第4章‐8話
夜明けの気配がする。
テントの布地の向こうが少し明るくなり始めたのを感じ、ハインは目を瞬かせた。
仰向けに寝ていた体を、ころりと右横に寝返りを打つ。
そこには体をこちらを向けて、無防備な寝顔でクララが眠っている。
その隣にはハイデマリー、さらに奥にはリシャという順番だ。
巨人との戦闘のあと騎士団の厚意に甘え、テントを一張り借りて一晩休ませてもらったのだった。
面子が女性ばかりなのでアズレトのテントに泊まらせてもらおうかと思ったのだが、
クララがどうしても離れたがらなかったのと、ハイデマリーとリシャが気にするなと言ってくれたので
一緒に休ませてもらっている。
クララが被っている毛布を、そっと肩まで掛け直す。
頬に落ちかかる柔らかい白金の髪を思わず搔き上げてしまい、起こしはしないかとぎくりと手を止めた。
が、クララは魔獣との戦闘で魔法をたくさん使った反動か、よく眠っている。
巨人が最後に崩れた時など、野営地を守るために大きな風の障壁の魔法を展開したとハイデマリーから聞いた。
この二年で、クララは立派に魔女の仲間入りを果たしつつある。
むろんそれはあの魔女レギィネイラによる手ほどきと、彼女自身の努力の賜物に相違ない。
……ハインは小さく嘆息した。昨夜はほとんど一睡もできなかった。
戦闘後で神経が昂っていたせいもあるかもしれないが、それだけじゃない。
結局、あの巨人との戦闘では、自分はほとんどなんの役にも立てなかった。
問題はそれだけでなく、この実地訓練全体を通して言えることだが、
ヘイレンがいてくれなければ窮地に立たされる場面があまりにも多かったことだ。
そんな自分が不甲斐なく、情けなく、悔しかった。
自分はこのままでいいのか?
こんな有様で、いざという時に本当に彼女を守れるのか?
懊悩を秘めた空色の瞳を眇め、唇を引き結ぶ。
そして、そおっと身を起こした。仲間を起こさないよう、音も立てずにテントから出る。
東の空が白み始めている。外気は雪のせいかひんやりとし、早朝の野営地の中には霧が立ち込めていた。
テントの前には、白銀の狼の姿のヘイレンが寝そべっている。
「おはよう、ヘイレン」
『早いな』
「あんまり眠れなくて」
『……どこか行くのか?』
「少し出てくる。クララが起きたら、心配しないよう言っておいて」
『承知した』
ヘイレンはそれ以上は何も聞かず、テントを離れるハインを見送ってくれた。
借り物の従騎士の服を着たまま、野営地の中を行く。まだ夜明け前なので人の姿はまばらだった。
朝露に濡れた草を踏んで少し歩いて、やってきたのはアズレトのテントだ。
まだ眠っているかもしれないと思い至り、入り口で立ち止まっていると、中から声がした。
「……起きてるよ。入れ」
声に促されて、テントへと入る。アズレトは既に起きて、絨毯の上に座っていた。
黒のノースリーブのインナーの上に直接、制服の詰襟ジャケットの前を開けたまま羽織っている。
その目を見るに、起き抜けという感じはしなかった。彼もまた眠っていないのかもしれない。
「朝早くにすみません」
「気にすんな。そもそも寝てねえ。あんな戦闘の後にスッと寝られるわけねえだろ」
「そうですね。俺も寝られませんでした。怪我はどうですか?」
「おう、もう九割方再生したんじゃねえか? あとは手だけだな。じきに元通りになるだろ」
アズレトが左腕を上げると、袖の中の腕がほぼ再生しているのが分かる。
おそらく再生するのに魔力を集中させているからだろう、治りが速い。
「回復魔法が効くならもう少しは早く治せるんだろうが、魔人には効かねえからな」
「え……効かないんですか?」
「おい、そんなことも知らねえのか。そうだよ。
聖職者の連中は、俺らは神の理に反する存在だからとか言ってたぜ」
嘘か本当か知らねえけどな。そう言いながらアズレトは腕を下ろすと、
いまだ入り口で立ち尽くしているハインを見て笑みを浮かべた。
「来るんじゃねえかとは思ってたよ。まあ座れ。他の連中はまだ寝てんのか?」
「たぶん……マリー先生は分かりませんけど。
リシャも疲れたのか、熟睡してるみたいな感じでした」
「この状況で熟睡するか普通? あいつ、昔っから妙に肝が据わってんだよな」
一瞬、アズレトがやや視線を落として目を細めた。昔を懐かしんでいるのだろうか。
と、そんな空気を吹き飛ばすように勢いよく息を吐くと、アズレトは顔を上げて、
促されるまま対面に座るハインを見た。
「まあ、そういう話はいいんだよ。お前のことをもうちょっと話してみろ」
「俺のこと? ですか?」
「そうだ。お前が魔人になった経緯を、まだちゃんと聞いてなかっただろ。
あの子のためだってのは分かったが、そもそもなんでレギィネイラと関わった?」
「それは……」
今度はハインが視線を落とす番だった。いったい、どこから話せばいいのだろう。
魔人になった二年前のこと? それとも、今に繋がるすべてが始まった彼女との出会いから?
「ゆっくりでいい。お前が分かってることを、最初から全部だ」
「……分かりました」
ハインは頷き、ぽつりぽつりと話しはじめた。
クララとの出会いから今に至るまでの経緯で、自分が理解している範囲のことを一つずつ。
そういえば、こうして誰かに事情を聞かれるのは初めてのことだった。
アズレトは口を差し挟まず、ただ黙って頷き、最後までハインの話を聞いてくれた。
そうしてこの異界の森にやってきた事情まですべてを聞き終えると、「そうか……」と呟いて頷く。
「話してくれてありがとよ。今まで大変だったな」
「いえ、そんなことは……」
「いや、お前はすげえよ。すげえがんばってるじゃねえか。
俺らみたいに、ガキの頃から騎士になるために生きてきたわけでもねえのによ。
そんなの並大抵のことじゃねえぞ。もう少し胸張れや」
真っ直ぐに目を見て、そんなことを照れもせずにアズレトは言ってくれた。
飾り気のないその言葉に、期せずして鼻の奥がつんとする感じがした。
なぜか涙が滲み、慌てて下を向いて手の甲で拭う。
アズレトが軽快な笑い声とともに、ポンポンっとその頭を叩いてきた。
「すみません……」
「ははっ、なに謝ってんだよ。いいじゃねえか、泣いたってよ」
恐る恐る目を上げると、アズレトが目を細めて笑っていた。
その涙は、恥ずべきことではないのだと。
ハインは顔を上げて頷き、鼻をすすって滲む涙を拭った。
たぶん、彼に努力を認めてもらえたことが、ただうれしかったのだと思う。
ハインの様子が落ち着くと「ちょっと歩こうぜ」とアズレトが言った。
彼に伴われて、テントを出る。いつの間にか太陽が顔を出し、霧の向こうにぼんやりと白い輪郭が見えていた。
どこへ行くというほどの目的などない。二人して、朝霧の中の野営地をそぞろ歩いていく。
そうしていると、霧の向こう、前から人影が見えてきた。
おそらく哨戒をしていたのであろう、黒銀の甲冑の騎士が二人。兜は着けていなかった。
20歳そこそこくらいの騎士と、30歳くらいの騎士だ。
彼らはこちらの姿を認めると、二人とも笑顔になってやってきた。
「おはようございます。ヴィノクロフ卿、昨日はお疲れ様でした」
「お疲れ様っす! アズレトさん、妹さんに会えてよかったっすね!」
「おう、ありがとよ」
「腕、もう生えたっすか!?」
「バッカお前、骨からイってんだぞ。まあ、ほぼ生えたけどな」
アズレトが騎士たちと軽口の応酬をして笑う。ずいぶん砕けた、気安い雰囲気があった。
彼らからしたらハインは得体の知れない魔人だと思うのだが、そんなことを気にするそぶりもない。
そもそも戦線を共にし、同じ野営地で休ませてもらってまでいるのだから、今さらなのかもしれないが……
などと思っていると、急に騎士たちの目が自分の方に向いてびくっとなる。
「君もお疲れ様。よく眠れたかい?」
「えっ、いえあの、あまり……」
「眠れないっすよねえ! 俺も興奮して眠れなかったっす!
ルフェーヴル隊長の大魔法、久々に見たけどやっぱめちゃめちゃカッケーくて!」
「か、かっけー? そ、そうですね?」
「魔人の人たちも大活躍だったからね。もし我々だけだったら、もっと被害が出ていたと思うよ」
「マジでそれっす! あと彼女と仲良さそうで羨ましいっす! 彼女かわいいっすねえ!」
「えっあの、はい、ええっ?」
「ハハ! アズレトさん、この子ちょっとルフェーヴル隊長に似てるっすね!」
「クソ真面目で堅物なとこだろ? まあ、あいつよりゃ幾分マシだがよ」
クソ真面目で堅物って。そんなに似ているだろうか?
困惑気味に首をひねるハインを見て、騎士たちが朗らかに笑う。
「ところで妹さん、なんとか騎士団に入れられないっすかねえ? 元々騎士団にいたんでしょ?」
「そうできたらいいんだがな」
「本当に。君たちみたいな魔人がいてくれたら、卿も隊長たちも、もう少し楽ができるだろうに」
「いえ……俺はあまり役には立てなくて」
「若いのに謙虚っすねえ。君みたいな魔人、見たことないっすよ」
「おい、俺のことディスってんのか? ところでお前らライターとか持ってねえ?」
「ライターはありませんがマッチなら」
「まじか、助かる」
マッチで煙草に火を点けてもらい、アズレトが満足げに煙草を吹かす。
そこで騎士たちとは別れた。手を振りながら哨戒に戻っていく彼らに手を振り返し、ハインは呟く。
「いい人たちですね。正直、もっと冷たくされるのかと……」
「俺で慣れてっからな、騎士団の奴らは。
教会全体で言や、魔人にそういう扱いしてくる奴もいないわけじゃねえが」
「そうなんですか」
「神の理に反する者だとかな、どうしても言う奴はいる。分からないではねえけどよ。
ま、俺は何を言われても構いやしねえが、お前みたいなのには堪えるかもな」
立ち止まったまま煙草を吹かし、まるでなんでもないことのようにアズレトは言う。
両の拳を固め、じっと自分を見ているハインに気づいて、彼はふっと笑った。
「で、どうだったよ昨日。なんかいろいろ、思うところがあんじゃねえの?」
「……そうですね。俺は本当に役に立てなくて。悔しかったです」
「だろうな。俺の言った意味、少しは分かっただろ」
「はい。今のままじゃ、俺は自分も彼女も守れない」
ハインの言葉に、アズレトは黙って小さく頷く。その碧眼。
ただ目を合わせることも許さないような強い視線が、ハインを試すように見据えている。
「強くなりてえか?」
「はい。初めて心からそう思いました」
「んじゃ、覚悟決めるんだな。あの子とちゃんと話してこい」
「……はい」
アズレトの視線を受けるハインのその瞳の奥に、別の懊悩があることを彼は見抜いている。
彼の元に行くなら、きっとクララを置いていくことになる。その現実と向き合わなくてはならないことを。
トントンと叩いて灰を落とし、アズレトが煙草を燻らせる。風のない朝、煙が真っ直ぐに上っていく。
「心が決まったら、聖都の騎士団本部を訪ねてこい。俺が騎士団に渡りをつけてやる」
「でも、まだ行くと決めたわけじゃ……」
「そうだな、そりゃお前らで決めることだ。
が、お前は来る。最初に会った時とは、もう目が違うからな」
「っ……」
「ははっ、まあ悩めや。俺らもここを撤収して聖都に戻るにゃ、ちょい時間がかかるからよ。
お前も一旦、隠れ家とやらにでも帰って考えろ。んじゃまたな」
「……はい。ありがとうございま、すっ!?」
アズレトは煙草を銜えたかと思うと、不意打ちでバンっ!とハインの背中を叩いた。
いきなりの痺れるような痛みに飛び上がりそうになる。
そのまま力強く背中を押され、つんのめって転びそうになるが、なんとか踏みとどまり。
振り返ると煙草を銜えたアズレトが、ニヤリとした笑みを浮かべている。
ハインは彼に向かってぺこりと一礼すると踵を返して、来た道を駆け戻っていった。
・・・ + ・・・ + ・・・ + ・・・
テントに戻ってくると、入り口にいるヘイレンのもとにクララがしゃがんでいるのが見えた。
駆けてくるハインに気がつくと、クララが立ち上がって微笑む。
「おはよう、ハイン! どこに行っていたの?」
「うん、ちょっとアズレトさんと話しに」
「まあ、わたしも起こしてくれればよかったのに」
「いやそんなわけには……」
「お願い、あんまり一人でどこかに行かないで? 本当に、昨日までずっと心配してたんだから」
「う、ごめん……」
そう言われると、実際多大な心配をかけたと思うので、返す言葉もなく。
『一人でどこかに行かないで』という言葉が胸に突き刺さってくる。
今アズレトと話していたことは、彼女のその言葉を裏切るようなことではないか。
それを思うと胸の奥がずきずきした。
傍に来てこちらを見上げるクララの澄んだ瞳から、目を逸らしたくなる。
「ハイン? どうかした?」
「あ、いや、なんでもないよ」
「でも、何か……」
ハインの様子がおかしいことを鋭く察したクララがなおも言い募ろうとしたその時、
背後から近づいてくる者があった。気配で誰なのかは分かっていたので、驚きはしない。
振り返ると、マルスランが一人でそこにいた。
スイングタイプの正十字の片耳ピアスを見せるように、左側だけ無造作に後ろに撫でつけた褪せた金髪。
黒い軍服姿ではあるが、いつもの青色のアスコットタイはしておらず、
スタンドカラーの黒いシャツの上に、膝丈の制服の上着を羽織っただけのラフな格好だった。
「おはよう。よかった、まだいたな」
「おはようございます。昨晩は泊めていただいてありがとうございました」
「いや。君たちには助けられたからな。借りを返しただけだ、気にしなくていい」
マルスランはそう言って、頭痛がするように瞑目して目頭を揉む。
というか実際に頭痛がするのかもしれない。サファイアブルーの目の下の隈がさらに目つきを険しくしているし、
顔色も精彩を欠いている。おそらく昨夜の戦闘や大魔法の反動なのだと思われた。
彼は魔人かと錯覚するほどに強かったが、実際は只人なので無理もないことであろう。
加えて、消失したと目される次元の歪みの調査や、魔獣の死骸の後始末、軽微ではあるが野営地の修繕、
そして次に交代で来る隊への引継ぎ業務などなど、仕事に追われている様子だ。
もしかしたら彼も眠っていないのかもしれない。
「マルス。どうかしましたか?」
テントの中からハイデマリーが姿を見せた。
起き抜けなので青い髪は結わずに下ろされている。スタンドカラーシャツの上に青いコートを羽織っていた。
彼女の姿を認めると、マルスランはぴしりと一礼をする。
「いえ。きっと何も言わず去られるのではないかと思い、一言挨拶に来ました」
「律儀なところは変わりませんね。けれど、本当に見違えましたよ。
最後に会ったあなたはまだ10代で、従騎士でしたからね」
「お恥ずかしい限りです。不肖の身ながら、今は中隊長の立場を頂いております」
「謙遜することはありませんよ。ここはいい隊です。きっと苦労したでしょうね」
ハイデマリーの瞳には、これまでに見たことがない感情の片鱗が窺えた。
旧知の者に対する懐かしさと、年かさの者が若齢の者を見守るときの温かさと。
その瞳を見つめ返し、マルスランの険しい目元が心なしか穏やかさを帯びる。
「ありがとうございます。あなたが生きていると知ったら、シャヴァンヌ卿もお喜びになるでしょう」
「ああ、オルタンス。懐かしい名前です。彼女は元気ですか?」
「はい。現在、騎士団長を務めておられますので」
「オルタが騎士団長に?」
その名を聞き、ハイデマリーが珍しく驚いた表情になる。
どうやら旧知の仲のようだ。
「まさか、いまだに現役で?」
「もちろんですよ。私も時折手合わせして頂きますが、衰えというものを知らない方です」
マルスランが、微笑を浮かべた。そういえば笑顔は初めて見る。
元々が美丈夫なところに、普段は仏頂面なのも相まって、その笑顔は妙な破壊力があった。
そこに、急に別の声が割り込んでくる。
「ねえ、騒がしくて寝れないんだけど」
「きゃっ!」
テントから這い出てきたリシャが、入り口に立っていたクララの脚の間から顔を出していた。
そのままぐいぐいと前に進んでこられて、クララがすってんと後ろに転び、リシャの背中に乗る形になる。
転がり落ちないように、すかさずハインがその背を支えた。
「もう、リシャったら!」
「ふああ……あれえ? マルスじゃないか」
「リシャ」
クララを背中に乗せたまま大あくびをするリシャを見て、マルスランが目を丸くする。
「君もマイペースなところは相変わらずだな」
「そう? 自分じゃ分からなくてさ。でも君は老けたね」
「当たり前だろう。あれからもう何年経つと思ってるんだ。君がいなくなってから……」
「そっか、もうそんなに経つんだっけ」
「君は元気でやっているのか? 今はどこも調子は悪くないのか?」
「元気だよ? ていうか戦ってるの見たでしょ」
「それはそうなんだが……」
「他の同期の皆は元気?」
「辞めたのもいて、残っているのは半分くらいだな。皆、元気だ。
君が生きていたと知ったらきっと喜ぶだろう。リシャ、よければ君も一緒に……」
マルスランは何かを言葉にしかけて、そのまま口を噤んだ。
リシャはきょとんとしているが、彼が飲み込んだ言葉はおそらく、
君も一緒に来ないかと言いたかったのではないのかと思う。
けれど今それを言ったら、リシャを困らせるかもと思ったのではないのかと……
当のリシャはずっときょとんとしたままだったが。
「いや。きっとまた会おう」
「ん? うん、またね。まあ元気でやりなよ」
まったく気楽な調子でそんなことを言うリシャに、マルスランが苦笑を浮かべた。
そのまま表情を元に戻すことをあきらめたかのように、笑みを湛えたままこちらへと向き直る。
「では、どうかお元気で。道中お気をつけください」
「ありがとう。さようなら、マルス」
「きっとまたお会いできると信じています」
全員に向かって、来た時と同じくらいぴしりと礼をして、マルスランが踵を返す。
そうしてゆっくりと、朝霧の向こうへと消えていくのを皆で見送った。
その姿が見えなくなってしまうと、ハイデマリーが一つ息を吐く。
「では、私たちもそろそろ帰りましょうか」
「だね。帰ってゆっくり寝たいや」
気だるげに答えるリシャの背中から、クララの手を取って立たせてやる。
ひどく小柄なのに特に重さなど感じていないのか、彼女に乗られていてもリシャは顔色一つ変えていなかった。
今は大あくびしている彼女の傍らにしゃがみ、クララがおずおずと問いかける。
「ねえリシャ、お兄様にご挨拶していかなくていいの?」
「ん? 別にいいんじゃない。生きてればまた会えるでしょ」
「えっ、でも……」
「向こうもきっとそう思ってるよ。さ、早く帰ろ」
むくっと起き上がって、テントの中にさっさと自分の刀を取りに行く。
いいのかしら……とクララがハインに聞いてくるが、苦笑するしかなかった。
たぶんアズレトの方は、挨拶くらい来てくれたら喜ぶんじゃないかとは思うのだが。
ハイデマリーも特に何も言わなかったが、たぶん同じことを思っているんじゃないだろうか。
太陽が高く昇りはじめ、野営地には陽が射し込みはじめていた。
朝霧を透かして辺りの景色がきらきらと輝いている。
ほどなくして他の騎士たちも起きはじめるだろう。
そうして霧が晴れる前に、ハインたちは騎士団の野営地を後にしたのだった。




