第3話
さて、武器が調達できない弊害が早速出た。
とりあえずこの都市を離れたいと考えていたが旅費がない。手っ取り早く稼ぐ手段として冒険者になるという方法があったのだが、その本審査には装備の類ももれなく考慮に含まれていたのだ。
稼ぎの良い依頼には戦闘がつきものである。武器も防具もない俺に、そういった依頼は斡旋してもらえない。
しかし、冒険者とはある意味で何でも屋である。言い換えれば、広く公益をもたらす依頼ばかりが揃う。そのため、戦闘以外にも仮登録で従事できる依頼は多かった。
ただし、報酬を気にしなければの話だが⋯⋯
「報酬が高いと思ったが、やはりか。」
いや、やはりというよりも浅慮だったといえよう。
冒険者ギルドは商業ギルドとも提携しており、飲食店や宿泊施設の日雇い従業員等の募集も斡旋していた。
とりあえず仮の冒険者登録を済ませた俺に選択できる依頼は少なく、その中で最も高額な報酬である依頼に申し込んだのだ。
「あなたなら、この依頼の面接にクリアできそうです」という、受付嬢の言葉に乗っかってしまった俺も悪かったのかもしれない。
少し高級な酒場の臨時店員とのことだったが、報酬額の高さから用心棒か何かの募集だろうと勝手に思い込んでいた。
現地へと赴き面接を実施された後に、「あなたはまず髪を切りなさい」とオーナーらしき女性に言われて、否応なしに店の専属ヘアスタイリストらしき者に預けられる。
「まあーっ、ダッサい髪型!でも、あなたは髪を短くカットしたら光り輝く宝石になれそうね」と、その男は腰をくねくねさせながら言う。
なんだ、コイツ。
ことあるごとに俺の肩や胸を撫で回しやがって。
その時点で嫌な予感はしていた。
それでも金のない俺に選択の余地はなく、悪党の護衛でもなければ「まあ、いいか」と考えたのである。
そして、いざ職場に向かうと⋯⋯
「グイグイよし、来い!」
「いい波に乗ってね⁉」
⋯⋯んだよ、ホストじゃねぇか。
前作、『至高の魔術師』にも登場したサブクエストである。
ホストクラブやキャバクラなどの夜の店で働く、もしくは客として訪れて客やキャストを口説きおとすミッションだ。
報酬は高額、もしくはアフターからのお持ち帰りである。
マジか、序盤からコレ?
まあ、ゲームの世界では珍しくないのだが、このシリーズの年齢レーディングは確か十七歳以上だったか⋯⋯む、もしやグフフな展開があるのか⁉
「お兄さん、美形ねぇ。金髪碧眼なんて、貴族様みたい。」
店の運営に言われるまま席に送られると、そこにいる女性に気に入られたようだ。
年齢は二十代後半に差しかかったくらいか、赤髪の異常に色気のあるお姉さんが相手だった。
「ありがとうございます。」
「ふふ。チャラさもないし、いいわね。」
何がいいのかよくわからないが、俺の太ももがお気に入りのようで先ほどからソフトタッチや揉むような仕草をしてくる。どう反応していいのかわからないまま、とりあえずお姉さんの話を聞きながら相槌を打った。
「あなた、この世界じゃ素人でしょう?でもスレてなくていいわぁ。」
あいかわらず何が「いいわぁ』なのかわからないが、上機嫌なお姉さんに満面の笑顔を返しておいた。
まさか、このお姉さんの正体がサキュバスで、魅了されたり突然の戦闘クエストに突入したりはしないだろう。いや、前作には違った趣向だが、似たようなクエストがあったため警戒は怠らない方がいいか。
「あら、クールねぇ。それじゃあ、これでもオーダーしちゃおうかしら。」
そう言ったお姉さんはシャンパンをオーダーする。
「ヌキ物、いただきましたぁ!」
同席していたチャラ男くんがそう言った。
一瞬ドキツとしたが、ヌキ物とは業界用語でコルクを抜くようなお酒のことらしい。特に高額なブランドのシャンパンなどは店側からするとテンションが上がる。
「ねえ、あなた。オールで入れてあげるから、この人と二人きりにしてくれる?」
お姉さんはチャラ男にそう告げて席から追いやった。
チャラ男は顔を引き攣らせた後、俺に対してこっそりと舌打ちして引き下がる。上客を盗られたと思い、嫉妬されたのかもしれない。因みにオールとは、出勤中のホスト全員を集わせ振舞うような高額オーダーである。
すぐにホストどもが集まり、定番のキラーコールが始まった。一同に会してダンスやマイクパフォーマンス、歌などで盛り上げようとする。
『なんじゃこれ、恥ずかしいぞ』
そう思いながらも、お姉さんの微笑につられて微笑み返す。何となく俺の顔が引き攣っている気もするが、これで喜んでもらえるならヨシとしよう。この依頼が成功すればそれなりの報酬がもらえるのだから、もうひと踏ん張りくらいはなんともなかった。
「ねぇ、アフターもいいでしょう?」
俺の耳もとに唇を寄せて、そんなことを囁いてくるお姉さんに思わず頷き返す。耳朶を打つお姉さんの吐息が心地いい。相手が相手なら「黙れ、クソバ○ア」と返すところだが、このお姉さんの艶めかしさはゲームであることすら忘れてしまう。
アフターって、店から出て食事を共にするとか飲み直すことだよなぁ。もしかして、その先もあるのかと拙い知識で考えながら金の計算をする。
『至高の魔術師』でもサブクエストのホストは経験したことがあった。
確か、アフターの費用はこの店で高額の支払いをしてもらった御礼に、自分持ちだったはずだ。
報酬をすぐにもらえれば大丈夫か?
いやいや、洒落た店とか美味い飯屋とかわからないぞ。ウィキを見たら出てくるか?
そんなことを思いながら、時間は経過していった。
「⋯⋯金がない。」
昨夜はアフターの後、お姉さんのご要望により朝まで一緒だった。
というか、ゲームなのにリアル過ぎるだろおい。
枕というやつである。
いい思いしやがってと思われるかもしれないが、アフターはすべて自分の財布からの持ち出しだった。ついでに言うなら、報酬額のほぼ全額が消し飛んだのである。
高級なリストランテに三ツ星ホテルのバーと宿泊──数百万の報酬を一夜にして稼ぎ、そのほとんどをそのまま支払いすることとなった。
残ったのは一夜の思い出か。
いやいや、これって本当に神ゲーの続編なのだろうかと思ってしまう。
確かに前作でも似たようなサブクエストはあった。ただ、最後はウフ~ンなハートが視界に出て終わりだったのだが、今回はマジもんだったのである。
まあ、ログアウトできないところから前作とは違うのだから、気にしても仕方ないか。ただ、俺の性癖が運営にバレバレではないかと思うと、恥ずかしさしかないのだが⋯⋯
財布の中身と悶え死にそうな思考にフラフラと歩いていると、後ろから複数の気配を感じた。
『尾行されている?』
隠そうともしない強い視線にさらされながら、何者だろうかと予想する。
昨日は何もなかった。
だとすると原因は⋯⋯
思い当たることはひとつしかなかった。
次から次へと楽しませてくれるものだ。
『まぁ、ゲームだしなぁ。』
何気ない表情で先を進み、行く先の角を曲がってから走り出す。
前作と同じシステム採用なら、ゲーム初期の戦闘は格闘技などの知識や現実の肉体の強さが大きく影響する。簡単にいえば、実際に格闘技をやっていれば再現率の非常に高い動きができるし、現実での肉体がアスリートなみならば他者を凌駕しやすいというわけだ。
唯一残念なのは、そういったスキルや能力値がステータスなどに反映されず視覚化されていないといったところか。ただ、このゲームにも|PVP《プレイヤー対プレイヤー》やPKといった要素が存在する。その場面では相手にこちらの情報を不用意に見せることがないため、利点としても高いといえるだろう。




