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第1章 -3話

一日の全ての仕事を終え、湯浴みも済ませたハイデマリーは、

メイドとしての自分に宛がわれた屋敷一階の片隅の小部屋に戻ってきた。

扉を閉めると、きちんと鍵をかける。

簡素なベッド、書き物をするための小さな机と椅子。小さな箪笥。小さな窓。

それだけしかないが、寝起きするだけならこれだけで充分だと思っている。


手に持っていた燭台を机の上に置き、蝋燭からランプへと灯りを移す。

いつものポニーテールは解かれていて、まだ湿った青い髪が下ろされている姿は、

いつもより幾分柔らかい雰囲気だった。


カーテンを閉めようと窓に向かったとき、外の木の小枝に何か光るものが留まっているのに気が付く。

光の粒子が集まってできたかのような小鳥。常人には見ることのできない、魔力でできたものだ。

窓を開くと、光の小鳥が部屋に入ってくる。

ハイデマリーは窓を閉めると施錠し、素早くカーテンを閉めた。

続いてお仕着せのワンピースのポケットから何か小さな丸いものを取り出し、机の上に置く。

それは目玉だった。白目が黒く、虹彩のあるべき場所に真っ赤な魔方陣が浮かび上がっている。


「ミハイルからか」


目玉が喋った。それは少し低いが、女声だ。

それを驚くでもなく後目にして、ハイデマリーはさっさとワンピースを脱ぐと、

簡素な寝間着である白いワンピースに着替える。

その間にも部屋の中を飛び回っていた光の小鳥は、机の上に降り立ち、

ぴょんぴょんと弾んで目玉の前で止まった。


「どれどれ」


目玉がいそいそと転がっていき、ちょんと小鳥のくちばしに触れる。

目玉と小鳥の間に小さな魔方陣が生じ、白から黄金色へと色が変じた後にすうっと消える。

小鳥はひらりと舞い上がり、その体が眩しく輝いたかと思うと、光の粒子となって飛び散った。

その粒子が集まってきて、空中に光る文字が浮かび上がってくる。


「二人は家に戻ったようですね」

「まあ元気そうで何よりだ。おまえたちのメンテナンスも、長いことしてやれていないからなあ」


光る文字が空気中に霧散して消え、部屋には元の薄闇が戻った。

ハイデマリーは椅子に掛けると、眼鏡も外してコトリと机の上に置く。

その瞳が放つ光は、眼鏡を外しても鋭かったが。


「やはりメンテナンスは必要なものでしょうか」

「無論できなくても問題なく稼働できるように作ってはいるがね。気には掛かるさ。

 元の体を取り戻せたら一番いいんだが、まあ現状難しいからな」


目玉がしみじみと言い、嘆息する。

二人の間に沈黙が落ちると、辺りはひっそりと静まり返り、物音ひとつしない。

今夜は風もないのか、木々の葉擦れの音すらしなかった。


「相変わらず静かな屋敷だなあ」

「最低限の使用人しかいませんからね。旦那様も執務と研究ばかりで少しもお帰りになりませんし。

 そもそも療養のためにとお嬢様を王都から呼び寄せておきながら、一度も顔を見に来ませんし。

 ようやく呼びつけたかと思えばあの態度、あの方本当に親なのでしょうか?」

「よほど娘に興味がないんだろうよ。診るにしてもいかにも義務といった感じだしな。

 まあ魔法使いなどというものは、得てしてそういう連中が多いものだが」


喋りながら、最後の方はあくび交じりに目玉が請け合う。

そもそも目玉しかないのに、どうやってあくびをしているのだろうか。

という疑問は感じていないのか或いはどうでもいいのか、ハイデマリーは目玉に向かって話し続ける。


「五年前に奥様が亡くなられた時、お嬢様はまだ4歳でいらっしゃいました。

 なのにあの男、お嬢様を顧みもせず言葉すらかけませんでした。今でも腹が立ちます」

「はっは! 面白いなあマリー、まるで人のようじゃないか!」

「……こほん。もう少し小さな声でお話しください」

「照れることはないだろうに。お嬢様が可愛いんだろ?」

「可愛いだなどと……恐れ多いことです」


ハイデマリーは目を伏せ、ゆっくりと首を振った。

目玉はそんな彼女を面白がるように、ひとりでにゆらゆら揺れている。


「それにしても、あの小さかったお嬢様ももう9歳か。早いものだな。

 出会った頃は1歳くらいだったんじゃなかったか?」

「……申し訳ございません。こんなに長くお傍にいるつもりはなかったのですが」

「なあに、構わん。我ら夜の住人は、どうせ永遠のような年月を生きるんだ」


目玉だけの姿で生きていると言えるのかどうかはさておき、目玉は飄々とそう言った。

ころころと机の上を転がっていたかと思うと、はたと止まる。


「それに、あのお嬢様は長くは生きられないだろう。あの脆弱な心臓ではな。

 母親と同じくらいか、成人までもつか……それでもお嬢様に最後まで仕えたい、

 それがおまえの願いなんだろう?」


ハイデマリーが静かに頷く。

目玉が、にやりと笑う気配があった。


「それもまた愛だ。私が見たいものはそれなんだよ。

 何年だって構いはしない。もっと私にそれを見せてくれ」

「……お望みとあらば」

「契約成立だ」


冗談めかして目玉が笑う。

こうして、不可思議な夜は静かに更けていった。

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