第13話
「どういうことか説明してもらおうか。」
さて、再びカークと顔を合わせると、開口一番にそれだった。
「まあ、騎士という立場にはいろいろとあるからな。元とはいえ、話せないことも多い。」
「所属していた国や団の機密事項ということかね?」
「そう解釈してもらってもかまわない。」
「ふむ·····」
カークは疑わしそうな視線を向けてくるが、騎士の職務には守秘義務や政情、貴族の秘め事などが絡むことも多かった。立場的にそういったことがあることも知っているはずだ。
「わかった。関わってもろくなことがないだろうから追求はしないでおこう。しかし、彼女たちから断りがくるとは想定外だったぞ。」
簡単に説明すると、今回の依頼を辞退するとマリアリア・ザックス側から昨日の今日で打診されたのだそうだ。
鍛錬場でのやりとりでやらかしたのかと言われれば、その通りだった。不穏な空気から逃れるために適当な懐柔策を講じたのが失敗だったのである。
マリアにはすでに新しい恋人がいた。敬虔なダラス信者である彼女には、異性との関係は誠実でなければならないという意識が強く出たのだ。
「あなたの思いには応えられない。そんな気持ちを抱いて同じ依頼を遂行するのは精神衛生上良くないわ。」とのこと。
残念ながら、正論すぎてそれ以上の口説き落としはできなかった。
苦渋に顔をしかめるカークと静かに重いため息を吐くバルバロイに囲まれた俺は、目の前のコーヒーカップを手に取り冷めたコーヒーを喉に流しこんだ。
キャラクター設定を最初から網羅して臨んでいる訳じゃない。こういった展開は想定外、もしくはイレギュラーでしかなかった。まあ、マルチシナリオの関係でストーリー展開や登場キャラに関係してウィキの項目も追加されるのだから、対策のしようがないのが本音だ。
「おまえたちの知り合いで他に候補者はいないのか?」
「いるにはいる。」
バルバロイが厳しい顔つきでそう言った。
何?
いるのか?
展開的に何かヤバそうな奴のご登場だったりする気がしないでもない。
前作でも似たようなやり取りで、脳筋な戦闘狂が登場したことがあった。あの時は何も考えずに敵地に突っ込んで行くそいつを見て、後ろからファイヤーボールを叩きつけてやろうかと何度も思ったものだ。
「誰だ、そいつは?」
「狂乱令嬢、リナ・アーベラインだ。」
カークとバルバロイの会話を聞きながら、すぐにウィキで検索する。
狂乱令嬢という響きに嫌な予感しかしない。ゴリマッチョ女騎士か、それとも厄災ふりまく悪役令嬢か。
【名前】リナ・アーベライン(NPC)
【年齢】17歳
【性別】 女性
【職業】元王国騎士団分隊員、子爵家令嬢
【備考】アーベライン子爵令嬢。銀髪碧眼で装いによっては深窓のお嬢様といった雰囲気。ただし、黙っていればの話しで、実際はかなりお転婆なじゃじゃ馬である。ノア・ゼルドナーを慕い、病的なほどに尽くそうとするヤンデレ娘。二度ほどノア・ゼルドナーに色目を使った同僚女性に対し、鍛錬中に負傷させている。
え、怖っ。
「彼女ならあんたの言うことをよく聞くし、実力も申し分ない。」
「·····そうだっけ?」
「他に候補は思いつかん。あんたと同時期に騎士を解雇された者たちは、すでに故郷に帰るか地方の領主に雇用されるかといったところだからな。」
「リアはフリーだと?」
「わからない。ただ、騎士を解雇された後に、アーベライン家の屋敷に幽閉されたと聞いている。」
ヤンデレ女騎士と行動を共にするのは勘弁してもらいたいのだが、マリアの件を考えると選り好みできなかった。俺の言動が原因で、バルバロイの顔を潰したのも同然なのだ。
「幽閉されている理由は?」
「そこまでは知らない。」
冒険者ギルドとの信頼関係を保つためにも、今回の指名依頼を無下にはできないだろう。
バルバロイが俺のためにいろいろと動いてくれたこともあり、かつカークは初級霊薬という高価な手札を切ったのである。
俺自身としてもこれ以上信頼を崩したくはなかった。
ギルドでバルバロイと別れ、アーベライン子爵の屋敷へと向かう。
アーベライン子爵家は騎士から成り上がった無骨な武人が代々当主を務めていた。ただ、今代の当主については武よりも知に優れており、法衣貴族として事務官の立場にある。
領地を持たないだけに身軽とも言えるが、その分上級貴族からの後ろ盾や同等貴族との調和に奔走しているのかもしれない。
リアについては何かをやらかしたのでなければ、騎士職を解かれ政略結婚の予定が組まれているのかもしれない。
確か、ウィキによれば自由奔放な性格をしていたはずだ。敷かれたレールを走らされるとなると、反目して家出という行動に出てもおかしくない気がする。
だからこそアーベライン家は彼女を幽閉したのかもしれない。
まあ、推測の域を超えないが、推理としては間違っていない気がした。
貴族たちが住む一角に入る。いわゆる貴族街というやつで、道路に敷かれた敷石や街並み、色調までもがまるで違うものとなっていた。
騎士時代はこういった街並みに対して、羨望に似た感情を持つ者も少なくなかったように思う。
騎士とは準貴族である。平民や没落貴族出身であろうが、功績を上げれば子爵などの貴族に叙爵される可能性があった。実際にそれを夢見て剣を振るう者も多い。今となっては儚き夢かもしれないが、俺が扮するノア・ゼルドナーも同じ目標を持つ騎士だったとしてもおかしくはないだろう。
この一角では散歩をしているような貴婦人を見かけることはなかった。買い物などはメイドや下男が行くのがあたりまえなのか、それとも御用聞きがいて屋敷まで必要な物が届けられるのかもしれない。
領地を持たない法衣貴族でもそんな生活を送れるほどの給金がもらえるのだろうか。命がけで戦う騎士など薄給でしかないのにうらやましいかぎりである。
「確か、この辺りだったか。」
ウィキにアーベライン家のおおよその位置が記載されていた。目星をつけていた場所まで来ると、特徴的な尖塔型アーチがあるチェダー様式風の屋敷が見えてくる。
貴族街の中ではそれほど大きくない建物だが、リアルの世界なら結婚式場にでも使われそうなオシャレな洋館だった。青銅色の門扉に刻まれた紋章を見ると、ウィキに記載されていたアーベライン子爵家のものと一致する。
「何か御用でしょうか?」
門扉前にひとりの衛兵がおり、紋章を眺める俺に物腰柔らかな態度で接してくる。それだけでアーベライン家が貴族特有の剣呑さを持ち合わせていないのではと思えてくるので不思議なものだ。
「ノア・ゼルドナーと申します。アーベライン子爵家のご令嬢であるリア様とは、王国騎士団でお世話になりました。近々この街を離れる予定のため、ご挨拶にうかがったのです。」
「少しお待ちください。」
衛兵は俺の言葉を聞き、自身が装着している腕輪に向かって寸分違わない説明を始めた。トランシーバー代わりの魔道具というやつだろう。
「家令が参ります。」と女性の声で返事があったため、俺は目礼で返した。
受け答えを見る限り、しっかりとした教育が侍従にも施されているようだ。こんな家庭で育ったのに、リアはなぜにヤンデレもしくはストーカー気質になってしまったのか。家令あたりに聞いてみたいという好奇心に駆られた。
「お待たせ致しました。」
家令と聞いてシルバーグレーのしぶいオッサンを予想していたのだが、有能秘書といった女性が出てきたのには面くらう。
「家令のシルビアと申します。ノア・ゼルドナー様のことはお嬢様よりお聞きしておりました。」
その言葉のすぐ後に、もはや定番となったあの音が鳴り響いた。




