表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

怪物

作者: 名津夜スミ

一年前の夏、兄が縁談で見つけてきた女性に主人公(私)は結核で数年前に亡くなった初恋の人を重ね、やがて恋心を抱くようになる。また、彼女も兄との結婚は望んだものではなく主人公(私)に自分を奪うように依頼する。主人公(私)はそれが兄への裏切りであることを知りながらも彼女と体を交じらわせてしまう。人間の欲と後悔そして怪物とは一体――。

 夏の蒸し暑さが残る秋の夜、常夜灯にぼんやりと照らされた部屋で私は布団にうずくまっていた。心臓の鼓動(こどう)が夜の静寂(せいじゃく)を壊していた。


 廊下からギシギシと床が(きし)む音がした。その音が次第に近くなるにつれて心臓の鼓動(こどう)は大きくなり、呼吸も荒々しくなっていった。やがてその音は私の部屋の前で消え、戸が開く音が聞こえた。私の中で、なにかが決して戸の方を振り向かせまいとしていた。私はなんとかして呼吸を深くすることで平静を保とうとしていた。戸が閉まる音とともに、部屋に入ってきた()()()の影が私を呑み込んだ。私はそのなにかの正体を知っていた。


 一年前の夏、兄が縁談で結婚相手が見つかったと私にうれしげに話してきた。まもなくして結婚相手が嫁いできたが私はその姿を見て心底驚いた。私が昔恋心を抱いていた女性に瓜二つであったからだ。初めは彼女がその女性なのではないかと信じたが現実がそれを許してはくれなかった。私が恋した女性は数年前に結核で亡くなっていた。兄の嫁が私と打ち解けるのにはそうかからなかった。彼女と打ち解けていくにつれ私の中で彼女と女性が重なり抱いてはいけない感情を抱くようになった。

 その年の冬に彼女から兄との結婚が望んだものではないことを吐露された時、私を人間としてつなぎとめていた自制心が弾けた。彼女に自分が押し殺してきた思いを告げた。彼女の返答は私の予想していたものとは大きく違っていた。

 「私を奪って」それが彼女からの返答であった。私はその時気が付いた。彼女もすでに人間ではないと。


 部屋に入ってきたなにかが彼女であることは振り向かずともわかった。彼女はやけに平静(へいせい)であったが、それが私のと同じように人工的に作られたものであることは明白であった。私は姿こそ見なかったが彼女のすべてが手に取るように分かった。

 彼女の影が私を呑み込んだ後、彼女は布団を引きはがし私の頬にそっと触れた。彼女の手の死人のような冷たさに、背筋が少し伸びた。彼女は私の背に添うような形で布団に横になり私の耳元で(ささや)いた。

 「はじめよっか」その魔性の言葉は私の本能的な部分を駆り立てた。そう(ささや)くと彼女の手は私の体をなめるように背を下がり、腰と腹を経て胸を掴んだ。もう後戻りはできないと悟り私は自分の体を本能に委ねた。私は彼女の方へ振り向き(つや)を帯びた桜色の彼女の唇を奪った。私の舌が彼女に誘われて生き物のように入っていった。その後、彼女の体を愛でるように下り彼女の温かい部分を口にした。その時の私は愛や恋などという華やかで情熱的な感情を覆い隠すほどのただただ暴力的な生理的欲求という本能に支配された野生動物のようであった。彼女から温かさが溢れた後、彼女も同様に私の温かい部分を口にした。私の温かい部分に舌を()わせ、唾液が酸性の毒のように私を溶かした。

 彼女によって私の体から知性が追い出されていくのを感じながらも私はそこに心地よさを覚えた。私は私から発せられた熱を圧倒的な質量をもって彼女の腹の中に押し込んだ。私はその熱を何度も彼女の中で突き動かした。その度に彼女から漏れる声で私の中にずっとあった兄に対する罪悪感が薄れていく。ただただひたすらに心地よかった。目が合えば、彼女は舌を伸ばし私の水分を奪った。毎秒、自分から「私」という人間が消えていく。それは彼女も同じであった。私の熱は彼女にゆっくりと飲み込まれ、その中で白く弾けた。私は気が付くと怪物であった。

 

 私が動かなくなると、彼女は静かに部屋から出ていった。夜の静寂(せいじゃく)が私に現実をひたすらに突き付けた。私の中に心地よさに変わっていたすべてが還ってきた。知性も、罪悪感も、そして人間としての「私」も。私は間違いなく怪物だ。だが、そこに人間としての「私」がいることで現実に目を背けることができなかった。死で償うことも考えたが、それは私にとって楽な道で現実からの逃避にすぎない。怪物でありながら人間としての「私」を残し罪悪感を背負い続けていく自分のこれからをどうしても受け入れられなかった。

 全部、全部彼女のため。彼女を苦から救った私がなぜ罪悪感に(さいな)まれ続けなければいけないのか。そうやって自分を肯定しようとしたが、その気持ち悪さに吐き気がした。すべて私が悪い。それが私がたどり着いた結論であった。死んだ初恋の女性を彼女に重ね近寄ったのも「私」、彼女の返答を受け入れたのも「私」、兄に対する罪悪感を感じながらも本能に体を委ねたのも「私」。自分に対する嫌悪が私を(おお)った。何かが変わるわけでもない、そう理解しながらも私は目を閉じるしかなかった。


 「いつまで寝てるの起きなさい。」下の階からした母の声で目が覚めた。時計の針は十二時を回っていた。枕元に母のものではない長い女性の髪の毛が落ちているのに気が付いた。夢であってほしいという私の願いはあっけなく崩れ去った。下の階に降りると母が昼食を準備して待っていた。兄は夫婦で出かけているらしかったが、今の私にはそれが心底ありがたかった。昼食は私の好きな肉じゃがだった。きらきらと輝く食材たちは、私の口に入ると途端(とたん)に味がしなくなっていった。

 

 

 



どうも名津夜スミと申します。普段は多摩の山奥でつつがなく大学生をやっています。この度はこんな私の小説を読んでいただきありがとうございます。小説を書くのは初めてのことで少々お見苦しいものになっていると思いますがご容赦ください。あとがきが何を書けばいいのかわからないのでこの小説の解説と裏話的な話を書いておきます。兄の嫁が私を奪ってという場面がありますがこれは略奪婚的な意味ではなく兄とそういった行為をする前に自分のはじめてを奪ってほしいという意味で書いています。わかりずらくてすみません。また、主人公はこの後兄の嫁が妊娠したのを知りその罪悪感で首をつって自殺します。今回ここを入れなかったのはそれだとあまりにもバットエンド過ぎて後味が悪くなると考えたためです。

最後になりますが、この話を通して少しでも何かを感じていただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ