第五話
城の訓練所にて……
エインはバルキスに自身の使える魔法を見せる事となった。
「えっと、 この辺でいいかな……あまり大きな魔法を使っても大騒ぎになっちゃうし……」
「うむ……では見せてくれ」
バルキスにそう言われるとエインは徐に前へ手を出す。
するとそこから小さな魔法陣が現れる。
その魔法陣のサイズは小さくも、 万華鏡の如く凄まじく複雑な模様が描かれており、 それが何重にも重なって展開されていた。
次の瞬間……
「……ほい♪ 」
と、 彼女の軽い掛け声と共に魔法陣はガラスの様に砕け散り、 光の破片が輪を描くようにエインの周囲を舞う。
そしてその輪は凄まじい速度で回転しながら周囲を飛び回った。
その速さは目でも追えず、 一つの輪が複数に分身していた。
それだけではない、 輪が訓練所にあった訓練用の人形を一瞬にして斬り刻んでしまったのだ。
しばらく光の輪は飛び回ると地面に衝突し、 光るガラスの破片のようなものを撒き散らしながら消えてしまった。
輪が消えたその地面には深い溝が残されていた。
「……こ……これは現実か……? 」
一瞬の出来事にバルキスは唖然とする。
それを見たエインは
「……えっと……今のはちょっとした暇つぶしとかに使ってた魔法だけど……」
何かまたまずいモノを見せてしまったと察する。
バルキスは凄い剣幕でエインに詰め寄る。
「あんなのが暇つぶしなんておかしいぞ! その技術は正しく多重魔術式展開のそれ! 才能ある魔導士でも十年は鍛錬を積まねば出来ぬ芸当だ! それをあんな一瞬で……」
……パパ……子供の遊び道具にしてはとんでもないモノを教えていったなぁ……
後にバルキスから聞いた話によれば、 この世界の魔法とは才能があっても、 基本的な攻撃魔法を使えるようになるには三年は掛かるくらい難しい技術とされている。
加え、 ある程度訓練された魔導士でも、 実戦で使えるくらいに素早く魔法を扱えるようになるのはそこから五年程は掛かるという。
故に、 例え一種類の魔法でも実戦レベルまで扱えれば一流の魔法使いであると言われているのだ。
ただ、 一部例外の存在として、 生まれながら特殊な体質を持つ者や固有の魔法を持っている者などもいるが、 今回は省くものとしよう。
そして、 たった今エインが使った魔法はいくつもの魔法を術式として書き出し重ね合わせ、 同時に展開させる事によって完全なオリジナルの魔法を発動させる事が出来る技術。
『多重魔術式展開』と呼ばれるものである。
言わば先程の魔法はエインの完全オリジナル魔法という訳だ。
これはもはや普通の人間では行使は不可能とされ、 魔法にのみ人生を捧げ、 研鑽を積んだ賢者レベルの魔法使いにのみ使える世界最高峰の魔法技術なのである。
「まさかその技術も其方の父上から……いやそれ以上にエイン殿……其方は何者なのだ……勇者ですらない其方のその恐ろしい剣術……そして賢者級とも言えるその魔法の才……どう考えても其方をただの旅人とは思えぬ……」
……そうは言っても……私だって自分の事よく分かってないし……
そんな事を思ったエインは、 ふと過去に父と話した事を思い出す。
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夜闇に包まれるとある森の中……
まだ幼い頃のエインと一人の謎の男が一つの焚き木を見つめながら話をしていた……
その男は現在のエインが身に着けていたフェドラハットのような帽子を被っている。
「……ねぇパパ……私って何処から来たのかな? 」
エインは男を見つめながらふと質問を投げかける。
男は少し間を空け、 話し出す。
「お前自身が分からないんだ……俺が知る訳が無い……俺は偶然捨てられていたお前を拾っただけの旅人だ……確かにお前には色々教えてきたが……何もかも知っている訳ではない……俺は神じゃないんだ……」
そう言いながら男はエインに焚き木で焼いていた魚を渡す。
その魚をエインは美味しそうに頬張る。
「……エイン……」
しばらく焼き魚にかぶりつくエインを眺めていた男は口を開く。
「むぅ……? 」
「どうしても気になるのなら……いつか自分で探しに行くといい……お前は何者で……どこから来たのか……それはどんなモノにせよ、 お前に大きな変化を与えてくれるだろう……」
するとエインは口の中の物を飲み込むと満面の笑みで
「うん! 私、 パパみたいなかっこいい旅人になる! 」
そう言った。
男は微笑む。
そしてエインの頭を撫でながらこう言った……
「俺はただの旅人さ……」
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「……エイン殿? どうかしたか? 急に上の空になって……」
「……んぇ? あぁごめん! ちょっと昔の事思い出してさ……」
「父上の事か……どうやら其方自身も自分の事をよく分かっていないようだな……その謎を知る為に旅人になったといったところか……」
そう言うバルキスにエインは静かに頷き。
「私は好奇心旺盛でね……初めて見たモノ聞いたモノは何もかも知りたいって思っちゃうの……だから旅人になったんだ♪ この帽子はそんな私にパパがくれたお守り……」
「……だから頑なに手放そうとしなかったのだな……それは申し訳ない事をした……」
エインは先程、 制服の試着の時に元々身に着けていた服は殆ど預かられてしまった。
しかし、 その中でもエインは頑なに手放そうとしなかったのがあのフェドラハットのようなボロボロの帽子だった。
無理やり奪おうものなら持ち前の武術で従者を投げ飛ばす始末だったため、 バルキスは止む無くその帽子を取らせるのを諦めたのだ。
バルキスはそんなエインの事情を察して謝罪した。
「別にいいよ……さて! それよりも私の魔法はぁ……まぁ反応見て分かるけど封印した方がいいみたいだね……」
「無論そうなるな……だが案ずる事は無い、 私の騎士団の魔法実技の試験は希望制だからな、 封印していても問題は無いだろう」
「まっ、 今まで暇つぶし以外では使った事ないし、 そこだけ見られないように気を付けるよ♪ 」
そういう事で話を着け、 二人は訓練所を出て行き再び図書館へ戻っていった。
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図書館に戻ったエインとバルキスは再び試験についての話をする。
「さて……エイン殿が魔法の才も規格外なのは分かった……そして想像以上に世間知らずだという事もな……」
「はいはい、 私が色々と常識外れなのはもう分かったから……次の話をしてよぉ」
「……うむ……ではエイン殿、 其方の魔法に関する知識はどれ程ある? 」
「まぁ……パパから教わった事しか知らないけど……」
するとエインはベラベラと語り始める。
彼女の言う父から教わった世界の魔法に関する知識を……
魔法陣を展開する必要のある魔法は、 術式を構成する魔法文字の意味や用途、 組み合わせのルール、 そしてそれぞれ使われる図形の魔力強度……
その陣を描く速さ、 繊細さ、 複雑さによって同じ魔法でも強度や発動速度の変化……
また、 魔法とは基本的にその殆どは陣を描いたり詠唱などは必要なく、 イメージが強固であれば発動する事は可能であるなど、 自身が知る魔法の仕組みについて何から何まで話した。
話を一通り聞いたバルキスはしばらく考え込む様子を見せる。
……あれ……この反応……
エインは何か察する。
そして何か思い立ったようにバルキスは図書館の奥へと向かい、 古ぼけた一冊の本を持って戻ってきた。
「……やはり……またこれは……エイン殿には驚かされっぱなしだ……」
「私の魔法知識が何かあるの? 」
エインが聞くとバルキスは深刻そうな表情で話し出す。
「其方の語ったその魔法知識……一部はどの魔法史にも記載されていないような最先端な技術を生み出せる理論も含まれていた……つまりは……其方の知る魔法知識の一部は、 この世界の魔法を一気に進歩させるモノだ……」
「えぇ……」
……パパぁ……一体私に何を教えたの……?
エインは度々知らされる自分の規格外さにうんざりしてくる。
そしてバルキスは本を閉じ、 深くため息をつくとエインに言った。
「まぁいい……其方にはまだまだ教えねばならぬ常識があるようだ……そしてエイン殿、 其方には魔法に関する知識の口外を一切禁ずる! この知識は我々にはまだ早過ぎる……」
「はいはーい……全く、 色々と禁止されるとこっちも大変だよぉ……」
こんな事もありつつ、 バルキスによる入団試験に向けてエインの猛勉強が始まった。
…………
三日後……
試験当日……
エインは朝早くから叩き起こされ、 試験会場へと連行された。
まず行われたのは筆記試験だ。
「ふぁぁぁぁ……」
……試験ってこんな朝早くやるのぉ……? まだ眠いんだけど……
試験会場でエイン大きなあくびをしながらそんな事を考えた。
自由な時に寝て自由な時に起きていたエインにとって、 決められた時間に起きるのは酷だったようだ。
そんなエインの様子を見た他の受験者達は怪訝な表情を浮かべる。
エインはそんな事は構わず試験問題を解いていく。
この三日間、 エインはバルキスに試験に出る内容を徹底的に叩き込まれていた。
それはエイン基準の知識ではなく、 世界の常識基準での知識だったため、 エイン自身はかなり苦労していた。
しかし、 エインの記憶力にはバルキスも驚かされた。
エインはたった三日間で王城の図書館にある本の半分以上を完全に記憶してしまったのだ。
……流石に三日だけじゃ全部は無理だったけど……パパの修行に比べれば何てことなかったなぁ……読んでみたら初めて見る物も多かったから結構楽しかったし♪
そんな事を考えている内に、 エインは無事筆記試験を終えた。
続いて実技試験、 受験者はグループに分かれ、 それぞれの受験会場へ向かった。
「これより騎士団入団試験の実技を行う! 番号を呼ばれた者から前に出ろ! 」
試験官の指示の元、 試験は進められた。
エインは眠気に勝てず、 待っている間会場の隅で居眠りしていた。
それを見た他の受験者達は
「おい……あの女寝てやがるぜ……」
「噂によれば団長の推薦らしいぜ……いいご身分な事だな……」
「あんなのが合格したら世も末だな……」
と、 そんなひそひそ話をしながらエインに軽蔑の視線を向ける。
そして……
「次っ! 十五番、 エイン! 」
試験官はエインの名を呼ぶ。
「ふぇぇあっ! ? はぁい! 」
居眠りしていたエインは変な声を上げながら飛び起き、 慌てて前に出る。
周りの受験者達はそんな彼女を見てクスクスと笑う。
しかしエインはそんな事を全く気にする様子もなく、 相手の受験者に礼をする。
「へっ……女如きが男に勝てる訳ねぇだろ……」
相手は完全にエインを舐めていた。
「両者構え……始め! 」
試験官が合図を出した。
次の瞬間……
『ヒュンッ! 』
エインは突然相手受験者の目の前に瞬間移動し、 木剣を相手受験者の喉に突き付けていた。
「なっ! ? 」
「馬鹿なっ! 見えなかったぞ! 」
見ていた受験者達はエインの速さに驚愕する。
これに試験官も戸惑いを隠せず
「しょ、 勝者エイン……」
と、 明らかに動揺した様子で試合を終わらせる。
……本に載ってた剣術の構えを一応再現してみたけど……あまり役には立たなさそうだったなぁ……ここの人達ってちゃんと戦えてるのかなぁ……
そんな事を思いながらエインは自分の試合が終わると再び会場の隅の方へ向かい、 また居眠りを始めた。
受験者達はそんなエインに困惑する。
するとそこに……
「やぁ、 やってるなぁ! 」
いつもの大きな声を出しながらバルキスが会場に入ってきた。
「き、 騎士団長様! ? 何故こんな所に……」
周囲一同は困惑する。
そしてバルキスは居眠りするエインを見つけ、 前に立つ。
「先程の試合、 見させてもらったぞ……エイン殿」
「んぁ? あぁ団長さん、 どうしたの? お仕事は? 」
「フフフ、 仕事は他の者に任せておいたんだ、 其方の様子を見る為にな……」
……お仕事……そんなんで大丈夫なんだ……
仕事をホッポリ出して来たバルキスにエインは苦笑いする。
するとバルキスはとんでもない事を言い出す。
「エイン殿、 今から私と勝負をしないか? 」
会話を聞いていた一同は驚愕する。
しかしエインの答えは
「うん、 やだ♪ 」
満面の笑みでバルキスの申し出をきっぱりと断った。
エインの態度に一同はどよめく。
これには流石にと思ったのか、 試験官がエインを注意しようと前に出る。
しかし、 バルキスは試験官を止める。
「ほう、 その理由は? 」
「だって今は眠くてそんな気分じゃないし……」
適当な事を言うエインにバルキスは少し考える。
「ふむ……ではこれならどうだろう? 私との勝負に勝てば其方を少佐に任命しよう」
それを聞いた一同は再び驚愕する。
……なるほどそう来たか……少佐……一般階級における上位に属する階級かぁ……上に上がれば上がる程自由が利くとは聞いていたけど……この機会を逃すのはもったいないかなぁ……あぁでも眠い! 寝たい!
誘惑と眠気との狭間でエインは少し考える。
そして
「はぁ……わかったよぉ……一回だけだからね? 」
エインは仕方なくだがバルキスの申し出を受け入れた。
「そう来なくてはな……」
バルキスは不敵な笑みを浮かべるとエインと共に試合場の真ん中に立つ。
「では合図は任せるぞ! 」
彼女はそう言うとエインと少し距離を取り、 木剣に手を掛ける。
「で、 ではこれよりバルキス騎士団長と受験者エインの模擬試合を開始する! 両者構え……」
……正直面倒だなぁ……ちゃちゃっと終わらせて階級貰っちゃうか……
そんな事を思いながらエインは構える。
そして試合が開始される。
次の瞬間、 バルキスは突然エインの目の前に現れ、 六連の瞬間斬撃を放った。
その速さにエインは驚き、 咄嗟に攻撃を避け距離を取る。
……今の……速い……! !
先ほどの眠気はどこへやら、 エインは初めて速いと思える相手に会った事に感動した。
バルキスは自身の攻撃を避けられたことに嬉しさを感じているのか、 不敵な笑みを浮かべる。
「はっはっは! この時を今か今かと待っていたのだよエイン殿! 私は其方が気に入った……だからこそこの目で、 この体で感じてみたかったのだ! さぁまだまだ戦おうぞ! エイン殿! 」
「かぁ~、 とんでもない人と知り合っちゃったものだなぁ……」
そう呟くきながらも満更でもなさそうなエインは木剣を構える。
……よくよく考えてみれば相手は騎士団の中で一番強い人なんだよね……あまりあっさり勝っちゃうのは大ごとになっちゃうかぁ……この際多少の噂は仕方ないとして……久しぶりに少し本気で楽しんじゃおっかなぁ♪
そう考えたエインは構えを変える。
そして……
無名……壱……
続く……