスト連中から聞き取りを行い、次の行動について考えることにしよう。
それにしても、序盤から夜の街の住人や老人たちの奇行を目の当たりにしているが、このゲームはどこに向かおうとしているのだろうか。
ベータ版ということもあり、世の中の多様性やら社会問題に触れていこうという実験でも盛り込んでいるのか。
いまいち、運営の意図が読み取れないが、老人が暴れまくるというシチュエーションは俺にとって楽しいからヨシとすべきなのかもしれない。
まあ、あの杖が俺に向かってきたら当然容赦はしないが。




