第四話
「そうだ、 これから其方が行くのは牢屋ではない……」
そう言われてエインはバルキスに付いて行くととある部屋の前に止まった。
そこへ入ると……
「やぁ、 来たかエインさんにバルキス団長! 」
見覚えの無い一人の若者が待っていた。
短髪の薄い黄緑色の煌めく髪に青い瞳をしており、 エインと変わらない程の年齢に見える。
服装からして王族のようだ。
「……あの……どちら様? 」
エインは状況が理解できず若者に聞く。
すると若者はクスクスと笑い、 突然煙に包まれる。
そこから出てきたのは
「この姿を見れば分かるかな? エインよ……」
先程玉座にいたあの老人の国王、 ケイニス国王の姿だった。
「……え……えぇ! ? 」
「だっはっはっは! その反応を見たかったんだ! 」
そう言うとケイニス国王は再び煙に包まれ、 あの若者の姿に戻った。
……え……ってことはこの人があの国王様ってこと?
エインはまだ混乱している様子。
それを見かねたケイニスは改めて自己紹介を始める。
「いきなりこれじゃ分からないよね……では改めまして、 僕はこのリ・エルデ王国の七代目の王、 ケイニス・グルセイル・リ・エルデだよ。 ここではケイ君とでも呼んでね♪ 」
「えっと……じゃあさっきのあの王様は……君が変身してた姿だったって事? 」
「その通り! 考えてもみなよぉ……国民の皆が尊敬する王様が僕みたいな若者だったらどう思う? 王の威厳を保つには多少の嘘も必要ってモノなのさ」
……なるほど……あの場で正体を明かさなかったのを見るに……正体を知っているのは今の所団長さんだけって事か……他の兵士にばれないように一芝居打った訳だ……
するとケイニスは部屋にあったソファーにエインとバルキスを座らせ、 話を始めた。
「さて、 君をこの部屋に呼んだのは他でもない……君の裁判についてだ……単刀直入に言うとそう……君が騎士団に入ってくれるなら、 あの勇者たちが君に手出しできないように僕らが守ってあげるよ……」
「まぁ……それに関しては団長さんから聞いてるけど……」
「で、 答えはどうかな? 」
「断っても私には損しか無さそうだし、 まぁ騎士団に入るしかないかなってところで承諾したよ」
エインはそう言うとケイニスは笑い、 バルキスの肩を叩く。
「いやぁバルキス団長は本当に仕事が早くて助かるよ! 流石はリ・エルデ王国の騎士団長! 」
「私は王の命に従ったまでです……」
バルキスは頭を下げる。
王でありながらまだ若過ぎると言えるケイニス、 そんな若者に対してバルキスは何も不満げな態度も取る事が無い。
余程の信頼を置かれる程にこの若者は王の素質があるのだとエインは感じる。
そしてケイニスは再びエインの方を見て話を続ける。
「まぁ裁判に関しては僕らに任せて! それよりエインさん、 君をこの国の騎士団に入れることが出来て本当に良かったよぉ! 」
「どうして? 」
するとケイニスは立ち上がり、 部屋の窓の方へ歩きながら話し始める。
「……はっきり言おう、 君みたいな強い人は今まで初めて……言うなら世界のイレギュラー的存在だ……今の世の中は色々と物騒なものでねぇ……剣術においては勇者を含め大陸一……いや、 世界一と言えるかもしれないそんな君が、 どこにも属していない人間だと他国が知れば真っ先に戦争が起きるだろう……特に隣国のベリスタ帝国は君を色々と悪い事に利用しようと企むだろうね……」
そう言いながらケイニスは窓の外にある街の景色をしばらく眺めるとエインの方を振り向く。
「でも幸い、 君は僕らの国の騎士団に属すると決めた……この国は争いをあまり好まない……だからそのタネになりそうな物はすぐに摘みたい……早めに対処出来て本当に良かったと思うよ……」
「……でも分からないなぁ……それなら私をこのまま死刑にして殺しちゃえばそこで済む話だと思うんだけど……」
疑問に思ったエインはそう言うとケイニスは笑い
「それは無理だよぉ! 勇者である僕でも戦う事を避けたいと思う人がこの国で抵抗しようと暴れたらどうなる? 余計なリスクを冒すより、 こっちの味方にしてしまう方がよっぽどいいってものさ……」
「え、 ちょっと待って……今なんて? 」
するとケイニスは何かに気付いた様子で手にはめていた手袋を外し、 エインに自身の手の甲を見せた。
そこには……
「それは……勇者の証! ? 」
なんと、 ケイニスの手には勇者の証が刻まれていたのだ。
それに加え紋章の模様は太陽だった。
「僕らリ・エルデ家は代々勇者の家系でね……生まれてくる子供は必ず勇者の力を持って生まれるんだ……そして僕がその中で唯一王の器にふさわしい力を持った子供……太陽級の勇者さ」
「まさか王様が勇者だったなんて……」
「この国だけではないぞエイン殿……世界の国々を仕切る王族は皆太陽級の勇者なんだ……常識だぞ? 」
……そうだったんだ……私って結構常識知らずだなぁ……
エインはまた一つ世界の常識を知った。
するとケイニスは話題を変える。
「まぁそれはいいとして、 エインさん……まだ騎士団員ではないけど、 僕から君にお願いがあるんだ……」
「お願い? 」
「うん、 さっきこの国は争いを好まないと言っただろう? でも実は今、 僕らの国は絶賛戦争中でねぇ……さっき言ったベリスタ帝国と国境付近の鉱山を巡って領土を取り合ってるんだ……何せその鉱山は珍しい魔晶石が大量に採れるもんだからお互い必死でねぇ……」
……なるほど、 その魔晶石って物は何なのか知らないけど誰もが欲しがるような希少な鉱物なんだね……
エインはケイニスが言いたい事を大体察した。
するとバルキスはエインに魔晶石について説明をした。
「恐らくエイン殿の事だから魔晶石についても教えておかねばならないな……魔晶石というのは魔力を多く含んだ結晶の事だ。 それは『魔法具』を作るのに必要不可欠な素材でな……武力だけでなく、 その国の発展を大きく向上させる道具の生産にも大きく関わってくる……その価値は他国との交易でも莫大な利益を与える程だ……だがその鉱物が採れる鉱山は極めて少ない……新しく見つかったとなれば世界各国が喉から手が出る程欲しがるだろうな」
彼女の言う『魔法具』というのは、 簡単に言えば特定の魔法を発動させる道具の事である。
これと似た物で『魔道具』という物があるが、 こちらは魔法の術式を道具に刻み込み、 その効果を付与させた道具の事を指す。
一方で『魔法具』は魔法そのものを発動させる術式が刻まれている道具の為、 効果が道具に付与されている訳ではない。
そして『魔法具』の唯一の特徴は、 魔法を使えない者でもその魔法を発動させる事が出来るという点だ。
それ故に道具そのものに魔力を宿す為に、 魔晶石が必要になるという訳である。
因みに『魔道具』の場合も魔晶石が必要になる物もあるが、 使用者の魔力頼りの物や、 そもそも魔力が殆ど必要ない物が殆どなため、 日常生活で使う分にはこちらの方が重宝されやすい。
「ふぅん……あれ、 今私少し馬鹿にされた? 」
バルキスの説明にエインはぼんやりと理解しつつ彼女に小馬鹿にされている事に気付く。
「まぁという事で、 幸運にも僕らの国のすぐ側にその鉱山が新しく見つかったんだけど……同時に不幸な事にそれがベリスタ帝国との国境付近でもあったという訳……魔晶石の鉱山一つでも国の勢力は大きく差が付く……ただでさえ好戦的な帝国にこれ以上勢力を上げられてしまうと下手すれば世界大戦にもなりかねない……だからどうしても止めなくちゃいけないんだよ……」
争いを止める為に争いをしなければならない、 何とも矛盾した話だが、 ケイニスにはこれしか最善策が無かったのだ。
「それで取り合いになっていると……」
「うん、 だから君にその戦争に参加してほしいんだ! 」
……わぁやっぱりぃ!
予想通り過ぎる展開にエインは思わずひっくり返る。
……まぁいっか……どうせ断ろうとするだけ面倒だし……戦うだけって言うなら私は得意だから……
そう考えたエインが出した答えは
「分かった……戦うってだけなら……」
そう言うエイン表情は少し楽しみにしているように見えた。
「……それは良かった……では裁判はこっちに任せて、 君は騎士団の入団試験に向けて準備をしたまえ」
「……え? 」
するとバルキスは立ち上がり、 エインを引きずりながら部屋を後にする。
扉が閉まる寸前、 ケイニスは満面の笑みでエインに手を振っていた。
「試験をするなんて聞いてないよぉぉぉぉぉ! ! 」
・
・
・
数十分後……
王城の更衣室にて、 エインは騎士団の制服の試着をしていた。
いや、 させられていた……
「動かないで下さいエイン様! 」
「やだよぉこんな窮屈な服ぅ! ! 団長さぁん! ! 」
複数の従者に無理やり服を着せさせられているエインは嫌がる。
バルキスはそんなエインを見て笑う。
そうしてエインは制服の着用が完了した。
その色は煌めく白色を基調にしており、 所々黄金の線状の刺繍が入っている。
胸部分にはリ・エルデ王国の騎士団の証なのか、 剣を持つ鎧騎士が描かれたワッペンが付いている。
……私、 こういう派手な服着た事ないからちょっと違和感が……
「うぅ……ねぇ、 もう脱いでいいかなぁ? 」
「はっはっは! 駄目だ、 エイン殿には試験までその服を着てもらうぞ」
「そもそも試験をするなんて聞いてないんだけど……」
「うぅむ、 こればかりは法で決まっているからな……貴族でもない者が試験を免除して騎士団に入団したとなれば妙な噂を立てられかねないし……それに……陛下が『面白そうだから』……と……」
バルキスは苦笑いしながら言う。
……チクショウあの国王め!
こうして裁判の件は解決したものの、 エインは騎士団の入団試験を受ける事となってしまった。
「試験は三日後だ、 それまでエイン殿に試験の詳細を一から叩き込んでやる……それが陛下からの命令だからな」
「げぇぇ……そうやって無理やりやらされるの一番苦手なんだけど……」
……初めての事を勉強する事自体は全然大好きなんだけど……なんていうか……強制されてやる勉強はホントに嫌いなんだよねぇ……私……パパの時もそんな事があったし……
そんな事を思いつつも、 エインはバルキス達に従うしかなく、 仕方なく試験の内容の説明を受ける事にした。
…………
城の図書館にて……
バルキスは騎士団の入団に必要な知識をエインに教えていた。
「ではまず試験の概要についてだが、 我が国の騎士団の入団試験には三つの項目がある」
試験内容はこうだ……
まずは筆記試験、 これは戦争における陣形の知識や、 戦闘における様々な知識を試される。
また、 魔法を扱える者の中で希望者がいれば、 本試験とは別に魔法の術式展開の試験なども行われるという。
この結果に応じて騎士団のどの部署へ配属されるのかが決まるのだ。
次に実技試験、 これは受験者と受験者同士の剣による模擬戦形式となっている。
評価の基準は単に勝敗ではなく、 その者の戦闘技術や戦略なども評価の対象とされ、 必ずしも勝者が合格するとは限らないモノとなっている。
主に決まっているルールは三つ、 飛翔の魔法行使を禁ずる、 魔法の行使は近接魔法に限る、 殴る、 蹴るなどの肉弾戦は許可するものとする。
といった内容である。
最後に面接、 これは騎士団長、 つまりはバルキスによる面接試験となっている。
会話の中で話術による相手をコントロールする力、 敵の狙いを見破る洞察力を試される。
この試験の評価によってその者の最初の階級が決まるという。
「以上が試験の主な概要だ……何か聞きたい事はあるか? 」
「えっと……大体分かったんだけど……その、 階級って? 」
エインが聞くとバルキスは少し呆れた様子で説明する。
「そうだった……エイン殿は何も知らないからな……よし、 次は騎士団における階級について説明しよう、 これは筆記試験にも出るからよく聞いておくように」
騎士団における階級は主に二つ分けられている。
まずは一般階級……下から二等兵、 一等兵、 上等兵、 兵長、 伍長、 軍曹、 曹長、 准尉、 少尉、 中位、 大尉、 少佐、 中佐、 大佐、 少将、 中将、 大将となっている。
次に幹部階級……下から参謀、 軍師、 元帥、 副長、 団長となっている。
一般階級は主に入団してからの国王の評価によって上がっていき、 大将となった者が一定期間その階級を維持する事で幹部階級へと変わる。
入団試験の合格者はまず、 その試験の点数で最初の階級が決まり、 なれる階級は最高でも上等兵までと決まっている。
「といった感じだ、 階級ごとに細かい役割はあるが……時間があまり無い、 それついては追々説明してやる」
「……うぅん、 何だか多くて覚えきれないかも……まぁとりあえず上に上がれば上がる程偉い人って事なんだよね? 」
「今はそのくらいに思ってくれていればいい……他にも階級が上がれば出来る事が増えたりと色々得はあるが……まぁエイン殿に関してはあまり関係ないな」
「ふぅん……」
そしてバルキスは次の話に移る。
「さて、 まぁそんなところでエイン殿……筆記試験に向けての講義を始める前に、 一応確認しておきたい事がある……其方は魔法を使えたりするか? 」
これはあくまでバルキス個人が気になるからという理由らしい。
それに対しエインは一応使えると答えるとバルキスは驚く。
「何! ? 其方は魔法も使えるのか! それにも関わらず勇者を超える剣術の使い手とは……ますます其方が気に入ったぞ! 」
「でもパパから教えてもらった魔法はあまり多くないし……魔法で言えば私より勇者の方が上だと思うよ? 」
「うぅむ……すまないがエイン殿、 其方の魔法を見せてはくれないか? 其方の魔法がどんなものか、 どうしても見てみたいのだ」
そう言うバルキスにエインは少し悩む。
……うぅ~ん……パパからは魔法はあまり人に見せびらかすモノじゃないって言われてるんだけど……まぁお願いされちゃったし……少しくらいはいっか……
そう考えたエインは半ば仕方なく承諾する。
ただ、 規模的に図書館は危ないと言われ、 バルキスは訓練所で行おうと提案した。
こうして二人は城の訓練所へ向かう事となった。
続く……