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魔法学校の新聞部

【異世界ミステリー】ダンジョンで見つかった、謎の脅迫状の真相

作者: ShaKa

 とあるダンジョンで、謎の脅迫状が見つかった。


『このダンジョンの秘密を知られたくなければ、金を用意しろ ケネス』


 この脅迫状を拾った人物が翌日、姿を眩ませた。一体、彼はどこに消えてしまったのだろうか。文の末尾に記載された、「ケネス」という人物は一体何者なのだろうか。彼の言う、ダンジョンに隠された秘密とは――真相を追った先に、この社会の闇にまつわる、恐ろしい結末が待っているのだった。



 アルスがその投稿を目にしたのは、つい先ほどのことだった。

 授業終了を告げる鐘が鳴り響く中、彼は部室へ向かって校舎内を速足に歩いており、その最中、聞こえてきた。

 

「これヤバくね?」

「あ、知ってる。この脅迫状拾ったのってさ、確かうちの生徒だよね?」


 そちらに目を向けてみると、魔術師風のローブを着た二人の生徒が一冊の本を見ながら喋っていた。開かれたページには『ダンジョンで謎の脅迫状拾った』と書いてあった。

 

「ダンジョンで脅迫状? なんだそりゃ」


 とっさにバックを開けた。中から取り出したのは、一冊の本――『ソーシャル・ブック』である。開いて出てきたのは白紙のページであるが、すぐに文字が浮かび上がってきた。

 

「あっ……マジかよっ」


 しかし、現れた文字はふと消えてしまい、一瞬で白紙に戻ってしまった。魔力切れである。

 アルスは走り出した。廊下を駆け抜け、階段を駆け下りる。『新聞部』と書かれた扉を乱暴に開け、デスクに直行した。文献やら資料やらが乱雑に置かれている中の一つに、魔法陣が彫られた一枚の板が置いてある。魔力補充用魔法陣であり、これ自体が魔法道具である。

 アルスは手に持っていた『ソーシャル・ブック』を魔法陣の上に置いた。すると、本の『Social Book』という文字が光を発した。魔力補充中である。

 再び本を開く。


「ダンジョンと脅迫状……おっ、あった」


『ホーム』と名のついたページで『検索』してみようと思ったが、その必要はなかった。『トレンド』の欄のトップに載っていた。

 タップしてみると、『ソーシャル・ブック』のページが勝手にめくれて、投稿のページが出てきた。


『ダンジョンで謎の脅迫状拾った』


 文章と共に、その脅迫状を写した写真が載っていた。

 

『このダンジョンの秘密を知られたくなければ、金を用意しろ ケネス』

 

 今も閲覧数という名の、魔力で構成された数字は更新され続けている。

 コメントも多く寄せられている。


『金出せって書いてあるけど、これ誰に言ってるの?』

『はい、どうせ嘘でしょ』

『確かにこのダンジョンおかしかったよな』

『もしかしてこの脅迫状も幻だったりして』

『怖……この人、これ以降何も投稿してないじゃん』

『この人行方不明って話だよ。噂だけど』


 投稿にはハッシュタグ『ファントム・ダンジョン』とついていた。

 アルスはその名称に覚えがあった。奇妙なウワサの多いダンジョンである――いや、ダンジョン〝だった〟と言った方が正しいだろうか。だからこの名称がつけられたのである。


 アルスは『ファントム・ダンジョン』で検索をかけてみた。写真と共に過去の投稿が出てきた。


『ギガンテスが現れた! 間違いなくこのダンジョン上級だわ』

『【情報公開】 キング・オーガ討伐したら大量のダイヤモンド落としてったんだけど』

『フェアリードラゴン倒したら聖剣手に入れたわ』

『【攻略者募集】条件:Aランク以上 募集人数:最低10名』


 出現するモンスターは恐ろしく、強大ではあるものの、リターンが大きかった。

 冒険者系インフルエンサーたちがこのダンジョンを紹介したことで話題を呼び、多くの上級冒険者が攻略に挑んだ。

 そして、実際に訪れた彼らはこう口にするのだった。


 このダンジョンには何かがある。

 

 人々がダンジョンに対し、不信感抱くようになり、様々なウワサが立つ中、『ソーシャル・ブック』で、ある投稿がなされた。


『【緊急速報】ウワサのダンジョンがヤバイことになってた』


『どうなってんの? 何もかもなくなってるんだけど』という本文と共に、数枚の写真が添付されていた。簡素な鉄の通路である。そこにモンスターは一体も写っていない。


ある日ダンジョン内が、もぬけの殻になっていたのだ。夜逃げでもしたように。

 投稿には何件ものコメントが寄せられた。


『このダンジョン、幻だったんだよ……』

『しっかり整備されてるのウケる』

『ほんとにこんなところにモンスターいたの? やたら綺麗じゃん』


 他のコメントを見ようとして、ページに触れた瞬間。


「あっ」

 

 突如としてページがバラバラとめくれた。出てきたのは、求人情報である。


『日給5万ゴールド お店に行って物を売るだけの簡単なお仕事です』

 

「なんだよジャマだな」


 広告だ。誤ってタップしてしまったことで、勝手にそのページに移ってしまったのだ。

『ソーシャル・ブック』の普及により、それを使って求人を募集する団体が増えた。

 健全な仕事もあるが、中にはこのような明らかに犯罪行為と呼ばれるようなものもある。

 ぺージを元に戻して再度例の投稿へ目を通す。


「えーっと、このケネスって人……ダンジョンの秘密ってのは、もしかしてあのことと関係してるのか?」


 ブツブツと独り言を呟く。

 その最中、コンコンコン、とドアからノックの音が鳴り響いた。

 思案中のアルスは気づかない。例の投稿とダンジョンのことで頭がいっぱいだった。


「だ、誰もいないのか? ……いるじゃん」

「よし、とにかく調べてみるか」


 アルスは動き出した。部室を出ようとしたとき、出入り口に一人の男子生徒がいたことに気づいて、「うわっ」と声を上げた。相手は身体をビクつかせた。


「おいおい、ノックぐらいしてくれよ」


 アルスの言葉に、相手は怪訝そうに表情を歪めた。

 よほど驚いたのか、体長が悪いのか、顔が青い。


「なっ、何度もしたよ。いるならちゃんと返事をしてくれよ」

「えっ、ああ、そうだったのか。悪い悪い」


 全く聞こえていなかった。


「で、新聞部に何の用で? 今ちょっと急いでるんだ」


 なぜなら、彼には例のダンジョンについて調べるという私用があるのだ。


「た、頼みたいことがあるんだ。今、話題になってる、『ファントム・ダンジョン』のことなんだが」

「なに」


 アルスの目が真剣な眼差しへと変わった。


「あんた、記者だよな。聞いてほしいことがあるんだ」


 調べてほしい、ではなく、彼は、聞いてほしい、と口にした。

 ということは情報提供である可能性が高い。ダンジョンについてはまた後で調べることができる。とりあえず、聞くだけ聞いてみよう。


「分かった。そこにかけてくれ」


 言ってから、アルスは無法地帯となっているデスクから文献や資料を適当にどかしてスペースを作った。相手の生徒と向かい合う形で腰かける。


「んじゃ、まず自己紹介といくか。俺の名前はアルス。ウィザード魔法学校の新聞部部長ってのは、俺のことだ」


 部長と言っても、部員は彼一人だけである。


「お、俺はサム。魔法科四年だ。えっと、頼みたいことって言うのはだな、その……」


 やけに歯切れが悪い。かなり動揺している。まるで何かに怯えているみたいだ。


「一昨日、ソーシャル・ブックで、ダンジョンで脅迫状拾ったって投稿がされたのは知ってるか?」

「ああ、もちろん」


 ついさきほどそれを知って、調べていたところである。


「実は、あの脅迫状を見つけて投稿したのは、俺の友人のジミーなんだ。クラスは違うが、同じ魔法科四年だ」

「ほう」


 アルスは驚きで両方の眉毛をクイと上げた。

 そういえば、あの投稿をした人はうちの生徒だということを誰かが話していたのを聞いた。


「あの投稿をしてから、ジミーの行方が分からないんだ。昨日から学校に来ていなくて」

「昨日から? たまたま休んだだけじゃないのか?」

「『ソーシャル・ブック』で何度も連絡したが、返信がないんだ」

「一日ぐらい返信しないことなんてざらにあるだろ」

「そ、それだけじゃないんだ! あの投稿をした後、ジミーから『ソーシャル・ブック』で変なメッセージが来た」


 言い終わる前に、彼は震える手でローブの中から一冊の本――『ソーシャル・ブック』を取り出した。開いて見せてきたそのページは、ジミーとの会話のやり取りだった。


ジミー『サム。ヤバイ』

ジミー『どうしよう』

ジミー『助けてくれ』

ジミー『ケネスだ』

ジミー『殺される』

サム『おいどうした』

サム『何があった』


「ん?」


 アルスはページに顔を近づけ、目を凝らして見た。彼は初めて見たはずのサムの字に、既視感を覚えた。つい最近、この字をどこかで見たことがあるような気がする。

 いや、よくある字だから過去に似たような筆跡を見たことがあっても不思議ではない。

 

「この投稿を最後に、ジミーと連絡が取れなくなったんだ……た、多分、このケネスってやつに、攫われたんだ」

「そのケネスって……」

「ああの脅迫状を書いた男だ」


 アルスの頭に、一つの筋書きが組み立てられた。

 そのケネスという人物はダンジョンの秘密を知った。そして脅迫状を書いて誰かに送ろうとしたが、紛失。ジミーに拾われ、『ソーシャル・ブック』に投稿。それがバズってしまったのが、ケネスにとっては不都合だった。だから誘拐した、というところだろうか。


「ジ、ジミーが行方不明になってから、俺も、誰かに付きまとわれているんだ。た、多分ケネスだ」


 そうか。それでここまで怯えているのか。


「だが、サムを狙う必要がどこにある」

「お、恐らく、ジミーが最後にメッセージを送った相手が、俺だからだ」

「なるほど」

「こっ、このままじゃ、俺まで連れ去られちまう。ケネスの悪事を暴いてくれ! 頼む!」


 サムが身を乗り出してきた。必死だ。


「待て待て。そういうことは警備隊に頼んでくれ」

「もう頼んださ! だが、まともに取り合ってはくれなかったよ」

「……それもそうか」


 とはいえ、アルスが命をかける義務はないしそこまでの捜査能力もない。

 心苦しいが、断るしかない。


「悪いが、俺にはどうすることもできない。記者って言っても、文献や『ソーシャル・ブック』から情報を集めて発信してるだけで犯罪捜査とかやんないし、そんな依頼も受けてないんだ」

「……そんな」


 サムはガクリとうなだれた。が、少しして顔を上げた。


「なら、ジミーが行方不明になったこと、記事にしてくれよ。それならいいだろ?」

「ああ、それなら、もちろん構わないよ」


 むしろありがたい話だ。これだけ話題になっているのだから、記事にすればかなりの反響があるはずだ。


「そうだ。念のため、さっき見せてもらったトークページのコピーを送ってくれないか」

「ああ、分かった」


 サムが『ソーシャル・ブック』のトークページに手の平を乗せると、ページが一瞬の光を発した。めくると、次のページにそっくりそのままコピーされていた。『ページショット』である。さらにページをめくると、『ホーム』に戻ってきた。その上部にある『検索』をサムはタップした。


「IDは『Arusu12345』」


 頷いてから、サムはページの上で指を滑らせ、告げられた英数字を書いた。すると、アルスのアカウントが出てきた。コピーを送付すると、アルスの元にメッセージとしてそれが届いた。


「それと、だな……」

「なんだ」


 彼はおずおずといった様子で切り出した。


「もしも、俺が行方を眩ましたらそれも記事にしてくれ。そうすれば警備隊が動くかもしれない」

「分かった。約束しよう」


 アルスは力強く頷いた。

 命に係わることかもしれないのだ。できる範囲で協力してやりたい。


 サムが部室を去った後に早速、アルスは記事の執筆に取り掛かった。

 例の脅迫状を拾ってから、行方が分からないこと。友人にSOSのメッセージを送っていたこと。その中に『ケネス』という名前があったこと。そのケネスに誘拐されたのだろうとは書かず、それをほのめかせるような内容に仕上げ、自身の『ソーシャル・ブック』と校内掲示板に投稿した。


「よしっ」


 一仕事終え、顔を上げようとした。そのとき、『ソーシャル・ブック』が一ページ光った。新着メッセージの通知である。開いてみると、サムからだった。


『全て分かった。ジミーを誘拐したのも、俺に付きまとっているのも、やっぱりケネスだったんだ』


「なんだって……!?」


 アルスは目を見開いた。

 早速、返事を書き込んだ。


『どういうことだ。なぜそれが分かった』


 返事はすぐに返ってきた。


『明日の放課後、また部室に行く。詳しいことはそのときに話す』


 彼がこの部室を出てからまだ数時間程度だ。この短期間で一体何が起こり、何を知ったというのだろうか。分かったのであれば、すぐに教えてほしいところだが、もう夜遅く。閉校時間も近い。仕方がない。明日まで待とう。

 


 翌日、アルスの『ソーシャル・ブック』が光を発していた。

 昨日のジミー行方不明の投稿へのコメントである。投稿して間もなく、閲覧数は一気に跳ね上がり、投稿には多くのコメントが寄せられた。

 

『えっ、ガチじゃん』

『ヤバ、怖』

『つまりこれってさ、ケネスって人に誘拐されたんだろ?』

『てことはさ、もうこの人って……』

『はい、ガセ乙』

『このケネスって何者? ダンジョンの秘密って何よ』

 

 まさかここまで反響があるとは。アルスとしても予想外である。自分の投稿した記事が注目される。不謹慎だとは思いつつも、初めての経験に気持ちが昂るのを感じた。しばらくすると慣れてくるもので、新たなコメントが寄せられても興奮が沸き上がることはなくなった。

 それどころか、肝心の「ジミーを見た」という目撃証言や手がかりに関するものはおろか、くだらないコメントが来るたびに落胆したものだ。


 アルスは放課後も部室でコメントに目を通していた。やはり手がかりになりそうなものはない。彼は一度顔を上げ、眼を閉じて両腕を伸ばした。「ううぅ」と、疲れた声が出た。目を開けると、時計の時刻が視界に入った。もう夕方である。


「にしてもおっせぇな」


 アルスはイラ立ちを解消するように、膝で貧乏ゆすりをしていた。

約束をしているはずのサムが、未だ姿を現さないのだ。もうとっくに来ていてもいいはずだが、一向に気配を見せない。アルスは『ソーシャル・ブック』のページをめくって、彼とのトークページを開いた。一時間ほど前にメッセージを送っていたが、やはり返事はない。ふと、トーク履歴に目が向いた。


『全て分かった』


 彼が昨日、送ってきたメッセージである。

 いったい何が分かったというのだろうか。それを今日ここで聞かせてもらえるはずだった。苦労して一晩待ったのだ。おかげで昨日はなかなか寝付けなかった。

 もう、いても経ってもいられない。


「あーくっそ」


 アルスは席から立ちあがり、部室を出た。

 

 魔法科四年の教室は部室からそう遠くない。

 全学年授業は終わっているが、教室や廊下にはまだ生徒がチラホラ残っていた。しかし、サムの姿はない。

 アルスは数人で固まっている生徒に声を掛けてみた。


「サム? あぁ、そういえば今日は来てないな」

「あ、俺アイツと寮で同室だけど、昨日から帰ってないぜ?」

「か、帰ってない!?」


 ああ、と返事をする彼らは、不思議なものを前にしたかのような目でアルスを見ている。彼らの言いたいことは察しが付く。一日帰らなかったぐらいで何をそんなに驚いているのかと思っているのだろう。確かにそうだ。しかし、サムの場合は事情が違う。


「行先とか、言ってなかったか?」

「いや、別に」

「バイトじゃね? 最近やっと金返すようになったじゃん」


 その言葉に、彼らはうんうんと頷いた。


「サムは、借金をしてたのか?」

「そうそう。かなり金に困ってたみたいでさ。まぁそれは俺らも同じなんだけど。でもアイツはみんなに金貸してくれって言い回ってたんだよ」

「なるほど……」


 アルスにもよくわかる。一人暮らしや寮生活の学生であれば、誰もが経済的な問題を抱えているものである。

 もしかしたら昨日はバイトに行ったのかもしれない。が、帰って来ない理由は恐らくそれではない。サムから届いたメッセージを思い出す。


『ジミーを誘拐したのも、俺に付きまとっているのも、やっぱりケネスだったんだ』


 彼が自ら進んで行動したのか、巻き込まれたのかは分からないが、きっと、ケネス絡みのことがあったのだ。


「そういやアイツ、ここのところおどおどしてたよな?」

「だな。なんて言うの? 怯えてる感じだったよな」

「ヤバイところから借金してたんじゃねぇの?」


 あははと笑いが巻き起こった。 


「サムはいったい誰に怯えてたんだ」


 笑いが収まるのを待たずに、アルスは言い放った。彼の顔は不快に歪んでいた。

 薄っぺらい。なぜ苦しい状況にあった者をそのようにして笑っていられるのだろうか。同じクラスの仲間ではないのか。

 彼らの人間関係など、アルスには直接の関係はない。が、やはりこういうものを見ると、どうにも出てしまう。顔にも、身体にも。


彼らは互いの顔を見合わせてから、「しらね」と、首を横に振った。全く心当たりがないようだ。


「ちなみに、最近行方不明になった、ジミーって生徒は知ってるか? サムと友人だったみたいなんだ」

「ああ、あの脅迫状拾ったってやつだろ? 俺ソイツ見たことないんだよな。ってか、サムと友達だったんだ。初めて知ったわ」

「多分アイツだよ。最近サムとよく話してるヤツいたじゃん。なんかさ、あのメガネかけた地味なヤツ。まぁ、友達ってか、子分みたいな感じだったけどな」

「他に、ジミーと仲がよかった生徒はいたか?」


 アルスの質問に、全員が首を横に振った。

 ジミーはサムの他に親しい友人はいなかったようだ。


「どーにも引っかかるな」


 魔法科の教室を後にしたアルスは、一人呟いた。

 サムが昨日から帰っていないというのがどうにも気になる。ケネスと何かあったとしか思えない。

ではなぜ、彼が狙われたのか。本人が言っていた。


『お、恐らく、ジミーが最後にメッセージを送った相手が、俺だからだ』

 

 ジミーとサムのトーク履歴にはケネスのことが書かれていた。

 現時点では警備隊は動かないだろう。しかし、時間が経過したらどうなる?

 何日も行方が分からないとなれば、ジミーの家族は警備隊に捜査依頼を出すだろう。事件性ありと判断されれば、捜査の手がケネスの元へ伸びる。

 ケネスは、ジミーを誘拐した後に、彼の『ソーシャル・ブック』を確認。サムにメッセージを送っていたことが分かる。自分への手がかりを消すために、サムを消した。ということだろうか。筋は通っている。


 そのとき、雷に打たれたような衝撃が、アルスの脳内を駆け巡った。

『ソーシャル・ブック』を取り出す。昨日、サムはアルスにメッセージを送ってきた。それは、ケネスが黒幕であることを示唆する内容だった。

 もしもサムがケネスに連れ去られていたとしたら、ヤツは必ず『ソーシャル・ブック』を確認するはず。誰かに余計なメッセージを送っていないかどうか。その送った相手が記者と名乗る人物で、ケネスに関わる投稿をしていたとしたら、次のターゲットは……。


 アルスのこめかみに、じっとりと一筋の汗が流れた。暑さからくるものではない。

 

 警備隊に捜索依頼をするか。いやしかし、まだ自分が狙われていると確定したわけじゃない。サムにしても、昨日から帰っていないというだけで警備隊が動くとは思えない。増してや彼とアルスは家族でもなければ友人でもないし、昨日出会ったばかりの関係である。取り合ってもらえる可能性は低い。


「くっそ……」


 少しでも助けになればと思ってやってしまった。あまりにも軽率だった。 

 こうしている間にも、刻一刻と迫ってきている。黒いもやのかかったそれが、不敵な笑みを浮かべ、音もなく、一歩、また一歩と。真後ろから、アルスへと手を伸ばした。

 とっさに後方へ振り向いた。が、誰もいなかった。


「……さすがに、いるわけないか」


 ため息を一つ。肩が脱力していくのを感じる。


 が、その直後、突然の爆発音がアルスの耳に炸裂した。

 とっさに窓を開け、外を見た。なんだなんだと他の生徒たちも集まってくる。


 校舎裏の森で、黒い煙が上がっていた。出所の部分が黒焦げ、ところどころ小さな火がメラメラと燃えているのが分かった。

 爆裂魔法か、爆弾だろうか。魔力災害の線はなくはないものの、確率は隕石衝突と同じレベルである。であれば、人為的なものと考えるのが自然だ。魔術師による戦闘が行われたのだろうか。モンスターの討伐か、人間同士の決闘か。いったいあそこで何が起こったのだろうか。


 周囲の生徒たちはヤバイヤバイと連呼しながら、カメラと『ソーシャル・ブック』を手に取った。騒ぐ生徒たちの中でたった一人、アルスは思案するのだった。



 アルスが赴いたのは、学校図書館である。

 初めてここを訪れた者はこの光景を見れば息を飲むだろう。ただの校内施設ではない。国立図書館であるのだ。恐ろしいほど広く、高い壁一面にはずらりと本が並んでいる。世界中の本がここに置かれているのだ。


 アルスの住む魔法都市国家ウィザードは世界で最も教育に力を入れている国である。そのため、このウィザード魔法学校や国立図書館など、教育機関の設備は非常に充実しているのだ。


 アルスは記事や文献やらをテーブルに広げた。

 調査対象は、例の脅迫状が見つかった、『ファントム・ダンジョン』についてである。

 全てはここから始まったのだ。何かしら手がかりがあるかもしれない。というより、調査する当てが他にないので、これを選ぶしかなかった。

 今回の事件より以前に、このダンジョンは〝不可解な点が多い〟ということで謎のダンジョンとして話題になっていた。

 調べるにつれてある程度分かってはきたが、やはり奇妙な点が多い。しかし、ケネスに繋がりそうな手がかりに関する情報はない。


 開かれた『ソーシャル・ブック』には『ファントム・ダンジョン』の検索結果が表示されている。『今ウワサのダンジョンに行ってきた!』『【閲覧注意】あの、いわくつきダンジョンに行ってみた結果、ヤバイことになった』など、写真付きの投稿が並んでいるだけだ。

 


「うーん……」


 アルスが唸り声を上げると。


「やあ少年」


 幼い声がアルスに話しかけた。

 振り向くと、そこには魔法ローブを着こなし、大きな杖を持った白髪の少年が立っていた。アルスのことを少年、と言っていたが、一見すると彼の方が圧倒的に少年である。


「よう、館長」

「精が出るね。若者よ。何を調べてたんだい?」


 幼い見た目の館長は、老人のようなセリフを言う。


「今話題のダンジョンだよ」

「ふんふん、あのダンジョンについて、ね……」


 館長の穏やかな雰囲気が一変。目を鋭く細め、重々しい口調へと変化した。


「何か、知ってるのか」


 アルスは身を乗り出した。

 館長は張り詰めた表情のまま、考え込んだ様子でしばらく黙っていると……。


「ううん、ぜーんぜん!! その例のダンジョンて何のダンジョン?」

「んだよ! 伝わってねぇのかよ!」

「よく分からなかったけど、ここはとりあえず真面目な雰囲気に乗っておいた方がいいのかなぁって思って」

「いらんことすんな!」


 いたずらに微笑む館長に、アルスは「ったく……」と呟いた。


「で、キミは何について調べてたんだい?」

「いろいろと変なウワサの多い、『ファントム・ダンジョン』についてだ。最近、こんな投稿があってな――」


 アルスは館長にこれまでの経緯を説明した。

奇妙なウワサの多い『ファントム・ダンジョン』でジミーという生徒が脅迫状を拾い、行方不明になったこと。友人のサムという人物から彼を探してほしいという依頼があったが、その依頼者自身も行方不明になったこと。その黒幕と思われる人物――ケネスの次のターゲットが自分である可能性がある。『ファントム・ダンジョン』について調べれば、ケネスの言うダンジョンの秘密が分かるかもしれない。


「そうすれば、ヤツが何を目論んでいるのか、見えてくるかもしれないって思ったんだ」


 少々間を開けてから、アルスは力なく「ただなぁ……」と吐き出した。


「ただ?」

「ヤツに繋がりそうな重要な手がかりが見つからねんだよ。そのダンジョンの秘密ってヤツもイマイチ分からん」

「なら実際に行ってみたらいんじゃないかな。直接足を運ぶことで得られるものがあるだろうからね」

「あぁ……それもそうか」

 

 文献や記事で情報は得られる。しかし、それらは著者の視点を通してのものである。そのため、心理的背景、状況や認知の歪みによる認識の相違が生じるものである。

 自らの目で確かめることで真実にたどり着くこともあるのだ。


「きっとおもしろいことが分かると思うよ」


 館長は不敵に微笑んでいた。サプライズの計画でもしているような表情である。

 

「なあ、館長。あんた、もう分かったのか?」

「ある程度は推測できたよ。あのダンジョンは、部分的には幻だったって言えるね」

「ほーう」

「でも結局ボクの想像でしかないからね。だからキミに直接見てきてほしんだ。ボクに見えなかったものが、キミには見えるかもしれないからね」

「じゃ俺がダンジョンを調査したら、その結果と答え合わせをするってことだな?」

「そういうこと」


 命の危機を感じているにも関わらず、アルスは気持ちが昂るのを感じた。

 そうと決まれば行動あるのみである。すぐさま机の資料を全て集め、バッグに強引に押し込み、借りたものを速足に返却しに行こうとしたとき。


「あ、そうだ。キミにこれを渡しておこう」


 館長は自分の身長よりも高い杖を振った。地面に魔法陣が出現し、そこから黒い箱がせり上がってきた。ジェラルミンケースである。

 

「こいつは?」

「開けてみな」


 手に取って開けてみると、中には黒い服が入っていた。腹部や胸元に硬いものが埋め込まれている。伸び縮みする素材なので戦闘に提起していそうだ。


「名付けて、『レイヴン・シェード』。冥竜の羽根で作られた装備さ」

「め、冥竜……!?」


 カラスのような見た目をしたSランクのドラゴンである。全身は強固な黒いウロコで覆われており、どのような攻撃も通さないことで有名である。


「冥竜の羽根は魔力や衝撃に反応して硬くなる。軽いのに、危機時には強固な鎧に変貌する代物さ」

「いいいい、いいのか? こんな高価なもの」

「ボクが持ってても使い道ないしね。それに、今回おもしろい話が聞けそうだからね。期待してるよ」

「これでも危機的状況なんだけどな」

「生きていれば何度か命の危機に遭うものだよ。それと、装備に頼るだけじゃなく、身体は鍛えておいたほうがいいね」

「へいへい、わーったよ」


  館長の助言を軽くあしらってから、アルスは図書館を出ようとした。

  一度立ち止まり、「館長」と呼んだ。彼がこちらへ振り向く。


「ありがとな」


 館長の目を見て感謝の言葉を伝えると、彼はニッコリと子供のように笑った。

 

 

 図書館を後にしたアルスは、冒険者ギルドへ向かっていた。

 時刻は夕方。ダンジョンへ行くには危険な時間帯である。今すぐ現場で調べたい、と胸がうずいているが仕方がない。命には代えられない。

 ダンジョンに行くのは明日。今日は事前の情報収集である。


「ああ、『ファントム・ダンジョン』か。確かに変なダンジョンだったよ。あれは胸糞悪かったな」


 目の前にいる冒険者は、不機嫌な様子で語った。


「ウワサ通り、Sランク級の装備が獲れたんだ。けどな、気付けば眠っていて、森の中にいたよ」

「で、獲った装備が無くなっていたと」

「ああ。だがそれだけじゃねぇ。元々持っていた装備も所持金もなくなってたんだ」


 何人もの冒険者が口を揃えて彼と同じことを言っていた。今日、こんな話を聞くのはこれで五回目である。


「モンスターに追い詰められてもうダメかと思ったよ。死を覚悟したときになんでか眠くなってきたんだ。苦しまないで死ねるのがせめてもの救いだと思ったよ。でも目が覚めたら森の中にいたんだ。装備と所持金は全部無くなってたんだけどな。ま、命が助かっただけよかったよ」

 

 彼のように、追い詰められた状態で気絶した者も少なくなかった。

 概ねアルスの調べた通りである。大きな収穫はなかった、というのが正直な感想である。

 もうこの辺で帰ろう。と思ったとき。


「待てって言ってんだろ!!」


 ギルド内に男の怒声が鳴り響いた。見ると、冒険者の男二人が揉めているようだった。

 大柄な男が激しい剣幕で小柄な男を追いかけている。相手は剣を抱えながら逃げているようだった。大男はすぐに追いついて、小柄な男の腕を掴んだ。


「おっ、おい、離せよ!」


 小柄な男は足を止め振り向くと、ギロリ、と鋭いつり目が露わになった。子悪党、といった顔だ。

 取られまいと、がっちり剣を持ち、腕を振って抵抗している。しかし、大男の方が力は強い。無理矢理取り上げ、剣をまじまじと見た。


「やっぱり、やっぱりそうだ! この剣は俺のものだ」

「はぁ? 適当なこと言ってんじゃねぇよ」

「見ろ! 俺と製作者の名前がここに彫られてる。オーダーで作らせたんだ。製作者に問い合わせてもらってもいいぜ」

「なっ……」


 言われて、つり目男は絶句し、固まった。


「この装備は『ファントム・ダンジョン』でなくなった。俺が森で気を失っているときにお前が盗ったんだろ」

「ち、ち違う! これは、その、『ファントム・ダンジョン』で拾ったんだよ! おお落とす方が悪い!」

「お前最初、『オーダーで作った』とか言ってたよな? 言ってること違うぞ」

「あっ……」


 つり目男が動揺した。顔がみるみる青ざめていく。


「ま、間違えたんだ! とにかく、これは俺の装備だ!」

「おいっ! 待て!」


 つり目男は腕を強引に振りほどき、逃げるように走り去ってしまった。

 これは何かある。もう少しだけここに残ろうとアルスは考えた。


「さっきの男か? アイツはギャヴァレットって言ってな、最近有名だよ」

「有名、というと?」

「さっき、なんかいろいろやってただろ? あれ実は今日が初めてじゃないんだ」

「過去にもあったのか?」

「ああ、それも一回や二回じゃない。しょっちゅうだ。『ファントム・ダンジョン』の攻略で無くなったはずの装備をアイツが持っていることがよくあるんだ」

「それは確かに、妙だな」

「だろ? そもそも、アイツは今Dランク。Aランクダンジョンなんて無理だ」

「確かに」


 正直、あまり強そうではなかった。


「そういえば、『ソーシャル・ブック』で誰かとやりとりしてたんだよ。ずいぶんと怯えていたな。何かヤバイことに手を出しているのは間違いねぇよ」

「その相手は、誰だか分かるか?」

「さぁな。仲間じゃねぇの? ウワサだと、ギャヴァレットは警備隊の捜査対象になってるって話だ。どうするか相談してたんじゃねぇか?」


 冒険者ギルドを後にしたアルスは、ギャヴァレットという男について考えていた。

 何人もの冒険者が『ファントム・ダンジョン』で装備を謎の紛失をした。それをあのギャヴァレットという、つり目の男が持っていた。それも一度や二度ではない。ダンジョンで拾ったと言っていたが、会話内容を聞いた感じ、ウソをついているようだった。

 警備隊の捜査対象になっているという話も気になる。違法なことに手をつけている可能性が高い。何かしらの方法を使って装備を盗み取ったのだろうか。

 分からない。気になるが、これ以上考えても仕方がない。本当に警備隊が動いているのであれば、後に真相は分かるだろう。


 翌日、アルスは館長からもらった対魔法戦闘服『レイヴン・シェード』を身に付けていた。よく伸びる素材であるため着心地がいい。着てすぐ、吸い寄せられるように体に密着してくる。そして動きやすい。


「コイツはいいな」


 出発前に、日課である情報収集だ。アルスは『ソーシャル・ブック』を開いた。

 昨日あった魔法学校裏森の爆発事件が記事になっていた。

 その見出しに、アルスは目を見張った。


『謎の爆破殺人!? 死者は今話題の疑惑の男 ケネスか』


 警備隊の捜査によると、魔法物質で作られた爆弾が使用されたそう。現場には焦げたバックが落ちていて、その中にケネスの身分証明書である冒険者カードが入っていた。

 周辺の木々は焼け焦げて跡形もなくなっており、遺体は残らなかったと思われる。アルスも遠目で現場を見ていたが、数人程度は消し飛ばしてしまいそうなほどの威力だった。

 現在も警備隊が調査中で、殺人で確定したわけではないようだ。断言はしていないものの、この記事ではあたかも殺人事件であるかのように見せており、犯人はケネスに脅迫状を突きつけられた人物だろうと推測している。


 いずれにせよ謎が残る。

 事故であれば、ケネスはなぜそのような爆発物を作り、あそこまで持って行ったのだろうか。他殺であれば誰がなぜこのようなことをしたのだろう。どちらも目的が不明である。


 とはいえ、ケネスがいなくなったことで自分が狙われる心配はなくなった。これ以上調査する必要はない。しかし、この事件には何か裏がある気がしてならない。ギルドで見たギャヴァレットという男の謎も心の中で引っかかっている。それらの手がかりが、あそこにある気がする。自分の目で見て確かめたい、とアルスの好奇心があのダンジョンを求めている。

 

 アルスの目に、自分の腕を包んでいる『レイヴン・シェード』が映った。頭の中で館長が出てきた。一見すると幼い顔をしているが、どこか大人びた笑みを浮かべている。


「ここで引いたら、あの人にモンク言われそうだしな。こんなのももらってるし」


 アルスは『ソーシャル・ブック』をカバンに入れると、立ち上がって肩に抱えた。勢いよく部屋を飛び出し、『ファントム・ダンジョン』へと向かった。



「おっかしいなぁ」


 地図を片手に森をさまようこと役一時間。未だ見つからない。

写真を見ると、斜面に埋め込まれるような形で鉄の入り口があるはずなのだ。非常に酷似した場所を見つけたが、出入り口らしきものはそこにはなく、無造作に葉っぱの落ちているただの土である。

 

 もう少し先にあるのだろうか。木々を通り抜け、それを目にしたアルスは目を見開いた。

 

 巨大なクレーターの真ん中に、鉄の巨人がいたのだ。片膝をついていて、ピクリとも動かない。クレーターも巨人も、黒く焦げていた。強大な火炎魔法でも食らったようである。

 いや、恐らく実際にそうだったのだろう。三〇年前――祖国を守ろうと、魔術師たちがここで必死に戦っていたのだ。家に帰りたいという思いを内に秘め、叫びを上げながらこの魔法を撃ち放った。この巨人を行動不能にするのに何人犠牲になったのだろうか。

 この地には、彼らの流した血と汗がしみ込んでいるのだ。世界最悪の紛争を生き抜いた彼らの生きざまが、ここに刻まれているのだ。

 

 人魔大戦。

 三〇年前にあった、人族と魔族の大戦争である。魔界から魔族が人大陸に侵攻したことで戦争が勃発し、このウィザード区域を含め、人大陸各地が紛争地帯になった。

 アルスは館長との話を思い出した。彼は国防魔術師として、実際の戦場を生き抜いた元軍人である。


「人魔大戦について訊きたいのかい? うん。ああ、そっか。もうあれから三〇年が経つんだね。あの戦争はさすがにしんどかったね」


 館長は力なく微笑んでいた。どこか遠くを見つめながら。

 これが、戦争を経験した者の顔か。

 魔王と勇者の戦いとして、現在では美化された英雄譚の裏で、彼が何を見て、何を経験したのか。戦争という理不尽極まりない特殊な環境で、どのような思いですごしていたのだろうか。強者の余裕を感じさせる彼を、ここまで疲弊させたのだ。よほど過酷な道を歩んできたに違いない。


「ウィザードの戦いには多くの魔術師が駆り出されてね。ボクも参戦したよ。残念なことに、人族の大敗だったけどね」


 人族側が補給路を断つことができなかったのが敗北の大きな要因である。どれだけ優秀な軍人でも消耗し力尽きる。相手が体力の尽きない存在であればいずれ敗北するものだ。

 他国に侵攻した国が、補給のための転移魔法陣を特定され敗北する。というのは珍しいことではない。


 戦争は長期化し、泥沼の戦いとなった。このまま終結しなければ人族も魔族も滅ぶと予測された。そんな中、勇者が現れた。勇者パーティという名の暗殺部隊を魔王城へ直接派遣し、魔王を討伐。最高指揮官を失った魔族は即座に降伏し、戦争は人族側の勝利に終わったというわけだ。


 ところで、人族側はなぜ補給路を断つことができなかったのだろうか。

 クレーターから引き返し、木々が立ち並ぶ森を見渡しながら、アルスは思案した。ここに何か仕掛けでもあったのだろうか。


「あれっ」


 鉄でできたゲートが、アルスの目に入った。斜面に埋め込まれるような形でそこにあった。

 間違いない。『ファントム・ダンジョン』である。

 入口が完全に岩に擬態しているので遠目からでは分かりにくい。さきほどもここを通ったが気づかなかった。とはいえ、事前にその情報を知っていたアルスは注意しながら凝視していた。前に通ったときはこんなものなかったと思うが。

 

 アルスはゲートの中を覗き込んだ。真っ暗である。鉄の階段が下へと続いており、外から射す光が途中で切れている。アルスはランタン片手に地下ダンジョンへと足を踏み入れ、階段を下った。


 小さな光を頼りに進んでいく。心臓の鼓動が激しさを増しているのを感じる。

 ほんの数歩先しか見えない。あの暗闇の中に、人間でない何かがいるのではないか。今にも自分以外の足音が聞こえてきそうである。


 地面も壁も天井も、全て黒鉄でできているようだ。自然発生したものとは思えないほど内部は安定しているし、ずいぶんと綺麗だ。Aランク級のモンスターがここにいたとは思えないほどに。


 アルスは黒い地面に黒いものが付着していることに気がついた。インクだろうか。全体は丸い形をしていて、数人程度は取り囲めそうな大きさだ。擦れたり消えたりしている。一度書いて消した跡のようだ。ここだけではない。数メートル単位で似たようなものがある。

 これは魔法陣だ。何の魔法陣なのか調べてみる必要がありそうだ。

 

 天井にはランプがぶら下がっている。

 冒険者たちはこんな暗い場所で戦っていたのかと思ったが、ダンジョンとして機能していた頃はあのランプがついていたのだろうか。


 次は壁だ。鉄のレンガが積み重なっている。よく見ると、小さな穴が無数にあった。意図的に開けられたように見える。なぜこんなものがあるのだろうか。


「ん?」


 アルスは壁の異変に気付いた。一部、鉄のレンガの狭間が広いのだ。

 ここに来る前からその可能性を考えていたが、恐らく自分の推測は合っていると思われる。何かを探すように、地面や壁に手を触れ、押した。いたるところを触っていると、手ごたえを感じた。その部分を押してみると、ガガガッと音を立てて壁が横にスライドした。


 やはりそうだ。隠し通路である。

 先が暗くて見えない。この奥に、ダンジョンの秘密があるのだろうか。

 意を決し、アルスは通路へ足を踏み入れた。



「で、通路の先には何があったんだい?」


 アルスの向かいに座っている館長はコーヒーカップに口をつけた。目を閉じ、香りを楽しんでいる。アルスはというと、もうとっくに飲み終えていた。


 調査を終え、図書館へ戻ってきたアルスは、館長に結果を報告していた。

分かったのだ。ケネスの言うダンジョンの秘密と、ギャヴァレットの謎が。そして、この二つを繋げることで、ある筋書きが出来上がるのだ。


「変な装置があったよ」

「どんな装置だい?」

「引き出しのようなものと、ボタンがあった。試しに中に水を入れてボタンを押してみた。するとダンジョンの床と壁がわずかに水っぽかったんだ」

「つまり、その装置は液体を霧状にして、ダンジョン内に噴射することが出来るというわけだね?」

 

 アルスは「そうだ」と頷いてから続けた。


「他にも、消えかかった魔法陣があった。一部は転移魔法陣で、ほとんどは幻像魔法陣だったよ」

「その魔法陣で、どんな幻像を作ってたんだい?」

「モンスターだよ。全部見かけだけの偽物で、実際あそこにモンスターなんか一体もいなかったんだよ。館長、あんたの言っていた、〝部分的には幻〟ってのは、こういうことだったんだな」

「もうあのダンジョンの謎が分かったみたいだね」

「ああ、ある程度はな。つまりこういうことだ。あのダンジョンは、人の――いや、魔族の手で運営されていたんだ」

 

 館長は正解、とでも言っているかのように頷いた。余裕のある笑み。この男は既に分かっているのだろう。


「あのダンジョンは元々、魔族の軍事施設だったんだろ?」

「よく分かったね。そこまで分かるなんて想定外だったよ」


 館長は意外そうに眉を吊り上げた。初めての表情の変化である。


「あの森はウィザードの戦いが行われた場所だ。国防魔術師軍が魔族側の補給路を断つことができなかった理由――それは、自発的に消えたり現れたりする軍事施設があったからだ。しかもかなり分かりにくい場所にある。そこなら転移魔法陣を隠せるし、物資を保管し人員を待機させられる。それが今度は、ダンジョンとして使われるようになった。運営元は、ベルガス魔国だろうな」

「どうしてそう思ったんだい?」

「ダンジョンの素材だよ。『魔黒鉄』で出来ている」


『魔黒鉄』とは、魔力を持った黒い鉄である。そのため、このような軍事施設や魔法道具の素材として利用されることが多い。

 

「『魔黒鉄』は魔界の東側――ベルガス魔国で大量に採れる。魔黒鉄大国なんて呼ばれているレベルだからな。それに、調べてみたらウィザードの戦いに従軍していた魔族部隊はベルガス派で構成されていた。それが戦後独立。ベルガス魔国の建国を宣言した。今も他国と戦争中だ。当然金がかかる」

「ベルガス派は資金獲得のための手段を考えた。そこでこの施設を使ってダンジョン運営を開始したわけだね」

「ああ、最初に行ったのは宣伝戦――話題作りだ。ここらへんは冒険者系インフルエンサーに依頼したんだろうな。その甲斐あって、ダンジョンは話題を呼んで多くの冒険者が攻略に来た。しかし、宝を持ち帰れたやつなんて実際にはいなかった」

「そうできない仕組みになっていたんだね?」


 アルスは頷いた。


「冒険者がやってきたら、そいつに必ず高価な宝を取らせる。期待感を高めたら、例の装置の出番だ。睡眠ガスか何かを吹き込んで冒険者を眠らせ、金目のものをむしり取る。やってくるのは上級冒険者ばかり。それなりに金を持っている可能性があるし、高価な装備やアイテムは確実に持っているだろうよ。用済みになったら転移魔法陣で外に運び出して森に放置だ。盗ったものはダンジョン関係者が売るなり使うなりしていたんだろうな。昨日、怪しい男を見たぜ」


 館長の目が少し見開いた。


「怪しい男……どんな人物だい?」

「ギャヴァレットって言ってな。『ファントム・ダンジョン』で紛失したはずの装備を持っていたんだ。本当の持ち主であろう冒険者に問い詰められて明らかに動揺していた。あれはダンジョン関係者だ。間違いない」


「ふんふん」と、館長はアゴに指を当てた。


「そして、これは組織ぐるみの犯行だ。一人でダンジョン運営なんてできるわけがないからな。初期の宣伝活動も組織の力があってこそだ。話題作りに成功して、最初の方はうまくいったんだろうな」

「冒険者の間で変なウワサが立つようになった、だね?」

「当然だな。こんなこと繰り返してりゃみんな、おかしいって思うだろ」

「秘密に気づかれる前に撤退したんだね」

「ああ、もぬけの殻になっていたのはそういうことだ。だが、気付いたヤツが一人いた。それが、脅迫状の男。ケネスだ」


 館長は考え込んだ様子で頷いた。


「違法な手段で稼いでいるギャヴァレットを脅迫すれば金を取れる。相手が警備隊の元へ駆け込む心配もない。だからギャヴァレットは怯えていたんだ。ヤツが『ソーシャル・ブック』でやりとりをしている相手はケネスだった。そして、追い詰められたギャヴァレットはケネスを殺害したんだ」


 これならつじつまが合う。

 しかし、館長は表情を変えずに真顔で「うーん」と声を上げた。


「何か、違ったか?」

「いやぁね、ずっと疑問に思ってたんだけど、そのケネスって、本当に死んだのかな?」

「えっ?」


 不意を突くような一言を食らって、アルスは上ずった声を出した。


「記事には殺人て書いてあったけど、断定していない。推測の域に留まっているから、後でいくらでも言い逃れができるようになっている。そもそも警備隊の正式発表じゃないしね。遺体が見つかっていないっていうのも変だよ。あれぐらいの爆発なら、身体の一部がある程度は残るはずだからね」

「た、確かに……」


 よく考えてみれば、メディアが使うありふれた手法である。まんまと惑わされたアルスは事実ではなく、自分が望んだものを真実だと思い込んだ。

 情報はあらゆる角度と視点で見なければならないということを記者として何よりも大事にしていた。にもかかわらず、こんな使い古されたやり方にまんまと引っかかるなんて。

 アルスは自分が先入観に囚われていたことを思い知り、拳を強く握りしめた。


「ケネスが死んだと裏付ける唯一の証拠は、近くにあった焦げたバッグから発見された、冒険者カード。証拠としては弱いね。それに、遺体が跡形もなくなるほどの爆発なら、バッグも消滅しているはず。バッグだけが都合よく残るなんてことはそうそうあるものじゃないよ。まるで、身分証明書がないかどうか、警備隊が捜査することを見越して、そこに置いたみたいじゃないか。それに、殺害方法が爆破っていうのも気になるね。死に方がずいぶんとハデだ。『ケネスが死んだ』ってアピールしたいようにしか見えないよ」

「じゃあ、組織はケネスを殺さず、死んだように見せかけたってのか?」


 アルスの問いに、館長は首を横に振った。


「やったのは組織じゃないよ。これはケネスが独断でやったことだ」

「ケネス自身が? なんでこんなことする必要がある」

「ボクの筋書きはこうだよ。組織の弱みを握ることができたケネスは金を要求した。相手は犯罪組織。悪いことをしているわけだから、警備隊に頼ることはできないだろうからね。ところが、その脅迫状がジミーの手に渡ってしまった。例の投稿が話題になってしまって、ケネスは見事有名人になってしまった。これはまずいってことでジミーとサムを誘拐し、多分殺害した。学生を二人も殺めてしまったわけだからね。いずれは警備隊が動くと考えたケネスは、慌てて爆発物を用意し、森で爆破。近くに自分の身分証明書の入った荷物を置いて姿を消した。あたかも自分が死んだように演出したんだ。警備隊の目をごまかすためにね」

「自作自演、てことか……」


 確かに、ケネスの死についての不可解な点は、ヤツの自作自演だったと考えれば納得がいく。


 そのとき、アルスの背中に冷たいものが走った。

 ヤツは生きていた。ということは、自分が狙われる可能性があるということ。

 死んだと思って安心しきっている間、刻一刻と、その影がアルスに忍び寄っている。こちらにヤツの情報はほとんどない。しかし、ヤツはもうアルスを特定しているかもしれない。

 言い知れぬ恐怖がアルスの心を黒く染めていく。呼吸が荒くなり、手が震える。


「少年」


 白く小さな手が、肩に乗せられた。

 顔を上げると、館長が優しく微笑んでいた。


「すまないね。怖がらせるつもりはなかったんだ」

「館長……」

「ところで、提案なんだけど、今回の件を記事にしてみるのはどうだい? 行方不明事件の続きだから反響ありそうじゃないか」

「いや、危機が迫ってんだ。記事の閲覧数なんか……」

「いいや、大事だね」

「はぁ?」

「多くの人にこの状況を知ってもらうんだ。幸い、ケネスはもう既に有名人。実は生きていてアルス少年を狙っていると世間に知られれば、容易に手出しはできなくなる」

「なるほど……」


 記事が盾になるわけか。記者だからこそ使える武器である。

 アルスは内側から気力が湧いてくるのを感じた。


「よし……やるか」


 アルスは立ち上がった。


「その意気だよ」

「館長、ありがとな」


 微笑みながら手を振る館長を最後に、アルスは図書館を後にした。

 急いで家に帰り、早速机に向かった。



 翌日もアルスは書き続けていた。最も重要なのはスピードではあるが、情報の正確性も大事である。執筆中も情報収集は欠かせない。


「コイツは……」


 とある記事が、アルスの心を貫いた。

『闇市の装備密売で20代の冒険者を逮捕 背後に消された男「ケネス」の影 そして、暗躍する謎の組織とは』

 

 来た。来たぞ。これで真相に近づくことができる。裏にはどんな組織が身をひそめているのだろうか。警備隊はケネスの何を掴んだのだろうか。この先に、答えが待っている。

 アルスは叫び出したい気持ちを抑え、記事に目を通した。


 魔法都市ウィザードにて、警備隊が違法装備の密売に関与したとして、冒険者ギャヴァレットを逮捕した。彼は、長らく警備隊が調査を進めていた闇市ネットワークの一部を担っていたとされており、押収された証拠品の中には呪いの装備や出所不明の高級装備が含まれていた。


 ギャヴァレットは生活に困窮しており、魔導書『ソーシャル・ブック』に掲載されていた高報酬の求人に応募していた。その仕事内容は、「装備を売るだけの簡単なお仕事」だった。彼はいわゆる「売り子」として雇われ、組織から受け取った呪いの装備や盗品を市場に流し、報酬を受け取っていたという。


 ギャヴァレットの狼狽する顔が、アルスの頭をよぎった。

 彼はどこまで知っていて、何を語ったのだろうか。


 今回押収された装備品の中には、『魔黒鉄』で作られた呪いの装備も多く含まれていた。これは過去に逮捕された密売関係者が所持していた装備とも一致しており、警備隊はこれらの事例を踏まえ、今回の事件もまた、犯罪組織「シャドウ」が関与しているものと見ている。


「シャドウ」――その名称にはアルスも聞き覚えがあった。今回のギャヴァレットのように、生活困窮者の弱みに付け込む犯罪組織である。

 その存在は今までベールに包まれていた。警備隊はどのような情報を掴んだのだろうか。


「シャドウ」は、違法装備の流通やベルガス魔国などの魔族との癒着が疑われる裏社会の存在であり、依然としてその全容は明らかになっていない。


「んだよ! 分かってないのかよ」


 イラ立ちのこもった声が出た。

 アルスは肩を落とした。


 警備隊は現在、この組織の実態を追っているが、ギャヴァレットの供述によって、これまでの装備盗難事件との関連が浮かび上がった。それは、かつて多くの冒険者が被害に遭った、謎多きダンジョン――通称『ファントム・ダンジョン』に関する一連の事件だ。


「やっぱ警備隊もここに行きついたか」


『ファントム・ダンジョン』では、攻略者が入手したはずの装備が突如として消失するという不可解な事例が相次いでいたが、その後、消えたはずの装備が闇市に流れていたという情報が出回っている。今回の押収品にも、同様の特徴を持つ装備が含まれていた。『ファントム・ダンジョン』で謎の消失をした装備を、なぜ組織が所持していたのかは現時点では不明であり、装備の流出経路や回収方法などは明らかになっていない。


 どうやら思ったよりも警備隊は捜査が進んでいないようだ。

 なぜギャヴァレットは口を閉ざしているのだろうか。もう捕まって保護されているのだ。洗いざらい話してしまえばいいではないか。


「……いや、待てよ」


 彼は組織の末端である。言わば、トカゲのしっぽということ。余計な情報は与えるはずがない。黙っているのではなく、本当に知らないのだ。


 アルスはため息をついた。

 

 彼が装備を受け取っていた相手は、最近、校舎裏の森で起きた爆発事故で死亡したとされる男、「ケネス」だった。ギャヴァレットは取り調べの中で、「あれは事故なんかじゃない。ケネスは組織に消されたんだ」と証言しており、警備隊は爆発事故の背景に組織の関与がある可能性も視野に入れて捜査を進めている。


「なに!?」


 思わず大きな声が出た。

 自分の推理は間違っていた。ケネスは運営側だったのだ。ではなぜあのような脅迫状を書いたのだろうか。どのような目的で、誰を脅迫しようとしたのだろうか。

 アルスの頭の中で、ある筋書きが思い浮かんだ。


「こうしちゃいられない」


『ソーシャル・ブック』を勢いよく閉じると、それを片手に席を立った。向かったのは図書館である。


「なるほど。まさかケネスが組織の人間だったとはね」


 言ってから館長はコーヒーをすすった。


「売り子として使っていたギャヴァレットを警備隊が捜査し始めた。ケネスはその手が自分の元へ届くことを恐れた。そこで、自分を守らない組織を裏切ることにした。ヤツは間違いなくダンジョン運営については知っていたはずだ。機密情報をエサに、逃亡資金獲得のため組織を脅迫。金を得てから警備隊の目を逃れるためにあんなハデな演出をした。ついでに組織の手からも逃れるっ……」


 アルスの言葉が途中で止まり、石化したように固まった。

 言っている最中、気付いてしまったのだ。自分の推理のおかしな点に。つじつまが合っていないことに。

 

「ケネスはどうしてわざわざサムとジミーを誘拐したのか、だね?」


 アルスはとっさに館長を見た。

 平然と見破った。なぜ分かる。この男の洞察力にはいつも驚かされてばかりだ。

 

「あっ、ああっ……だってっ、おかしくないか? 組織を脅迫したんだ。タダじゃ済まない。相手が手を打ってくる前に、さっさと爆破させて逃げた方がいいだろ。投稿を削除させようとしたなら分かる! でもあの投稿は今も残り続けているんだ」


 早口でまくし立てるアルスに対し、館長は冷静な口調で答えた。


「削除させようとしたけど、できなかったんじゃないかな」

「で、できなかった? どうして」

「単純な話だよ。投稿がなされてすぐ、ケネスはジミーを特定し彼の元へ出向いた。最初から殺すつもりでね」


 アルスは頷いた。

 ここまでは想定内である。


「投稿を削除するよう脅したけど逃げられてしまった。まだ削除できていないけど、顔を知られてしまったから仕方なく殺害した」

「なら、ジミーの『ソーシャル・ブック』を……いや、本人認証があるからケネスじゃ開けなかったのか」

「うん。その後彼は爆破を引き起こした。キミの言う通り、警備隊と組織の目をごまかすためにね。メディアが大々的に取り上げたから、しばらくは気づかないんじゃないかな。ケネスも生きていると知られたくないだろうし、今はヘタに手出しはしてこないと思うよ」

「ひとまずは安心てことか……」


 考え込んだ様子で、アルスは呟いた。


「腑に落ちていないようだね」

「いや、何か引っかかるんだよな。何か見落としているような気がするんだ」

「ボクも同じさ。自分の推理に納得していないよ」


 この男もこう言っているのだ。まだ真相にはたどり着いていない。もっと深いところにある気がしてならない。

 

「まっ、また何か分かったら教えてよ。コーヒーでもどうだい?」

「いや、今はまだ考えたいんだ」

「それは残念。気分になったら声をかけておくれ。いつでもおいしいコーヒー淹れるよ」

「ああ、そのときは頼む」


 互いに手の平を向けると、館長はこの場から離れていった。


「やあやあそこの奥さん。今からおいしいコーヒーを淹れるところなんだ。よかったら一緒にどうだい? うん、うん、もちろん人妻も子連れも大歓迎だよ。お嬢ちゃんはオレンジジュースかな?」


 アルスは一人、思案を続けていた。

 もう手がかりは出尽くした。調べられることは全て調べた。入ってくるかどうかも分からない新しい情報に期待するのは現実的ではない。だから考えるしかないのだ。

 とはいえ、漠然と何かが違うと感じているだけで具体的にどこが違うのか、自分でも分からない。疑問すら思いつかない。


 おもむろに『ソーシャル・ブック』を開いた。事件の始まりとなった投稿に目を通す。閲覧数もコメントも未だ増える一方であり、ここ数日間、トレンドのトップに不動の存在として居座り続けている。


 写真の脅迫状に書いてある文字に目が留まった。

 そのとき、以前にも感じたことのある違和感を覚え、アルスはハッとなった。

 ページをめくって別の写真を探し出し、見比べた。


「そうか……そういうことだったのか」


自分が殺害されたことを自作自演し、第三者を使ってそれを相手に伝えようとしたということ。


 全てが繋がった。

 これならつじつまが合う。まだ仮説に過ぎないが、確かめる方法はある。

 アルスは再び『ソーシャル・ブック』を開くと、ある人物にメッセージを送った。

 

 

 冷たい風が夜の森を吹き抜ける。

 木々が揺れる音と、鳥の鳴く声だけが響いている。静かだ。

 見上げれば、とっくに閉館となったウィザード魔法学校が城のようにそびえ立っている。

 今、都市では人々が寝静まった頃だろう。


 この場所と時間帯を指定したのはアルスである。自分ではなく、相手にとって好都合だろうと考えたからだ。メッセージを送った後、返事はなかった。しかし、アルスの推理が正しければきっと来るはずである。


 そろそろ時間だ。足音が近づいてくる。来たようだ。振り向くと、二つの人影が立っていた。目深にフードを被っている。表情は分からないが、どこか怯えているような雰囲気を感じ取った。


「よう」と、アルスは気さくに挨拶をしてから続けた。


「久しぶりだな。そこのお前は、初めましてだな」

 

 恐るおそる、といった様子で二人がフードを取り、その顔が露わになった。

 

「サム。ジミー」


 警戒しているのか、サムは顔を強張らせている。一方ジミーはというと、怯えているようだ。サムの陰に隠れるように、一歩後ろにいる。


「全部、お前らだったんだな」


 静かな口調でアルスが沈黙を破った。

 二人は目を背けた。しばらくして、サムが意を決したように口を開いた。


「なんで、分かった」

「筆跡だよ」


 サムの表情がさらに険しくなった。ミスを悔しがっているかのような顔だ。


「サム。お前の字を初めて見たとき、どこかで見たことあるような気がしたんだ。気のせいかと思った。けど違ったんだ。実際に俺は見たことがあったんだよ。サムと出会う前にな」


 アルスがジミーを一瞥すると、彼はビクリと身体を震わせた。

 

「あの脅迫状はサムが書いたものだったんだな。自分たちで偽造した脅迫状をジミーが投稿。ケネスに誘拐されたと見せかけるために姿を眩ませた。つまり、何もかもお前らの自作自演だったってことだ」


 二人とも目を伏せ、黙り込んでいた。図星のようだ。反論できないといった様子だが、サムは何か言いたそうである。


「……こうするしかなかったんだよ。アイツから逃れるには……!!」


〝アイツ〟と口にしたとき、彼の言葉に強い力が加えられていた。充血した鋭い目をアルスに向けている。いや、実際には彼の頭の中にいる〝アイツ〟に向けられたものだろう。ここまで彼らを追い詰めた人物に。


「だいぶ金に困っていたらしいじゃないか。寮生活なら誰もが抱える悩みだ。俺もそうだから分かるよ」


 落ち着いた口調でそう言うと、ほんの少しだけ相手の表情が緩んだような気がした。


「お前らは『ソーシャル・ブック』の広告に出ていた高額求人に応募した。内容は、ダンジョンの運営に関わることだった。その指示役が、ケネスだったんだな?」


 その名を口にした途端、サムは眉をピクリと震わせ、不快感を露わにした。ジミーはというと、恐怖に顔を歪ませている。


「冒険者から装備をはぎ取ることも仕事内容に含まれていた。立派な犯罪だ。それに、こういう仕事は自分の名前とか住所とか、事細かな情報の開示を求められる。『警備隊に付き出す』『親に連絡する』とか脅されて、ケネスに心臓を握られていた。だからダンジョン運営から撤退することになってもやめられなかった。もっとヤバイことに加担させられるんじゃないかと怯え、捕まるかもしれないという恐怖に苛まれるようになった。やがてこう思い至った。ケネスを殺そう、ってな」


 アルスの最後の言葉には、静かな力強さが込められていた。


「だが、自分たちで直接手を下すのは気が引けた。返り討ちにされるリスクもあるからな。そこで、『ソーシャル・ブック』を利用することを思いついた。あの脅迫状は組織――シャドウに向けられたものだったんだな。あたかもケネスがシャドウを裏切り、脅迫しているように見せかけた。組織にケネスを消させるよう仕向けたんだ。ところが、そうすれば自分たちも組織に狙われるかもしれない。逃げてもきっと追ってくる。だから、自分たちがケネスに殺されたと組織に思わせることにした。俺という媒体を介してな。つまり、今回の事件はお前らの情報戦。俺はまんまと利用されたってわけだ」


 一旦言葉を止め、相手の様子を窺う。相変わらず顔ごと視線を逸らし、バツの悪そうな顔をしている。


「お、おれは、サムの言った通りにしただけで……」


 ジミーが初めて口を開いた。か細い声だ。遠回しに自分は悪くない、と言っているのだろうか。


「はぁ!? お前っ……全部人任せだったくせに俺のせいにすんのかよ!?」

「い、いや、そういうわけじゃ……」

「じゃあなんなんだよ!?」


 サムがジミーに掴みかかった。


「やめろ!」


 アルスが声を張り上げると、二人の顔がこちらに向いた。

 

「お前らはもう後がないんだぞ」


 サムの手が、ジミーから力なく離れていく。ジミーはというと、息を荒くしてサムを見つめていた。充血した目には憎悪がこもっていた。

 薄っぺらい。こんな上辺だけの関係を見せられるとどうにも胸の奥底がムカムカしてくる。


「どうせ、この後の計画はないんだろ?」


 二人は一度顔を見合わせてから「あ、ああ……」と返事をし、思い出したように身体を震わせた。いつか、二人が生きていることに組織が気づいて狙ってくるかもしれない。そう考えてここ数日間、怯えながら右往左往していたのだろう。


 そこに、アルスからメッセージが送られてきた。


『今日の夜、学校裏の森に来い。提案がある。もしも来なければ、お前らが生きていることを公開する』


 そのとき、ヒュウっと冷たい風が吹いた。木々がざわめく。

 二人がひっ、と声を上げ、肩をビクつかせた。落ち着かない様子でキョロキョロと周囲を見回している。


「な、なあ、お前の言うその提案って何なんだよ。もういいだろ、教えてくれよ」


 縋るような目を、アルスに向けている。自分は彼らにわずかな希望を与えた。今から現実を突きつけるところである。


「警備隊に自首しろ」

「は、はぁ!?」


 アルスの解答に、二人が目を見開いた。きっと、アルスの言う「提案」に過度な期待をしていたのだろう。サムの表情が怒りの色に染まっていく。


「ふっ、ふざけんな!! こっちは警備隊から逃れるための提案を求めてきたんだぞ!?」

「お前らが恐れているのは組織だろ。実際そっちの方が……」

「警備隊に捕まったら元も子もないだろが!!」


 危険、と言おうとしたが、サムが大声で遮った。

 

「何年も牢屋に入ることになるんだぞ!! 学校も……せっかく親が金出してくれたのに……!! クッソオおおおおおお! 何で俺ばかり!!」


 サムの目から、大粒の涙が流れ出た。癇癪を起こした子供のように、泣き叫んでいる。

 くっそぉ、と口にしながら、太ももを拳で強く叩きつけている。何度かして、力なく座り込み、静かに泣いていた。


「今まで、辛かったんだな」


 組織に見つかるかもしれない、警備隊に捕まるかもしれないという恐怖と不安で、ここ数日間は神経をすり減らす日々だったはずだ。期待が裏切られたことで、限界が来てしまったのだろう。

 

「今思えば、あんな求人はおかしかったって分かる。でも、あのときはそんなん考えられなかったんだよ……どんだけバイトしても生活費で消えていくし、毎日生活のことで頭がいっぱいだった……くっそぉ……なんで、なんであのとき……!!」

 

 サムは両手で頭を抱えていた。きっと後悔しているのだ。

 金銭的な問題を抱えていると、人間の判断は極端に落ちる。だから、明らかに怪しい話であっても金額のインパクトに引き寄せられてしまうのだ。弱者の弱みに付け込んで利用し、都合が悪くなれば平気で切り捨てる。そんな卑怯者がいる。

 自分も彼らと同じ状況だったらどうだっただろうか。彼ら以上に生活に困窮し、知識もなく助言者もいない。きっと、同じ道をたどっていただろうとアルスは考えた。

 犯罪に加担させられた彼らも、被害者なのだ。

 

 とはいえ、犯罪は犯罪。罪は償うべきだ。

 しかしどうしたものか。このようなことを言っても相手の感情を逆撫でるだけだ。


 そのとき、ジミーの足が動いたのが分かった。ゆっくりと後ろに下がっている。徐々に歩幅が広がっている気がする。一人逃げようとしているのだ。

 そうはさせない。とっさに、アルスは今思いついたことを言い放った。


「ケネスはまだ生きてるぜ」

「えっ」


 ジミーの足が止まった。サムは顔を上げた。

 二人とも目を見開き、驚愕の表情で「そんな……」と口にした。


「そんなはずはない! だって、記事には死んだってあったじゃないか」

「断定はしていない。殺人にみせかけて煽っているだけだ。遺体もみつかっていないし、明らかに不自然だ。組織がケネスを狙うようお前らが仕向けたように、ケネスはそれを回避するために工作したんだ。言っただろ。これは情報戦だって」


 彼らの表情がみるみる引きつっていく。行き場を無くしたように、瞳が彷徨い始めた。焦点が合わない。


「おっ、俺は信じない……信じないぞ……ケネスは死んだんだ。そうだ! 死んだ!」


 サムは必死にそう思い込もうとして、自分に言い聞かせているようだった。


「アイツはお前らを追っている。いつ特定されるかは分からないが、時間の問題なのは確かだ。それに、ヤツの能力は高い。かなりの手がかりを掴んでいるはず。多分、もう近くまで迫っているぜ」


 こんなのはほとんど説得のためのハッタリである。まずは恐怖を与えることだ。そして、希望を示す。


「警備隊に自首すれば保護される。少なくとも命の心配はなくなる。それに、捕まるよりは罪も軽くなる」

 

 これでどうだ。険しい表情で黙り込んでいる。揺らいではいるようだ。あともう少しか。しかし困ったことに、もう説得のためのカードがない。元々アドリブ力が強い方ではないのだ。これ以上思いつける予感がしない。

 彼らがYesと言うのを黙って待つべきだろうか。何か言った方がいいだろうか。だが、余計なことを言ってしまえば、今までの努力が水の泡になりかねない。容易に口を開けない。どうしたものか。

 彼らを行動に駆り立てる何かが起こればいいのだが――


「ざぁんねんだったなぁ。もう分かっちまったぜぇ」


 ドスの効いた低い声。サムでもジミーでもない別の存在だ。

 アルスはとっさに振り向いた。バサバサと音を立て、黒い生き物が飛んできた。コウモリか。アルスの顔横を通り過ぎる。暗闇の向こうから、足音が聞こえてきた。得体のしれない影がこちらに迫ってくるのが分かった。徐々に鮮明になっていく。カッと開かれた目が光った。ニヤついている。


「へへへへへへっ」


 耳にこびりつくような、高く裏返った笑い声。

 現れたのは、頭に入れ墨の入ったスキンヘッドの男だった。息が荒い。だいぶ興奮しているようだ。

 サムとジミーがガタガタと震え、「ああ、ああ……」と声にならない声を出していた。

 どうやら、この男がケネスのようだ。ただのハッタリが現実になってしまったということか。最悪だ。

 

「フーッ……フーッ……やっとだ……やっと見つけたぜぇ。今殺してやるからなぁ!!」

 

 黒と紫の禍々しいナイフを突きつけ、二人に接近していく。

 この男、おかしい。悪魔にでも魅入られているのだろうか。殺人衝動が抑えられない。そんな様子だ。


「あっ、ああ……」


 サムがその場でしりもちをついた。あのままではやられる。助けなければ。しかし、足が動かない。まるで言うことを聞かない。たった数歩先へ進むことを拒絶している。

 

 なぜ自分の命を危険に晒す必要がある。彼らを助ける義理なんてない。しかも自分を利用し騙した相手だ。そもそも、自分にそんな力はない。逃げるのだ。

 心が後退を望んでいる。しかし、アルスは前にも後ろにも動かない。まだ出来ることがあるのでは、立ち去れば後悔するのでは、という考えが彼をこの場に留めている。

 

 結論が出ないまま、最初に動いたのはジミーだった。彼は逃げた。何も言わず、振り返りもせず。期待はしていなかったが、あまりにも白状だ。


「死ねええええええええ!」


 ナイフの刃から、煙のような黒いモヤが放たれた。あれは、闇魔法だ。

取り残されたサムは動けないでいた。顔を涙でぐしゃぐしゃにし、絶望しきっている。

 追い詰められた弱者の顔だ。目が合った。助けてくれ、頼む、と涙ながらに叫んでいるようだった。


 とうとう、アルスは動き出した。

 確かに騙されはした。だが放ってはおけない。それに、方法がないわけではない。

 アルスは地面を強く蹴った。サムの前に躍り出る。両腕をクロスし、防御の体勢を取った。

 漆黒の刃が、アルスの前腕を直撃した。


「うああっ!!」


 身体が吹き飛んだ。後方へ転倒しゴロゴロと転がった。

 

「いってぇ……」


 とてつもない威力だった。ナイフでの突進とは思えない。

 痛みが骨に響いてくる。しかし時間はない。ヤツはどこだ。顔を上げる。


「なっ!?」


 それを見たアルスは絶句した。

 数歩先。さきほどまで自分がいた場所の辺りが真っ黒に変色し、小さいクレーターのようになっていた。あのナイフの力だ。

『レイヴン・シェード』を身に付けていたからよかったものの、あれをまともに受けていたら確実に命はなかっただろう。

 

「へへへへっ……」

 

 ニタニタと、ケネスがサムへ近寄っている。距離を詰めている。

 

「サム!! ソイツは呪いの装備に魅入られている! 早く逃げろ!」


 サムは震えたまま動こうとしない。アルスの声が届いていないのだろうか。

 

「サム!!」


 再び声を張り上げる。動く気配が全くない。恐怖で身体がすくんでいるようだ。


「くっそ……!」


 こうなったら自分が彼を抱えて逃げるしかないか。うまくいくだろうか。

 起き上がる。腕にズキりと痛みが走った。身体が思うように動かない。早くしなければ、彼が……。

 

「死ねえええええええええええええええええ!」

 

 突進する勢いで、ヤツが迫る。握りしめた殺人ナイフから、黒い気体が溢れだした。暴走した殺人衝動が煙となって飛び散っているようだ。

 これまでか。


「『ステルス・ウォール』」


 軽快な声。直撃する寸前、ケネスのナイフが、壁にぶち当たったように止まった。

 本当に見えない壁があるようだ。唸り声を上げながら、突破しようと抵抗している。


「うああああああああ!」


 ケネスが後方に吹き飛ばされた。

 

「だから言っただろ。ちゃんと身体を鍛えておくようにってね」


 その人物が、アルスの横に立った。さきほどと同様の声。そして、アルスにとってはとても馴染みのある声色と口調だった。

 振り向いて、見上げる。


「館長……」

「やあ」


 陽気な挨拶をした彼は、アルスに手を差し伸べていた。その白く小さい手を掴むと、自分よりも背の小さい彼に体重を預け、アルスは立ち上がった。

 この状況をものともしない毅然とした態度。こんなにも小さいのに、力強さを感じる。

 アルスの心から、一切の恐怖が消え去った。

何千年もの時を生きてきた樹木に守られ、エネルギーをもらっているようだった。


「……野郎、ジャマすんじゃねえええええええ!」


 ケネスだ。奇声を上げ、再びこちらへ向かってくる。


「ああ、そっか。終わりじゃなかったね。『マジック・バインド』」

 

 館長が螺旋状の形をした杖の頭で、丸い形をなぞると、輪っかが出来上がった。いくつかそれを作ると、自分より背の高い杖を軽く振るった。館長の指示に従うように、輪っかがケネスの方へ向かっていき、ホールド。あっという間に拘束してしまった。


「くっそ! ふざけんじゃねぇ!! 離せ!」


 身体を輪っかで押さえられたケネスは、陸にいる魚のように暴れていた。


「こんなもんだね」

「……すげぇ」


 アルスの後方から、紺色の制服を着た男たちが駆け出てきた。警備隊である。


「容疑者確保」

 

 その後、ケネスは逮捕され、サムは保護されることとなった。ジミーはというと、森の中で逃亡中、警備隊に見つかり身柄を確保された。サムとジミーは警備隊に自らの罪を告白し、『ファントム・ダンジョン』運営関係者の何名かは逮捕された。現在、裁判中である。


 あれから数日が経った。アルスは今日も図書館に来ていた。


「さすがにすごい反響だね」


 暖かな日の光が館内に差し込む中、アルスの向かいに座っている館長が言った。片手に持った新聞を一度置いてから、彼はコーヒーをすすった。


「最初の投稿がかなりバズったってのもあるからな」


 アルスが今回の件を記事にし『ソーシャル・ブック』に投稿。記事は大反響を呼び、『ファントム・ダンジョン』に関することの顛末が人々に知れ渡る結果となった。同時に、一つの問題を抱えることになった。

 

「おかげで、もう戻れなくなってしまったね」

「言っただろ。もう覚悟は出来てるって」


 アルスは今回の件でシャドウの抱えている秘密を暴いてしまった。それはつまり、これから組織に狙われる可能性があるということだ。


「今後はどうするんだい?」

「もうここまで来ちまったんだ。とことんやるよ」


 アルスは館長の目をまっすぐに見ながら、力強い口調で言った。その目には、怒りが交っていた。

 弱者の弱みに付け込んで悪の道へと誘導し、利用するだけ利用したら、切り捨てる。そのくせ、自分は弱者を盾にし、その陰に隠れて姿を見せない。最大の罪人である元凶は、のうのうと生きているのだ。警備隊の手の届かないところで。

 もう巻き込まれてしまったのだ。ならば、自分が黒いベールを引き剝がそうと決意したのだった。記事にもそう宣言している。


「なあ、この記事書いたアルスって人、うちの学校の生徒らしいぜ」

「らしいな」


 別のテーブルから自分の名前が出てきた。自然と視線がそちらへ移る。

 

「今後もシャドウ追っていくって言ってるけど、大丈夫か?」

「ああ……シャドウを追った人みんな不審死してるもんな……」


 アルスの心臓がドキリと鳴った。


「だってよ」


 彼らの会話を一緒に聞いていた館長が言った。なぜか楽しげである。


「身体鍛えておくか……」


 アルスは心からそう決意したのであった。




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