第四十話
前回、 ヤヴィルドの襲撃を受けたウルのパーティは間一髪で危機を脱した。
試験もいよいよ終盤に差し掛かり、 受験者同士の争いも激化していく。
そんな中、 エインはこの試験で強敵と呼べる魔法使いの一人、 ベスタと一騎打ちしていた。
・
・
・
ベスタが創り出した空間から抜け出す策が無いかと色々考察しつつ、 彼の魔法術式を観察していたエイン。
すると、 彼女は何かに気付く。
「……あれ……なんだろう……」
……この糸……
エインがベスタの創り出した空間に引きずり込まれてから実に数十分は経っていた。
彼と闘いながら魔法の術式を観察している内に、 彼女は理解し始めていた。
魔力とは何か……
ただ、 その者の想像を具現化するだけのエネルギーなのか、 物質なのか……それとも……それら全て、 研究され解明された事すらも全て人間の憶測に過ぎない概念的なモノなのか……
そんな事を考えている内に、 エインは父との記憶が蘇る。
・
・
・
それはある日、 父と魔法の訓練をしていた時……
彼女は魔法陣を展開し、 そこから水鉄砲を発射する。
それを見ていた父は何か思う様子を見せる。
当時、 彼女はちょっとした壁にぶつかっていた。
エインは訓練中でも上の空だったのだ。
そんな様子の彼女に父はどうかしたのかと聞く。
「……何だかつまんなぁい……毎日同じ事ばかりで」
「そうか……」
父は少し微笑む。
すると、 父はエインの手を取り、 前方の滝を見るよう促す。
次の瞬間、 彼女の身体の中で何かが流れていくのを感じた。
同時に手から自然と魔法陣が現れ、 今までにない程の強力な水鉄砲が発射された。
水しぶきがそこら中に降り注ぎ、 空に虹を作り出した。
それを見たエインははしゃぎ、 今のは何かと聞く。
「さっきまでお前が使っていた魔法と殆ど同じだ……お前の手を通し、 俺が少し術式を弄ったんだ……」
そう言われた彼女はもっと見たいと言い出す。
そんなエインの様子を見た父は微笑み、 続けて彼女の手を取って様々な魔法を見せていく。
日が暮れて来た頃、 エインは調子に乗って魔力を使い過ぎてしまったようで動けなくなっていた。
父はそんな彼女を背負い、 森の中を歩いていた。
そんな時だった。
「……パパ……これ……なぁに? 」
エインは突然何も無い空間を指さし、 父に聞いた。
それに対して父は一瞬固まり、 彼女の方を見る。
「……エイン……何が見えている……? 」
その問いに対しエインはモヤモヤ、 ヒラヒラなどと曖昧な事しか言えなかった。
ただ、 父は理解した。
彼女には何が見えているモノ……それは
魔力である
エインは父の魔法を見て感じていく内に、 視界に変化が現れたのだ。
魔力の可視化は感覚を掴むだけでも五年以上は鍛錬を必要とされる能力。
まだ兆しの段階であったが、 彼女は鍛錬を始めてから二年で感覚を掴んだのだ。
父はそんな彼女の素質に驚き、 嬉しさを感じた。
同時に予感した。
いずれエインは……魔法の極致に到達する……
「……エイン……魔法は好きか? 」
「うん……面白くて、 大好き……♪」
父の質問に、 ウトウトしながらもそう答えるエインに、 父は優しく微笑む。
「エイン……その好奇心を忘れるな……そうすれば……」
……きっと、 『魔法』はお前に応えてくれるだろう……
・
・
・
その時、 エインの視界に変化が現れた。
魔力が以前よりもはっきりと見えるようになってきたのだ。
以前まで魔力は靄のようなつかみどころのないエネルギー体にしか見えなかった。
しかし今、 彼女の視界に映っていたのは……
……糸……
そう、 魔力とは糸なのだ、 人々の感情や自然現象に呼応し、 揺れ動く糸。
それらが無数に絡み合い、 編み込まれ、 いずれは一枚の『布』のようになる。
その『布』が『魔法術式』と呼ばれるモノであり、 炎や風をはじめ、 空間や時間などの概念的エネルギーや法則に触れるための道具。
例えるなら、 普通は熱くて触れる事の出来ない鍋を持ち上げる為のミトンのような物なのだ。
それを理解した時、 エインは自然と感謝の言葉を口にした。
「ありがとう……お兄さんのお陰で、 また知らなかったことが知れたよ……」
「……? 」
……魔力は糸、 術式は布……なら、 解く方法は簡単……
その時、 彼女の中で一つのイメージが浮かぶ。
それは布や糸を斬り刻む刃。
彼女の日常の一部であり、 片時も離れた事が無い、 最も身近にある刃。
……剣である……
エインは新しい魔法を生み出した。
名を冠するなら……
『全ての魔術式を破壊する魔法』
すると、 エインの手の中に球体状に構築された魔法陣が出現する。
次の瞬間
『……ッ! ! 』
球体の魔法陣が一気に膨張し、 ベスタが創り出した空間をまるで布を切断するように分解してしまった。
それだけでなく、 球体は試験区域内全てに広がり、 カルミスの結界の大きさにまで到達すると……
「……馬鹿な……」
「一体何が起きた……」
ベスタの魔法同様、 細切れにされた布のように散ってしまったのだ。
その瞬間を見た試験官達は目を疑う。
無理も無い、 魔法管理協会の創始者であるカルミスは言わば魔法界の頂。
その魔法使いが創り出した結界が無残に斬り刻まれてしまった。
そんな芸当が出来るのはもはや人間ではない。
……今まで色んな人の魔法を見てきた経験と……パパが教えてくれた知識が見せてくれた……より深い世界……
エインは高揚していた。
今まで見えなかった世界、 感じた事の無い感触。
魔力という糸が、 降り注ぐ雨に打たれ……鳴り響く雷に呼応するように揺れ動く……
それはまるで楽譜を並べるが如く美しい景色であり……今にも演奏が聞こえてくるようだった……
糸が肌を撫でる度に、 言葉にし難い温もりを感じた……
それはまるで父から受けた抱擁のように温かく……水中に浮かぶような心地良さだった……
自分は今まさに……魔法に愛されているのだと実感した……
嗚呼、 何と美しき事か……何と心躍る事か……
今まで感じる事の無かった、 この世全てに流れる無数の糸のような魔力の一つ一つを感じ取れ、 その全てが思い通りに出来る万能感。
この時エインは……
『魔力の神髄』を掴んだ……
「うん、 今なら何でもできそう♪ 」
「ウッソ……魔法が……全部……」
試験区域にいた受験者達は全員混乱した。
無理も無い、 破壊は絶対として不可能と思われていた結界が突然破壊されたのだから。
それはウルも同じだった。
……おいおい、 エインの奴……マジでやりやがった……!
彼女は破れた結界が舞い落ちる空を見上げ、 驚愕の表情を見せる。
しかし、 この事態を予想していたのか、 どこか嬉しそうな笑みも浮かべていた。
・
・
・
魔法管理協会、 ガラス張りの庭園にて……
そこで一人の少女が蝶や花を愛でていた。
美しく煌めく黄金の長い髪に、 琥珀のような瞳を持っており、 その眼差しは常に遠くを見ているようだ。
一見、 何ら変哲の無い少女だが、 その身からは宇宙のように計り知れない魔力を感じさせる。
そう、 彼女こそが魔法管理協会の創始者、 カルミス・モロクノーグである。
「……二人目……来たのね……」
ふとした時、 自分の結界が破られたのを感じ取ったカルミスは嬉しそうな笑みを浮かべた。
一方、 エイン達は……
「アンタ……一体何をしたの……? 」
「魔法が全部消し飛びましたが……」
エインの魔法を目の当たりにしたフィロウとラファーテは困惑する。
その横には既に倒されたベスタのパーティメンバーが縄で縛られていた。
……心配は要らなかったみたい……
無事な二人を見て安心したエイン。
事情は後で話すと言い、 目の前のベスタの相手に集中する。
彼は焦りの表情を浮かべながら、 再び『想像した空間を創り出す魔法』を発動しようとする。
しかし、 魔法の原理を根底から理解したエインは、 魔法が発動する前に術式を破壊して無効化してしまう。
……魔法が発動しない……何が起きたのかは分からないが、 あの子は僕の魔法を完全に無力化する方法を身に着けたんだ……あの短時間で……
最早彼女を倒す術が無いと悟ったベスタは絶望した。
エインに挑んではいけなかった、 と……
そしてエインはベスタの目の前まで歩み寄ると、 人差し指を彼の胸に向ける。
次の瞬間、 彼女の指先から見えない何かが発生し、 それが目にも留まらぬ速さでベスタの体を遠くへ突き飛ばした。
彼の姿は瞬く間に見えなくなり、 一瞬にして試験区域の外へ飛ばされてしまった。
エイン達の勝利だ。
一連の光景を見ていたフィロウとラファーテは何をしたのかとエインに問い詰める。
「えぇっと……魔力を束にしてこう……押し出したって感じかな? 」
曖昧な説明を聞いた二人は当然首を傾げる。
そんな事がありつつ、 第二次試験は終わりを迎える。
・
・
・
その日の晩、 エインとウルはガルンとカミツグが待つ宿屋へ一度帰って来た。
そこでウルは今回の試験で起きた事を二人に話し、 エインに何をしたのかを問い詰めた。
エインは説明しようにも言葉では言い表すのが難しく、 一同を納得させるのに苦労した。
そして数十分後……
ようやく何となくだが理解したエイン以外の三人は揃って頭を抱える。
ただ、 にわかに信じ難いカミツグは試しに何かやって見せてくれと言う。
すると、 エインは徐にテーブルの上にあったコップに指をさす。
次の瞬間、 コップは一瞬にしてエインの手元に移動した。
魔法陣も展開する様子も見られなかった彼女に一同は驚く。
「一体何をしたのですか師匠! ? 」
「魔力でコップを手繰り寄せただけだよ♪ 」
魔力の神髄を掴んだエインは、 魔法を行使するのに魔法陣の展開や道具を用いるといった過程行為を必要としなくなった。
今や彼女は体内に宿る魔力の完全支配のみならず、 大気や物質に宿る魔力をも操作する事が出来る。
先程やって見せたコップの瞬間移動、 エインの視点から見れば魔力という『糸』を結び付け、 ただそれを手繰り寄せるだけの簡単な行為なのだ。
……これは協会に目ぇ付けられちまったかもな……試験官でもあんな結界破れる奴いねぇからなぁ……
エインの成長を見たウルはそんな心配が頭を過る。
…………
その頃、 魔法管理協会にて試験官達が集まって会議を行っていた。
無論、 そこにはカルミスもいる。
「二次試験最終日……カルミス様が張った結界が破壊された件だが……これをどう思う……」
「協会に対する宣戦布告……と捉えるべきか……」
「しかし、 十年程前にも同じ事がありましたが……犯人はそういった意思で行った訳ではありませんでした……今回に関しても同様である可能性は高いのでは? 」
「だとしても、 結界を破壊した犯人……受験者 エインは要注意人物としてマークするべきでしょう」
彼らは今回の二次試験にて起きた事件について話していたのだ。
カルミスの力を知る試験官達にとって、 カルミスの結界が破壊されるというのは前代未聞の事件。
取り乱すのも無理はない。
そんな彼らを見ていたカルミスは、 しばらく様子を見た後、 口を開いた。
「皆、 私を過大評価し過ぎよ……魔法というのはいつだって私達の想像を超える……それこそ天と地をひっくり返すような事だって起きる……」
カルミスから言わせれば、 魔法に完成形など存在しない。
魔法とは、 宇宙のように広く、 深く、 神秘に満ち溢れ、 無限の可能性を秘めている。
無限の魔女とまで呼ばれる彼女でさえ、 その全てまでは知らない。
それは言ってしまえば、 場合によっては凡人であろうとカルミスという大魔法使いを超えられる可能性を持っているという事。
「だから、 あの結界は絶対ではない……破られたって不思議ではないのよ……まぁ、 皆が不安と言うなら他の防御策を考えておくわ……エインに関しては私が直々に話を着ける……それで問題ないでしょう……」
その言葉を聞いた試験官達は不安そうな表情を浮かべつつも、 落ち着いた様子で話す彼女を見て非常事態には至らないと判断し、 この件は終わりとした。
ただ敵ではないとしても、 そんな凄まじい実力を持ったエインに対し試験官達は警戒の念が絶えなかった。
中でも、 アフィーレはエインに対し底知れぬ不気味さを感じていた。
……カルミス様の結界を破壊するなんて……一体どれだけ強いんだ……
同時に、 面白い相手を見つけたと感じた彼は、 少し心が躍っているようだった。
続く……




