第3章 -7話
翌日の朝。
朝食や洗濯などを終えた面々は、なぜか全員、西の訓練場に集められていた。
招集をかけたのは魔女レギィネイラだ。その魔女は、最後に姿を現した。
が、その背後に付き従ってきた大きな二頭の獣の姿に、ハインとクララは驚く。
この島に来て約二か月、間近で彼らを見たのは初めてのことだったからだ。
「紹介が遅れたな。彼らもこの島の住人だ。まあ人ではないがね。
彼らは私が作った魔法生物の一種で、生体魔銀といういわゆる生きている金属だ」
「生きている金属……!?」
金属は無機物なのに、生きているってどういうことなんだ?
疑問で頭がいっぱいのハインに対し、レギィネイラはくっくと喉を鳴らす。
「君は実に分かり易いな。もう少し表情管理というものを覚えた方がいいぞ?
とても簡単に説明すると、特殊な魔法金属に精霊が宿っているのだよ。
だから彼らは、自我を持ち、自律的に考え、行動することができるのだ」
「へえ……」
「名は狼がヘイレン、狐がシャルラハという」
魔女がそう言うと、二頭の獣はそれぞれにその傍らに進み出て、腰を下ろした。
どちらも大きく、ハインよりまだ上に頭がある。長身の部類のミハイルでやっと同じくらいか。
ちょうどハインの目の前に座った銀の狼が、じっと見てくる。静かな、青い目をしていた。
そういえばいつも俺の稽古を見ているよな、と思ったそのとき。
『ふん。吹けば飛ぶような小僧ではないか』
喋った!思いもよらず、びくっとする。でも喋ったのは狐の方で、それは女性の声だった。
赤銅色の艶々とした見事な毛並みを持つ、どこか気品のある立ち姿の狐、シャルラハ。
そのシャルラハが、赤い色をした目でじろりとハインを睨んでいる。
『リシャならまだしも……こんな青二才に使われるなぞ、わらわは絶対に御免じゃ』
「ふはは、お前ならそう言うだろうと思ってはいたよ」
『ヘイレン。子供のお守は貴様に譲ってやろうぞ』
そう言うと、シャルラハは獣の口で器用に嘲り笑って見せる。
対する銀の狼ヘイレンは、微動だにせずただ目を閉じて黙っていた。
いまいち話が見えてこないが、指しているのは間違いなく自分のことなのだろう。
戸惑いつつもハインが思っていると、レギィネイラがちらりとヘイレンに視線を送る。
「いいか? ヘイレン」
『承知した』
ヘイレンが肯い、静かに瞳を開いた。物静かな感じの、低い男性の声だ。
というか、いったい何の話をしているんだ?
「よし。ハイン君、このヘイレンを君の武器として与えよう」
「……え? 武器?」
「そうだ。彼らは生きた金属で、武器だ。持ち主に合わせて、一番使いやすい形になる。
むろんこのままの姿でも十分に強い、持ち主を守る武器だ。未熟な君にピッタリだろう?」
ピッタリだろうと言われても、何が何だか。ただぽかんとヘイレンを見上げるハインが何かを言う前に、
シャルラハが甲高い声でほほほ!と愉快そうに笑った。
『未熟! 物は言いようよの。かような、魔力すら満足に扱えぬ出来損ない。
果たして使い物になればよいがのう?』
『己は見どころがあると思っている』
昨日の、魔力を暴発させて湖に落ちた不様のことを言っているのだろう。
小馬鹿にしてはばからないシャルラハに、だがヘイレンは静かにそう言った。
そして、またハインをじっと見下ろす。
『物好きよのう。こんな青二才のどこがいいのじゃ』
『己はずっと見ていたが、この者が泣き言を言うところはまだ見たことがない』
驚きに思わず息を吞んだ。
いつも何を見ているのだろうかと不思議に思っていたが……。
『愚にもつかぬことを。これから言うかもしれぬぞ?』
『かまわん。その時はその時だ』
『はっ。まあ好きにするがよいわ』
シャルラハは呆れたように言って腰を上げると、ゆったりと背を向けて立ち去って行った。
それを気にするでもなく、ヘイレンはハインに向かって言う。
『ハイン・ノール。これからはお前が私の主だ』
「えっ、あ、主?」
『そうだ。お前の武器となり、お前とともに戦う。宜しく頼むぞ』
「えっ、ええと、よろしく……?」
急展開過ぎて何が何やら。しどろもどろになっていると、ハイデマリーとリシャが
やれやれとでも言いたげに嘆息する気配がした。ミハイルには、ばっしと背中を叩かれる。
「いてっ」
「ま、戸惑うのも分かるけどしっかりなさいな! この子たちは自分で主を選ぶの。
生体魔銀の主になるなんて、なかなかないことなんだからね?」
「そうです。ヘイレンの気が変わらないとも限りませんよ」
「僕はシャルラハと同意見だけどな。ヘイレンはこれの何がいいの?」
「ふはは、ひどい言われようだな」
皆、口々に好き勝手なことを言う。
それをヘイレンはただ黙って目を細め、じっと見下ろしている。
選んでもらえたのはいいものの、現状はシャルラハの言う通りの有様なので、
ヘイレンに買いかぶられすぎているような気がして、当の本人は落ち着かない気持ちだった。
「さて。じゃあ彼の武器は何がいいかね?」
「アタシはアタシと同じ打刀がいいと思うのよ! 体格にも合うと思うわ。
そう思ってずっと木刀で稽古させてきたんだけど」
「僕らが教えると、どうしてもそうなるよね。まあやってみたら?」
「じゃあとりあえずは打刀で試してみましょ。いい? ヘイレン」
『本人はそれでいいのか?』
「俺はよく分からないから……任せるよ」
「見ての通り素人だからね。ヘイレン、本当にいいの?」
『二言はない』
リシャのからかうような言葉も意に介さず、ヘイレンは瞑目した。
「手を出して」とミハイルに言われ、両手のひらを上に捧げ持つような姿勢になる。
するとヘイレンの姿が一瞬、カッと眩く輝いた。眩しさに思わず目を閉じてしまう。
刹那、両手にずしりとした重みが加わった。
「えっ……!?」
目を開けるとあの大きなヘイレンの姿は消え、
その代わりに自分の両手の上に、一振りの刀が現れていた。
反りは浅めの、木刀に似た形。だが無論のこと、真剣だった。
鞘はないものの、鍔や柄巻き、刃文と呼ばれる独特の模様まで再現されている。
「すごいでしょ? アタシの刀に似せてるから、ほとんどそのままよ」
見たことがあるのはリシャの刀だけだが、見た目だけなら本物かどうかなんてとても見極められない。
感嘆の息を吐くハインの手から刀を取り上げ、ミハイルが柄を渡してくる。
「握ってごらんなさい」と促され、初めて本物の真剣を握った。
重たすぎるということもなく、かといって頼りないほど軽いということもない。
重さも持ち主に合わせて変わるのだろうか? 分からないが、試しに正眼に構えてみる。
「あら、やっぱりいいじゃない!」
「見た目はなかなか様になっていますね」
「見た目だけはね」
様々に評されながらも、ハインの耳にはあまり届いていなかった。
刀となったヘイレンを様々な角度から、矯めつ眇めつ。
鋭利な刃先を見ていると、高揚するというより身震いするような心地がした。
バイオリンから、刀へ。いったい自分はどこに行くのだろう。
無我夢中でここまで来たけれど、引き返せないままに歩いて、力を得て、その先は?
この島に来て初めて、ハインの内の人の心が、はっきりと怯えを感じていた。
ハイン、と小さな声が自分を呼んだ。
振り向くと、クララが心配そうにこちらを見つめている。
だが何かを言う前に、場の喧騒がそれを掻き消してしまう。
「まずは真剣に慣れないとね。今後はどんどん実戦形式の稽古になっていくし」
「私はそれとは別に、ハイン君には銃器の扱いも覚えてほしいのですが」
「そうよね。それはマリーに任せるわ、アタシ専門外だし」
「あと、ヘイレンがいれば魔獣との戦闘シミュレーションも可能になりますね」
「いい考えね! でもこの島じゃ狭すぎるかもしれないわ」
「短期間だけ外に連れて行ったら?」
本人を差し置いて、やいのやいのと魔人たちの議論が始まる。
どうやら、やらなければいけないこと、と言うよりさせたいことが山積みのようだ。
「怖いかね」
白熱する議論の輪の外で、唐突に問いかけられた。
見ると、レギィネイラが薄く笑みを浮かべてこちらを見ている。
クララも、やはり心配そうな表情のまま見ている。
……好きな女の子の手前、強がりたい気持ちもあったが、結局ハインは迷いながらも頷いた。
虚勢を張ったところで、二人には分かっていることだ。
「……少し」
「はっは。君は素直だな」
「隠したって仕方がないので」
刀を下ろし、素直に吐露する。情けないことではあるが、
たとえ強がって隠したところで、この怯えはなかったことにはならない。
今は刀の形になっているヘイレンだが、彼もきっと話を聞いているだろう。
こんな意気地のない奴を主に選んだことを、さっそく後悔しているんじゃないだろうか?
「悪いが、私の手が入っている君たちは、どうしたって狙われる。
だから己の身を守れる力は得ておくべきだ。その後のことは、自分たちで考えればいい。
その力をどう使うか、どう生きるか。君たちは私のものではあるが、それは君たちの自由だ」
「……どう自由なんですか、それは」
「さてね。言っただろう、自分の頭で考えろと」
謎かけのようなことを言って、魔女はニヤリと笑った。
・・・ + ・・・ + ・・・ + ・・・
その日の、夜。
家の中が寝静まった真夜中に、ハインはベッドの上に身を起こした。
満月が近いのだろう、カーテンの隙間からは明るい月明かりが差し込んでいる。
昼間はあれから、真剣の扱いについて指導を受けたものの、それを使った稽古はまだ早いと言われ、
午前も午後も魔力を扱う訓練に明け暮れた。成果のほどは相変わらず芳しくはなかったが。
そんなわけで体は疲れていないわけではない。なのに、眠れない。
そしてそれはたぶん精神的なものだと分かっていた。
頭にはずっと、刀を握った時に感じた怖さがちらついて離れないのだ。
ベッドを降り、ここに来てからいつも履いている革の運動靴を履くと、ハインは寝間着のままそおっと部屋を出た。
寝間着といっても、着古したTシャツとゆるっとしたグレーのスウェットだ。
部屋を出ると廊下を挟んですぐ前の部屋が、ミハイルの部屋である。
彼を起こさないように……といっても多分それは無理だと思うが……静かに廊下を通り過ぎ、螺旋階段を下りていく。
そのまま二階を通り過ぎようとした時だった。
「ハイン」
たたっと駆け寄る足音とともに急に声をかけられて、びっくりして足を止める。
通り過ぎかけていたので階段を戻ると、二階の階段ホールのところにクララが立っていた。
ネグリジェの上に薄手のショールを羽織っている。白金の髪が、窓からの月光に淡く光っていた。
「え……どうしたの。何かあった?」
「ううん。あなたが起きてくるんじゃないかと思って、そこのソファにいたの」
「えっ、そんなこと分かるんだ? 魔法?」
「そうじゃないわ、なんとなくよ」
驚くハインに、クララが苦笑する。
だけどそんなこと、どうしてなんとなくで分かるのだろう。ただ不思議だった。
「どこに行くの?」
「あ、いや……ちょっと、散歩でもしようかと」
「まあ、そう。あの狼さんとお話ししに行くのね」
「……いや、なんで分かるの?」
「わたしも一緒に行ってもいい?」
「もちろんいいけど」
疑問には答えてくれずに、クララの方が先に立って軽やかに螺旋階段を下りていく。
どうにも釈然としないまま、ハインがその後を追う形で下りていくことになった。
そのまま二人連れ立って、キッチンの裏口から裏庭へと出る。
ちなみにこの家、玄関も裏口も施錠はされていない。むろん、誰も訪ねてなど来ないからだ。
外に出ると、夏の夜特有の空気のにおいがした。
そして草のにおい。虫たちの声。藍色の夜空には満月に近い月と、散りばめられ瞬く星たち。
夏も盛りを過ぎてきて、夜はだいぶ気温も落ち着き、過ごしやすくなっていた。
黒いシルエットとなった木々が、時折ゆるく吹く風にざわめく。
ヘイレンはどこにいるのだろうと首肯を巡らせていた時、左手をするりと繋がれてどきっとした。
好きな子と手を繋ぐドキドキと、未だに力加減が上手くできないゆえのヒヤッとしたドキドキ、その両方だ。
目をやると、クララが上目遣いにこちらを見上げていた。
「暗くて、ちょっと怖いから」
「う、でも、思わず握っちゃったら痛がらせるかも……」
「そんなに怖がらなくても大丈夫。少しくらい強く握られたって平気よ」
クララが微笑む。それはまあ彼女だって魔人なのだし、人とは違って少しくらいは丈夫だ。
必要以上に怯えることなどないと分かってはいるのだが、分かっていても痛がらせるのが怖くて。
だけど久しぶりに触れる体温、その温もりが、それ以上に心に迫ってくるのに気づいた。
怖さよりもほっとするような安らぎが勝る。ドキドキもするけど。
「どこにいるのかしら?」
「呼んでみようか。ヘイレン。ヘイレン?」
呼びかけながら二人して、畑の横の小道を歩いていく。島の東側へ向かう形だ。
島は土をこんもりと盛ったような形をしているので、端に行くほど勾配が急になる。
島の西側は比較的緩やかだが、東側は勾配がきつい。
その急になってきたあたり、林の中から、白銀の毛並みがのそりと姿を現した。
『こんな夜中にどうした?』
ヘイレンは少し驚いているようだった。
さすがに表情を見ても分からないが、声のわずかなニュアンスでなんとなく覚る。
「少し話がしたいんだ。いいかな?」
『己はかまわないが』
そこから少し移動して、小道のそばに置かれたままになっている丸太にクララと腰を下ろす。
その少し離れた場所にヘイレンが寝そべった。
こうすると、お互い立っている時よりは距離が近くなる気がする。
『話とはなんだ?』
「その……どうして俺みたいなのを、主にしてもいいと思ったのか聞きたくて」
『俺みたいなのとは?』
「それは、だって俺は魔人になったばっかりで、戦い方もろくに知らないし……
今日初めて刀になったヘイレンを握って……怖くて、体が震えたよ。知ってるだろ?」
思い出すとまだ手が戦慄く。
それに気づいたクララが、ずっと繋いだままだった手を、黙ってぎゅっと握ってくれる。
情けなくて、恥ずかしくて、唇を噛む。
何でもやるなんて威勢のいいことを言ったって、泣き言を言わないと決めたって、本当は怖い。
そんなハインを、ヘイレンはじっと見ていた。
その大きな黒い鼻を鳴らす。きっと呆れられただろうなと思ったが。
『そんなことか。だから己がお前を助けるのだろう?』
「え……」
『お前たちが魔人になった経緯は聞いている。お前はまだ、ただの人で、ただの15歳の子供だ。
自分の弱さを恥じる必要はない。もしそこから逃げたとしても、それはそれで無理もないことだ』
ヘイレンは静かな口調でそう言った。
心の底まで見透かすかのような青い瞳が、真っ直ぐにハインを見据えている。
『だがお前は、今も弱さから逃げずに向き合おうとしているだろう。
己はずっと見ていた。お前がここに来てから、何度打たれても起き上がるのを。
その姿勢を己は好ましく思うのだ』
「っ……それは、買いかぶりすぎだ」
『そうかもしれん。出会ったばかりでは分からんよ。
だが、ハイン・ノール。己はお前が思っているより、お前を高く買っているぞ』
ヘイレンが、すっくと立ち上がった。銀の毛並みが月明りを反射して、青く輝いている。
奇しくもそれはハインの髪と同じ色をしていた。
『もう休め。明日も早いのだろう』
それだけ言い残してヘイレンは、ゆっくりと林の闇の中へと戻っていく。
闇の中にその姿が見えなくなるまで、ハインは言葉もなくそれを見つめていた。
「ヘイレンがずっと見ていたのは、あなたのことを気に掛けていたからだったのね」
「うん……」
……やっぱり、買いかぶられていると思う。だけど。
何か言葉ではない、沸々としたものが心の中に滾ってくるのを、ハインは感じていた。
思わず自分で自分に苦笑いしてしまう。
「俺って単純だな……でも、もう少しやってみようと思ったよ」
「あなたは素直なだけよ。それがいいところなの。でも、あまり無茶はしないでね。
本当は、あなたに剣なんて握ってほしくないけれど……」
「分かってる。でもレギィネイラの言うとおり、力をつけなきゃいけないのも確かなんだ。
だから今は何も言わないで、見ていてほしい」
「……ええ」
クララが泣きそうな顔で、それでも頷いてくれた。
本当はこんな顔をさせたくない。だからもっと強くなりたいと思う。
それと同時に、それを彼女が望んでいるわけではないことも分かっていて。
矛盾していることに気づきながら、それでも進むしかない。
……と、そこではたと気づく。
いつの間にか無意識のうちに、そこそこ強くクララの手を握っていたことに。
「わあっごめん! 痛かったろ……!?」
「あら、このくらい平気よ」
クララはそう言って笑ってくれたが、握っていた手は少し赤くなっていた。
その華奢な手を両手で包んでおろおろしてしまう。
「どうしよう、水で冷やす?」
「もう、落ち着いて。腫れてるわけじゃないんだから、すぐ元に戻るわ」
「でも……」
きっと痛かったろうと思うと、いたたまれない気持ちだった。
しかもなんだかクララに縋っていたみたいで、情けない。
みたいというか、その通りだ、たぶん。
「いいのよ。あなたがわたしを支えてくれるように、わたしだってあなたを支えたいの。
わたしはあんまり、力にはなれていないかもしれないけれど……」
「そんなことない!」
思わず食い気味に言ってしまって、クララがびっくりした顔をする。
しかもそこそこでかい声で言ってしまって、思わず片手で自分の口を押さえたハインを見て、
クララがおかしそうにくすくすと笑みをこぼした。
「みんなが起きちゃうかも」
「……たぶんみんな起きてるよ。知ってて見ないふりしてくれてるんだ」
「そうね。怒られないうちに戻って休みましょ。
明日もハインの焼いた美味しいパンが食べたいもの」
そうやって笑顔で言われると、照れくさいけどうれしい。
クララが立ち上がって、ハインが握ったままの片手を引いた。
促され、ハインも立ち上がる。
「いくらでも焼くよ。パンでもケーキでも」
「あら素敵。今度、久しぶりにハインと一緒にケーキを焼きたいわ」
「あの石窯で上手く焼けるかなあ……」
二人はまた手を繋いで、歩き出す。
そんな他愛のない話をしながら、家へと戻っていった。
その二人の様子を、ヘイレンは月明りの届かない影の中から見守っていた。
二人はしばらく座ったままで何かを話していたが、やがて連れ立って家の方へ戻っていく。
それを見届けると、器用に小さく嘆息する。
少し離れたところから同じく一部始終を見ていたシャルラハが嗤った。
『あれしきでいちいちと落ち込んで、面倒なことよ。先が思いやられるではないか?』
『そう言ってやるな。迷うのは若者の特権だ』
『はっ、酔狂な。付き合いきれぬわ』
せせら笑い、シャルラハは一人どこかへ歩き去っていく。
彼女はヘイレンと同じ生体魔銀ではあるが、一時的な使用は許したとして、誰も主と認めたことがない武器だ。
だから主を見守るというこの気持ちは、きっとまだ分からないだろう。
若く未熟なぶん、どうやら気長に見守っていく必要がありそうだ。それもまた是とする。
一人残ったヘイレンはそこに寝そべり、静かに目を閉じた。




