第4章‐5話
今回、異界の森に来ている対魔族騎士団は、総勢60名の一個小隊。
今回の60名のうち、昼間の魔獣掃討担当部隊が20名、夜間の魔獣掃討担当部隊が20名。
残り20名が野営地の防衛部隊だ。ちなみに従騎士の数は含んでいない。
雷竜隊は本来はマルスラン・ルフェーヴルを隊長とする、100名の中隊であるとアズレトが教えてくれた。
対魔族騎士団は三つの中隊からなっており、総勢約300名の大隊であるという。
その構成員のほとんどは騎士で、魔法使いは三つの隊にそれぞれ10数名ほど在籍しているそうだ。
そこに、教会のもう一つの騎士団である神聖騎士団からの出向で、神官部隊と呼ばれる別の小隊が帯同する。
こちらは魔力ではなく神聖力と呼ばれる力を有する、神に仕える聖職者たちの部隊だ。
……ちなみにニコレットは神官ではあるが、れっきとした対魔族騎士団の一員で、神官としては例外なのだそうだ。
翌日、午前。
ハインはアズレトに伴われて、彼とともに異界の森の中の樹上にいた。
その眼下には黒銀の甲冑に身を包み、片手剣と盾で武装した20名の部隊がいる。
さらに10名ずつの小隊となって、前方にある次元の歪みから出現する魔獣を迎え撃つ構えだ。
「あれが次元の歪みだ。見るのは初めてか?」
「はい。思ってたより大きいですね」
樹上でしゃがみ、前方を見据えたままハインは頷く。
寝癖で少し跳ねている、銀色の髪。繊細な氷細工の如き銀の睫毛が縁取る、透き通るような空色の瞳。
深緑色のフードのついたチュニックと黒いズボン、黒革のブーツという、従騎士の制服のままだ。
腰には鞘に納められた打刀を佩刀していた。当然ながらこれはヘイレンではない。
予備の装備だが好きに使えと言われ、アズレトから貸し与えられたものだ。
その隣で幹に肩を預け、枝の上に立っているアズレト。
涼し気な吊り目の、ミハイルとリシャにそっくりの見事な碧眼。
真っ直ぐな、毛先に行くほど金色になっている長い黒髪。それを高い位置で一つに結っている。
かっちりとした詰襟の黒い軍服に、なめし革の黒い膝丈ブーツ。腰にはベルトで打刀を佩刀している。
彼らの視線の先には、何もない空中に浮かぶ、縦に大きく裂けた大きな亀裂があった。
亀裂の向こうには、水にこぼした油のように虹色に流動する空間が見えている。
その大きさはもはや森の木々を超えるほどになっていた。
そこから魔獣の群れが出現するたびに踏み荒らされ、木々は薙ぎ倒され、辺りは荒れ地と化しつつある。
「昨日より拡がってやがる。あれは群れが出てくるたびに少しずつ拡がるからな」
「塞ぐ方法はないんですか?」
「勝手に消滅するまでどうにもできねえ。塞ぐ方法は今んとこ未解明だとよ。
大概は何匹か吐き出したら消滅するような不安定なもんなんだが、
あの大きさにまでなるとな……最終的にでけえ魔獣か魔族のお出ましになる可能性が高えな」
「……もし魔族が出てきたら、60人でどうにかなるんですか?」
「難しいだろうな。今はその準備も整ってるわけじゃねえし。
けどま、俺もマルスもいるしなんとかなるだろ。そん時はお前も手ぇ貸せよ」
……ややこしいことになりそうなので、そうならないことを祈りたい。
と。その時、眼下の部隊がざわめいた。見ればみしみしと音を立てて、また亀裂が拡がっている。
ハインは腰の佩刀に手を掛け、いつでも鯉口を切れるようにしておく。
が、眼下を眺めるアズレトが、手を伸ばしてそれを制してきた。
「この程度の相手、どうってことねえ。まあ見とけ」
唸り声を上げ、次元の亀裂から次々と獣型の魔獣が飛び出てくる。
雪のように白い毛並み、ぞろりと牙の生えそろった大きな口。赤い目は複眼で、
顔の上部で何個もギョロギョロと動いている。細長くピンと立った大きな耳、ねずみのような細長い尻尾。
この森に来てからすぐ、嫌というほど戦ったあの魔獣の群れだ。
亀裂から群れが出てくると、辺りの気温が心なしか下がった感じがする。
気のせいではなく冷気が漂っている。それはあの次元の歪みから魔獣とともに出てきたのではないか。
あの亀裂の向こうはひどく寒い環境なのだろうか?
そんなことを気にしている間にも、騎士団は群れに対し盾で守りを固める陣形に入る。
部隊長の男性の「魔法放て!」の号令とともに、後方に控えた二人の魔法使いが杖を掲げた。
場の上空に二つの魔法陣が現れ、雷鳴とともに幾条もの雷が迸ると、
飛び掛かってきた魔獣たちが一斉に電撃に撃たれる。
「かかれ!」の号令が飛び、倒れたもの、ふらふらしているもの、動きが鈍ったもの、
それらを騎士たちが次々と掃討していく。効率よく魔獣を倒すチームワークと手際の良さに感心した。
「魔法で一撃で倒すわけじゃないんですね」
「んな全力でやらせてたら、魔法使いが過労ですぐ使えなくなるだろ。只人だぞあいつらは。
この程度にしといて、剣で止めを刺すぐらいがちょうどいいんだよ」
「なるほど……」
魔人であるクララなら、体内の魔力炉から供給される膨大な魔力があるので、
いくら強い魔法を撃ってもそんなふうになることはないだろうが、只人だとそうもいかないようだ。
「魔法が効かねえ類のもいるから、毎回このやり方が通じるわけじゃねえが。臨機応変ってやつだ。
まあでもだいたい、俺の出る幕はねえな」
「信頼してるんですね」
「ああ? たかが魔獣だぞ。この程度やれなきゃ、こいつらだって対魔族騎士団は名乗れねえよ」
アズレトは鼻を鳴らし、出し抜けに隣の木へと飛び移った。
不思議に思うハインを振り返り、手振りでついてこいと示す。
「戻るぞ。俺らの今日の持ち場は野営地だからな」
「あの、俺はそろそろみんなの所に戻りたいんですけど……」
「いいから、もうちょっと付き合えや。悪いようにはしねえからよ」
そう言って木を飛び移って先を行くアズレトの後を、黙って追うことになる。
昨晩もアズレトのテントに泊まらされ、夜中このまま逃げようかという考えが頭を掠めたが、
アズレトは眠っているようで眠っていないのが分かっていたし、
逃げたところで実力差を考えると何をどうしたって捕まるのがオチだ。
穏便に解放してもらうためにも、とりあえず今は言うとおりにしておいた方がいいだろう。
そうして野営地に戻ってくるなり、アズレトはハインに貸与した打刀と引き換えに木刀を渡してきた。
あれ、この流れってもしかして。そう思っている間にも、アズレトが軍服の上着を脱ぐと、
スタンドカラーのシャツ姿になり、彼も木刀を手にする。
「肩はもういいだろ? おら、稽古つけてやるからどっからでも打ってこい」
やっぱり……。この唐突さが、リシャとすごく似ている。
とにかく否応ない立場であるので、ハインは反論を諦めて木刀を構えた。
アズレトは右手で木刀を構え、左手は腰の後ろに回している。ハンデのつもりなのか、
片腕だけで相手をしてくれるようだ。ハインは軽く深呼吸をし、頷いた。
「いきます」
ならばと遠慮なく胸を借りるつもりで言って、地を蹴った。
正面からの打ち込みなど難なく受け止めて、アズレトが半身を開いてそのまま受け流す。
受け流されたハインは勢いそのまま一回転しつつ、返す刃でアズレトの胸を薙ぐ。
それもあっさり受けて、手首の回転だけで剣先が捩じられる。
絡めとられた木刀が力でぐっと下に押し下げられ、しかも刀身を足で踏まれて動きが封じられた。
そこに後ろ手に回していたはずの左腕が飛んできて、ぎょっとした時には頬を殴り飛ばされている。
「っ!?」
「使わないとは言ってねえぞ?」
木刀を手放して距離を取ったハインに向かって、アズレトがニヤッと笑う。
己の木刀を肩に担ぎ、ハインの木刀を拾いあげて投げて寄越した。
それを受け取り、ハインは切れた唇の端を手の甲で拭う。
「どうした? もっと打ってこいや」
その言葉に、返事の代わりに再び地を蹴り、打ち込む。
あらゆる角度、あらゆる攻撃をアズレトは片腕一本で難なく受け、いなす。
時に何合も打ち合い、鍔迫り合う。もちろん合間には左腕だけでなく、足蹴りも頭突きも飛んでくる。
ミハイルやリシャ相手でもそれがなかったわけではないが、度合いが違う。
いかに相手の意表を突き、優位に立つか。より泥臭く、実戦に特化した戦い方だった。
「おっと」
ハインの剣が、アズレトの頭部めがけて薙いだ時だ。
ひょいと身を反らしてそれを避けたアズレトが、下草で足を滑らせて体勢を崩す。
隙あり! すかさず距離を詰め、両手で木刀を握って上段から振り下ろそうとしたそのとき。
「なんつってな」
アズレトの笑みが見えたかと思うと掻き消える。しまった、今のは体勢を崩したフリ。フェイクだ!
一瞬体勢を低くし、跳ね上がってきたアズレトの剣がすれ違いざまに思いっきりハインの頭を打った。
ガツン!という衝撃とともに、目の中に火花が飛び散る。
「いってえ……!!」
思わず膝をついて頭を押さえた。もちろん、全身に魔力をまとって防御はしている。
ただアズレトの方が単純に魔力の練度が上で、その防御をものともせず衝撃を与えてくるのだ。
涙目で振り向くと、アズレトが実に楽し気に呵々と笑っていた。
「すっごい痛いです……!」
「痛くしねえと学ばねえだろが? バカ正直すぎんだよ、お前はよ」
「うっ……」
痛いところを突かれ、ぎくりとする。
正直すぎるとか、そういうことは確かに再三言われてきている。
「戦いに行儀作法なんてねえ。特に魔獣や魔族相手にはな。よく覚えとけ」
「はい……」
「これでも手え抜いてやってんだぞ? おら、次打ってこい!」
情け容赦のないアズレトの檄に、頭をさすりながら立ち上がる。
今さら気づいたが、いつの間にか周囲には人だかりができていた。手の空いている者が見に来ているようだ。
「あのヴィノクロフ卿が稽古をつけるなんて……」とざわざわしているのを聞くと、
どうやらこれはそうそうあることではないようで。
これはこれでありがたい機会だと捉えた方がいいのかもしれない。
痛みを飲み込むように唇を引き結び、ハインは三度地を蹴った。
・・・ + ・・・ + ・・・ + ・・・
その日の夕刻。
西の空に茜色の夕陽の残滓を残して、異界の森は蒼然としはじめる。
アズレトに稽古を付けられたり、従騎士として雑用をこなしたりしている間に、もうこんな時間だった。
ちなみに雑用というのは、食事の準備や洗濯、主人である騎士の武具の手入れに馬の世話など、多岐にわたる。
食事の時間も給仕として忙しく働き、先輩騎士たちが食べ終える頃にようやく食事の時間となる。
目の前には、簡易的に木材を組んで作った物干し竿のようなものがあり、その下に鉄製の焚き火台が二台ある。
そこに竿に鎖で吊るした鍋や肉を焼くための網を下ろし、調理をするという具合だ。
周りには椅子代わりに並べられた丸太があって、騎士たちが火を囲んで食事を取る。
が、ほとんどの人は草の上に座って食べている感じだ。
「よう、ご苦労さん。ここ座れや」
ハインは残り物のライ麦パンとシチューを手に、丸太に座るアズレトの隣に腰を下ろした。
いったいなぜこんなことに……冷静になると自分が何をやっているのか、本当によく分からない。
周りを見回すと、すぐ近くには隊長であるマルスランも普通にいる。
相変わらず美丈夫だが、サファイアブルーの瞳の目つきがやはり険しくて、食べている顔すら怖い。
スイングタイプの正十字の片耳ピアスを見せるように、左側だけ無造作に後ろに撫でつけた褪せた金髪。
黒い軍服に、襟元には青色のアスコットタイ。正十字のタイピン。
傍らには優美な意匠の片手剣が無造作に丸太に立て掛けられている。
アズレトも佩刀したままだが、彼らは食事中でも武器を手放さない。
リシャが今もその癖が抜けないのは、こういうところからだろうとようやく分かった。
しかし、隊長ともなるとテントなどで特別に食事を取りそうなものだが、
マルスランは毎食こうして皆と火を囲み、皆と同じものを食べている。
顔は怖いが、話をすると不思議と親しみの湧く人で、皆に慕われているのも肌で感じていた。
「ハイン君、お疲れさま」
「あ、ニコレットさ……じゃなくてシャヴァンヌ卿」
「あはは、ニコレットでいいよ。私は神官だし、騎士じゃないから」
隊長の補佐官を名乗っていたニコレットが、朗らかな笑顔でハインの隣に座る。
焚き火の前に置かれた、椅子代わりの丸太の上だ。
彼女は戦闘訓練を受けたいわゆる修道女なのだが、騎士団とともに戦う場合は便宜上、神官と呼ばれるらしい。
亜麻色をしたセミロングの髪に、可愛らしい顔立ちと、くりくりとした大きな珊瑚色の瞳。
下が膝下丈のふんわりしたスカートになっている黒い軍服に、黒いタイツと膝丈の黒革のブーツ。
首から下げたロザリオをいじりながら、彼女はふとハインの食べている物を見て目を丸くした。
「えっお肉食べてないじゃない! だめよ、君ぐらいの年頃の子はちゃんと食べなきゃ!」
「えっ。あの、俺はいいです」
そもそも魔人なので腹もあまり減らないし、毎食を食べる必要性すらないのだ。
無駄に食料を減らすのも悪いと思い、最低限にしておこうと思ったのだが。
「嘘でしょ、私より少食じゃない……! まだまだ食べ盛りのはずでしょ!?
ちゃんと食べないと強くなれないんだから! ねっ、隊長!」
「ニコレットの言うとおりだ。しっかり食べて体を作れ。それが今の君たちの仕事だ。
クロヴィス、彼に肉を切り分けてやってくれ」
「はい、隊長。……ほら、しっかり食べないとだめですよ。
疲れて食欲ないのかもしれないですけど、食べないと持ちませんからね」
「あ、ありがとうございます……」
あああ……。
あれよあれよと分厚い肉の乗った皿を手渡され、お礼を言うしかなくなる。
「もしかして、お肉は嫌いですか?」
「いえ、そんなことはないです。いただきます」
副隊長のクロヴィスに聞かれて、慌ててぶんぶん首を振る。
彼もやはり食事中でも、軍服の上から黒革のショルダーホルスターを掛けている。
オールバックにしたカフェオレみたいな茶色い髪。黒縁の長方形の眼鏡と、モスグリーンの優しそうな瞳。
瞳だけでなく、顔立ちそのものが柔和で優しそうな印象だ。
そうして肉にかぶりつくところを優しい笑みで見守られてしまい、良心が咎めて仕方がないハインの隣では、
アズレトが顔を背けて笑いを噛み殺している。この状況を面白がっているのは明白だった。
いったい誰のせいでこんなことになっていると思っているのだろう?
などと思っていると、マルスランが低くてよく通る色気のある声で、アズレトに問いかける。
「アズレト。昼間、彼に稽古を付けていたそうだが、本当か?」
「ん? おお。それがどうしたよ」
「いや。不思議なこともあるものだと思ってな。貴様はずっと従騎士さえ付けてこなかったではないか。
それがいったいどういう風の吹き回しだ? よほど彼に期待していると見るが」
「まあな。できれば使いもんになって欲しいとは思ってるぜ」
肉が喉を通らなくなる話題だ……固唾を呑むハインに、アズレトがニヤッと笑みを向けてくる。
絶妙に視線を逸らし、肉を咀嚼する。たぶん牛肉だとは思うが、緊張で味が分からなかった。
そのハインの顔を、隣からニコレットが覗き込むように見てくるのも、すごく気になる。
「でもアズアズ、本当にどこから連れてきたの?
こんなかわいい子、どこの部隊にいても女子の間で噂にならないはずないんだけどなあ」
「かっ、かわ……?」
「あー無自覚なんだー。その顔で無自覚で優しくして、
その気はなかったーとか言って女の子泣かせてるタイプでしょ。隊長とおんなじ!」
「ええ……!?」
「待て、なぜそこで私の名前が出る」
「んなかわいくはねえだろ、マルスはよ」
「隊長は今はこんな怖い顔だけど、昔はかわいかったんだから!」
「そうかあ? 昔っからこんなだろ」
「女性の感覚は分かりませんねえ」
クロヴィスがしみじみ言うが、確かに女性の言うかわいいの定義は本当によく分からない。
あとそんな感じで女の子を泣かせているという根拠はいったいなんなのだろうか。
と、そこにアズレトがさらに余計な一言を放った。
「おう、でもこいつ一丁前に女いるぞ?」
「えっ、なっ」
「えーうそ、ほんとに!? そこんとこ詳しく聞きたい! どこの所属の子? あ、一般人?」
「ちょ、困ります、そんな」
「付き合ってどのくらい? かわいい!?」
「いや、それはあの、かわいいですけど」
「やだあー赤くなっちゃってかわいいー!」
ニコレットの勢いにたじたじになってしまう。なんの拷問だこれは。
彼女といいイゾルダといい、なぜそんなに聞きたがるんだ?
余計なことを言ったアズレトを睨むが、彼はニヤニヤしながら素知らぬふりで煙草に火を点ける。
「あー始まっちゃいましたね。恋バナ大好きですからねニコは」
「コホン。やめないかニコレット、彼が困っているだろう」
「へっ、単にお前が苦手な話題なだけだろが?」
「ちょっとアズアズ、煙たい! 食事の席ではやめてって言ってるじゃない」
「もう食い終わってんだからいいだろ?」
「あなたの従騎士君がまだ食べてるでしょ」
「ああ? しゃーねえな」
ぶつくさ言いながらアズレトが立ち上がる。それだけで気を利かせているつもりらしい。
ニコレットに不満げにやいのやいのと言われて、面倒そうに小指で耳をほじっている。
ご飯を食べるどころではないくらいの賑やかさに、ハインは思わず笑ってしまっていた。
食事の後、アズレトの後について彼のテントへと戻る。
松明の明かりだけが闇を照らす道すがら、アズレトが振り返り言った。
「どうだ、気のいい奴らばっかりだろ?」
「はい。アズレトさんは、ここが好きなんですね」
「はっ、むず痒いこと言ってんじゃねえよ」
「素直じゃないのはリシャとそっくりです」
「ああ?」
アズレトが吸う煙草の煙が流れてくる。闇の中に、燻る煙草の火の赤が見えた。
煙のにおいにも慣れ始めている自分に気づき、ハインは溜め息を吐く。
「あの、アズレトさん。本気で俺のこと騎士団に入れようとか考えてるんですか?」
「かなり本気だぞ。お前ならいい相棒になりそうだからな」
アズレトが立ち止まり、煙草を手に振り返る。
その顔は笑みを浮かべているけれど、冗談というわけではなさそうだ。
「魔女んとこ出て、ここに来い。俺がお前を鍛えてやる」
「すみません。俺は騎士団には入れないです」
「なんでだよ。お前も男なら、強くなりたくねえのか?」
「いえ、俺は……戦うために魔人になったわけじゃないので」
「何言ってやがる。魔人と戦うことは切っても切れねえ関係……」
言いかけて、はたと気づいたようにアズレトが口を噤んだ。
言葉にならない声で呻き、天を仰いで煙草をふかす。
そしてふたたびハインに視線を戻すと、煙草の灰を地面に落として嘆息した。
「……そうか、お前、そういや言ってたな。好きな女のためになったんだったか」
「はい」
「じゃあその嬢ちゃんを守るためにも、力はあった方がいいだろ?」
「それはそうですけど」
「俺個人としては、恋とか愛とかいうのは永遠に続くもんじゃねえと思ってるがな。
まあ強くなる動機はそれでもいい、とにかく――――」
「失礼します、ヴィノクロフ卿」
突然、会話に割って入る者があった。
お互いの会話に集中しすぎていたこともあるが、その気配というものがあまりにも静かで。
驚いて二人して見やると、テントの暗がりから二つの人影が出てくる。
黒銀の甲冑に身を包んだ、背の高い人物と、小柄な人物。
小柄な人物の方は、なんだかふらふらしている。……あれ?この気配は。
気づいたその時、背の高い方が兜の庇を上げ、鋭い榛色の目が現れる。
「ハイデマリーか……!?」
ハインよりも先に、アズレトが驚きに打たれた声を上げた。
ということは、間違いない。あっちの小柄なほうは……!
考える間にも、小柄な人物が鎧の重さに振り回されてふらふらと倒れ込みそうになるのを、
ハインは駆け寄って行って、ハイデマリーとほぼ同時に両側から支えた。
庇を上げてやると、星のようなアメジストの瞳と出会う。
「クララ……!」
「ハイン! ふふ、鎧ってすごく重いのね!」
そう言って、クララがにっこりと微笑んだ。




