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第4章‐7話

巨人は、近くで見るとますます巨大だった。

その巨躯は島にある鐘楼と同じくらいはあるかもしれない。

マルスランとともに駆けつけた時には、アズレトとリシャの兄妹が既に攻撃を加えていた。

リシャの太刀が巨人の脚を横一文字に切り裂く。

が、何かひどく硬いものを斬ったような硬質な音がして、刃が弾き返されているようだ。

駆けつけた二人の姿を認め、アズレトとリシャがすぐそばまで跳んで後退してくる。


「手応えはどうだ?」

「表面はほぼ雪みてえな感じだな。が、中になんか硬い氷みたいなもんがある。

 単に魔力を込めたぐらいじゃ刃が通らねえ」

「魔族兵器って、僕は初めて見たけど。ずいぶん硬いんだね」


アズレトの報告に頷き、マルスランはリシャの疑問に答える。


「魔族兵器は大抵、物理耐性も魔法耐性も高い。今回も押し切るしかないかもしれん。

 奴らには脳も心臓もなく、ただコアのみが体内のどこかに存在する。

 それを見つけ出して破壊しない限り、何度でも再生するのだ」

「へえ。厄介だな」

「まずコアを探る。魔法剣を使うぞ。アズレト、リシャ、二人とも寄生精霊を使え」

「了解。イゾルダ!」

「アンネッテ!」


答えるが早いか、アズレトとリシャが叫んだ。

二人の体からたちまち赤と黒の炎が立ち上り、それぞれが女性の姿を成す。

赤い炎のドレスをまとった少女、アンネッテ。

黒い炎のドレスをまとった女性、イゾルダ。


『いくわよ、アンネッテ!』

『はい、イゾルダお姉さま!』


二人の精霊はそれぞれの持ち主の刀へと、炎となって宿る。

赤と黒の炎の迸る刀を手に、アズレトとリシャが再び巨人へと向かっていく。

左右の両足をそれぞれ駆け上り、その胴へと両側から斬撃を加えた。

炎をまとった刃は表面の雪を溶かし、その下にある硬質な氷のようなものを露出させ、一部を砕く。

だが易々と刃が通ったとは言い難い手応えに見えたので、相当硬いのだろうと思われる。

二人を追い払おうと両腕が空を切って迫り、それを避けて二人はさらに体の上へと駆け上っていった。

息をぴったり合わせて巨人の頭部へと斬りつけ、両側から砕く。

しかしどちらも氷はすぐに元に戻り、その表面を雪が覆い隠してしまう。


「……硬いうえ、再生が早いな。コアを探すだけでも長期戦になるかもしれん」


マルスランが呟き、己の片手剣を構えた。改めて見るに、両刃の美しい剣だ。

柄の装飾も流麗で、刃の表面には十字に〇の教会のシンボルが刻まれている。

黒い手袋を嵌めた手で刀身に触れ、その瞳がすうっと半眼になる。


「雷精よ、我が盟友よ、我が声に応えここに盟約を果たせ」


色気のある美声が、低く呟く。すると刀身が光を帯び、放電が起こった。

バチバチと音を立てて放電が刀身を超え、マルスラン自身をも包む。

褪せた金の髪が静電気でざわりとなびき、淡く輝いている。


「ハインと言ったな。君は無理はするなよ」


ちらとハインを見たサファイアブルーの瞳が、返事も待たずに掻き消える。

はっとして軌跡を追うと、目にも止まらない速さで巨人に肉薄し、ほとんど一瞬で幾度も斬撃を加えている。

まるで雷そのもの、電光石火の速さだ。呆然とそれを見るハインに、ヘイレンが言った。


『あれは魔法剣士だな。精霊と契約し、その力を借りて戦う。

 見る限りかなり高位の精霊と契約しているようだ』

「すごい……」

『我らも加勢するぞ』


言うや、ヘイレンが刀に変じてハインの手に収まる。

ハインにできるのは、ヘイレンに自身の魔力を込め、強化することのみ。

さっきの話を聞くとそれが通用するかも怪しいものなのだが、やってみるしかない。

息を吸い、集中して魔力を込める。

そうしてハインは地を蹴ると、巨人の脚をリシャに倣って真一文字に斬りつけてみた。


「っえ!?」


すぱっ!と軽く刃が通ってしまって、身構えていたぶん、つんのめってしまう。

ど、どういうことだ? 戸惑っている間にも、巨人がハインを邪魔そうに蹴りつけようとしてくる。

バックステップで距離をとってかわし、もう一度肉薄する。今度は斬るのではなく、突く。

ヘイレンの切っ先が巨人の脚をとらえ、易々と突き刺さってしまった。

が、今度はそれが抜けなくなる。腕の力だけでは抜けず、巨人に足をかけて引き抜こうとするがびくともしない。

まずいと思っている間にも、巨人が足を上げる。ヘイレンを掴んだまま物凄い勢いで宙を振り回された。


「うわあっ!?」


ズズン!と大地を踏みしめる衝撃にヘイレンを離しそうになるが、必死に掴んでしがみつく。

そこで様子がおかしいことに気づいたアズレトが、上から駆けつけてきてくれた。

危なげなく着地すると、イゾルダの炎を宿した刀でヘイレンの周りを斬りつける。

氷が破砕されてようやく解放され、アズレトとともにやや後退する。

彼がちらりとヘイレンを見、問うてきた。


「そいつ、ただの刀じゃねえよな? なんだ?」

「レギィが作った、生きている武器です。たしか特殊な魔法金属に、精霊が宿ってるって……」

「魔女が作った? つまり存在自体が魔法みたいなもんってことか……? いや待てよ、違うか」


アズレトはブツブツと呟きながら、頭をフル回転させて何かを考えている様子だ。

それも一瞬のことで、「そうか!」と叫んで頷いた。


「仮説だが、魔族兵器と近い存在なのかもしれねえ。だからあんだけ易々攻撃が通るんじゃねえか?」

「え??」

「よし、お前そいつでコアを破壊できるかやってみろ」

「えっ、はい。ええと、どうしたら?」

「とりあえず全員でコアの位置を探る。

 見つかったら、お前のその武器でコアを攻撃しろ。ついて来い!」

「はい!」


否も応もない。ただ必死に返事をして、アズレトについて駆け出す。

その二人をめがけて、巨人の拳が振り下ろされる。殴られた地面が陥没し、土塊が吹き飛ぶ。

その土塊に紛れてアズレトが飛翔し、腕の上に着地してそのまま駆け上っていく。

彼に倣い、バランスを崩しそうになりながらもハインもその後を追う。

肩の上にはリシャ、こちらと反対側である右腕にはマルスランが取り付いていた。


「おらぁっ!」


気迫の声とともにリシャの太刀が巨人の胸を砕いた時、巨人が大きく反応した。

その身に取り付くハインたちを振り払おうと、激しく身をよじり、腕を振り回す。

リシャは肩の上で巨人の頭に掴まって踏ん張り、他の面子はそれぞれ巨人の体に武器を突き立てて

振り落とされないように耐える。明らかに胸部への攻撃を厭っている。それに全員が気づいたはずだ。


「胸部へ攻撃を集中させろ!」


マルスランが鋭く叫び、全員が魔族兵器の胸部を狙って攻撃を仕掛ける。

身を捩ったり腕を振り回したりという、相手の抵抗をかいくぐりながらの攻撃。

やはりヘイレンで攻撃するのが一番効果的で、氷が大きく削れる。

それに気づいたリシャが、ハインを振り払おうと伸ばしてきた巨人の拳を刀で受け止め、弾く。

マルスランが巨人の頭部に連続で攻撃を加え、注意を逸らす。

その間にアズレトともに硬い氷を削り続けたその時、ハインの目にキラッと赤い光が映った。

破壊した氷の隙間に、赤い水晶みたいな輝きが見えている。


「コアだ……!」


アズレトが唸るように言い、ハインはその隙間に、無我夢中でヘイレンを突き入れた。

ガキンッ!と手が痺れるほどの硬い手応えがあり、ヘイレンの切っ先が少し刺さったのが分かる。

だが……渾身の魔力を込めたものの、それ以上深く突き刺すことができない。

それはヘイレンの問題ではなく、たぶんハイン自身の魔力の練度が未熟なのだと思われた。

つまり単純に実力不足で、コアを破壊するに至れない。

そうしている間にも氷が再生し始め、腕ごと氷に閉じ込められる前に

アズレトに体ごと引っ張ってヘイレンを引き抜かれ、すんでのところで離脱する。


いったん地上に降り立った四人は、作戦の変更を余儀なくされた。

ここまでの攻防で、魔人たちはどうということはないが、マルスランは顎に滴る汗を拭って息を整えている。

精霊の力を借りているとはいえ、彼だけはれっきとした只人であり、目に見えて消耗していた。

あそこで自分が破壊できていればと、ハインはほぞを噛む。


「すみません、俺じゃ破壊できませんでした」

「だな。しゃーねえ、その刀を俺が使うってのはどうだ?」

「だめだよ、ヘイレンの契約者はハインだもん。他の人が使うとパンも切れなくなるよ」

「なんだそりゃ、まじか! んじゃどうするよ」


ズシン!と巨人が一歩迫ってくる。動きが鈍重なのは幸いなことだが、一歩が大きい。

このままでは野営地まであっという間に到達してしまうだろう。

ただでさえ獣型の魔獣の群れが押し寄せ、その相手で手一杯であろうところに、だ。

しばし黙考していたマルスランが、じっとヘイレンを見つめてくる。


「君のその刀は、魔法金属か?」

「ええと、そう聞いてます」

「あの魔女が作ったんだってよ」

「ふむ……なるほど。では、魔法との親和性は高いわけだな」

「なんか思いついたの?」

「ああ」


リシャの問いに、マルスランが頷く。

優美な片手剣を地面に突き立て、巨人を仰いだ。


「アズレト、リシャ。二人は全力でコアを露出させろ。コアが見えたら、ハイン。

 君はその刀を投げ、今できる全力でコアに突き刺せ。そこに私が雷の大魔法をコアが壊れるまで撃ち込む」

「なるほど。ハインだけで破壊できねえなら、大魔法でダメ押しするってわけか」

「えっ、でも……そんなことをして、ヘイレンは大丈夫ですか?」

「その刀が魔法金属でできているなら、何の問題もない。しかもあの魔女が作ったものだしな。

 この聖剣を媒体にすることも考えたのだが、こちらはおそらく耐えきれん。

 コア破壊の前に壊れてしまうだろう」


そう言ってマルスランが己の片手剣を示す。これは聖剣というものらしい。

すごく曰くありげな名前だが、それでも耐えられない大魔法とはいったいどんなものなのか。


「刀がコアに刺さったら、全員できるだけ退避しろ。大魔法と巨人の崩壊の巻き添えを食うぞ。

 作戦は以上だ。それぞれ上手くやってくれ。散開!」


マルスランの号令とともに、アズレトとリシャが飛び出していく。

それを見届けると、彼はハインの方を向いた。


「大魔法発動のため、私はここで精神統一しなければならないから動けなくなる。

 君はどこか少しでも高い場所を探せ。コアを狙える場所だ。できるな?」

「はいっ……!」


ハインも頷き、駆け出した。高いところ。とは言っても周りにあるのは木だけだ。

相当に背の高い立派な木々がいくつかあるが、しかし一箇所に留まっていたのではコアが見えた時、

巨人の体の向きによっては投げられる角度がないかもしれない。となるとコアが露出するタイミングを計りながら、

角度を探して移動し続けるしかないだろう。ハインはジャンプして手近な木の枝に掴まると、するすると登っていく。

木のてっぺん近くから巨人を見上げると、既に巨人の両腕をそれぞれ駆け回りながら

胸へと攻撃を加えている兄妹の姿が見える。時々チカチカと赤い光が見えるのは、削れた隙間から見えるコアの光だろう。

あれはまだ露出とは呼べない。確実に突き刺すには、二人がやってくれることを信じて待つしかなかった。


入れ替わり立ち代わり、兄妹が攻撃を加える。

巨人は兄妹を振り払おうとうるさそうに両腕を振るうが、二人はひらりと宙を舞い、

器用に巨人の体を足掛かりにしては跳び上がって戻ってきて、繰り返し斬撃を浴びせる。

先ほどよりも剣にまとう炎は大きく強くなり、みるみるうちに氷が削れていく。

余力を残すことを考えず、文字通り全力を出しているからに相違なかった。


が、巨人も黙ってやられてはいない。

頭部にある赤い宝玉がにわかに光り始める。あの光線が来る。

二人が身構えたのも束の間、先ほどとは違い、光線が散弾銃のように放射される。

威力こそ減じているものの、この至近距離で当たっては魔人と言えど無事では済まないだろう。

慌てて二人が回避行動を取るが、想定外の攻撃に、足場のない宙にいたリシャが逃げ切れない。

光線がリシャに襲い掛かる!


「しまっ……!」


リシャの頭部を吹き飛ばすかに見えた瞬間、猛然と突っ込んできたアズレトがリシャを突き飛ばす。

代わりに撃たれたアズレトが弾き飛ばされ、地上へと落下した。いつもなら難なく着地できる高さのはずが、

体勢を崩したまま墜落するように地に落ちたアズレトの元へ、リシャが急いで駆け寄っていく。


「アズレト兄さん!」

「はっ、下手打っちまった」


駆け寄るリシャの眼前には、左肩から先を失って激しく出血し、うずくまる兄の姿があった。

胸の一部まで持っていかれているようだ。ごほっと咳き込み血を吐くが、それでも刀を放さず、瞳は炯々としている。

幸い魔力炉に損傷は及んでいないようだが、この怪我ではさすがに即再生とはいかない。

それはつまり、後はリシャ一人でコアを露出させる役目を担わなければならないということを示していた。


「クソッ。おいリシャ、後はお前一人で……おい、リシャ? 聞いてんのか!?」


表情をなくしたリシャが、アズレトを見て小刻みに震えていた。刀がカタカタと微かな音を立てている。

兄と再会したその時でさえ、感情の起伏の片鱗をすら見せなかったリシャ。

しだいに、その表情が変化していく。

それはアズレトでさえ唖然とするほどの、嚇怒に彩られていた。


「なんだろ。これってなんか、久々に……ムカつく……!」


その碧眼が険しく歪み、ぎろっ!と巨人を睨み上げる。

奇しくもその頭上では、マルスランの大魔法の予兆である巨大な魔法陣が展開したところだ。

低く轟く雷鳴が、リシャの怒りそのもののように唸る。

刹那、足元から立ち上った激しく燃える赤い炎に、リシャのその身が一気に包まれた。

赤と金のグラデーションの髪が舞い上がり、炎を透かして恐ろしいほど美しく輝く。

アズレトがその名を呼ぶ声を後ろに、リシャが跳ぶ。


雪を溶かしながら巨人の体を疾駆し、目にもとまらぬ速さで胸部まで迫る。

刀身が灼けるように赤く輝く太刀で、雄叫びを上げながら激しく何度も斬撃を浴びせた。

あの硬い氷が恐ろしい速度で破砕され、赤い、正八面体のコアが露出する。

巨人の体内にある空洞で浮遊し、ゆっくりと回転するその姿が、はっきりと見えた!


「ハイン!」


リシャが胸部から飛び退きながら叫ぶ。

その瞬間、ハインは歯を食い縛り、ありったけの魔力を込めてヘイレンを投擲とうてきした。

アズレトが撃たれても動揺を押し殺し信じて待ち続けた、最高のタイミング。

ヘイレンが過たずコアに突き刺さる!


「ぶちかませ!!」


叫ぶアズレトを、颶風ぐふうとなって戻ったリシャが引きずるようにして退避する。

ハインも急いで木から飛び降り、できるだけ離れようと走る。

刹那、マルスランが聖剣を空に向かってかざし、そのよく通る声で叫んだ。


「雷精よ来たれ! 我が敵を撃てェッ!!」


規格外の大きさの魔法陣から極大の稲妻がジグザグに迸り、ヘイレンに落ちる。

瞬間、耳をろうするほどの爆音が轟いた。

ヘイレンを通して容赦なく流れ込んだ雷の大魔法に貫かれ、巨人がその動きを止める。

それでも動こうとするが、さらに雷撃が強くなり、苦しみを表すかのようにその頭部の宝玉が激しく明滅する。

やがて正八面体のコアに、ヘイレンの突き刺さったところから無数の亀裂が入りはじめた。

細かなひびが大きくなり、深い亀裂を生む。ついに大きくひび割れ、音を立てて砕け散った。


コアを失った瞬間、巨人の体を形成していたあの硬い氷までが、音を立てて砕けていく。

細かな細かな氷の粒になり、雪になり、呆気なく崩壊しはじめた。

巨大な質量の雪が空から一気に降りそそぐ。

それはすさまじい衝撃波をともない、辺り一帯を巨大な雪崩れとなって飲み込んでいく。

野営地の方では、聖職者たちの神聖魔法のベールとともに大きな魔法陣が展開し、

風の障壁の魔法がその衝撃と雪を防いでいた。


やがて地響きを残して、ゆっくりと衝撃が収まっていく。

巨人だったものはすべて雪となり、辺りを覆い尽くし。

月夜の下、一夜にして出現した真っ白な雪原が横たわっていた。

もうもうと立ち込める冷気で、この辺りだけ突然、冬になってしまったかのようだ。


と、降り積もった雪がもぞもぞと動き、そこから何かが飛び出てきて雪の上に着地する。

白銀の狼、ヘイレンだった。雷の大魔法の直撃を受けたのに、平然としている。

ぶるぶるっと体を振るって雪を落とすと、軽やかに雪上を走っていく。

森の中に入っていくと、ある場所でぴたりと足を止め、前肢で雪を掘り起こしはじめた。

何かを探り当てると鼻先を突っ込み、銜えて雪の中から引っ張り出す。

それは雪まみれになったハインだった。


「ぷはっ! げほっ、ごほ……あ、ありがとうヘイレン。大丈夫だった?」

おれはどうということはない。お前は大丈夫か?』

「なんとか……走ったけどぜんぜん逃げ切れなかったよ。他のみんなは?」

『まだ埋まっているだろう。生きてはいるはずだが』

「助けに行かないと」


それを聞いて駆け出そうとしたが、さらさらした雪が深くて足が沈み、まともに前に進めない。

もたもたしているとヘイレンに『乗れ』と促されたので、その背に乗せてもらうことにする。

巨人と戦っていた辺りに戻ると雪原の一部から腕が出て、もぞもぞ動いていた。

駆け寄ってヘイレンが引っ張り出すと、マルスランが顔を出す。

続いてハインたちの背後で、雪原の一部がいきなり派手に吹っ飛んだ。

振り向くとリシャがアズレトの首根っこを掴んで、雪の上に着地したところだ。

精霊の炎で雪を吹き飛ばしたものらしい。


「いてえ! おいリシャ、もうちょっと丁寧に扱ってくれよ」

「兄さんって痛覚あるの?」

「気になるのそこかよ……怪我は大丈夫とか心配するとこだろ、ここはよ」

「僕はわりと痛覚薄いんだよね」

「いや聞けよ」


リシャはあの怒りに駆られた姿が嘘だったかのように、けろっとしたいつもの様子に戻っていた。

それをやや寂しそうに見上げるアズレト。その左肩から先が吹っ飛んだ怪我は、もう血が止まっている。

二人ともあの衝撃の中でも刀を手放していないのがさすがだった。

ハインはヘイレンの背から飛び降りると、アズレトの傍に近づいていく。


「アズレトさん、大丈夫ですか?」

「おう、血は止めたからとりあえずはな。まあさすがに再生にゃ時間かかるだろうがよ。

 それより煙草吸いてえ、ライターどこいった?」

「全員無事で何よりだ。アズレト貴様、その状態でまで煙草など吸わなくてもいいだろう。

 なんなら怪我が治るまでの間に禁煙してはどうだ?」

「治るまでの間って、せいぜい数時間だろが。数時間で禁煙なんかできるかアホ」

「それだけ減らず口が叩ければ心配はいらんな」


アズレトと軽口の応酬をして、マルスランが白い息を吐く。

そして首肯を巡らせ、野営地の方角を見やった。そちらからは大きな歓声が聞こえてきている。

しばらくすると、木々の向こうから騎士たちが走り出てきた。

先頭は副隊長のクロヴィスと、ニコレットだ。皆、突然の雪に足を取られて転びそうになっている。


「隊長ー! えーっ、すごい雪……!」

「隊長! 皆、ご無事ですか!」

「ああ。そちらの状況は?」

「全員無事です、重症者もいません。あの魔人の人たち、すごくて……かなり助けられました」

「そうですよ、本当びっくりです! 銃も凄腕、魔法もまるで無尽蔵ですよ?

 魔獣の駆逐なんてあっという間でした! ねえ隊長、何者なんですかあの人たちは?」

「それは……また後で話そう」


ニコレットに興味津々に詰め寄られ、マルスランは言葉を濁した。

そこに「ハインー!」と、場違いなほど明るくかわいらしい声が響いてくる。

その声にいち早く反応したハインが駆け出した。

野営地の方から走ってきたクララが、深い雪に足を取られて見事に転ぶ。

後ろからついてきたハイデマリーに助け起こされて礼を言い、また駆け出す。

そしてまた転びそうになったところを、駆け寄ったハインがなんとか抱き留めた。

胸に飛び込む形になったクララが、ぎゅっと首に抱きついてくる。


「ハイン、無事でよかった!」

「クララも……大丈夫だった? 怪我はしてない?」

「平気よ! マリーが一緒だったもの!」


腕の中でぱあっと笑うクララの頬に魔獣の青い返り血がついているのに気が付いて、思わず袖で丁寧に拭う。

あちらも相当、激戦だったのではないだろうか。やはり傍についているべきだったろうか。

などと考え込んでしまう自分の行動がいわゆる過保護であることは、ハイン自身は気が付いていない。

そしてクララが首に抱きついているゆえに、自分が自然とかがんでいることにも。


「よかった。君に何かあったら俺は」


ちゅっ!

言葉の途中でいきなり唇にキスをされて、一瞬何が起きたのか理解できずに固まってしまった。

というか一瞬、周りの空気も止まったと思う。

顔を離したクララがいたずらげに微笑むのを見てようやく、はっと我に返る。

周りの視線が集まっているのに気づいて顔を真っ赤にするハインに、しかしお構いなしにクララが抱きついてきた。


「だってやっとちゃんと顔が見れたんだもの!」

「えっ、ちょ、待って……!」

「待たないわ。心配ばかりかけるハインが悪いのよ?」

「わああっ、待ってみんな見てるから……わっ!?」


ぐいぐい押されて、動揺と雪に足を取られて後ろに転んでしまう。

慌てて身を起こすが、クララがしっかり首に抱きついてきて逃げられない。

振り解くこともできず頬にキスの雨を受けているのを、マルスランたちだけでなく、

騎士団の団員たちが唖然として眺めていた。

魔人であるということが騎士団の全員に知られたわけではないだろうが、勘づいている者は多いはずだ。

だからこそ目の前でいちゃつく若い魔人の二人を、信じられないものを見る目で見ている。

マルスランが険しい目を瞠り、呆然と呟いた。


「不思議な光景だ……彼らは本当に魔人なのか?」

「あいつらはレギィネイラの特別製らしいぜ? なあ、マリーさんよ」

「ああ、いけませんお嬢様、人前でそのような……!」

「お前らぜんぜん人の話聞かねえな」


呆れを通り越して、諦めの口調でアズレトが言う。その隣ではニコレットと、

アズレトに肩を貸しているクロヴィスとが、ハインたちにそれぞれ興味深げな眼差しを送っていた。


「いいな~、羨ましい……!」

「ですねー。僕も奥さんに会いたくなっちゃいました」

「しかし青少年が人前で、少々破廉恥なのではないか……!?」

「どこが破廉恥だよ、かわいいもんだろが」


マルスランの年寄りじみた言葉をアズレトが鼻で笑い、無意識に煙草を求めて胸ポケットを探る。

たが、どうやらライターは戦闘中にどこかに失くしてしまったのだった。

そのことを思い出し、仕方なく火のない煙草を口に銜える。

ハインたちを眺めるその顔には、どこか清々しささえ感じる苦笑が浮かんでいた。

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