第16話
「どうするつもり?」
拘束したのはダークエルフの男女だった。面立ちが少し似ているので身内同士かもしれない。
「なぜ狙われたか説明が聞きたい。」
「欲に目がくらんだヒト族と話すことなんてない。」
「そうか。なら仕方がないな。」
「は?」
ダークエルフの女性─フィールにとって、想定外の答えだった。
近くで同じように拘束されている弟は意識を失っているものの、命に別状はない。それは種族特有の感応力により知ることができた。事情が聞きたいだけなら弟の命は奪われていてもおかしくはないはずだ。余計なリスクを残してふたりとも生かしておくなど、この男はバカなのだろうか。
ダークエルフは容姿に優れている。欲深いヒト族なら、意識を奪った自分に対して何を求めるかは明白だった。加えて手足を縛られて拘束されているのだ。どう考えても優位に立っているのは相手の方だ。
「言い訳や恫喝……しないわけ?」
「したところで会話をする気がないなら意味がない。」
何の抑揚もなしにそう言われた。
「…………」
「…………」
興味なさそうな顔でそれ以上何も聞いてこない相手に、不安が大きくなった。
「も、目的は?」
沈黙に耐えられず、そう聞いてみた。
「……冷静に話をする気になったか?」
「し、信じるかどうかは別よ。」
「めんどうな奴だな。ある人の難病の治療のために月光樹の樹液が必要だった。ここの洞窟にならあると思ってきたら、結界が張られていて入れない。それに加えて二人組のダークエルフに警告なしに命を狙われた。それがすべてだ。」
投げやりというのとは少し違う。
冷静に状況を説明し、信じるかどうかは勝手にしろというニュアンスを感じた。
改めて相手を観察すると、剣呑さや崩れた感じの印象はない。むしろ凛とした、どこか誇り高い雰囲気すら漂う。外見は整っており、人族でいう高貴な血統ではないかとも思えてくる。ただ、だからといって無条件に信じられるほど世間知らずではないつもりだった。
「それで、私たちをどうする気?」
「この後の展開次第だな。相棒がこちらに迫ってくる蹄の音を聞いたらしい。今は様子を見に行っている。そいつらが何者か特定できてから判断するつもりだ。」
「蹄の音?あなたの相棒は余程耳が良いのね。」
意識を失っている間はともかく、今は何も聞こえなかった。エルフ系の種族は聴力が発達している。ヒト族に聞こえてこちらに聞こえないはずがない。そう思った。
「バドゥ族にとって、馬は家族と同等の存在らしい。だから蹄の音にも敏感なのだそうだ。」
バドゥ族といえばどこかの蛮族だろう。
確かに大自然で狩猟生活を送る彼らなら、自分たちと似たような聴覚を持っていても不思議ではないかもしれない。それに馬との接点は自分たちよりも遥かに強い。
「あ……」
今、自分にも蹄の音が聞こえてきた。しかも一頭や二頭ではない。
「聞こえたのか?」
「ええ……」
「言っておくが、俺たちの仲間じゃない。」
「私たちの仲間でもないわ。」
「何が起きていたのか話せ。状況によっては共闘してもかまわない。」
フィールは冷静になれるよう、深く息を吸い込み吐き出した。
この男が話す内容に嘘はないように感じる。むしろ、それでつじつまが合うともいえた。
そう考えると、今こちらに向かっている蹄の音は奴らだろう。数は二桁以上に感じる。
ここで拘束されたままなら結果は目に見えている。では、目の前の男が協力してくれたとしたら迎撃できるだろうか。
いや、数を考えれば無理というものだ。
「都合のいい話だとは思うけど、まずは拘束を解いてもらえない?」
ダメもとでそう言うと、驚いたことに男は躊躇わずにナイフを手に取り捕縛していた縄を切った。
「あなた……」
「逃げるなり一緒に対処するなり好きにすればいい。ただし、こちらに敵意を見せたら容赦はしない。」
「……わかったわ。」
こうして奇妙な即席パーティができあがることになった。
「月光樹は我々ダークエルフにとって神聖なものよ。ここ最近、採集のために洞窟を荒らしにヒト族が頻繁に出入りするようになった。ただでさえ貴重なものなのに、それを自らの欲望のために乱獲する奴らは許せない。それに、相手が私たちだと知り、村から若い女や子供を拐おうともしてきた。だから魔法で結界を張り、撃退しようとしたのよ。」
ダークエルフのフィールはそう答えた。
確か、前作の設定でも似たような内容のものが記されていたように思う。マルチシナリオの一部に登場する逸話なのかもしれないが、少なくとも俺はそこに関わることはなかった。
太古にエルフとの確執で世界樹の庇護を離れたダークエルフにとって、月光樹の神秘性はそれに近いものがあったそうだ。そこで世界樹の代替えとして信仰の対象のひとつとなったとのこと。
エルフやダークエルフの生態については様々な媒体で語られているが、少なくともこのゲームの設定ではそうなのだろう。そこに疑問を呈するつもりはない。
さらに見目麗しいダークエルフは奴隷商人に高値で売れると聞いたこともある。国法でも領法でも奴隷売買は禁止されているが、そういった輩は後を絶たないものだ。
「俺たちが樹液だけもらうこともダメか?」
「良い気はしないわ。ただ、それを報酬に協力してくれるなら、ダメとは言えない。」
そこでピロリロリーンと、例の音が鳴り響いた。
『ランダムクエストが発生しました。"ダークエルフと共闘し、月光樹を守れ!"』
ランダムクエストの発生通知が出る。
『受諾しますか?はい・いいえ』
迷わず"はい"を選択する。
どうせ"いいえ"を選択すると、ダークエルフと敵対するか業が増える気しかしないのだから一択しかない。
フィールがまだ意識を失ったままの弟の鼻に、近くに生えていた草を取って近づけた。気つけ用のハーブか何かだろう。
「さっきと同じように、ふたりは身を隠して後方支援してくれればいい。」
「ひとりで対処するつもり?」
「そのうち相棒も戻ってくるだろうし、近接戦闘は得意だからな。」
「わかった。」
その方が自分たちにとっても都合がいいと感じたのだろう。フィールは意識を取り戻した弟と一緒に身を隠した。
それからしばらくして、戻ってきたバルバロイと合流する。馬で迫ってくるのは素行不良で有名な冒険者パーティらしい。彼にフィールとのやりとりも共有し、簡単な策を練る。
「了解した。ダークエルフの支援は、あればラッキーくらいに考えておく。」
俺もその考えに同感だった。
あのまま逃走するならすればいい。彼女たちにとっては、俺たちふたりも信頼に値しないヒト族の可能性が高かった。そうなったとしても、最終的に月光樹の樹液が手に入ればいいのだ。
バルバロイと俺は左右に別れて木陰に身を隠した。相手が視認できるまでは姿を見せない方がいいだろう。多対二なら、なるべく奇襲で数を減らすに越したことがない。
身を隠しながらも、馬が通れるくらいの木と木の間に何本かのテグスを張っておく。馬に干渉しない高さに設定しておくだけで、騎乗の人間を落馬させることができるかもしれないからだ。
ピューと鳥の鳴き声のような音がした。相手が間近に迫っているというバルバロイからの合図である。
身を潜め気配を消す。
しばらくすると蹄の音が徐々に大きくなり、やがてすぐそばに迫って来た。
「ぐぇっ!?」
木々の間を通り抜けようとした者がテグスに引っかかり馬上から姿を消す。減速なしの勢いから落馬したので、すぐには起き上がれないだろう。
その惨事を見た者が慌てて馬を止めようとするが、後続が勢い余って衝突を繰り返した。
十数騎の内、三分の一ほどが落馬して呻いている。
こちらの想定通りに事が及んだのを見てから、ゆっくりと姿を現す。
「なんだ、おまえらは⁉」
「月光樹だけでなく、ダークエルフの子供を拐おうとしたのはおまえらか?」
「それがどうした?おまえらは俺たちと同じヒト族だろうが。ダークエルフに味方するつもりなら容赦はしねぇぞ!」
相手がヒト族だろうがダークエルフだろうが、子供を拐おうとする奴らを許す気はなかった。
「こいつらを斬ると問題になりそうか?」
念の為にバルバロイにそう聞いておく。
「いや、ダークエルフの領域を侵犯した犯罪者だろう。問題はないさ。」
冒険者の先輩がいう言葉で迷いはなくなった。




