表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/37

第1章 -6話

「いやー、今日は久しぶりに興奮する一日だったな!」


その日の夜、ハイデマリーの部屋。

机の上に置かれた黒い目玉が、うきうきした声で喋っている。

部屋の主はいつものように寝巻に着替え、机の前に座った。


「お楽しみいただけたのなら幸いですが。少々大変でした」

「だろうな! ククク、なかなか面白い展開になって来たじゃないか!」

「もう少しお静かに願います」


目玉をたしなめ、ハイデマリーはそっと息をついた。

滅多なことでは疲れを感じない体ではあるが、さすがに今日は少々気疲れしたというか。


……あの後、クララの手紙を携えたハイデマリーは、メイド服ではなく普段着である

ブラウスとロングスカートに着替え、お使いに出るふうを装って、

前を行くハイン少年の少し後から着いていき、彼の家まで一緒に行った。

もちろん目玉もポケットの中で一緒に、である。


郊外の緑豊かな住宅地の中の、美しい庭を持つ小さな家。

家に着いたのは門限の五時ぎりぎりで、まだ辺りは薄明るい時間帯だ。

ハイン少年は家に入るなり何か小言を言われている気配だったが、しばらくすると扉が開き、

家から少し離れて控えていたハイデマリーを迎え入れてくれた。

エーデルシュタイン伯爵令嬢の使いだと自己紹介したときの、彼の両親と祖父の呆気に取られた顔が

忘れられない。向こうからすれば、青天の霹靂とはこのことであろう。


立ち話もなんだからとリビングに通され、テーブルにクララからの手紙を広げて趣旨を説明すると、

祖父は驚き、幼い娘を抱いた父親はへえ~と感心し、母親は青ざめて絶句していた。

そして彼が今日、一人で屋敷を訪ねてくれたことを話すと、母親は座ったまま卒倒した。


「いやあ、あれは傑作だったな。笑いを堪えすぎて腹筋がねじ切れるかと思ったぞ」

「そのお姿のどこに腹筋があるのかというツッコミ待ちでいらっしゃいますか?」


その後、父親の介抱で復活した母親にハイン少年が叱られたり、お友達だなんてとんでもないと

母親が固辞しようとしたり、まあそこそこ大変な騒ぎにはなったわけだが、

そこで祖父が『招待状をもらったのはハインじゃし、友達になりたいと言われたのもハインじゃ。

じゃからハインに決める権利がある』と言って母親をいったん黙らせた。

そして……。


『僕はお嬢様と友達になりたいです』という少年の言葉によって、運命は決した。


ただ、一人で決めて屋敷を訪ねる行動をしたことに関しては、祖父が『今回は良かったが、

おまえはまだ10歳じゃ。危険に巻き込まれる可能性もある。今度からはちゃんと言うんじゃぞ』

と釘を刺していたが。保護者の視点で見ればそれは確かにそうで、そういう選択をさせてしまったことは

こちらに非があるので、彼をあまり責めないでほしい、申し訳なかったと謝罪をしてきた。


「彼は腹を括ったみたいだな。この先も楽しませてくれそうじゃないか」

「ふむ、そうですね……」


実はクララが彼に招待状を渡した際、ハイデマリーも離れた場所から見守っていたのだが、

その時の彼の様子では一人で来るなどとは思いもよらなかった。

そもそも来ないのではないかとすら思っていたし。

それとバイオリンを披露した時の、それまでのおどおどした態度が嘘のようなあの堂々とした姿も……。


「親に黙って一人で来た度胸もそうですが……いざという時に精神状態がフラットになれるというのは

 あの歳で存外に肝が据わっているというか、驚きましたね。鍛えれば使い物になる可能性も……」

「おいおい、彼は音楽家だろ?」

「……ああ。そうでした。つい昔の癖で」


腕を組み、思惟に沈んでいたハイデマリーは、目玉の言葉にはたと我に返る。


「ところで、今回はやけに積極的に動いたじゃないか、マリー」

「私は、お嬢様の願いはできるだけ叶えて差し上げたい、それだけです」

「くっくっく。愛だねえ」

「まあ、礼儀正しいところは気に入りました」


言いながらも、我ながら何目線なのだろうとは思う。

母親でもあるまいに。


「しーかし、お友達ねえ。あのぐらいの歳だと考えることも可愛いもんだな」

「まだ何の罪もない年頃ですからね」

「10歳か。さて、果たして何年くらい友達でいられるかな?」

「……? いずれ友人ではいられなくなるという意味ですか?」

「そうとも。私の見る限り、時間の問題だろうよ」

「仰っている意味が分かりかねます」

「分からんかあ。まあ無理もない。まっ、とにかくこの先が楽しみだな」


ニヤニヤしている様子が言葉の端々から伝わってくる。

楽しみと言ってもあまりいい意味ではなさそうだ、とハイデマリーは胸中で呟く。

と……ふと、忘れかけていたことを一つ、思い出した。


「そういえば彼が屋敷に来た時、ポケットの中で動かれましたよね?」

「ギクッ」

「気づいていましたよ、あの子」

「いやー、動こうと思ったわけじゃあなくてだな。ちと驚いたというか?

 ちなみに指摘されたらどう言い訳するつもりだったんだ?」

「ハムスターがいますとでも言おうかと」

「ははは! ハムスター! をポケットで飼ってるメイド! ふっはははは!」

「笑っている場合じゃありませんが。どういうおつもりだったんです?」


笑い転げている目玉をハイデマリーの手がすっと掴み上げ、手のひらに乗せる。

そうしてじっと見つめられ、逃げ場をなくした目玉は観念したのか、うーむと唸った。


「いや、遠目で見た時からもしやとは思ってたんだが。不思議な縁だな」

「……どういうことです?」

「何、ただの思い出話さ」


怪訝そうなハイデマリーにそれ以上は答えることなく、

目玉はただくっくっと楽し気に笑うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ