第四話 お礼はネイルで!
エリックとケーキを食べ、ケーキを食べる仲間としての地位を獲得したロザリー。
魔法学校生活の滑り出しはとても順調だ。
「おはようございます。早いですね」
誰よりも早く教室にやって来て、教科書を読んでいたロザリーに声がかかった。
暗い青色の髪をポニーテールにまとめた、エリックだ。
昨日に引き続き、全身乱れ無くピシッとした格好をしている。
「おはようございます。エリック様もお早いですね!」
対するロザリーは、今日も赤ピンクの髪をサイドテールにして、活発な印象の姿だ。
「正直、私が一番乗りだと思っていました」
「うふふ、わたくし早起きには自信が有りますのよ」
「負けていられませんね」
笑いながらロザリーの斜め後ろに座るエリック。
座席の指定は無いため、好きな席に座れるのだが、授業初日から隣に座るのは外聞が良くないと判断したのだろう。
「そうだ、昨日のお礼をしたいのですが……不覚にも好みを聞き忘れていました。何か、お望みは有りますか?」
エリックが着席したのを確認し、ロザリーが教科書へ目を落としたその直後、彼は話を切り出した。
ロザリーは教科書を閉じ、エリックの方へ体を向ける。
「お気になさらなくてよろしいのに……」
「そういう訳にはいきません」
「そうですわねぇ……」
悩むロザリー。
当然だ。本当にただ話がしたくてケーキ屋に誘っただけ。
礼を言われる筋合いは無い。
(お友達になってください、とかが良いのかしら……)
ロザリーが思考を巡らせていると、エリックの指が目に入った。
「では、放課後お時間を頂けますか?」
「かまいませんよ」
以前、令嬢の間でネイルアートが流行った事が有った。
魔法に夢中だったロザリーはすっかり流行に取り残されてしまったのだが、ネイルアートその物には興味を持っていた。
そのため、ネイルアートをする魔法を開発していたのだが……残念ながらほとんど使った事がない。
「以前開発した魔法を試させていただきたいのです。危険な物ではありませんし、お付き合いいただけますか?」
「魔法の開発、ですか。とても興味が有ります。ぜひ、おねがいします」
エリックが微笑む。
提案は気に入って貰えたようだ。
そうこうしている内に教室には人が増えて行き、始業のベルと共に教師が入ってきたのだった。
――――――――――
放課後。
他の生徒の居なくなった教室に、ロザリーとエリックは2人で残っていた。
「えっ、ネイルですか。私に?」
素っ頓狂な声を上げるエリックに、ロザリーは微笑む。
「えぇ。と言っても派手な物にはいたしませんし、爪を整えて保護する程度のものですが」
「なる、ほど……」
エリックは悩んでいる。
ネイルというのは令嬢がするものというイメージが強いのだろう。
だからフォローを入れる。
彼が爪の先を引っ掻く度に、ギザギザの爪が欠ける。
噛みすぎてボロボロになっているのだ。
「……おかしくない、ですか?」
「大丈夫ですよ。それにもし気に入らなかったら外しますから」
「そうですか……」
爪を噛むという事はストレスが溜まっているという事だ。
ロザリーの狙いは、ストレスに寄り添う事で親睦を深めるという物。
その第一歩として、さり気なくそのストレスに気づいていると伝えているのだ。
その後の行動は、相手の出方を見て決めれば良い。
「……では、お願いします。一度は引き受けたお願いですしね」
エリックはそう言って、両手を差し出した。
「お任せ下さい」
指先に魔力を集中させ、爪にマニキュアを塗るイメージをする。
弱くなっている爪を保護する事で指先を守る。
それを優先事項にし、爪を長くしたり飾りを付けることはしない。
「好きな色は有りますか?」
「えっ……黒……ですかね」
「かしこまりました」
色くらいは良いだろう。
エリックの好みに従い、爪を黒くした。
「出来ましたわ!」
「……すごい。こんな一瞬で」
感嘆の声を上げるエリックに、ロザリーは満足気に笑った。
「魔法を使えば準備も片付けも必要有りませんからね」
「なるほど……」
神妙な顔をして爪を見つめるエリック。
気に入らなかっただろうかと心配していたロザリーだが、実際の所はその逆。
エリックの内心はこうだ。
(可愛い……姉さん達がやってるの羨ましかったんだよね……でもあんまりこういう事言うと柄じゃないって言われそうだし……)
そんな内心はおくびにも出さず、エリックは顔を上げる。
「ありがとうございます」
「いえこちらこそ。上手くいって良かったですわ」
ロザリーは微笑む。
可愛いと大好評の微笑みだ。
「……また時間がある時に、お願いしても良いですか?」
笑顔が幸をそうしたのか、ロザリーが何かを言う前にエリックからお願いされた。
「えぇ、もちろんですわ!」
これにはロザリーも大歓喜である。
エリックと接触する時間を獲得する事ができたのだから!
「ありがとうございます」
丁寧に例をしたエリック。
互いが互いに、内心大喜びをしている。
(これを契機にどんどん関係を進展させましてよ! )
打算まみれのロザリー。
(可愛いなぁ、他の色もお願いしたらやってくれたりするのかな……でも僕には似合わないかな……うーん、黒でも爪に色が有るだけで可愛いからな、満足しよう)
爪に見とれているエリック。
二人の交流は始まったばかりだ。