第五話 【エリック】恋をする。そして逃亡する
エリック・デュカスはデュカス家に産まれた待望の男子だった。
代々、王国魔法騎士団騎士団長を務めてきたデュカス家。
近年は女性も騎士団に入団する事も増えてきたが、隊長となればやはり男が求められた。
四人の娘が産まれ、次に産まれる子が女であれば養子をとるか、女の子を男として育てるかの二択。
そんな矢先に産まれたのがエリック。
父やその関係者は大喜びで、幼い頃からエリックに騎士としての心得を教え込んだ。
男らしく、騎士らしく、強く逞しくあれと育てられる傍ら――
「エリック、お茶会をしましょう! お母様がとっておきのケーキを用意してくださったの」
「見て見てエリック! このドレスとっても可愛いと思わない?」
「この首飾り、エリックに似合うと思って買ってきたの。こっそり着ければバレないわ」
「エリック〜髪の毛で遊んでも良い? 可愛い髪型を教えてもらったのよ」
「誕生日プレゼント、魔導書だけだとつまらないと思って、ぬいぐるみを買ってきたの〜。お父様には内緒よ?」
四人の姉と、母に可愛いものと甘い物を与えられた。
結果エリックは見事、可愛いものと甘い物が大好きになったのだが――
「男がぬいぐるみなんて恥ずかしい。母さんに返してきなさい」
「坊ちゃん、騎士に遊んでいる暇は無いですよ。立派な騎士になるために、毎日勉強と練習をするのです」
「なんだその髪は、騎士たる者、質素に過ごしなさい」
それを許さないのは父方の人達。
《《かくあるべき》》と集められる期待と、《《こうありたい》》と思う気持ちは日々乖離して行った。
そしてある時、隠れて集めていたアクセサリーを捨てられ、こっそり姉達が開いてくれるお茶会を解散させられ……エリックは自分の気持ちに蓋をしてしまった。
「お父様の期待に応えなければ」
好きな気持ちを封印して、魔法だけを極める日々。
幸いな事に、魔法は嫌いでなかった。
新しい事ができるよあになるのは楽しいし、日々成長を実感する事ができたから。
「よくやっているなエリック。魔法の腕はきっとお前が一番だ。
だがな、腕だけで騎士団長は務まらない。姿勢や言葉遣いに人柄は現れるのだ。
真面目に生きなさい。私はお前に期待しているよ」
父の期待に応えるために。
生活も、服装も、全て父の言う通りに変えた。
そうやって成長したエリックが、社交界に参加した時。
「エリックってなんか、堅苦しいな」
「え〜、エリック様○×劇場も知らないんですか?」
「騎士団長になるためって……何年後の話してるんですか」
どうしようもないくらい、周囲から浮いているのだと知った。
当然友達もできるはずがなく、女性をエスコートするだとか、婚約者がなんだとかも理解出来ず、自分は他と分かり合えないのだと、理解した。
魔法の話が出来る相手もいない。
父以外にエリックを理解してくれる人は居ないのだと、学んだ。
きっとこの先もそうなのだと思っていた。
――ロザリーと出会うまでは。
「わぁ、すごい威力。……あちらはお裁縫かしら? 凄いですわ〜」
「……よく、観察されていらっしゃいますね」
声をかけたのは偶然だ。
ただ、あまりにも楽しそうにしているから気になってしまった。
らしくない事をしたと思ったが、ロザリーは楽しそうに話している。
その後、試験で彼女が見せた魔法も凄まじく、エリックは初めて、自分よりも魔法の使える人が居るのだと知った。
と同時に、どうせ彼女と仲良くなる事は出来ないのだろうとも思った。
彼女は見るからに可愛らしいし、社交的な性格をしている。
せめて、仲良くなれなくても良いから遠くから見守ろう。
そう思っていたのに――
「ごきげんよう! 試験以来ですわね!」
彼女は、エリックに話しかけてくれた。
しかも一緒にケーキを食べようとも言ってくれて、これからもケーキを食べようと言ってくれる。
天使かなにかの産まれ変わりだと思った。
また明日。
ただの、学友としての挨拶だとしても――
(こんなに明日が楽しみだったのは初めてだ)
関わる口実としてお礼がしたいと言っておいて良かった。
世界が輝いているようだと思った。
翌日もロザリーはエリックと話してくれる。
他の人と遊びに行くでもなく、放課後に二人で話している。
幼い頃、姉が読んでいたロマンス小説のようだと思った。
出会ってたった二日だと言うのに、エリックの心はすっかりロザリーに掴まれている。
そして翌日。
魔法学校に入学して三日目の朝。
少しでも早くロザリーに会いたいと思って、昨日よりも早く起きて登校した。
早起きには自信があると言っていた彼女だ。きっと今日も早く来るだろう。
教室に人影は無い。
エリックの方が先に来てしまったようだ。
本を広げ、ロザリーが来るのを待つ。
待っていると、二人分の足音と話し声が近付いてきた。
ロザリーと、クラスメイトの誰かが話しながらやって来たようだ。
盗み聞きは良くないだろうと思うが、静かな室内に居るため、自然と話す内容が聞こえてしまう。
「でも意外だったな〜、ロザリーさんとあのカタブツが知り合いだったって。いやまあ二人とも魔法好きで有名だから無い話じゃないんだろうけどさ」
「いえ、試験の際に知り合ったので、知り合ったばかりですわ」
「えー、の割には仲良いじゃん。あぁ、アレ? 仲良くしてたら騎士団入れるから的な――」
ロザリーと話すクラスメイトの言葉に、エリックは思わず顔を上げた。
と同時に、二人は教室へと入ってくる。
ロザリーと目が合う。
驚いた顔をしていた。
カタブツが誰なのか、言われなくても理解している。
(そう、か。僕の地位が魅力的に見える人も、居るか)
それはそうか。
そう思えば突然、ロザリーが話しかけてくれた理由に納得してしまった。
「……失礼しました。おはようございます。《《ラムール嬢》》」
動揺するなと自分に言い聞かせて、挨拶を述べる。
ロザリーが何か口を開く前にエリックは立ち上がる。
急いで教室から退室し、逃げるようにその場から走り出す。
(馬鹿みたい)
事前に校内のマップは覚えてある。
「エリック様!」
ロザリーが追いかけてきたようだが、地の利はエリックに有る。
(馬鹿みたいっ)
たった二日間。
楽しかった。
短い期間だったが、それで良い。
父の期待に答えるのに、友達も――恋心も、不要なのだから。
使われていない教室に飛び込んだエリックは、物陰に身を隠す。
エリックとロザリーは、体格差が有るから彼女は既に撒いている。
もうこれから話す事も無いだろう。
(これで、良いんだ……)
溢れてきた涙を、膝を抱えて拭った。
黒い爪が、昨日は可愛く見えたのに、呪いのようだと思ってしまった。
――あとがき――――――
三日目にして魂胆がバレてしまったロザリー。
これからどうなるのか!?
次回:嘘をつく。そしてケーキを食べる