じょじょ長屋の奇妙な住民・参
まず読者のために、九王奪嫡という歴史を解説しておこう。
時は中国・清朝、第四代康煕帝の時代。
九王奪嫡とは康煕帝の後継者争いのことである。
第二皇子・胤礽が皇太子となったが廃嫡され、後継者争いが本格化。
第八皇子・胤禩が八爺党と呼ばれる最大勢力を築くが、第四皇子・胤禛が最終的に勝利、後継者となる。
第四皇子・胤禛はその後、清朝・第五代雍正帝となる。
後継者争いに敗れた第八皇子・胤禩は幽閉され、アキナ(満州語で犬という意味)と改名させられる。
アキナはその後、獄死。これが史実である。
しかし第八皇子・胤禩ことアキナがもしも生きていたら、この話はそんな物語である。
○
「八賢王!(第八皇子・胤禩の尊称)」
月明かりの眩しい夜、かつての配下たちが突然やってきた。
「その名で呼ぶな。俺はもうただの犬、アキナだ。見張りの門番たちはどうした?」
アキナは牢獄に入っている。もちろん脱走できないように門番が何人もいる。
「我々にとって、貴方はいつまでも八賢王です。門番は気絶させました。」
「そうか。まさか俺を脱走させようと、愚かなことを考えている訳ではないよな?」
アキナが脱走したら、現皇帝・雍正帝が黙っているはずがない。
「八賢王、大丈夫です。貴方の影武者だった男が先日死にました。そいつを身代わりにここに置いていきます」
アキナには容姿がそっくりな影武者が数人いた。そのうちの一人が死んだようだ。
「なるほど。しかし俺を脱走させたところで何をしたい? 今や第四皇子・胤禛が皇帝となった。今更反乱を起こすとでも?」
「いえ、八賢王、貴方が生きてさえいればいいのです。この牢獄の劣悪な環境だとどうなるか」
配下は泣きながら、アキナのこと想っているようだった。
史実ではアキナは幽閉されて二年で死んでいる。事実、今のアキナも病魔に襲われていた。
配下たちもここまで来るのは大変だっただろう。アキナは脱走することを決意する。
「わかった。ところで奥にいるそいつは誰だ」
配下たちは数人いたが、アキナはもちろん全員を覚えている。
しかし配下たちから離れたところに、一人見知らぬ奴がいた。
月明かりが眩しいが、影になっていて顔まではわからない。
「初めまして、八賢王。わたしは●●●●。」
意外なことにその人物は女だった。
女は名乗ったが異国風の名前なのでしっかり聞き取れなかった。
「お前に八賢王と呼ばれる義理はない。アキナと呼べ」
かつての配下たちから八賢王と呼ばれるのは許せるが、見知らぬ奴から呼ばれることは到底容認できない。
「そう、ではアキナと呼ばせてもらうわ。この脱走計画はわたしが立てたの」
女はしれっと笑う。
「門番たちを気絶させたのはお前か」
アキナは女の武力の凄みを見抜いた。配下たちの武力ではここの門番たちを倒せることはできないだろう。
「えぇ、そうよ。貴方が知っているとある情報がほしいの」
アキナは女の目的がわかった。
情報。アキナは八賢王と呼ばれ後継者争いをしていた時代、特別な情報を追い求めていた。そしてそれをついに発見した。だが、それを実践することは叶わなかった。
「俺を脱走させる見返りとして、情報を与えろということだな。よかろう」
「契約成立ね」
アキナの影武者の死体を牢獄に入れ脱走した。アキナは病魔に侵されており、いつ死んでもおかしくない状態であった。発見されても身代わりだとは誰も気づかないだろう。
門番は大勢いたが全員が気絶している。
(これだけの門番を気絶させるとは。この女、何者だ)
得体のしれぬ女を先頭に、アキナと配下たちは着いていく。
その後門番たちが目覚め、死体を発見する。
もしかすると門番たちも死体は別人だと気づいた可能性はあるが、アキナがすり替わっていると発覚すると自分たちの責任になるので黙っていたのかもしれない。
こうして、第八皇子・胤禩ことアキナは歴史的には獄死扱いとなった。
○
アキナたち一行は遠くまで逃げ休憩をすることになった。
「八賢王、我々はここまでです」
配下たちが言い出した。
「そうか。お前たちには今の生活がある。ここまでありがとう」
アキナは深くお辞儀をする。
「そんな、やめてください。我々にとって貴方はいつまでも八賢王です。どうかお達者で」
配下たちは泣きながら去っていった。これで永遠の別れだろう。
アキナと女だけが残った。
「それで、俺はどうすればいい?」
「さっそくだけど、情報がほしいわ。”死者を復活させる方法”」
女は真剣な眼差しでアキナを見る。
死者を復活させる方法。それこそがアキナが持っている特別な情報であった。
九王奪嫡の時、最大勢力を誇っていたアキナは、最愛の妻、石氏を亡くす。
だが、死者を復活させる方法はあまりにも手間がかかる。結局実践できずに幽閉されることになった。
巷では第八皇子が死者を復活させる方法を手に入れたと噂されたが、すぐに忘れられた。
「俺だって実際にやった訳ではないから本当なのかどうか、わからんぞ?」
「それでもいいの。仙人から教えてもらったんでしょう?」
今思うと本当に仙人だったのか、ただのボケた爺さんだったのか、曖昧だ。
しかし、死者を復活させる方法を探っていた時、謎の老人が現れたのは本当だ。
妻、石氏への念経をしていると、その老人は突然背後に立った。
“峨眉山に不思議な祠がある。そこに死者の位牌を捧げるとその者は復活する”
そう告げると老人は霧のように消えた。
白昼夢かとも思ったが、老人が持っていた鈴の玉が一つそこに落ちていた。
さっそく峨眉山への遠征を計画したが、北京からは遠すぎた。
当時、後継者争いであまりにも忙しく、結局峨眉山へ行くことは出来なかった。
「位牌は持っているか? それが必須だ」
「持っているわ。位牌が必要らしいということだけは知っているの」
女は懐から位牌を取り出した。
位牌が一瞬、光ったかのように見えたが気のせいだろう。
「峨眉山に不思議な祠があるらしい。そこに位牌を捧げると死者は復活するようだ」
アキナがそう言うと、女はなるほど、という顔をした。
「ありがとう。さっそく出発するわ」
女は荷物をまとめ、出発しようとする。
「待て!」
アキナは声をあげて止めようとする。
「一人で行くのか?」
「もちろん。早く行きたいの。皆のために」
復活させたい者はよほど人々から慕われていたのだろうか。
「俺も行く」
自分でも意外なことを言ったと思った。
後継者争いに敗れ幽閉されたとき、もう第八皇子・胤禩の立場は捨てた。
妻、石氏への思いもそこで断ち、死者の復活も諦めた。
これまでのしがらみは全て捨て、今はもうアキナとして生きている。
ただ獄死するのを待つ身であったが、こうして救われた今、第二の人生を歩んでもいいかもしれない。目的も何もなかったが、女について行き、死者の復活が本当なのかどうか確かめるのも一興かもしれない。
「そんな体で着いてこられても足手まといよ」
アキナは幽閉生活で病魔に襲われており、見た目はやつれている。
「牢獄での生活が最悪だっただけだ。良い飯を食えば次第に良くなる。こう見えて俺は料理は得意なんだ」
「え! 料理が得意なの!」
女のテンションがいきなり高くなる。
「宮中生活をしていた頃、ハマっていたんだ。料理は使用人が作るものだったが、俺は隠れて作っていた。正直行って宮中で出される物より、俺が作ったものの方がウマかった」
アキナは昔の生活を思い出し、感傷に浸る。
「アキナ、貴方も着いて来なさい! 料理番として!」
料理番としての人生か。それも良いかもしれない。
○
こうしてアキナは女と共に峨眉山を目指すことになった。
女の身なりを改めてよく見ると変わった服装をしている。
確か隣国の島国、ナントカ江戸の服装みたいだ。
刀と呼ばれる剣も佩いている。
「アキナ、お腹減ったわ。何か作って」
女はとにかく飯、飯、飯とうるさい。
「はいはい」
アキナも女の言う事に従うのに慣れてきた。
これまでの人生、皇子としての立場であり、人を使うことには慣れていたが、人に使われるのは新鮮な感覚であった。立場も配下も家族も財産も何もかも無くなった今、自分とは一体何なのか、ここ最近思うことである。
「はぁ~美味しい!」
女はあっという間に平らげてしまった。
宮中で隠れて料理を配下たちに振る舞っていたころ、当然配下たちは褒め称えた。アキナは自分の料理の腕に自信があったが、配下たちも立場上褒めざるを得なかっただろう。女はそんなことはなく、純粋に美味しいと言ってくれる。アキナにはそれが心地よかった。
峨眉山までの行程で民家に泊めさせてもらうこともあった。
そこで出される民間の料理もアキナにとっては驚きの連続だった。
これまで宮中での最高級の食事か、牢獄での最低のエサとしか言えないような、極端な物しか食べたことがなかったからだ。
街に入った際も飲食店は何件か巡り、料理の勉強をしている。
(料理人としての人生、本当に向いているのかもしれないな)
アキナの体調もすっかり良くなり、峨眉山までの旅も順調である。
○
約一ヶ月を経て、アキナと女は峨眉山に到着した。
「仙人はこうも言っていた“祠は現れる者の前に現れる”」
「つまりは祠が誰に現れるか決めるってこと?」
「多分そんなことだろう」
アキナは仙人の言った、死者の復活は今や半信半疑だが、ともかく峨眉山に入ってみるしかない。
「これは!」
アキナが驚きの声を上げる。
「どうしたの?」
「虎の足跡だ。峨眉山には虎が生息していると聞いたことがある。だが、ここまで足跡が大きいものだろうか?」
アキナも女も虎という存在は知っていたが、実物は見たことがない。
確かにこの足跡はあまりにも大きすぎる。虎だとしたらかなりヤバいものだろう。
「楽しくなりそうね」
女は不気味に笑う。
アキナは周囲を見回し虎がいないか警戒する。
「大丈夫よ。この足跡はもう数日も前のもの。虎の気配もこの付近では感じないわ」
女は凛とした表情で答える。
アキナは女と出会った日、門番たち全員を気絶させていたことを思い出した。
改めて、この女は一体何者なんだ、と思った。
○
峨眉山に入った日、丸一日歩き回ったが祠は発見できなかった。
休めそうな洞穴を見つけたので今日はここで休むことにした。
峨眉山に入るとまともな食事ができないため、アキナは気軽に食べれて保存の効く携帯食を何種類か作っていた。
「これも案外いけるわね」
餅で作った携帯食を食べながら女が言った。
「明日からはどうする? 祠は現れる者の前に現れる。闇雲に探しても見つかりそうもないが」
「そうね、仙人からほかに何か聞いてないの?」
「他には何も……だが、これが何か役に立つか」
アキナは突然何かを思い出し、辮髪をほどいていく。
「鈴だ。仙人が現れたとき、これを落としていった」
なんとなく鈴が重要そうな気がして辮髪の中にずっと入れていた。幽閉されたときも門番たちには見つからずそのままであった。
「普通の鈴みたいね。鳴らしてみる?」
女がそう言うと、鈴をつまみリンリンと鳴らしてみる。
すると、今入っている洞穴の奥の方から獣の唸り声が聞こえ始めた。
「虎だ!」
アキナが叫んだ瞬間、虎は女に襲いかかる。
暗がりで見えにくいが、虎は数メートルはあろう大きさだ。明らかにでかすぎる。
虎は女を咥えそのまま、洞穴を飛び出し、夜の峨眉山へと消えていった。
「おい!!」
アキナが叫ぶも一人虚しく洞穴に反響するだけであった。
女の名前を叫びたかったが、アキナはそういえば女の名前を聞いていなかった。正確には最初に自己紹介されたとき、聞いていたはずだが異国風の名前なので聞き取れなかった。共に旅をするようになってからも、”おい”とか”お前”とか”女”とかそういう風にしか呼んでこなかった。
アキナは突然の虎の襲撃で身がすくんでしまい、動けずにいる。女はもう虎に食われてしまったのか、まだ生きているのか。
およそ二年に渡る幽閉生活で心身ともにやつれ、もはや第八皇子・胤禩としての人生の記憶は薄れてしまった。牢獄から脱走してアキナとして生きていたこの一ヶ月の方が本当の自分だったみたいだ。
女が美味しそうに自分の料理を食べてくれる、そんな日々が幸せだったことに気づいた。
「頼む! 生きていてくれ!」
アキナは震える足を押さえつけ、歩き出した。
○
洞穴から出てみると激しい音が聞こえた。
女の刀と虎の爪が幾度も衝突する。
「アキナ、携帯食を! 肉のやつ!」
女が叫ぶ。
「生きていたのか!」
「早くして!」
女が急かし、アキナは乾燥肉で作った携帯食を女の方に投げる。
「ありがとう!」
女はすぐに食べ終え、虎から離れ、立ちながら瞑想をした。
虎はこの機会を見逃さず、鋭い爪で女を裂こうとした。
だがその時、
——天上天下唯我独尊・月光モード
満月を背景に女が刀を緩やかに掲げる。
——三日月の閃
弧を描きながら刀を振り下ろす
——半月の閃
刀を縦一直線に振り、更に半円を斬り込む
——満月の閃
刀で真円を描き、構え直す
——新月の閃
敵の懐に飛び込み、一突きにする
虎は雄叫びを上げ倒れた。
「ふぅ、討伐完了」
女は緩やかに着地をするが、
「あれ」
と、よろめき、アキナに倒れかかる。
「これ使うとものすごくお腹が減るの。もっと携帯食を」
色々聞きたいことがあったが、アキナは携帯食を女に差し出した。
「ありがとう」
と女が言うとものすごい早さで食べ終わった。
「そういえば、お前名前はなんて言うんだっけ?」
アキナは今更聞く恥ずかしさを隠すために、そっけなく聞いた。
「最初会ったときに名乗ったはずだけど? ヒラリー、九院比楽理衣よ。メルヘン江戸からやってきたの」
メルヘン江戸。隣国のナントカ江戸はメルヘン江戸とか言う奇妙な名前だったか。
「復活させたい死者は誰なんだ?」
「それも今更すぎるわね。そういえばちゃんと言ってなかったような気もするけど。この子は魔法ちゃんよ」
と言って、ヒラリーは懐から位牌を取り出した。
「「光ってる!」」
アキナとヒラリーは同時に叫ぶ。
位牌から光が漏れ出し、虎の死骸を包みこんだ。
するとそこに祠が現れた。
○
現れた祠はとても古びれている。
「わたしの想像だけど、虎は祠を守っていたのかもしれない。虎を倒したから祠は現れた。そして鈴は虎を呼び出すための道具」
「あの仙人め。虎を倒せるやつがこの世界にどれだけいると思うんだ」
九王奪嫡の時、もし峨眉山へ赴き虎を呼び出していたら、八賢王部隊は全滅していただろう。
「ほら、その位牌を祠に捧げてはどうだ」
アキナが促す。
「アキナ、貴方はどうなの?」
「俺はいい。そもそも牢獄に幽閉されて、位牌など持っているはずがない」
アキナは諦めた顔をした。
「ほら」
とヒラリーは懐からもう一枚位牌を取り出した。
「これは……どうしてお前が持っている」
第八皇子・胤禩の妻、石氏の位牌であった。
「そもそも、奥さんを蘇らせたかったんでしょう? 貴方が幽閉されている牢獄を襲撃する前に、元第八皇子邸に潜入して取ってきていたわ」
あの馬鹿みたいに大きい屋敷に入ったのか。第四皇子・胤禛、現皇帝が徹底的に警備させているはずなのに。
「いや、いい。俺はもうアキナとなった。今はアキナの人生を生きている」
石氏の位牌を見せられて少し動揺したが、自分でも意外なほどこれまでのしがらみを断ち切れていたようだ。
「そう。じゃあこれはこっそり返しておくわ」
ヒラリーは石氏の位牌を懐にしまった。
「魔法とかいうやつは何者なんだ? それほど慕われている人物なのか?」
ヒラリーが復活させたいのは魔法という者で、アキナは興味を持った。
「魔法ちゃんは人ではないわ。私にもよくわからない。でも江戸を大火から救ってくれたの。それに私に力を与えてくれた」
メルヘン江戸は鎖国と呼ばれる体制をとっている。そのため独自の進化、発展を遂げており、人ではない生物も生活している。
「じょじょ長屋の皆が魔法ちゃんに会いたがっているの。それで死者を復活させる方法をとにかく探した。どんな情報でも良い。手当たり次第試してみたけど、どれもうまくいかなかったわ」
エラリーは藁にも縋るような、悲しい顔をする。
「そんな時パラグライダーが新しい情報を持ってきてくれた。パラグライダーっていうのは、空を飛べる子で色々な場所で情報収集しているの。隣国、清で後継者争いが起こっていて、その中の皇子の一人が死者を復活させる方法を入手したと。メルヘン江戸で入手できる死者を復活させる方法はだいたいやってみてダメだったから、清まで行くことにしたの」
パラグライダー。意味のわからない存在だ。この清朝にはそのような生物は存在しない。アキナはメルヘン江戸に興味を持ってきた。
「清朝まではパラグライダーで飛んできたわ。さすがに異国の地でパラグライダーが飛ぶと大騒ぎになるから、沿岸からはわたし一人でやってきたの。そして貴方のかつての配下たちに接近したわけ」
アキナはようやくヒラリーの事情がわかった。
「それじゃあ、魔法ちゃんいくわね」
ヒラリーは祠の方に向き、中に魔法の位牌を置いた。
しばらく何も起きず、ヒラリーは今回もダメだったか、と思いかけたその時、祠がガタガタと揺れだし、大地も激しく揺れ始めた。
アキナもヒラリーも倒れずに踏みとどまるのが精一杯だったが、やがて揺れは収まった。
「何が起こっているんだ」
アキナが呟く。
その瞬間、祠から天空へと光の柱が発生した。
——ヒラリーさん、お久しぶりです。
光の柱から声が聞こえた。
「魔法ちゃん、なの?」
ヒラリーが驚きの声を出す。
——はい。わたしなんかことで皆さんにご迷惑をおかけしました。
魔法はいつも人のことを気にかける。今回も自分が消えてしまい、皆が自分を復活させる方法を模索していたことを申し訳なく思っているようだ。
「皆、魔法ちゃんに会いたがっているのよ! しゃもじも、パラグライダーも、しゃもちゃんも、しゃも太郎も、コンパスも、それからじょじょさんも!」
ヒラリーは泣き出し、その場でひざまずく。
——メルヘン江戸で復活できるかはわかりません。ですがどこかの時代でわたしはまた蘇るでしょう。もしメルヘン江戸に現れることがなかったら、皆さんにすみませんとお伝えください。
魔法がそう言うと、光の柱は消えた。
「魔法ちゃん!」
ヒラリーはしばらく、打ちひしがれていたが、立ち直った。
「こうしちゃいられない。メルヘン江戸に帰るわ。もしかしたら魔法ちゃんがもういるかも」
「帰るのか」
アキナは残念に思った。ヒラリーと過ごしてきたこの一ヶ月。料理番として使われるも、楽しかったからだ。
「アキナ、貴方もメルヘン江戸に来たら? どうせ清にいても何もできないでしょ。じょじょ長屋に空きがあるし、皆も歓迎してくれるわ。料理番としてわたしの屋敷に住んでもいいし」
ヒラリーの屋敷は大名九院家である。
ヒラリーからの誘いを受け、アキナは悩んだ。
それからすぐにヒラリーはパラグライダーが待っている沿岸まで戻り、パラグライダーに乗ってメルヘン江戸へと戻った。
アキナが同行したのかは、わからない。
○
時は変わって現代。
文学サロンでは読書会が開かれている。
「こんにちは~愛新覚羅凜華といいますね! わたしは中国史上名君中の名君と言われる、清朝・第四代皇帝康煕帝、愛新覚羅玄燁の末裔ね!」
愛新覚羅凜華が自己紹介をした。凜華はエラリーの高校時代の友人である。高校卒業後は実家の熊猫飯店で料理人修行をしている。今日は久しぶりに凜華も読書会に参加しているようだ。
「凜華さん、ちなみに康煕帝の第何皇子の末裔なんですか?」
同じく読書会参加者のmikaが尋ねた。mikaは女子大生インフルエンサーとして巷では有名人である。
「うっ。第八皇子ね」
凜華は項垂れる。凜華にとって康煕帝は誇るべき先祖だが、後継者争いに敗れ、アキナ(満州語で犬という意味)と改名させられ獄死した第八皇子のことは疎ましく思っている。だから自己紹介するときに康煕帝の末裔であることを強調するが、第八皇子の末裔であることは言わない。
第八皇子には複数の妻がおり、子も何人かいた。第八皇子が幽閉される以前、石子が亡くなったがそれ以外の妻は第八皇子死去以降も生きた。
清朝では皇帝が親族に対し処刑という処置はあまり取らなかったようである。第八皇子も一応幽閉という形で閉じ込め、その妻や子たちは冷遇されたが生きた。
現在、第八皇子の直系の末裔は確認されていない。凜華の家系も第八皇子の系統と代々言われているので自分の血筋の怪しさを少し感じているからこそ、康煕帝の末裔であることを強調しているのかもしれない。
「康煕帝の後継者争い、九王奪嫡はよく中国歴史ドラマでは舞台設定として使われていますよね。第八皇子は良いように描かれ、その後雍正帝となった第四皇子が悪く描かれがちですけど。現在の中国での第八皇子の評判は良いのではありませんか?」
mikaがフォローする。
「mikaさんありがとうね。わたしが康煕帝の末裔と言っても日本ではほとんど、誰それって反応されるのに、mikaさんは博識ね」
「そうなんです! mikaさんは博識な方ですごいんですよ! mikaさんがやっている【mikaの日常】チャンネルではメイク動画はもちろん、知識雑学なんかもやっていて、ただのキラキラ女子がやっているようなチャンネルとは別格なんです! わたしもいつも勉強させていただいてます!」
mikaの大ファンであるリリーが鼻息を荒くしてまくし立てる。
「ほらほらリリー」
とエラリーが嗜める。
「お姉さま、mikaさん、すみません!」
mikaが読書会に参加してリリーは大興奮したが、mikaが普通に読書会に参加しているだけなので大騒ぎしないでほしいと言われたばかりであった。
「ちなみに読書会のあとの打ち上げ料理は凜華が作ってくれる」
J会長が言った。
「今日はわたしの祖先が書いたという料理本から再現料理を作るね!」
どれくらい前の祖先が書いたかはわからないが、清と当時の日本の料理を融合させた創作料理の本であるようだった。
凜華の最近の料理修行はこの本の料理を再現すること。だが、なかなか上手くいかず、これを書いた祖先の料理の力量に感服しっぱなしである。いくつか良いレベルまでいったと自負している料理ができるようになったので、文学サロンで出してみることにしたのだ。
「じゃあ全員が自己紹介したので、さっそく紹介本に入ろうか」
J会長が言い、読書会が進んでいく。
本作はJOJOさんが書いた「じょじょ長屋の奇妙な住民」シリーズの三作目となります。
一作目「じょじょ長屋の奇妙な住民」、二作目「じょじょ長屋の奇妙住民・続」は文学フリマで出品した本で読めます(朋来堂にも置いてあります)。
最後の現代パートは「mika誕生」の続きとなります。
「mika誕生」はこちらで読めます。 → https://ncode.syosetu.com/n7414jx/3
JOJOさん勝手に続編を書いてしまい申し訳ありません。