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白馬の王子様とわたし

白馬の王子様とわたし ~世界の終わりにうたう歌~

作者: 曲尾 仁庵

プロローグ


 旅をしている。相棒は白馬が一匹。頭の上に小さな王冠をちょこんと載せた、態度の大きな白い馬。行くあても、戻る場所もない旅の先には、いつも驚きと冒険が待っている。




一.不思議な力を敬う人


 街道を、一人の少女を乗せた白馬がのんびりと歩いている。白馬の頭の上には、本物か偽物か、小さな王冠が載っていた。固定でもされているのか、白馬がどんなに動いても王冠がずれることはない。白馬はどこか尊大な雰囲気をまとい、対向者にも道を譲らず、後続者への配慮も見せずに、自分の好きなペースで道の真ん中を進んでいる。

 街道はうねり、のたうちながら山肌を這い、上り、下る。早朝の冷たい空気が木々の間を吹き抜けていく。街道の道幅は人がすれ違うのがやっとというほどに狭い。脇は急な斜面で、落ちれば亡骸も見つかるまい。もっとも少女も白馬も、自分は絶対に落ちないと確信しているかのように、怖れる素振りさえ見せてはいない。

 しばらく進むと、山肌を抉るようにぽっかりと、広く平らな場所が姿を現した。そこには数人の、おそらくは付近の村の住人であろう人々が集まり、なにやら儀式の準備をしているらしい。斜面ぎりぎりのところには大きな岩があり、落ちそうで落ちない絶妙なバランスを保っている。風が吹くたびに大岩は揺れ、今にも落ちそうなのだが、不思議と落ちることはなかった。村人たちはその大岩の前に祭壇を作っていた。少女は白馬から降りると、手近にいた村人に声を掛けた。


「何をしているの?」


 村人は驚きを顔に表して少女に答える。


「おはよう、旅の人。こんなところを通るなんて物好きなことだなぁ。私たちは今から、この『揺れ岩』様にご加護を祈る儀式をするところさ」

「『揺れ岩』様?」


 聞き慣れぬ名前だったのだろう、少女は小さく首を傾げる。村人は苦笑いを浮かべた。


「この辺りの守り神様なんだが、まあ、旅の人なら知らないだろうねぇ。ほら、あれを見てごらんなさい」


 村人の言葉に合わせるようにびゅおうと少し強い風が吹いて、『揺れ岩』様はその身体を大きく傾けた。これはもう――


「落ちる!?」

「と、思うだろう?」


 慌てた少女の様子に村人は少しばかり楽しそうな表情を向ける。少女はまるで自分ががけから転落するのを踏みとどまっているように足に力を込めた。『揺れ岩』様は歯を食いしばるように耐えている。やがて風が止み、『揺れ岩』様はごろんと元の姿勢に戻った。ぷっはぁー、と少女が大きく息を吐く。どうやらずっと息を止めていたらしい。白馬が白けた目で少女を見る。


「落ちないんだなぁ。不思議なことに」


 村人たちはどこか誇らしげに笑った。この岩は彼らにとって、ただの岩以上の意味を持っているのだろう。


「こんなふうに、『揺れ岩』様はとても不思議な力を持っていらっしゃるのさ。私らもそのお力にあやかって、何とか一年無事に過ごせますようにと、こうして毎年『揺れ岩』様をお祀り申し上げているんだよ」


 ふぅん、と少女は『揺れ岩』様を見つめる。確かに落ちそうで落ちないのは不思議だが、それをもって村人たちを救う加護を持っていると言えるのか、少女にはわからない。


「ご利益はあった?」

「もちろんだとも」


 『揺れ岩』様の前に炊いたばかりの白米を供え、村人は胸を張る。


「ここ何年も、村では飢え死にも病での死人も出しちゃおらんでな」

「死にかけたことはあったがな」

「そりゃ、『揺れ岩』様はギリギリまでは耐えるお方じゃから」


 準備をしていた他の村人たちも集まり、少女との会話に参加する。人通りの少ない場所柄、会話に餓えているのだろうか。


「『揺れ岩』様をきちんとお祀りした年は、極端に悪いことは起こらんのじゃよ」


 そう言う村人たちはやはり誇らしげだ。少女は感心したように『揺れ岩』様を見る。


「すごいね」

「すごいじゃろう」


 大人なのに妙に子供っぽい様子で村人たちは破顔する。


「もし時間があれば旅の方。一緒に参加してみるかね? 儀式の後は飯も出るぞ。大したものじゃないが」


 村人たちの提案に、今までほとんど興味を示さずにあくびをしていた白馬が目の色を変える。少女の頭にかみつき参加を促す白馬にへきえきしながら少女は答えた。


「うん。ぜひ、参加したい」


 村人たちは嬉しそうにうなずいた。


「旅の方も参加して、今年はもっといい年になりそうじゃな」




二.石をにらみつける男


 『揺れ岩』様の儀式に参加し、見よう見まねで祝詞を捧げ、少し遅い朝食をごちそうになった後、少女は再び馬上の人となった。白馬も飼い葉をたらふく食べ、遠慮なく水を飲んでご満悦の様子だ。白馬の緊張感のない足音がほとんど行き交う者のない寂れた街道に響く。

 しばらくすると少女たちは、道が二つの方向に延びる分かれ道に辿り着いた。分かれ道の根元には「落石により通行止め」の注意書きが書かれた看板があり、看板の右下には×印がついている。設置されたのは最近、というわけではなさそうで、看板は風雨にさらされて変色し、文字と印には何度も書き直された跡があった。


「落石だって。怖いね、王子」


 少女は白馬に話しかける。白馬は興味のなさそうに鼻を鳴らした。


「ちょっと見に行ってみようか」


 怖いね、と言った舌の根も乾かぬうちに少女はそう言って手綱を引いた。白馬は嫌そうに首を振る。少女は「まあまあ」と白馬をなだめるが、諦めるつもりは毛頭なさそうだ。深いため息を吐き、白馬は確実に戻ってこなくてはならない右側の道に首を向けた。




 三十分ほど進むと、少女たちの前に巨大な岩が道を完全にふさいでいる光景が現れた。白馬は引き返す距離が思ったほどではなかったことに安堵しているようだ。少女は白馬を降り、岩に近付く。今朝の『揺れ岩』様よりよほど大きく、道の向こうの景色を想像することも拒むほどの巨岩だ。


「あまり近付くな。危ないぞ」


 急に声を掛けられた少女はびっくりした様子で声の主を振り向く。白馬がスッと少女の傍らに身を寄せた。声の主は巨岩の麓に腕を組んで座っている。少女は呆れた表情で言った。


「あなただって、そこにいたら危ないでしょう」

「ワシは慣れとる」


 慣れているかどうかはあまり関係なさそうな気がするけれど、少女はあえて反論せずに口を閉ざした。そもそも何に慣れているのか。この巨岩にか、危険にか、岩に押しつぶされることにか。いずれにしろそこを追及しても意味はなさそうだ。


「何をしているの?」

「ワシか? ワシはな、この岩をにらんどる」


 声の主――いかにも頑固そうな老人はそう言うと、言葉の通りに巨岩をにらみ始める。少女は小さく首を傾げた。


「にらんで、どうなるの?」

「どうにもならんわ。腹立たしいことにな!」


 八つ当たりのように吐き捨て、老人は表情を険しくした。何か並々ならぬ深い理由があるのだろうが、その心中を推し量ることは少女にはできそうにない。白馬はくだらないものに付き合わせるなと言うように少女の頭を鼻でつつく。少女はするりと白馬から離れ老人に近付いた。


「何もならないのに、にらんでいるの?」

「そうだ。この忌々しい岩を、どうにかして壊すまで死にきれんわ!」


 老人の話によれば、自分は医者であり、この巨岩の向こうには小さな集落があって、彼はしばしば往診に通っていたのだという。しかし五年ほど前に落石が起き、その集落にこの道を通って行くことができなくなってしまった。集落へ行くには大きく迂回するしかないが、急患の場合には迂回している時間などないし、往診にも倍以上の時間が掛かる。この巨岩が道を塞いでいることで、たくさんの人に悪い影響が出ているのだ。


「でかい態度で悪びれもせず、ワシらを邪魔しおって! まったく腹立たしい! まったく!」


 岩に態度も何もないだろう、と呆れながら、少女はそれをあえて口に出すことはない。怒っている相手をむやみに刺激する必要はないのだ。老人は憤りを吐き出すようにまくしたてる。


「いいか! 自然というのは人が利用してこそ意味がある! 人が利用することで価値が生まれるのだ! すなわち、人を害するものは不要なのだ! 人の邪魔をするなら、それは除かれるべき害悪なのだ! いつか、ワシはこの岩を打ち砕き、人の世に自由と幸福を取り戻してくれるぞ!」


 鼻息荒く老人は岩をにらみ続ける。岩は、当然ながら何の反応も返さない。すっかり飽きてしまったのだろう、白馬が少女の袖を噛んで引っ張る。にらみ続けても岩は砕けないだろうけど、と小さく独り言ちで、少女は老人に別れを告げた。


「それじゃ、私たち行くね。おじいさんも、頑張って」


 何を頑張ればよいのか分からないが、とりあえずそう言った少女に「うむ」と神妙な態度でうなずき、老人は岩をにらんだまま、ぶつぶつとつぶやいた。


「自然は人のためにある。人のためになければならん。人はいつか自然を従え、作り変え、やがて地上を楽園とするのだ」




三.大地の恵みを喜ぶ人々


 岩をにらみ続ける老人と別れ、少女と白馬はのんびりと街道を行く。すでに太陽は傾き始めており、徐々に赤みを増す光が旅の足を急かしている。もっとも、白馬はそんなものに自分の歩調を決められてたまるかと言わんばかりに急ぐ様子もない。少女もまた、白馬を急がせようという気はないようだ。

 やがて少女たちの前に、広大な麦畑の風景が広がる。それは沈みゆく太陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。少女が感嘆の声を上げる。白馬もまた、足を止めて目の前の光景に見入っていた。


「こんにちは、旅のひと」


 声を掛けられ、少女は声の主を振り向く。そこには不思議な装束に身を包んだ村人たちがいた。白、黒、緑、青――それぞれがはっきりと異なる色の服を着て、手には木彫りの仮面を持っている。興味を引かれたように少女は答えた。


「こんにちは。不思議な格好だね。この辺りはみんな、そういう服を着ているの?」


 村人たちはハハハと笑って首を横に振った。


「いいや、これは奉納舞の衣装さ。私たちは今から、恵みを与えてくれた大地に感謝の舞を捧げるんだよ」


 白は光、黒は土、緑は風、青は水を表し、仮面はそれぞれを司る精霊を意味しているのだと村人は語った。春に芽吹き、夏に育ち、秋に実り、冬に眠る。その循環を舞いによって表現し、恵みを与えてくれた自然に感謝を示すのだと。少女は少し首を傾げる。


「神様に感謝する、みたいなこと?」

「うーん、いや、そうじゃないよ」


 何と言ったらいいのか、と村人は首をひねる。


「私たちは神様のようなすごい力を持った何かが実りを与えてくれるとは考えていないんだ。実りは我々の、そして我々の祖先の血の滲むような努力によって生まれたものだ。天から降ってきた奇跡じゃない」


 村人の言葉からは、長くこの地で土地を耕してきたという強い誇りが感じられる。この実りは、この美しい風景はすべて、誰かから与えられたものではなく自分たちが作り上げたものなのだと。しかし同時に、自らを誇る気持ちとは違う、畏敬のような感情もその声には含まれているようだった。


「だけど、私たちは実りの全てが自分たちの力で生まれたとも考えていないんだ。私たちは土を耕すけれど、耕す土を作り出すことはできない。日差しがなければ作物は育たないが、太陽は私たちの手には届かない。水も風も、私たちは利用するけどそれそのものを作っているわけじゃない。ならば、それらの部分に関しては私たちの功績じゃない。だから私たちは、実りに関わる私たちの努力以外の全てに感謝しなければならないんだよ」


 なるほど、少女は腕を組んだ。昼間に会った厳めしい顔の老人が脳裏に浮かぶ。


「さっき、自然は人のためにあって、人が利用しないと意味がないって言ってる人がいたけど」

「それはずいぶん極端な考えだね」


 村人は不快そうな、しかし無理からぬとも思っているような、苦い表情を浮かべる。


「ふだん土に触れることのない人はそう考えるかもしれないな。でも私たちは、自然の全てが人のためにあるなんてとても思えないよ。自然はそれほど人に優しくはない。私たちにとって自然は、相棒みたいなものだ。感謝も尊敬もするが、頼りきることも屈服させようとも思ってはいないんだよ」


 ふぅん、と少女は分かったような分からないようなあいまいな返事をする。村人は笑って言った。


「まあ、そんなに難しく考える必要はないよ。収穫前に歌って踊って、私たちが喜んでいることを光や水や風や土に伝えようって、それだけなんだ」


 それなら、わかる、かな? と少女は納得したようなしていないような顔をする。村人は苦笑いして、そして一つの提案をした。


「せっかくなら見ていくかい? 舞が終わったら、ちょっとだけだが振舞い飯もでるよ」


 飯という言葉に反応し、白馬はぶるると鼻を鳴らすと『行け』というように少女を鼻で小突いた。少女もまた目を輝かせて大きくうなずく。じゃっかん気圧された様子で村人は言った。


「それじゃ、行こう。楽しんでもらえたら嬉しいよ」




四.世界の終わりにうたう歌


 舞を見学させてもらい、ちょっとした食事にもありついて、少女は村人たちに別れを告げて旅の続きを歩き始める。太陽は彼方に沈もうとしており、街道はすれ違う人の顔もよく見えない誰そ彼を迎えている。もっとも白馬の横柄な態度は変わらず、行き交う人の顔がどうであろうと気にしてなどいないようだった。

 やがて少女たちの前に鬱蒼とした森が黒々と姿を現す。時間的に今日、この森を抜けるのは無理だろう。つまり森の中で野宿をすることになる。うーむと少女は額にシワを寄せた。森での野宿は危険が大きいが、かといって戻って宿を取るような金の持ち合わせもない。


――ぽろろん


 渋面の少女の耳に、不意に遠くリュートの音が聞こえた。それはあまりなじみのない旋律を刻み、途切れ途切れに届く。どうやら何か完成した曲を弾いているのではなく、練習中なのか、同じメロディが繰り返されたり、急に最初に戻ったりと落ち着かない。少女は街道の向こうに目を凝らした。森の入り口の道の脇に座り、リュートを抱えて座る青年の姿が目に入る。


「こんばんは。こんなところで何をしているの?」


 少女が白馬を降り、興味津々といった風情で話しかけた。青年は帽子を手で押さえ軽く会釈をする。


「こんばんは、旅の人。私はここで歌を作っているんだよ」


 こう見えても音楽家なんだ、と青年は少しだけ胸を張った。白馬が不審げに青年を見る。少女は感心したように「へぇ」とつぶやくと、さらに問いを重ねた。


「どんな歌を作っているの?」


 青年はぽろろんとリュートをつま弾くと、節をつけて歌う。


「世界の終わりにうたう歌~♪」


 少女は思わず身を乗り出した。


「世界、終わっちゃうの!?」

「そりゃ、終わるさ。始まったんだから、終わらないはずないだろう?」


 始まりと終わりは対なのさ、と青年はどこかしたり顔で答える。たいへんだ、と少女は顔を青くした。


「いつ、終わるの?」

「さあ?」


 青年は首を傾げる。少女もまた首を傾げた。


「わからないの?」

「僕は神様じゃないからね」


 当たり前だろう、と青年は笑った。不可解そうに少女は顔をしかめる。


「いつ終わるか分からないのに、世界の終わりにうたう歌を作っているの?」

「そうだよ」


 青年は自信をもっておおきくうなずき、再びぽろろんとリュートを鳴らす。


「いつ終わるかはわからなくても、いつか終わる日が必ず来る。だから今のうちに準備をしておかないとね」


 世界が終わることがわかったとき、きっと世界は嘆きや悲しみや、諦めや絶望や、そんなものに覆われてしまうだろう。そうなってから歌を作っては遅いのだと青年は言った。来るべきその日にすぐに歌えるように、今作っておくのが大事なのだと。


「世界が終わる日に、ただ泣いているだけじゃつまらないだろう? 存在しなくなった未来に苦しむのではなく、今までに手に入れた幸せや、喜びや、感謝とか、そういうものに思いを馳せて終わりを迎えられるような歌を、作っておきたいんだ。そういうものが確かにあったんだって、きちんと思い出して終わりたいんだよ」


 少女はうーんとうなり、やはり不可解そうに言った。


「あんまり想像がつかないや」


 はははと青年は笑い声を上げる。


「そうだね。実は僕も、ちょっとそう思ってるんだ」


 本当に世界が終わりを迎えるとき、人々がどんな思いでいるのかはわからない。もしかしたらそこには、今からではとても考えられないような純粋なものだけが残っているのかもしれない。けれど、僕たちは今を生きているから、今できることをするしかないんだよ。青年はそう言って未来に目を向ける。その日が来るのは果たして百年後か、千年後か。もしかしたら明日なのかもしれない。未来のことは誰にもわからない。


「そうだ」


 青年は何かを思いついたように少女に視線を戻した。


「よかったら聞かせてくれないか。君が世界の終わりを迎えたとき、君は世界になんて声を掛けると思う?」


 世界に? と少女はまた首を傾げた。青年はうなずき、例えば、と説明する。


「僕はね、『今までありがとう』と伝えるといいと思うんだ。やっぱり感謝するのは大切なことだと思うんだよ」


 なるほど、と少女はつぶやき、しばし考え込む。そして、ひとつ思いついたと顔を上げた。


「ごくろうさま、かな」

「あ、いいね。歌詞に加えておこう。ありがとう」


 青年はペンとメモ帳を取り出し、素早く歌詞を書きなぐった。少女はメモを覗き込む。そこには書いては消される無数の言葉があった。歌詞を作るのもなかなか大変なようだ。


「完成しそう?」

「どうかな? ま、間に合わなければそれはそれさ」


 青年は無責任にからからと笑う。白馬が呆れたように鼻を鳴らし、少女の頭を噛む。


「いたっ! もう、わかったよ! すぐ噛むんだから!」


 白馬を振り返って軽くにらむと、少女は青年に別れを告げる。


「それじゃ、私たち、行くね」

「ああ、それじゃ。よい旅を」


 歌作り頑張って、と言って、少女は白馬に乗り、森へと歩き出す。藍に染まる空に青年の歌声が響く。世界の終わりに幸せや感謝を歌いたいというその歌は、しかし何色にも染まぬ透明な旋律を持っていた。少女は一度だけ振り返る。青年の姿はすでに見えず、ただ歌だけが空に吸い込まれていった。




エピローグ


 星々が輝く夜空の下、少女は白馬と共に焚火を囲んでいる。馬だというのに白馬は火を怖がりもしない。焚火の日を見つめながら、少女は白馬に話しかける。


「ねぇ、王子。今日もいろんな人に会ったねぇ」


 白馬は取り立てて興味も無さそうに澄ました顔をして、耳だけをひょこひょこと動かしている。頭上の王冠が焚火の光を受けてキラキラと光った。


「『揺れ岩』様はいつ落ちるんじゃないかってひやひやしたよ。岩をにらんでいたおじいさんは、いつかあの岩を壊すのかな? 収穫のお祝いの踊りは、みんな上手で驚いたよ。音楽家の人は、歌が完成したら聞いてみたいよね」


 白馬はブルルルと鼻を鳴らすと、少女を鼻面で小突いた。少女は不満そうな顔を作り、白馬の首を撫でた。


「わかったよ。もう寝ます。いいじゃん、ちょっとくらい。……じゃあ、おやすみ、王子。明日も、よろしくね」


 毛布にくるまり、少女は身体を地面に横たえた。白馬は少女には決して見せない優しい瞳で少女を見つめる。少女が寝息を立て始めると、白馬は首を上げ、空を見つめた。木々の枝葉に透けて無数の星々が輝いている。そして眉のように細い青白い月が、静かに世界を照らしていた。

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