第14話
ピロリロリーン。
『クエスト"リア・アーベラインを救え"が開始されました!』
まあ、そう来るよねぇ。
シナリオの分岐点を任意で選択できたわけじゃない。ちょっとした会話や発言内容でストーリーやクエストに影響を及ぼすのがこのシリーズの魅力のひとつなのである。
家令のシルビアに案内されたのはそれほど広くはない応接室だった。誘導に従うままソファに身を沈める。見た目に派手さはないが、上質のソファであることが実感できた。
視界に入る他の家具や調度品についても落ち着きのある風情で好感が持てる。
若いメイドがコーヒーを入れてくれた。事前に紅茶かコーヒーかの好みを聞いてくれるなど、客に対する対応もさりげなくではあるが洗練されている。
「せっかくのご訪問ですが、事情があってリア様とお会いただくわけにはいきません。」
申し訳なさそうな表情でそう言うシルビアに、率直な意見をぶつけてみる。
「リア嬢に面会ができないのに屋敷内に招かれたのは、他に意図がおありなのでは?」
通常なら門前払いでもおかしくはない。リアが幽閉中なら、礼儀を失さないよう追い返すくらいはできたはずだ。そうしなかったのは、俺に何か要望があるからだろう。
「さすがの機微にございますね。」
リアから俺のことを聞いていたのか、それともアーベライン子爵家として調査を入れていたのかはわからない。ただ、少なくとも突然の訪問者の人物像については把握できているようだった。
「単刀直入におっしゃっていただいてかまいません。私に何かお望みでしょうか?」
優秀な家令ともなると直接的な言動はあまりしなくなる。自らの意図を察知されることは、相手に弱味を握らせてしまう可能性があると教育されているからだ。
「ノア・ゼルドナー様は騎士団をお辞めになった後、冒険者として活動されているとお聞きしていますが相違ございませんか?」
「その通りです。」
「では、あなた様への個人依頼を出させていただいてもよろしいでしょうか?」
「冒険者ギルドを通さずに、ということでしょうか?」
貴族側からの個人依頼というのは珍しくない。貴族家として秘匿すべき情報や事情がある場合、信頼できる冒険者に依頼を出すということはままあることだと聞いていた。
「そうなります。事情を汲んでいただけますと幸いです。」
「わかりました。内容にもよりますが善処しましょう。」
まるでその返答を待っていたかのようなタイミングで、廊下とは反対側の扉が向こうから開かれた。
「失礼。アーベライン家の当主、ロバート・アーサー・アーベラインだ。」
ここでリアの親父さんが登場した。
そのままこちらに握手を求めてきたので応じることにする。
手を握った瞬間、グッと力がこめられた。なかなかの怪力だ。
握られた俺の手がミシミシと破壊されていくかの錯覚を覚える。アーベライン卿の目を見ると、狂気的な光すら見え隠れしていた。
「君には聞いておかねばならないことがある。」
「何でしょうか?」
「我が娘を篭絡したと聞いているが、本当かね?」
あ、コイツ……単なる親バカか。
「滅相もない。部下に手を出したり致しませんが?」
それは事実だった。
王国騎士団には貴族の子息令嬢も多く在籍している。さらに規律が厳しいことも有名で、異性だからとおいそれと手を出していると高い確率で社会的に抹殺されてしまうのである。
「ふむ、私は娘からそう聞いているのだが?」
「それは彼女からの直接的な言葉でしょうか?リア嬢はただ、上官としての私に信頼を寄せてくれていたのではありませんか?」
相変わらず、握られた俺の手はミシミシギシギシと唸っている。痛いからそろそろやめて欲しい。
本当にこの人は文官なのだろうか。リンゴを握りつぶすほどの力を感じるのは気のせいではない気がする。
「ほほーう。ではすでに騎士団を辞した君が、何ゆえにリアを訪れて来たと申すのだ?」
「有能だった元部下の近況を知りたいと思うのは、それほど問題なことでしょうか?」
「有能な元部下ではなく、美しく愛らしいリアに会いに来たと素直に言ったらどうかね?」
この人は俺に何を言わせたいのだろう。
イエスでもノーでも間違った回答にしかならない気がするのだが。
「背に腹を変えられない事情があるから、私に個人依頼を出されたのではないのですか?」
「う、それは……」
目に見えて動揺しだしたアーベライン卿を見て、娘溺愛パパもいい加減にしろよと思う。だからリアはヤンデレな性格になったのかもしれない。まあ、因果関係などわかりかねるが。
俺たちの意味不明な攻防に終止符をうったのはスパーン!という甲高い音だった。
アーベライン卿の背後から忍び寄った家令のシルビア嬢。その彼女が右手に持つスリッパがその音を奏でたのだろう。オールバックに整えられたアーベライン卿の髪が、花開くように乱れた。
靴を履いたまま室内で過ごす習慣の地域で、「なぜにスリッパを持っている?」などと考えてはいけない。日本で製作されたゲームなのだから有り得る展開である。
「旦那様。お嬢様を思う心はご立派ですが、ノア様は大事なお客様です。これ以上の失礼はおやめくださいませ。」
クールにそう言い放ったシルビア嬢よ、強烈な不敬を働くあなたは一体何者なのだ?
「こ、これは失礼した。リアを誑かすヤカラと思えてつい……」
誑かすも何も、本人に会ったことすらない俺にどうしろというのだろうか。
「ギルドの依頼を進めるために、先に個人依頼をこなすか。まあ、中堅の冒険者にはよくある展開だな。」
アーベライン卿と一悶着あった後、バルバロイに事情を話して協力を仰いだ。
彼が躊躇うことなく二つ返事してくれたことに深く感謝する。
「そう言ってくれて助かるよ。」
「まあ、大仕事のために資金や装備を整えるのは必要なことだからな。人材確保も同様だ。それで、目的の物を取得する方法はわかっているのか?」
「ちょっとしたあてはある。まあ、武力行使は必要だろうが。」
「いいじゃないか。望むところさ。」
ロバート・アーサー・アーベライン子爵から請け負ったのは、ある薬の作成に使われる材料の採集だった。
もちろん、薬といっても市販されているようなものではない。希少性が高く市場に出回らないからこそ、指名依頼が出されたりするのだ。
ただ、俺は素材採集の専門家ではない。アーベライン卿もそれを踏まえた上で難題を言ってきているのである。
ただ、そこには俺に対する悪感情だけではなく、藁にもすがりたい感情が垣間見えた。
アーベライン家には公子と公女がそれぞれひとりずついる。公女はリアのことで、公子はその弟だ。嫡子であることからアーベライン子爵家の跡継ぎなのだが、この公子が難病を患っていた。要するに、公子の病気が治らなければ後継ぎはリアしかいないのだ。だからこそ自由奔放な彼女は幽閉されることになった。
「月光樹か。あれって実在するのか?」
「月光樹は実在するさ。ここから馬を駆れば二、三日で着く場所にあるはずだ。」
「よく知っているな。あんたのことだから信憑性の高い情報を握っているのだろうが、駆け出し冒険者とは思えんよ。」
俺が月光樹の所在を知っているのは、前作でも登場したアイテムだからである。前回は樹液ではなく、その枝が魔杖の素材として必要だったのだ。
月光樹は魔力との親和性が高い。リアの弟は身に宿る魔力が強く、それを沈静化させるための薬が必要なのだそうだ。月光樹の樹液はその素材のひとつとされている。
「月光樹の樹液や枝は高値で取引きされているそうだ。希少価値が高いから乱獲は禁じられているし、大量に持ち込むと目をつけられやすい。逆に言えば、少量ならいい小遣い稼ぎにもなる。」
「報酬にプラスと考えれば、割の悪い話でもなさそうだな。」
アーベライン家からは一人あたり金貨十枚の成功報酬が約束されている。それに加えて月光樹の素材なら、少量でも同じくらいの金額にはなるだろう。
これでフルプレートアーマーやメイルは無理でも、中級冒険者として必要な装備は一式揃えられるはずだ。




