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私はただの『旅人』です。  作者: アジフライ
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第七話


「あばばばばばばば……! 」


ガタガタと揺れる馬車の中でエインは変な声を出していた。

……整備されてない道だとスピード出せばこうなるかぁ……にしても凄く揺れる……

エインはバルキスの指示を受け、 ベリスタ帝国国境付近にて勃発している戦争区域へと向かっていた。

ただ、 その道は荒れており、 デコボコに車輪が通る度に馬車が大きく揺れるため、 エインは乗り物酔いを起こしていた。


「ヴェェェェ……ゥプッ……」


……こんなのにずっと乗ってたら気持ち悪くなっちゃうし到着が遅くなっちゃうよぉぉ……

そう思ったエインは馬車の扉を開ける。

それを見た付き添いの兵士は慌てる。


「しょ、 少佐! 何をするつもりです! ? 」

「もう乗ってられないから自分で行くよ! 先に行って待ってるね! 」


そう言うとエインは馬車から飛び出し、 走り出した。

その速度は馬車を優に超え、 一瞬にしてエインの姿は見えなくなってしまった。

エインの走る速度を見た兵士は唖然とする。

…………

……えーと……こっちの方角かな……近道しよ!

エインは予めバルキスから貰っていた地図を見て方向を変え、 戦地へ一直線に走っていった。

途中に差し掛かる大きな谷や崖も諸ともせず、 軽々と飛び越えて進んでいく。

そしてしばらくしてエインは森を抜け、 開けた荒野に出ると


「……おっ、 あれかな? 」


遠目にテントのようなものが見えてきた。

そのテントにはリ・エルデ王国の旗が立っている。

……間違いない、 あれがリ・エルデの駐屯地だ!

確信したエインは更にスピードを上げ、 リ・エルデ王国の駐屯地へと向かう。

数分後……


「とうちゃーく! ! 」


エインが駐屯地に到着すると兵士達が集まってきた。


「だ、 誰だ貴様! ? 」

「その格好は……騎士団の者か……一体何故……というよりどうやってここへ……」


兵士達は初めて見るエインに不信感を抱く。

するとエインは敬礼し


「初めまして! 私は新しくリ・エルデ王国の騎士団に入団したエインと言いまぁす♪ 団長さんの指示で援軍に来ましたぁ! 」


元気よく自己紹介する。


「エインって……確か先日届いた連絡で言っていた……エイン少佐! ? 」


エインだと理解した兵士達は態度を変え、 皆一斉に敬礼する。


「し、 失礼しました! エイン少佐殿! 本日の夕刻に馬車で来るとの連絡だったので、 分からず! 」

「しかし少佐殿、 一体何故お一人で? それにこんなにも早く……」

「え……えぇっとね……」


エインは経緯を話すと兵士達は驚愕する。


『は、 走って来た! ! ? 』


当然の反応だ。

……まぁ……そりゃそうなるか……


「だってぇ……馬車凄い揺れるし……遅いし……早めに来た方が仕事だって早く終わるでしょ? 」


エインがそう言うと兵士の一人が顔に手を当て


「あまり勝手な行動をされると困りますよ少佐殿……こちらとてまだテントの準備も出来ていないんですから……」

「え……じゃあ私外で待たないといけないの? 」

「い、 いえ! 少佐殿には代わりのテントをご用意しますのでそこでお休みください! 」


……あ……そうなんだ……まぁ野宿は慣れてるから別に外で待っても良かったけど……


「とにかくここでお話しするのも何ですから、 まずは指揮官の元へお連れします」


そう言われてエインは兵士に連れられ、 軍の指揮官の元へ案内された。

…………

司令部テントにて……

エインは兵士と共に指揮官が待つテントへ入った。

そこには一人の男が地図を広げたテーブルの前に座っていた。

年齢は40代といったところか、 強面な顔に斜めの切り傷が入っており、 短い髭を生やしている。

……うわぁ……何か怖い人がいる……

エインは男を見てそんな印象を抱く。

男はエインを見るなり立ち上がり、 彼女の前に立つ。


「し、 指揮官! 只今到着されましたエイン少佐殿をお連れしました! 」

「思ったより早い到着だったな……俺はこの隊を指揮するジュート中佐だ……貴様が新しく騎士団に入団したというエイン少佐だな……」

「うん! 本当はただの旅人なんだけどね……」


物怖じしないエインの態度に兵士は驚く。

するとジュートは笑った。


「ガッハッハッハ! この俺を前にして怖気づかぬとは……どうやらあの噂は本当のようだな! 」


そう言いながらジュートはエインの肩を叩く。


「まぁ座りたまえ、 この地の現在の状況を説明してやろう」

「あ……うん……」


そしてエインは言われるがままにジュートの話を聞くこととなった。


現在、 ベリスタ帝国とリ・エルデ王国の国境では魔晶石が採れる鉱山を巡って争っている。

その鉱山がある場所は大きな岩山が点在する広い荒野であり、 見晴らしは比較的良い。

そこにある岩山の中でも特別大きなものが今回問題となっている鉱山の坑道があり、 今はベリスタ帝国の軍隊が占拠している。

リ・エルデ王国の軍隊は岩山のふもとにて待機中、 目標は占拠された坑道の奪還である。

すなわち、 リ・エルデ王国側は押されているという事だ。


「ふーん……じゃあ今負けてるって事? 」

「恥ずかしながらそういう事だ……今はお互い様子を伺っている状態で大きな動きは無いが……明日にでも帝国側はこちらを徹底的に潰しに来るだろう」


するとエインはテントの外の様子を見る。

前方には大きな岩山があり、 その中腹辺りに小さな砦が見える。

……あれがベリスタ帝国の軍隊かな……?


「見えるか? あれがベリスタ帝国の砦だ……奴らめ、 一晩もしない内にあんなものを築きおって……国境付近と言えどここはまだ我が国の領土だぞ……」


……流石にあれじゃ攻め込めないかぁ……足場も悪そうだし大勢で攻めようとすればあっという間に気付かれちゃう……それにあの砦を一晩で築いたという事はあちら側に魔法使いがいる可能性もあるか……こりゃ押される訳だ……

そう思いながらエインは徐に小さな袋を取り出し、 豆のようなものを食べ始めた。


「……エイン少佐、 それは何だ? 」

「私が作った携帯食料だよ、 軽い運動をした後とかに食べるのが癖で」

「そ……そうか……何とも考えてる事が読めぬ女だな……貴様は……」


そう言ってジュートはテントに戻ろうとする。


「……今我が軍は疲弊した兵士ばかりだ……もし攻められでもしたら今度こそ終わりかもしれん……貴様の噂に聞くその強さ、 ぜひとも見せて欲しい所だ……」


去り際にジュートはエインに背を向けながらそんな事を呟いた。

ジュートがいなくなったあと、 エインは周囲で休息している兵士達を見る。

全員傷だらけで疲れ切っている様子だ。

……必要な時……かぁ……

エインは父の言葉を思い出しながら腰に掛けている剣を見る。

人を殺すのは気が進まない、 しかし自分がぐずぐずしていればリエルデの兵士達の命は無いだろう。

傷ついた者を見殺しにするか、 自分の手を汚してでも目の前の命を守るか……

悩んだ末、 エインは動き出す。


「……あまり気は進まないけどなぁ……」


そう呟くとエインは砦の見える岩山の方へ歩いて行った。

……私の選択って間違ってるかな……パパ……

数時間後……

テントで待機していたジュートの元に一人の兵士が慌てた様子で走って来た。


「大変です指揮官! エイン少佐が……エイン少佐が砦に! 」

「何だと! ? 確かなのか! 」

「はい、 兵士の一人が岩山へ向かうエイン少佐の姿を見たとの事! 」


それを聞いたジュートは焦る。


「一人で一体何をしようと言うのだ……エイン! 」


…………

その頃……


「ふぅ、 ひぃぃ……連続してのハードな運動は流石に膝に来るなぁ」


エインは砦の正門の目の前まで来ていた。

するとエインに気付いたベリスタ帝国の兵士は警戒する。


「貴様! 何者だ! ! 」

「その出で立ちはリ・エルデ王国の騎士か! 」


兵士に気付いたエインは相変わらずの様子で


「あ、 こんにちは! 私は新しく騎士団に入ったエイン少佐です! ちょっとここの指揮官さんにお話をしたいんだけど中に入れてくれないかな? 」


軽々しい態度でそう言う。

しかし当然兵士達は要求を呑むはずもなく。

誰が敵兵を中に入れるかと言い、 早々に追い払おうとする。

……まぁ当然かぁ……駄目元だったから別にいいけど……仕方ない、 強行突破で行こう!

そう考えたエインは剣を手にした時と同じ構えを取った。


「なるべく兵士さんたちには怪我をさせたくないんだけど、 当たったらごめんね……」

「? ……何を言って―――」


次の瞬間、 辺りに何かを斬るような音が響いた。

するとエインの目の前にあった大きな門は一瞬にして斬り刻まれ、 崩れてしまった。

矢倉にいた兵士達は門の崩壊に巻き込まれ、 下敷きになってしまった。

そして騒ぎに気付いた兵士達は瞬く間に集まり、 エインに武器を向ける。


「……大人しく道を開けた方がいいよ……敵である以上命の保証は出来ないからね……」


目の前に次々と集まる無数の兵士達にエインはそう警告する。

その時、 兵士達は見た。

エインは剣を抜いていない、 のにも関わらずその手にはあるはずの無い剣が握られていたのだ。

重量感や光沢まではっきりと分かる程にそれは鮮明だ。

そんな信じられない光景を見た兵士達は全員恐怖する。

次の瞬間……




無名……弐……




エインがそう呟くと同時に彼女の前方に向かって凄まじい衝撃波が放たれた。

彼女の前にいた兵士達は全員衝撃波で吹き飛ばされ、 一直線の道が出来た。


「あぁごめんね! なるべく手加減はしたけどやっぱり吹き飛ばしちゃった……」

「な……な……」

「何が起きた! あの子娘は一体! 」


一瞬の出来事に兵士達は混乱し、 恐怖した。

ただ、 恐怖しているとは言え相手は兵士、 相手が強かろうと大将を守る為なら死んででも特攻する。

そして一斉に向かって来る兵士に対しエインは次々と兵士の首をそこにあるはずの無い剣で豆腐の如く斬り落としていく。

その動きは舞い踊るかのようであり、 腕の動きが一瞬見えなくなる程に速い。


……長年剣を手に鍛錬を積み続けてきたエイン、 その厳しさは常人の百倍か千倍か……それ以上か……

飽きる程に彼女は剣を振るい続けてきた。

そうしている内に彼女の中で変化が起きた。


剣以外の物で斬れるようになったのだ。


始めはその辺にある一本の棒切れ……次にスプーンやお玉などの鋭利ではない食器……遂には柔な布切れでも物を斬れるにまで至った……

そして最終的に彼女が到達したのは……


……無……


手には何も握られていない……しかしそれは確かにそこにあるのだ……竜の首をも落とす『何か』が……

人生の殆どを剣に捧げてきたエインは……

文字通り、 手にするモノ『全て』を剣と化すにまで至ったのだ。


そんな見たことも無いエインの技に兵士達は絶望に追い込まれる。

エインは進行を妨げる兵士を次々と葬って行く。

その時、 一人の白髭を生やした男がエインの前に立つ。

背丈はジュートの二倍はあり、 背中には二本の剣を背負っていた。


「えっと……おじさん、 そこ通してもらえるかな? 」

「悪いがお前を指揮官の元へ行かせる訳にはいかん……代わりに我が相手しよう」

「ふぅん……まぁいいけど……もし死んじゃっても恨まないでよ……」


エインは男に威嚇する。


「構わん、 これも騎士の役目……我は最後までこの国の為に戦う……」


そう言いながら男は背中の剣を抜き、 構えた。


「我が名はヘバレア騎士団の大将、 ストラディーヌである! 」

「これはご丁寧に♪ 私はバルキス騎士団のエイン、 普段はただの旅人です」

「行くぞ! 」


そしてストラディーヌは雄叫びを上げながらエインに突進してくる。

エインはその突進を難なくかわす。

しかし次の瞬間、 エインの背後から炎の球が飛んできた。

エインは咄嗟に身を捻り、 炎の球を避ける。


「……なるほど……不意打ちね」

「今のを避けるとは流石だな……完全に注意はこちらに向けていたはずなんだが」

「この兵士達の中に魔術師さんが沢山いるんでしょ? 最初から気付いてたよ」


エインは予め人ごみの中にいる魔術師の気配に気付いていたのだ。


「悪いな、 これは戦争なんだ……どんな手であれ、 己の使える全てを持って相手と戦うのが常識なんでな……」


……正直面倒だなぁ……魔術師さん達はきっとあの人の指示で動いてるんだよね……ただ一人殺したところでまだ他にもいるだろうし……だとしたら止める方法はこれかなぁ……

そう考えたエインは遂に剣を抜き、 構える。

そして……




無名……肆……




そう呟くと同時にエインの姿が見えなくなる。

周囲の兵士達はエインを探そうと辺りを見渡す。

しかし、 何かが風を切るような音が度々聞こえてくるだけで何も見えない。

次の瞬間……


「……ッ! ! ? 」


ストラディーヌは突然地面に膝を着く。

何事かと兵士達はストラディーヌの方を見ると


「なっ……ストラディーヌ様! 」

「て……手が……! 」


両手首を斬り落とされたストラディーヌの姿があった。

エインは剣で彼の手首を斬り落としたのだ。

剣を持てなくなったと気付いたストラディーヌは力無くその場で項垂れた。

するとストラディーヌの前にエインが姿を現した。


「勝負ありだね……もうその手じゃ戦えないでしょ? 」


指示を出した大将を取っちゃえば終わりでしょ……


「……確かに……我の負けだ……さぁ……首を取るがいい……」


諦めたストラディーヌはエインに自身の首を差し出す。

しかしエインは


「えぇなんでぇ? 首なんていらないよぉ……私は戦えなくするだけで十分だし……」

「何だと……目の前の敵の首を取らぬと言うのか! ? 貴様それでも戦士か! これは戦争なのだぞ! ! 」


ストラディーヌがそう言うとエインは無視して彼の横を通り過ぎる。

するとエインはふと振り向き、 ストラディーヌに言った。


「私はただの『旅人』です……あなた達にとって戦争のつもりでも、 私にとっては戦争じゃない……それに無闇に人を殺す趣味はないし……じゃっ! 」


そしてエインは指揮官がいるテントの方へ歩いて行った。


「ただの旅人……フッ……我はただの旅人に敗れたのか……」


ストラディーヌは完全敗北したにも関わらず清々しい表情をしていた。


「……戦士引退だな……我も老いたものよ……」


ベリスタ帝国の司令部テントにて……

一人の性悪な顔つきをした男が外の騒ぎが気になっていた。


「一体何が起きている? 」


男は隣にいた兵士に聞く。


「侵入者が現れたかと……」

「ならば早く殺せ……何をしているんだ外の連中は……」


そんな会話をしているとエインがテントに入ってきた。


「こんにちは~、 あっもしかしてこの人が指揮官さん? 」


エインは男をみるや相変わらずの態度でそう言った。

周囲の兵士達はエインを警戒し、 武器を構える。


「な、 何者だ貴様! ? 」

「私はバルキス騎士団少佐のエインと言います♪ ベリスタ帝国軍の指揮官さん、 悪いんだけど大人しく一緒に来てくれないかな? 」


困惑する指揮官の男にエインは微笑みながら言った。

続く……

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