第2話
外はカラッと、中はジューシーな唐揚げを堪能した。
噛む度に溢れる肉汁が口内に広がる。そして、そのまま白飯やビールで口の中をすすぐのが、これ以上にない至福の時間だった。
ニンニクや生姜でくどくない程度に風味付けされており、さらなる食欲を刺激して飽くことがない。自称カラアゲニストとして、このまま何杯でも白飯をほおばり、ビールを流し込むことができそうだった。
どのような高級料理よりも、こういうのが飽きなくていい。
「⋯⋯飯が美味いのは救いだな。」
人間とは不思議なものである。
日常生活から放り出されて途方に暮れていたのが、食欲を満たされるだけで冷静になれた。
あらかた食べ終わり、メニューオープンと念じてみる。
目の前の空間に現れたのは半透明なパネルだ。ゲームではお馴染みのメニュー一覧が表示されている。
「やっぱり⋯⋯ゲームの中だよな?」
先ほどから何度となく自問した言葉である。
目の前のパネルはともかく、食事がリアル過ぎた。これはフルダイブ型VRMMOが定着した今の世の中でも、最大の課題といわれている部分だったのだ。これまでなら味覚など存在しない、もしくは見掛け倒しの味しかしないのがゲーム内の食事の定番だったのである。
仮想空間と人間の五感を接続するフルダイブ型技術は、2030年に確立されて各国の監督省庁の認可を経た上で普及した。
かつてはライトノベルを始めとしたメディアミックス内のみでの仮想技術だったが、異世界転生ブームからゲーマーへの需要が見出されて研究開発が加速したのだ。
既に数十回目を数えるメニュー項目の確認を行った俺はこちらも何十回、いや何百回目となるため息を吐いた。
三年前に発売された『至高の魔術師』というゲームは、全世界で2800万人を超えるプレイヤーが存在するといわれている。既に神ゲーと呼ばれる領域にいるタイトルだが、今夏にその続編のベータ版が発表された。
ベータ版とは、正式リリース前にユーザーが試用するサンプル版のことをいう。具体的な数字は公表されていないが、このベータ版のテストプレイヤーとして世界各国から複数のプレイヤーが選抜されたらしい。
今、口内に残った唐揚げの肉汁をビールで流し込んでいる俺も、そのテストプレイヤーのひとりだった。
二ヶ月前に『至高の魔術師』を開発販売したアヴァンダント・コーポレーションから直にメールを受けて、今回のベータ版プレイヤーとして参加することになったのだ。
およそ一ヶ月間に渡る拘束期間や所定の健康診断受診などが条件だったが、ちょうど大学の夏休み期間と被るため俺にとっては何の問題もなかった。因みに、大学生といっても現役生とはやや異なる。リカレント教育と呼ばれる仕事を中断して長期間学び直す制度を利用していた。
ベータ版プレイヤーには、一日あたり一万円の報酬も出る。ブレイン・マシン・インタフェースであるヘッドマウントディスプレイのリース代で、首の回らない貧乏学生にとっては渡りに船だといえたのだ。
フルダイブ型のゲームをするための必需品であるヘッドマウントディスプレイは、基本的に一括購入はできない。メンテナンスの問題だけでなく、五感と接続する技術であることから、厚生労働省を始めとした各省庁からモニタリングされているためである。
このあたりの詳細について詳しくは知らない。要は、「脳に異常が出ないか」「健康に影響しないか」といった懸念が、完全に払拭されていないということかもしれない。
ブレイン・マシン・インタフェースを普及させる際に、ヘッドマウントディスプレイ型にするか脳にナノマシンを入れるかが論議されたことは有名である。個人的には医療行為ではなく、ゲームという娯楽で危険性がないかの考察が行われるのは逆に安心だと思えた。
政府が脳を損傷させるような機器の市販化を認可するなどありえないだろう。それに、念には念を入れてモニタリングするといっているのだから、ゲーマーの多くは気にしても仕方がないと考えているはずだ。
そう、つい最近までは俺もそう思っていました。
「やっぱり、見当たらないな⋯⋯」
何度メニュー一覧を見ても、あるべきワードが見当たらないのだ。
「マジかよ。ログアウトできないじゃん。」
つぶやきの響きは軽いが、大問題である。
異世界やゲーム世界への転生には憧れても、何の準備もなしにそうなるのは大きな不安が募るのだ。
フルダイブ型ゲームも一般的なゲームと何ら変わりなく、オートセーブ機能がついていた。そして、ログアウトもメニューから選んで確定するのが普通である。これは前作『至高の魔術師』でも同様で、続編やベータ版だからといって仕様変更するなど、混乱しか招かないからまずないだろう。
メニュー一覧から『ヘルプ』を選んで検索バーにログアウトと音声入力するが、やはり結果は「お探しの項目は見つかりませんでした」だ。
再度、メニュー一覧に戻り『アヴァンダント・ウィキ』という項目を選択する。これはメーカーであるアヴァンダント・コーポレーションや不特定多数のユーザーが、前作から通じて共同編集してきた知恵袋のようなものだと思えばいい。しかし、こちらでも結果は同じで、「エラーが発生しました」としか出なかった。
「これは作為的なものを感じるな。いや、それとも、ある一定の条件下でしかログアウトできない類か?」
どちらともいえなかった。
こうなってはウダウダと考えていても仕方ないだろう。このままゲームを進めて、定期的にログアウトできるか試すしかない。不具合ではなく、メーカーのサプライズやギミックの可能性もないとはいえないのだ。そう結論づけた俺は行動を起こすことにした。
「高っ⁉」
食事の後に訪れた武器屋で剣の価格を見て思わず口走ったのはそのセリフだった。
この続編ゲームのタイトルは『追放された騎士の逆襲』である。
当然のごとく、騎士としての再起を目指すのがメインシナリオだろう。前作では魔術師の最大の欠点である詠唱時間の大幅な短縮、もしくはそのゼロタイム化をターゲットにプレイしたものだ。しかし、今回は勝手が違う。このままログアウトできない場合、ゲーム世界がリアル日常だと見なさないといけない追加要素がある。
保守的な考えだが下手に貴族にケンカを売ることや、自らの実力に見誤った行動を起こせばすぐに命を落とす可能性を考慮しなければならなかった。
ウィキを読んだところで自身の能力を100%理解するのは不可能だし、チュートリアルは用意されていない。ならばと剣を購入するために武器屋を訪れたのだが、想像以上に高かった。
国のお抱え騎士は衣食住が提供されており、武器や鎧も支給品を使用する。それらの待遇が良かった分、給金はそれなりだったのだ。
退職金代わりに貰った金銭と貯金を合わせて金貨二枚。質素な生活をする分には一、二ヶ月はもちそうだが、目の前にならぶ剣の類は最低価格が金貨二枚以上する。
騎士など解雇されれば威厳もへったくれもない。戦闘以外にできることは少ないし、そもそも武器がなくては始まらなかった。試しに店員に聞いてみるが、ツケで買えるようなものでもなかったのだ。
「ログアウトできないだけじゃなく、ここでのスタートもハードモードかよ。」
深いため息を吐きながら店を出るしかなかった。




