第15話
さて、月光樹の素材採集にはひとつの難関があった。
前作でも同じ過程を踏んだので、同レベルの障害が発生するものだと思うべきである。
「月光樹はこの先にある洞窟の最奥に存在するはずだ。深い地下にも関わらず、そこだけはなぜか外の光が届く。だから月の光で特殊な魔力を溜め込むことができるそうだ。」
「なるほど。だから採集されることなく、月光樹が存在することできたということか。」
前作の魔術師ならともかく、今回の騎士では関わらないと思っていたアイテムだ。
しかし、シリーズを通して今作を初めてプレイする者にとっては、何の情報もない高難易度クエストとなるのではないだろうか。それとも街の情報屋やギルドなどで、何らかの情報が得られたりするのかもしれない。
MMORPGは壮大な世界観が売り物である。
他プレイヤーやNPCなどとのちょっとした会話から情報を得られたり、張られた伏線を回収することでストーリーやクエストを進めることが多いのが醍醐味のひとつといえよう。
シリーズの古参プレイヤーの中には、そういった情報展開することを生業とする者もいる。また、情報の隠匿のために迷惑行為に走るプレイヤーも存在した。
今回の動きについては、俺の前作の知識が役立つ流れとなっている。
しかし、わざわざ選抜したプレイヤーに公開するクローズドベータテストなのに、そんな簡単にストーリーが進行するものだろうか。
ベータ版とは、一般的に不具合やバグが発生しないかを製品化前に発見するためのいわば試運転である。さらにクローズドベータテストを行ったのは、限定されたプレイヤーを招待することでゲームとしての質や完成度を高める目的があったのだろう。
だとすると、前作の知識を持つプレイヤーが複数参加している中で、そんな安直なクエストを仕掛けるのは何かが違うと思えた。
そして、その嫌な予感は現地についてから的中する。
「洞窟なんて見当たらないぞ。」
バルバロイの言うように、俺の記憶にあった場所には洞窟らしきものは存在しなかった。
前作とは異なる仕掛けなのだろうか。
いや、目的は違ってもマップ上の各都市の位置関係は変わらない。それに遺跡や洞窟など、冒険者ギルドに届けられている情報は前作のそれと一致していた。
ならば月光樹の採集ができる洞窟は存在自体かき消されたのだろうか。マイナーなクエストや洞窟など、運営次第で変更となるのは否めない。しかし、このゲームの運営は良い意味でプライドを持っていると信じたかった。
洞窟があった詳細の位置関係を調べるため、周囲の木々や岩などの自然物に視線をやる。
前作では、月光樹の洞窟はあるクエストを達成しなければ、その存在を知ることは難しかったはずだ。レアアイテムの採集とは、そのようなマイナーな情報が基となる。
ならば、今回はそこにさらなるスパイスやアクセントを加えていても不思議ではない。
やはりこの位置に洞窟があったはずだと、特定のポイントに足を踏み入れた瞬間に違和感を覚えた。
何か魔力の不調和のようなものを感覚が捉えたのだ。
具体的な説明は難しいが、空気や波長の変化ともいうべきものが肌を打った。
「これは……魔法による結界か?」
「ふむ、よくわからんが確かに何か違和感があるな。魔法だとして、月光樹の洞窟を隠蔽しようとする相手がいるということなのか?」
想定外だが、今回の障害とはその相手ということかもしれない。
前作では洞窟の入口に大型の魔物がおり、門番のようにそこを守っていた。今回は人間やそれに類する者がその障害に代わるということか。複雑な思考を持つだけに、魔物より厄介かもしれなかった。
「どうする?あんたや俺ではこの結界は破れないぞ。」
俺は少し考えてから、周囲の気配を読んだ。微かにではあるが、何者かがこちらの様子をうかがっているように感じる。バルバロイもそれに気づいているようだ。
「棕櫚縄を買うか。あれなら結界を破れるかもしれない。」
こちらを監視する者に伝わるよう、少し大きめの声でそう言った。
棕櫚縄とは、耐久性の高い植物繊維で作られた縄のことである。しかし、騎士や冒険者などにとっては、ある種の魔道具を指す言葉なのだ。一定レベルまでの魔法結界を破ることが目的で作られた魔道具で、冒険者ギルドなどでは記名すれば購入することができた。
特定の魔力を封じ込めて結界の魔力と反発させ壊す作用がある。因みに棕櫚縄と呼ばれるのは、見た目が似たような縄という単純な理由からだ。
「⁉」
前触れもなく、突然の殺意と弓矢による攻撃を受けた。
俺とバルバロイはそれぞれに飛んでくる矢を避けつつ剣を抜く。
棕櫚縄で破れる結界はそれほど高レベルのものではない。しかし、この場所に付された結界は持続性の高いものだと推測できたため、それほど強力なものでないと思えた。物は試しにとそのワードを使ってみたら敵が食いついてきたというわけだ。
連続した弓矢の攻撃が俺とバルバロイを襲い続ける。その弓矢の数にどれだけの人数がいるのかと思ったが、相手の気配はふたりを超えることはなかった。
気配を読むといっても武術の達人が感じる非科学的なものではない。初級霊薬で得た常時発動スキルによるものである。
このスキルにより、殺気を放つ敵の位置や攻撃箇所がある程度把握できた。
え?
オーラを扱えないバルバロイはどうなのかって?
彼のは種族特有の野生の勘というやつだろう。あまり詳しいことはわからないので聞かないでくれ。
「調子に乗るなよ。」
バルバロイがそう言い、ダガーナイフを投擲する。
弓矢が飛んでくる方向への牽制程度の一投ではあるが、狙いはそれなりに正確だった。刹那、片方の攻撃が中断される。
機を見たバルバロイが飛び出し、投げたナイフの後を追うように距離を詰めた。
そちらに気を取られたもうひとりが標的をバルバロイに変える気配が伝わってくる。俺は落ちていた石を拾いあげ、その相手に投げつけた。
「痛っ!?」
うまく投石があたり、程度は不明ながらもダメージを与えたようだ。
すぐに距離を詰めて相手の姿を視界に捉える。
その姿を確認して剣の柄に添えていた手を離した。飛びかかり、その上衣を掴む。慣性を利用した投げ技でそのまま地面へと投げ飛ばし、組み伏した。
「くっ!?」
抵抗する相手の両手を押さえつけ、当て身をくらわせ意識を奪う。
すぐにもう一方の状況を確認したが、バルバロイもうまく制圧できたようだ。
火を起こした。
近くの川で釣り上げた魚に塩をまぶし、遠火で焼く。野営の可能性も考えて簡易な釣りや狩猟の道具は携帯している。
テグスと釣り針さえあれば餌などは現地調達できるため、ウサギや鹿などを狩って解体するよりは釣りの方が手頃でいい。
キャンプでのBBQとは異なり、野営は食材を現地調達することも多かった。その度に手間暇をかけていられないので、ジャーキーやドライフルーツを常備する冒険者も多いようだ。
それ以外にもレーションと呼ばれる携行食もあるが、味はひどく軍や傭兵の一部でしか消費されていない。
ゲームなのだからこの辺りにリアリティをだす必要はあるのかと思うのは、俺だけじゃないだろう。
まあ、その俺がリアル過ぎる生活を余儀なくされているのだが。
「ん……」
どうやら気を失っていた片割れが目を覚ましたようだ。
目を開けてボヤけた視線を放っていた相手が、俺の姿を認識して警戒を露にする。
「ああ、心配するな。念の為に拘束させてもらったが、危害を加える気はない。それと、意識を失っている間もナニもしてないからな。」
ゆっくりとそう伝えると、彼女はあわてて自分の服装に異変がないか確認した。




