第六話 嘘をつく。そしてケーキを食べる
その日、ロザリーは朝からウンザリしていた。
登校しようと部屋を出た途端、待ってましたと言わんばかりにクラスメイトの男に捕まったのだ。
(誰だったかしら……)
クラスメイトである事は辛うじて分かったが、それ以上の事は覚えていない。
現状、クラスメイトで接点が有るのはエリックだけ。
「ロザリーさんと同じクラスだなんて、光栄だなぁ」
しかし相手はどうもロザリーの事を知っているようだ。
(確かに、わたくしは色んな意味で有名ではありますけども)
いきなり馴れ馴れしく絡まれるのは少し不愉快だ。
とはいえ冷たく突き放して後から困るのは嫌なので、適当に相槌を打って会話をしていた。
「それで、魔法学校に来る事になったんだけど〜」
「そうなのですね」
「〜が〜で」
(この方、ずっと喋ってますわね……)
もうもはや何を言っているのか。
彼の言葉は右から左だ。
社交界ではずっと興味の無い話が始まるとこうしていたので、適当な返事をそれらしく打つのは大得意である。
(早くエリック様と魔法の話をしたいのに! )
ようやく教室が見えてくる。
本当なら、もう少し早く教室に着いていたはずなのに。
「でも意外だったな〜、ロザリーさんとあのカタブツが知り合いだったって。いやまあ二人とも魔法好きで有名だから無い話じゃないんだろうけどさ」
「いえ、試験の際に知り合ったので、知り合ったばかりですわ」
「えー、の割には仲良いじゃん。あぁ、アレ? 仲良くしてたら騎士団入れるから的な――」
その通りではあるが、そんなにハッキリと言わないでほしい。
エリックに聞かれたらどうするのか……。
視線を感じ、その先を見る。
(……聞かれましたわね。これは)
エリックと目が合ってしまった。
本人は抑え込んでいるつもりなのだろうが、相当動揺しているのが伺える。
「……失礼しました。おはようございます。《《ラムール嬢》》」
他人行儀にそう行って足速に去っていくエリック。
当然、ロザリーの選択肢は一つだけ。
空気の読めないお喋り男よりも、エリックとの関係の方が大切だ。
将来のためもそうだし、何よりも――
(わたくしの話を聞いて、魔法を褒めてくださる方なんて滅多に居ませんもの)
ロザリーも、エリックとの時間は楽しいと思っている。
「エリック様!」
クラスメイトに荷物を押し付け、ロザリーも走り出す。
朝からよくもと思う程に、エリックの足は速い。
ロザリーが彼に追いつけるはずもなく、あっという間に見失ってしまった。
「諦めてたまるものですか」
目が見失ったのなら、魔法を使えば良い。
エリックの魔力を探知し、魔力を追う。
彼とは知り合って日が浅いし、魔法学校には様々な魔力が溢れているので何度も見失いそうになったが、それでも必死に追い続けた。
「見つけた!」
とある教室の前、エリックの魔力が留まっているのに気付く。
ロザリーは勢い良く扉を開けて、教室に飛び込んだ。
魔力を追いかけ、物陰に隠れていたエリックを見つけ出す。
「探しましたのよ、エリック様」
「どうして……」
泣いていたと見てわかる表情。
近付いた理由はコネが欲しかったから。
間違いない。
しかし、そんな顔をされて良心が痛まないロザリーではなかった。
「わたくしはエリック様の事、友人だと思っていますもの」
「でもそれは私の――」
「勘違いされては困ります。あの方の勝手な想像ですわ」
盛大な嘘である。
しかし、本心だと信じてもらわなければいけない。
今後のためにも、友人を失わないためにも。
「戻りましょう?」
ロザリーは手を差し出すと、エリックの表情が分かりやすく歪んだ。
「私は……」
その声はどこか悔しそうだ。
ロザリーの手を取るかどうか、迷っているように、エリックが手を泳がせる。
そしてロザリーを拒むように胸の前で手を握りしめるエリック。
これは、関係再構築失敗か? と思った矢先、エリックがポツポツと話し始めた。
「――《《僕》》は、あなたの思うような人ではありません」
震える声。
ロザリーよりも大きなエリックがとても小さく見える。
「本当はケーキが好きですし、可愛い物に囲まれてたいし、真面目に頑張るよりお茶会の方が好きだし……」
ぷるぷると子犬のように震えながら語るエリック。
(……でしょうね! 知ってましたわ! )
心の底からそんな声を出しそうになるロザリーだが、グッと堪える。
エリックはそのギャップに苦しんでいるのだろうと容易に想像がつくからだ。
今下手に口を挟むと、余計に拗れてしまう。
ロザリーが言葉を探して黙っていると、エリックは落ち込んだようにしゅん、と俯いてしまった。
完全に、捨てられた子犬の様になっている。
もうダメだった。
「わたくしは、エリック様がどんな方でも《《友人》》だと思っております」
弾かれたようにエリックが顔を上げる。
が、その目には涙がたまっている。
ロザリーには弟が居る。
もし弟がこんな風に泣いていたら、お姉ちゃんとしては慰めずにいられない。
姉心が疼いてしまった。
「好きな物は好きで良いじゃないですか! わたくしだって、ケーキも可愛いものも大好きですわ」
「で、でも僕がそういうの好きだったら変だから……」
「変で良いじゃないですか! わたくしだって、魔法が好き過ぎておかしいと何度も言われましたのよ」
父が頭を抱えている時の表情が脳裏に浮かんだ。
せめてお前が男なら……と何度言われたことか!
「エリック様、周りの声に惑わされてはいけませんわ。あなたは十分に努力していらっしゃるのですから。頑張ったご褒美に好きなことをしたって誰も咎めたりしません」
気付けば手を握っていた。
好きな事に全力を投じた結果婚約破棄までされたロザリーの言葉だ。
説得力が有ってはいけないのだが……
「ロザリーさん……!」
何か、エリックには来るものがあったらしい。
感動したような顔で手を握り返した。
「わたくしは、エリック様と《《お友達》》で居たいと思っております。食べたいなら好きな時にケーキを食べましょう! 可愛いものも、いっぱい集めましょう!」
「っ……はい!」
「エリック様の人生ですもの。好きにしたら良いのですわ!」
もはや、何故今エリックを慰めているのかロザリーは見失っている。
捨て犬を見つけて一時的に保護したら愛着が湧いてしまったのと同じ感覚である。
(……あれ、これでエリック様が最終的に騎士になるのをやめるとか言い出したらどうしましょう)
ひとしきり言いたい事を言った後、正気になったロザリー。
まぁ、その時はその時か、と問題を後回しにし、二人で放課後、ケーキ屋へ行く約束を取り付けた。
――――――
幸い、ロザリーの存在は杞憂に終わる。
エリックは将来、王国魔法騎士団史上最強の騎士団長として名を馳せる事となるからだ。
後のエリックは言う。
「あの時、彼女に手を握られた時、光が差したんです。私は確信しました。彼女こそ、この国を平和に導く聖女なのだと。
そして私の使命は、彼女を生涯護り通す事なのだと、理解したのです」
……恐らく、窓から差し込む朝日による錯覚だろう。
なんにせよ、ロザリーが適当を言っているだけで一人の男は救われたのだった。
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