第三話 ケーキを食べる、そして友達になる
魔法騎士団にいつか入団する時のため、騎士団長の令息であるエリックを探していたロザリー。
彼女はケーキ屋のショーウィンドウを見つめるエリックの姿を見付け、声をかけるのだった。
「ごきげんよう! 試験以来ですわね!」
ロザリーが赤みがかった桃色の髪揺らしながらを声をかけると、彼は大きく肩を震わせる。
「ほえっ!?」
声を裏返らせたエリックは、恥ずかしそうに苦笑する。
「あ、あなたでしたか。申し訳ない。お見苦しい所をお見せしてしまいましたね」
「いえ、突然お声かけして申し訳ありませんわ。試験の際に見た魔法が気になってしまって」
ロザリーは適当に用意した嘘を述べる。
魔法が気になったのは事実だが、氷柱の魔法なら既にロザリーも使う事ができる。
さすがに、あなたの地位が魅力的なのでお友達になってください、だなんて事は言えなかっただけである。
「ありがとうございます。あなたも――」
「ロザリー・ラムールですわ」
「失礼。ラムール嬢も、凄まじい実力をお持ちのようですね」
魔法の実力に対して好感触。名前を伝える事にも成功した。
「ありがとうございます。お褒めいただき光栄ですわ」
ロザリーはこれでも一応侯爵令嬢だ。
礼儀作法くらいはわきまえている。
笑顔で礼を述べた。
「――名乗るのが遅くなりましたね、エリック・デュカスです。お見知り置きを」
エリックは会話を切り上げず、自身も名乗った。
そのためロザリーは内心大歓喜だった。
交流を深める作戦は上手く行っている。
(デュカス家は代々王家に仕える魔法騎士団長の家系。
ラムール家より上の爵位の、公爵家に位置する家系ですもの。
相手が受け入れてくれなければ、交流を持つ事すらできませんからね)
作戦の進展を喜びつつ、次の段階へ進む。
「デュカス様はどうしてこちらに?」
寮ではなく、店舗の並ぶ辺りに居るということは買い物が目当てだろう。
当たり障りの無い会話から始めようとして――
「えっ」
エリックの表情が固まったのと、声が裏返った。
触れてはいけない何かがあったのかもしれない。
例えば公爵家の秘密に関わるような――
なんて思っていると、エリックが取り繕うように話し始める。
「あ、姉にケーキを買ってこいと言われて」
「お姉様も同じ学校に居らっしゃるのですね!」
「あっ……いえ、その……」
会話を膨らませようと相槌を打つロザリー。
しかしエリックの表情に滲んでいる言葉は“やってしまった……”だ。
咄嗟についた嘘が矛盾してしまう、なんてよくある事だが……こうも分かりやすいと心配になってしまう。
(ケーキを食べたいのかしら? 男性一人だと中に入りにくいですものね)
仕方が無い。都合の良い勘違いをしたフリをして助け舟を出してあげよう。
「帰郷する際のお土産ですか?」
「そ、そうです!」
分かりやすく同調するエリック。
こんなに分かりやすくて大丈夫なのだろうか。再度心配するロザリー。
「では、一緒に食べてみませんか? 善し悪しを知るためにも!」
本日二度目の助け舟を出すのだった。
――――――
ケーキ屋の店内、窓の外から学校内の中庭が見える。
中庭の泉から光がキラキラと反射して、魔法にかけられたような幻想的な雰囲気になっていた。
ロザリーの正面には、ソワソワと落ち着かない様子で座っているエリック。
「わ、私がこんな所に居て良いのでしょうか……」
ロザリーによる助け舟という名の、交流を深めよう作戦の策に乗ってしまったエリック。
ロザリーの付き添いという形であれば目立たないだろう、と説得して連れて来たが、やはり緊張してしまっているらしい。
「誰も気にしておりませんわ。それより、早く食べましょう!」
「……はい」
フォークを手に取るエリック。
爪が異様に短く、ガタついている。
気になったがソレには触れず、ロザリーもフォークを手に取り、ケーキを口に運んだ。
「!」
一口食べて、お互いに思わず相手の顔を見る。
ふわふわのスポンジと甘さの控えめなクリーム、スポンジとスポンジの間に挟み込まれたイチゴのジャム。
どれをとっても軽い口当たりでバランスが良い。
「このケーキ、とっても美味しいですわね……!」
急いでケーキを飲み込んだロザリーの言葉に、エリックも大きく首肯を返す。
それ以上会話をすること無く、互いの手が無意識に次のひと口へと動いていた。
フォークを通したケーキの断面に、丸ごとのイチゴが現れる。
この軽い口当たりに果たして丸ごとのイチゴが合うのかと不安になるのも一瞬。
イチゴのほのかな酸味と甘みが、気付いていなかった些細な物足りなさをカバーして圧倒的な満足感を演出する。
気付けば夢中になって食べていたロザリーとエリック。
空になった皿を見て、驚いて再度顔を見合せた。
「ショートケーキひとつでこの満足感……凄まじいですわね」
「えぇ。今まで食べたどのケーキよりも美味しかったと、言わざるを得ません」
やはりエリックはケーキが好きなのだろう。
満足感からか、軽くなっている口に微笑みを浮かべている。
どうやってエリックと仲良くなるか、正直な所無計画だったロザリーだが、今ならいけると確信する。
「デュカス様、これからもわたくしとケーキを食べてくださいませんか?」
「えっ」
「わたくし一人では入って行く勇気が出ませんの。……それに、デュカス様となら魔法のお話もできそうですから」
ロザリーの提案にエリックは逡巡し、ゆっくりと頷いた。
「魔法の話がしたいのであれば、歓迎します。ラムール嬢の魔法の腕は確かですからね」
あくまでもケーキはオマケであると、そんな体を保つエリックに微笑んだ。
「ロザリーで良いですわ。気軽に呼んでくださいませ」
ここぞと、ロザリーは微笑む。
自分の可愛さは理解していた。
大抵の男であればこの笑顔で簡単に落とせることも、その後魔法の熱量に負けてドン引きして去って行くことも。
(まぁ、魔法学校に居る以上、去っていくような事はないと思いますが……)
それとなくエリックの様子を見ると、彼は困ったような表情で悩んでいた。
さすがに、魔法騎士団団長の令息だ。
笑顔で簡単に落ちたりはしないか。
「デュカス様……?」
あくまでも返事が無いことを不安に思った体で首を傾げる。
「……エリックで、良いです。私の事も気軽に呼んでください。おそらく試験の結果から考えるに私達は同じクラスに振り分けられるでしょうから」
悩んだ末にエリックは返事をする。
緊張しているのか、早口に答える彼を見てロザリーは内心大歓喜だ。
小躍りしたくなる衝動をぐっと堪え、微笑む。
「ありがとうございます! エリック様。これから、よろしくお願いしますね」
「えぇ。困った事が有ればいつでも言ってください。お力になりますよ……ケーキ……えっと、ほらその、姉に送るケーキを選ぶのに協力してくれましたから」
早口に誤魔化すエリック。
誤魔化しに気付いている事は悟られないように、ロザリーは笑顔で頷いた。
「お気になさらなくて良いのに」
「いえ。この恩は必ず返します」
エリックは真剣な表情を浮かべている。
(なんだか真面目な方ですわね……)
これ以上の押し問答は無用だと言うように、夕方を告げる鐘が鳴った。
「では、今日はこれくらいで。また明日お会いしましょう」
エリックがそう言って立ち上がる。
「えぇ。また明日!」
机の上に貨幣を置こうとしたロザリーを制し、エリックが二人分を支払う。
「……ありがとうございます!」
好意を有難く受け取ったロザリーは、エリックに送られて寮へと帰ったのだった。
――明日は早速、クラス発表が有る。
エリックの言う通り、十中八九エリックとロザリーは同じクラスになるだろう。
どのような判定基準になるかは不明だが、恐らく生徒会もロザリーとエリックが選ばれる。
明日からは風に接するか、脳内でシュミレーションしながらロザリーは眠りにつくのだった。