第10話
副ギルド長カークとの面談は早々に終わり、理由を言われないまま地下にある鍛錬場に連れて行かれた。
黙ってついてきたのは自身の実力を知るためである。この流れはおそらく最終査定─実技テストかそれに近しい何かだろう。
ゲヘンの屋敷で実際に戦闘を行ってはいるが、あれは敵の油断や隙を突いたものだ。あんなやり口で過度な自信を持つほど舐めてはいない。
前作と同様なら、このシリーズは戦闘シーンにかなりの力を注いでいるはずだ。一対一や多対一、総力戦など、多岐にわたる戦闘では戦略や戦術はもちろんのこと、コンビネーションやコンボが幅広く用いられた。
特に一対一のシーンでは、格ゲーかと思うほどの高速戦闘に突入するのだ。前作の魔術師ですらそうなのだから、騎士職の今回なら追加要素もあるかもしれない。
特に相手の急所への攻撃はクリティカル補正がかかるため、剣技や格技での攻防は初心者ガイドが欲しいほどである。
「実力を見させてもらう。ギルドのトレーナーのシモンだ。」
鍛錬場に通じるゲートを潜ると、だだっ広い平場に一人の男が立っていた。
細身に見えるが無駄な肉を削ぎ落としたかのような体をしている。軽鎧をつけているが、肩や大腿の筋肉が発達しているのが見て取れた。
ギルドのトレーナーというからには、それなりの剣士なのだろう。腰にはブロードソードを帯剣していた。
ブロードソードは幅広肉厚の剣と誤解されている節があるが、レイピアよりも幅広なだけで一般的にイメージされているようなゴツイ剣ではない。どちらかといえばサーベルに形状が似ている。切っ先があまり鋭角ではなく、甲冑が廃れ始めた時代の剣のため主に断ち切り用として用いられた。スコットランドで十八世紀以降に用いられた同種の剣はクレイモアと呼ばれている。
騎士から見ればフルプレート相手では心もとない剣だが、冒険者としては扱いやすい部類の剣かもしれない。技法が制限されるため、個人的には選択肢にない剣である。
俺同様、シモンも対戦相手の得物に視線をやっていた。口の端がやや緩んだように見えるのは、ブロードソードよりも長剣であるため取り回しに難ありと見ているのかもしれない。
剣は長ければ良いというものではない。例えば、洞窟や屋内では長すぎる剣は取り回しが困難となる。ブロードソードの全長が70~80cmに対し、ナイトリーソードは全長90cm前後だ。この10~20cmの違いが冒険者目線からすると生死の境目となることが多いということか。
まあ、ここは天井高を気にすることのない鍛錬場だし、剣の長さも扱い方次第であることを見せてやろう。
「おい、なぜ真剣に手を添えているのだ?」
「真剣で行うテストでは?」
「そんなわけあるかぁ!」
どうやら、ギルド直属のトレーナーは、真剣でやり取りする度胸も冗談で笑い流す心の広さも持ち合わせていないようだ。
チッと聞こえよがしに舌打ちしておく。
こちらの剣を見て唇を歪めていたのに根性のない野郎だ。
鍛錬用もしくは模擬戦用なのか、木剣や刃のない鉄剣が並んでいた。
鍛錬では真剣を用いないらしい。
ゲームなのに。
まあ、それはプレイヤーからの言い分で、ゲーム内に生きる|ノンプレイヤーキャラクター《NPC》からすれは常識なのかもしれない。鍛錬の度に死傷者が出るなど、現代社会で考えればありえない話だしな。
というわけで、シモンが木剣を手に取ったのを見て俺もそれに習った。
シモンはブロードソード、俺はナイトリーソードと似たサイズのものをチョイスしている。
武器を扱う者は、慣れ親しんだものを最も効果的に扱えるのがセオリーだ。不慣れな武器を選んで負けるなど、いくらランク査定や模擬戦といえどもありえない。負けから学ぶことが多いのは事実だが、騎士としてのプライドがそれを許さなかった。
ゲームをプレイする場合、特にこういったMMORPGのアバターに扮する時は、どれだけそのキャラクターになりきれるかというのが重要だ。
一昔前の2Dや3Dゲームならともかく、フルダイブ型のゲームはビジネスマインドと共通する意識が必要である。
ゲームに対する本気度や姿勢、モチベーション維持やチャレンジ精神なくして成功などありえない。特にログアウトできずに仮想現実が現実と化している俺は、マインド面でアバターと同一化しなければ、待っているのは現実の死かもしれないのだ。
脳内で持てる知識を反芻する。
西洋剣術は剣の種類も流派も多岐に渡るが、代表的なものはある程度抑えてあった。
なに?
普段、そんなに暇なのかって?
言っただろう。
たとえゲームであっても、マインド面でどうあるべきかだと。
仮に仕事であれば、大事な商談前に綿密なシミュレーションを行うだろう?資格取得や昇格試験の前にも、しっかりとした座学に励むというのがあたりまえのことだと思うがいかがなものだろうか。
俺にとってのゲームとは、それと同義なのである。
十四世紀にヨハンネス・リヒテナウアーという剣術家がいた。西洋剣術でも特に有名な両手剣の使い手である。ナイトリーソードは片手剣だが、リヒテナウアーの基本剣術というものは十二分に応用できた。
その基本である四つの構えのうち、アルバー。
これは下段に構え、剣の切っ先は地面を向けるようなものである。
シモンはその構えに警戒をあらわにした。
アルバーの構えは相手の足や懐を狙うため、一対一の対人戦には非常に有効だといえよう。相手の出鼻を挫き、牽制の役割も果たす。ナイトリーソードのリーチも存分に活かせるということだ。
「そうか。一端の使い手だと聞いていたが、騎士あがりか。」
追放されたから“あがり”ではなく“さがり”だけどなと、自嘲の笑みを浮かべる。
それを勘違いしたのか、シモンがこめかみに青筋を浮かべた。
「元騎士や元傭兵など、冒険者には腐るほどいる。余裕こいて笑っていると後で後悔するぞ。」
ああ、怒っていらっしゃる。
その怒りはプラフでなければ剣術には不要なものだ。
どうやら、ここの冒険者ギルドはそれほどのレベルでもないらしい。トレーナーがちょっとしたことで感情的になるとは、序盤らしい相手ということだろう。
アルバーの構えからすり足で間合いを詰める。
前に行くほどシモンも同じ距離をあけて後退していくが、そこまで警戒するとは他のギルド職員から何を聞かされたのだろうか。それとも、それだけバルバロイが高い評価をされているということなのかもしれない。
ならば、元上官として恥ずかしくない結果を残すべきだろう。
両手剣で青眼に構えるのとは異なり、片手剣は半身になり剣を持つ手を前に出す。それによってリーチをより稼ぐことができる。
前に出した右足で踏み込みを行い、間合いをさらに詰めた。木剣でシモンの膝、大腿、股間を連突する。
後退するシモンは防戦一方で、下半身の粘りすら追いつかないようだった。
もともと腰が引けていたシモンの胸に刺突を一度入れる。
上半身が前に出ていたため、大きく仰け反るような体制となった。そこに再び下半身に向けて刺突を再開すると、その連続突きにより膝を崩して尻もちをついた。
刹那、喉元に剣先をやる。
「勝負ありでいいかな?」
呆気ない勝負で拍子抜けだが、それぞれの背景を考えれば当然の結果だ。
おそらくシモンは我流剣法の冒険者あがり。かたや俺は騎士の称号をなくしたとはいえ、序列上位の剣聖なのである。こんなところで負けるようなら話にならなかった。
「つ、強いな⋯⋯」
シモンは項垂れたようにそう言った。
「相性の問題だろう。ブロードソードよりもナイトリーソードの方が鋭い突きが放てるからな。」
実際には木剣を使用しているため、リーチ以外にそれほどの差はない。あくまで普段からどのような技法を磨いているかの差であった。
「剣技を見させてもらったが、かなり研鑽されたものだった。バルバロイが自分よりも上だと言っていたのも納得だ。」
再び副ギルド長のカークを前にしていた。
今度は応接セットで対面に座り、出されたコーヒーを飲んでいる所である。
ふむ、中世ヨーロッパ風なのにコーヒーか。食事といい、現代人のものと遜色なくて嬉しい限りだ。
Web小説の読者にはよく食べ物や風習も時代背景に寄せろという者がいるようだが、実際の生活を余儀なくされた者にとってはこれでいい。味気ない食生活など嫌過ぎる。
そもそも、具のないスープと固い黒パンだけの食事風景など、文章や描写で見たいものではないだろう。リアリティを求めるなら、Web小説ではなく現代小説やノンフィクションでも読めばいいのだ。
「それで、査定結果は?」
「今、審議中だ。」
「あんたが結論を出すのではないのか?」
わざわざ相手をしてくれているのだから、そうなのだと思っていた。
「バルバロイの紹介だから、どんな奴かを知りたかった。査定に関しては通常通り行うさ。」
まあ、そうだろう。
このゲームに異世界転生物のテンプレ展開のようなものはなさそうだった。序盤から強すぎる主人公でプレイしても、面白くもなんともないしな。
「特例なのは、初査定直後に個人指名の依頼を出すことくらいか?」
「ほう、なかなか鋭いじゃないか。よくわかったな。」
ゲームだから、そんな展開でもなければ話が進まないだろう。ただ、そう思っただけだった。
ピロリロリーン!
『ミッションクリアや。新しい冒険者証ゲットしたで。クリア報酬は他都市への移動解放や。』
あれ、これミッションだったのかよ。
ミッションとは、達成すべき課題や役割という意味である。大きな目標に向かって生じる冒険や探求といったニュアンスのあるクエストとは、少し異なった趣があった。
ふむ、これで序章もしくは第一章クリアってところだろうか。少し短い気もするが、テンポよくいけるならそれに越したことはない。
ピロリロリーン!
ん?
『新しいクエストやぞ。まぁ、がんばれや。』
なんじゃそりゃ?
ミッションクリア後に即クエスト発動とは、ちょっと大がかりになりそうな予感がした。それよりも、ミッションクリア報酬は新しい冒険者証と他都市への移動解放だけなのだろうか。できれば、金一封とか付けてくれてもいいのだが。
ドアがノックされ、カークの応答後にギルド職員が入室してきた。
賞状盆のようなものを持っており、そちらをカークのデスクに置くと「失礼します」とだけ告げて出ていく。
一度デスクに戻ったカークが訝しむような表情をつくる。
「ふむ。規定に沿った査定として、なかなか珍しい結果が出たな。」
そう言って、盆の中から持ち上げた冒険者証は銀色だった。
「おめでとう、ノア・ゼルドナー。君は晴れてBランク冒険者となった。今後の活躍を期待する。」
冒険者ランクはSからDの五段階あり、駆け出し冒険者は一律Dランクである。今回の査定で二段階上のBランクに認定されたということだ。まあ、Bランクというのは冒険者で一番多い層だとは聞いているので、無難な結果というところだろう。
因みに冒険者証はネックレスの認識票となっており、ランクに応じてブラック、ゴールド、シルバー、カッパー、アイアン製となっていた。




