第12話
「クロワッサン・サンドを二つ。中身はそれぞれローストビーフとタマゴで。あと、ガスパチョとフライドポテト。飲み物は食後にコーヒーを。」
宿屋近くのカフェで朝食を頼んだ。
宿屋でも朝食は別料金で出るが、固いパンと具のないスーブという貧相なものだった。やはりグレードの低い宿だからだろうが、もう少しサービス精神があってもいいだろうと思う。
こちらとリアルの貨幣レートなんてものはわからないが、感覚でいくと素泊まりで一泊四千円前後を前金で支払っている。朝食をつけるとプラス五百円ほどだ。「何てケチくさいことを」と思われるかもしれないが、地方都市のビジネスホテルでも満足度の高い朝食ビュッフェ付きで一泊六千円以内だったというリアルでの価値観が頭から離れない。
まあ、そんなことを思うより稼ぐしかないのだが、この世界は人の命が軽い。ゲームではなく現実として生きていかなくてはならないなら、食べ物くらいはコスパが良くて美味いものを提供してもらいたいものである。
「クロワッサン・サンドって、美味しいのか?」
バルバロイだ。
約束していた訳ではなく、偶然同じカフェに立ち寄ったようである。
「ほのかな甘みが意外に食材との調和を醸し出している。一度、食べてみるといい。」
「俺の部族では飯に甘いパンなんて発想はなかった。何せ、主食は肉だからな。」
狩猟と戦闘を生活の糧としている部族らしい発言である。
「騎士団の食堂でも肉とスープくらいしか口にしていなかったが、今も同じか?」
「そうでもない。団の食堂は塩気ばかりで美味くなかったからな。」
「それは同感だ。」
バルバロイはそのまま同席し、ウェイトレスに俺と同じものを頼んだ。野菜をあまり食べないバルバロイが、ガスパチョを頼んだのが意外だったので好奇心から聞いてみる。
「野菜やサラダはあまり好かないが、ガスパチョは食べやすいし腹加減を整えてくれるから好きだ。戦闘中に腹が張っていると動きも鈍るからな。」
そういった発言からすると、肉を主食としている戦闘部族は便秘ぎみなのかもしれない。戦闘の備えとしてオーダーしたと考えると、バルバロイらしいなと思った。
「その様子だと、カークから初級霊薬を受け取ったようだな。」
食後のコーヒーを飲んでいると、バルバロイが俺の目を見ながらそういった。バルバロイには相手の目を見てオーラを操れるかどうかの判断がつくそうだ。部族特有のスキルらしい。彼ら自身はオーラを扱えないのに不思議なものである。
「ああ。俺を推薦したのはおまえだよな?」
「そうだ。あんたは背中を預けられる数少ない戦士だからな。」
「今回の依頼には他にも元騎士がいると聞いたが、面識はあるのか?」
「さぁな。まだ名前すら聞いていないからわからない。あんたが依頼を受諾したか確認してから、カークに聞きに行くつもりだった。」
「もしかして、俺を探してこのカフェに来たのか?」
「何となく勘が働いた。ここにいそうだと思ったら、会えたってところだ。」
wikiに書いてあった通り、バルバロイの勘は鋭かった。何でも、闘神に加護をもらっているから様々なことに勘が働くらしい。その加護、俺にもくれないものだろうか。
俺たちはモーニングをたいらげた後、冒険者ギルドへと向かった。
一時とはいえ、仲間になる元騎士に興味がないとはいえない。同じ騎士団だった可能性は低いだろうが、どの程度のオーラを操るのかを知るだけでも実力の指標となるのである。
「ちょうどいい。彼女たちなら鍛錬場にいるから、顔合わせをしておけ。」
ギルドに到着し、副ギルド長を訪ねるとそう言われた。
カークはかなり忙しいようで、その彼女たちの名前すら告げずに来客対応に入るようだ。
「彼女たち、ねえ⋯⋯」
バルバロイがため息を吐きながらこぼした。
これは女性騎士に偏見を持っているからというわけではない。騎士というものは総体的に男性が大多数なのだが、女性騎士も一定数存在した。
バルバロイがこぼしたのは、任務によっては行動しにくさがあることへの反応だろう。
例えば、野営する場合など、男女混合だといろいろと配慮が必要になるのは然るべきである。そういったことへのストレスというものは騎士団内でも少なからず存在したが、冒険者も同じことだと推測できる。
人にもよるが、初対面で組む場合は特に警戒されることが多い。些細なことが信頼に影響し、任務をやりづらくするのである。
「実力があればどちらでもいいさ。それより、冒険者として俺はまだ初心者だからな。何かあれば都度アドバイスを頼むぞ、先輩。」
「ああ、任された。」
「げっ!?」
開口一番、嫌な言葉を発するものだ。
バルバロイに対する偏見の目かと思ったが、視線は俺を注視している。
鍛錬場には女性二人しかいなかった。この二人が今回の同行者に間違いなさそうだ。しかし、こちらを見た一人が発した言葉が不可解だった。
「俺のことを知っているのか?」
「⋯⋯逆に、私のことを忘れたと言いたいの?」
なかなか鋭い殺気を放ってくる。
すぐに彼女に付されたNAMEを見てウィキで調べた。
【名前】マリアリア・ザックス(NPC)
【年齢】21歳
【性別】 女性
【職業】元タイアード王国騎士団第二師団所属、現冒険者
【備考】ノア・ゼルドナーとはタイアード王国にて開催された両国共同演習で出会い、その期間中に恋人関係にあった。演習終了後はノア・ゼルドナーが帰国以降連絡を怠り、関係は自然解消されている。
あ⋯⋯これ、ヤバいやつやん。
ウィキを見たことで当時の記憶が新たにすりこまれていく。
「髪を短く切ったからか、印象が当時とかなり違った。それに騎士団の正装しか見ることができなかったから、すぐにわからなかった。すまない。あの時以上にきれいだ。」
歯の浮くようなセリフが自然と口に出る。
あれ?
もしかして、ノア・ゼルドナーって女の敵だったりするのか?
隣からはバルバロイの無機質な視線を感じる。
チラ見すると、「またかよ、コイツ」的な表情をしていた。
「そ、そんなこと言って、ごまかされないんだからっ!」
「でしょうね」と思いつつ、修羅場になるのを避けたい俺は思いつくまま言葉を発して行動へと移す。
「マリア、君とはあのまま終わりたくなかった。連絡できなかったのには訳があるが、機密事項に触れるから詳しくは話せない。ただ、こうやって再会できたことを本当に嬉しく思う。ダラス神に感謝するしかない。」
マリアは敬虔なダラス信者だ。
大陸でも信仰者が多いダラス教は、慈愛の神といわれている。俺もマリアと交際中は毎週祈りを捧げに共に教会に行っていたという記憶がある。
よくわからず首につけていたペンダントが、教会で購入したマリアとのペアであったことを思い出す。アクセサリーなどのデフォルト初期装備は、こういったストーリー展開で重要アイテムとなるため外さないことにしていた。
ペンダントトップを見せ、マリアの前に膝まずく。
「もう一度、チャンスをくれないだろうか?君とは険悪な中になりたくない。」
キザなセリフが次から次へと口から出ていく。
ノア・ゼルドナーは天然ジゴロという設定なのだろうか。もしかして、ゲーム設定としてハーレム・エンディングもあったりするとか?
頬を染めたマリアは、顔を歪めながらも瞳を潤ませていた。これは脈アリだと直感で捉えた俺は、彼女の手を取り無言でその瞳を見つめた。
ピロリロリーン!
『新たな称号が"恋の狩人"になったで。好きもんやなぁ。』
関西弁でそうアナウンスされる。
恋の狩人だと……
「わ、わかったから、手を離して!」
マリアは怒ったような口調でそう言い、俺の手から逃れた。耳まで真っ赤にしているところを見ると、それほど怒っていないようにも見える。何とか難を逃れたようだ。
彼女から離れると、「相変わらずだな……」というバルバロイのつぶやきが耳に入ったが聞こえないふりをする。だって、実際にマリアと恋人だったなんてゲームにおける設定にすぎないのだから、文句を言われても困るのだ。
マルチシナリオのMMORPGだから、これまでの行動に何らかの伏線がありそれを回収してしまったのだろう。
何気なくステータスをオープンさせると、しっかりと新しい称号"恋の狩人"の記載があった。その文字をタップするとランクがCであることと、話術+5及び魅力+12という表記がポップアップされる。
恋の狩人もランク制なんかい⁉
余計なゲーム設定だなと思ったが、ステータスが上昇するなら悪くはないかと思い直した。




