第三十五話
前回、 アクシデントはあれど無事ハフケアヌ山脈を越える事が出来た一行。
その後山を越えた先にあった街にて、 エインは仲間から初めてのプレゼントを貰う。
四人の関係はより深いものとなっていくのだった。
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ゲフェヌを出て数日後、 一行は目的地である魔法都市 フィエレンテまでもう少しの所まで来ていた。
……フィエレンテ……魔法の街ってどんな凄い街なんだろう♪
エインはもうすぐ着くと思うと心が躍った。
するとその道中、 森の奥から爆発音が鳴り響いてきた。
何だろうと思いエインは音がした方へ向かおうとするも、 即座にウルが止めた。
エインが寄り道をした時は必ず何かしらのトラブルに巻き込まれる、 その事を身をもって理解していた三人は今回ばかりは無視した方がいいと彼女を説得した。
爆発が起きているなら尚更である。
必死に止める三人を見たエインは残念そうな顔をしながらも、 爆発が起きた方を避けて通ることにした。
これで安心かと思われたその時……
爆発がした方の茂みから見覚えのある盗賊が一行の前に飛び出してきた。
「テフィー! ? 」
一行の前に現れたのは『メッキ盗賊』こと、 テフィーだったのだ。
ただ、 彼女はこちらを見るや息を切らしながら早く逃げた方がいいと警告し、 そのまま走り去っていった。
まさかと思い、 一行はテフィーが飛び出してきた方を見る。
次の瞬間、 森の奥から巨大なトカゲのような魔物が襲い掛かって来た。
エイン以外の三人は驚き腰を抜かすも、 エインは即座に三人の前に出ると一瞬でトカゲの首を斬り落としてしまった。
「……び……ビビったぁ……なんなんだよ一体……」
「師匠……その魔物は……? 」
一瞬の出来事に動揺しつつも、 襲って来た魔物が何なのかを調べる。
……このトカゲさんは……アンケロヌだ……
死体を見たエインはすぐにその魔物の正体を把握する。
骸蜥蜴とは、 頭骨が剝き出しになったような頭部が特徴的なトカゲの魔物である。
大きさは最大で三メートル程で、 他の魔物と比べると筋力はそこまで強くはない。
故に普段は地下に巣穴を作って隠れながら獲物を待ち、 不意打ちを用いて狩りをする。
また、 繁殖期に入ると地上に現れ、 複数の雌と一匹の雄で構成された群れで行動するようになる。
因みに好物は人間を含めた動物の脳髄である。
そして、 一行を襲ったのは雌のアンケロヌである。
……これ……ヤバいんじゃ……
近くに別の個体がいると悟ったウルは気を付けろと言ったその時、 先程の茂みから何匹ものアンケロヌが飛び出してきた。
突然の襲撃にエイン以外の三人は叫び声を上げた。
数分後、 エインがアンケロヌの群れの中心にいた雄を討伐し、 何とか群れを散らす事に成功した。
危うく脳髄を吸われかけた三人は顔を真っ青にしながらへたり込んだ。
……アンケロヌ……あの見た目と生態が相まって怖ぇんだよなぁ……なんなんだよ好物が脳みそって……いつだったか、 エインのバカが寄り道して入っちまった洞窟で危うくクソッタレの虫共に卵を産み付けられそうになったこともあったが……それに匹敵するレベルだったぜ……
一番群れに集られていたウルはまた一つ、 トラウマができたのだった。
そんな三人を余所に、 エインはいつものように死体を漁り、 見つけた巣穴を物色していた。
するとそこに
「あ……いたいた……」
先程一行を置いて逃げていったテフィーが現れた。
何をしに戻って来たのかと三人は警戒する。
しかし、 テフィーには今回は戦う意志は無いらしく、 アンケロヌの巣穴が気になって一行の後を追って来たのだそう。
何故なのかを聞こうとすると、 エインが巣穴から何かを持って這い上がって来た。
その手にはアンケロヌの物と思われる卵が抱えられていた。
実は、 アンケロヌの卵はかなりの美味だと評判が高い。
故にテフィーはその卵を狙って巣穴を爆破したのだが、 想定以上の数が出てきたため逃げたという訳だったのだ。
そんな話をしつつ、 卵を見たテフィーは何か言いたげな様子でよだれを垂らす。
……あぁ……そういう事ね……
察したウルはテフィーに今夜は一緒に夕飯でもどうだと誘った。
ガルンとカミツグは少し戸惑ったが、 エインは乗り気だったので半ば仕方なく承諾した。
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その晩、 五人は焚火を囲いながらアンケロヌの卵を調理した。
今回エインが作ったのはアンケロヌの卵の目玉焼きである。
街で買ったパンに乗せ、 塩を振ると、 エインはテフィーにそれを渡した。
「いただきまぁ~す♪ 」
テフィーはエインの料理を喜んで食べた。
幸せそうな顔をしながら食べる彼女を見たエインは優しく微笑んだ。
「にしてもよぉ、 何でお前がこんな所でアンケロヌの卵を狙ってたんだよ……」
食事中、 ウルはテフィーに事情を聞く。
聞けば彼女、 もう二日もまともな食事を取れていなかったらしい。
有り金も全て使い果たしていたため、 街で何かを買おうにも出来なかったそう。
……相変わらずの金遣いの荒さだなぁ……こいつ会った時からそうなんだよなぁ……運が良くていくら稼いでも金がどんどん離れて行っちまう……
話を聞いたウルは呆れ顔。
飯を食べたら帰れと彼女が言うと、 今回ばかりはエインに借りがあるテフィーは黙って頷いた。
「そういえばアンタ達、 フィエレンテに向かってるんだよね? 」
「当然の如く俺達の行き先を知ってるんだな……」
食後、 テフィーは一行が向かおうとしているフィエレンテについて話題を持ち掛ける。
三人とは違い、 フィエレンテに何があるのかを知らないエインは興味を抱く。
話によると、 フィエレンテには『魔法管理協会』という、 世界中の魔法技術の発展を司る組織があり、 四年に一度、 その組織が行う試験があるという。
その試験の名は『全国家魔法士資格試験』、 通称『全国魔試』と呼ばれている。
それは全世界の魔法使いが集まり、 『国家魔導士』という資格を手にするために全ての魔法の知識、 力、 技術を試される、 世界屈指の最難関試験である。
『国家魔導士』とは言わば世界最高の魔法使いの称号、 それを手にした魔法使いは最高の地位と名誉が約束されるという。
すなわち、 その資格を持つ魔法使いは国の王族や高階級の勇者などに仕える最強クラスの魔法使いだという事だ。
また、 太陽級の勇者しか入る事が許されない危険な領域にも、 その資格さえあれば勇者以外の者でも入れるという話もある。
そして何より、 この試験に合格した者には、 その者が望む魔法か武器を授けられるという。
全世界の魔法使いが挙って試験に挑む動機の殆どは、 それが目当てだとも言われている。
そんな特権を与える魔法管理協会とは一体どんな組織なのかとエインは聞く。
すると、 テフィーは何故か自慢げな笑みを浮かべながら答えた。
「……魔法管理協会は全世界の魔法の全てを司る組織……それだけでも凄いんだけど……最も凄いのはその創始者……その名は」
カルミス・モロクノーム……
その者は魔法管理協会の創始者にして、 正真正銘の『世界最強の魔法使い』と言われている魔女である。
また、 現代の魔法体系の基礎を確立させ、 魔法業界を大きく発展させた人物でもある。
ただ、 その素性は不明な点が多く、 年齢や出生など、 彼女の過去に繋がるような情報は一切無いのだ。
伝説では数千年以上も昔、 彼女は空から降る星屑と共に世界へ降り立ったと言われ、 数多の世界を渡り歩いてきたのではと噂されている。
それ故か、 彼女が持つ魔法の知識は無限とも思わせる程の膨大さであり、 現代のレベルでは到底理解の及ばない未知の部分が殆ど。
また、 その魔法技術力も未だに彼女の域に達した者は誰一人としていないという。
つまり、 彼女はどんな魔法でも、 その者が望むモノを授ける事も出来るのだ。
そんな逸話もあってか、 人は皆口を揃えて彼女をこう呼ぶ
『無限の魔女』と……
「ちなみに今も生きてるよ」
それを聞いたエインは驚愕する。
「え、 その人ってエルフなの……? 」
「それが違うんだよぉ、 見た目は人間そのまま……ハーフエルフでもないんだってさ」
伝説上とは言え、 数千年も前に現れた人間が現在まで生きているというのは、 それは『不老不死の魔法』を使わない限りあり得ない話である。
しかし、 そのような魔法はおとぎ話や神話の世界のモノ、 現在の魔法技術では再現できない代物だ。
長く魔法業界とも関わってきたウルでも、 そんな魔法は知らないと言う。
……でも……そんな凄い人なら出来なくもないような気がする……会ってみたいなぁ……
話を聞いてカルミスという人物に興味が湧いたエイン。
そんな彼女の表情を見たガルンは察した。
……あぁ……師匠、 試験を受ける気だ……
その予想は的中、 エインはフィエレンテに到着したら試験を受けたいと言い出した。
当然それは無茶だと一同は彼女を止める。
「そりゃエインの魔法技術はスゲェもんだがよぉ……お得意な剣術程じゃねぇだろ」
「師匠、 流石に試験の事を何も知らない貴女がいきなり受けて、 合格するというのは……」
「無茶だな……」
三人は首を揃えて頷く。
彼女の戦闘能力を知ってても尚、 無茶だと言うその理由……それは試験の内容にある。
『全国魔試』は、 一次、 二次、 三次試験の三つの段階を踏んで合格者が決まる。
そしてその全ては実戦を交えたモノであり、 中には受験者の命に関わる程の危険な試験内容もある。
ただ、 エインにとって問題なのはその危険性ではない。
『全国魔試』には、 厳しい掟が一つあるのだ。
まず、 本試験では魔法以外の武力行使は一切認められない。
すなわち試験中、 エインは剣を使う事は愚か、 過度な格闘術や魔道具による攻撃は全て制限されるのだ。
魔法以外の攻撃は全て国家魔導士の資格を持つ試験官が監視している為、 不正は絶対として不可能と言ってもいい。
しかし、 それでも受けたいと聞かないエイン。
……多重魔術式展開は確かに凄い技術だが……世界屈指の魔法試験でそれを使える奴がエイン以外にいないなんて事は絶対無ぇ……こいつには魔法に関する武器が少な過ぎるんだ……
試験の実態は大体把握しているウルはそう考えながら難しい顔を見せる。
では何が出来ればいいのかとエインは四人に聞く。
その質問への答えは奇遇にも皆一緒だった。
『相手の魔法を一瞬で模倣出来るくらいの技術力があれば……』
全員口を揃えてそう言った。
魔法の模倣、 それは出来なくもない技術ではある。
この世界の魔法とは言わばその人物の個性や才能、 または経験や想像が形となって表れているようなモノである。
無論、 術式に関する知識も大事ではあるが、 魔法の性質の根底を構築するにはイメージが最も大事な要素だ。
言ってしまえば魔法とは、 『イメージの具現化』なのである。
故に対象人物がどのような性質を持っており、 扱う魔法はどのような原理やイメージで行使されているのかを理解し、 後は術式の基礎知識があれば理論上は可能と言われている。
実例として、 世界中に普及している民間魔法や一般的な攻撃魔法が良い例だろう。
ただ、 それらは先人達が後世の者達が使えるよう、 長い時を掛けて研究を進め、 術式を簡潔にまとめ、 原理やイメージを分かりやすく伝えられるように記録として残していった結果である。
その為、 一瞬の隙でも命取りとなるような戦場において、 魔法の模倣技術を組み込むにはあまりに非合理的なため、 知ってはいてもやろうと思う魔法使いはほとんどいない。
流石のエインでもそんな神業のような芸当が出来るはずが無い。
と、 思っていると……
「んぇ? 魔法を真似するだけでいいの? 」
エインはキョトンとした顔でそう返したのだ。
「おいおい、 前に俺が教えた民間魔法基準で考えてねぇか? あれは基礎が確立された技術が継承されていってるから簡単に真似できるのであって、 普通はそんな簡単にできるモンじゃねぇんだぜ」
彼女の反応を見てウルはそう言うと、 エインは徐にその辺の木に目をやる。
次の瞬間、 エインが見つめていた木が突然何かに切断され、 倒れてしまった。
何事かと彼女以外の一同は驚く。
そしてすぐに察した、 エインが何かをしたのだと。
更に、 彼女が何をしたのか……その疑問は出る間もなく理解した。
知っているのだ、 たった今、 エインがやって見せた芸当……
「師匠……今のって……ヒュリデの……」
ガルンがそう言うとエインは自慢気な表情で頷く。
そう、 それは正しくフィーレイの闘技大会にてヒュリデが見せた『見えない斬撃を飛ばす魔法』だったのだ。
まさか大会の時からその魔法の模倣の為に解析を行っていたのかと一同は聞くも、 本人はただ最初に思い出したモノをその場でやってみせただけだと言った。
それを聞いたウルは少し半信半疑であった。
そこで念のためにと、 エインにはまだ見せていなかった『引力の方向を変える魔法』をやって見せ、 それを真似してみろと言う。
すると……
「ほい♪ 」
と、 軽い表情でウルと同じ芸当をやってのけた。
……俺の十年が一瞬で真似された……
あまりのあっけなさにウルは放心してしまう。
しかし、 そんなのは一瞬で吹き飛び、 エインの規格外さを改めて目の当たりにしたウルは彼女の肩を掴み。
「エイン、 受ける価値アリだぜ! 」
さっきとは打って変わってエインに『全国魔試』の受験を勧めた。
エルフとして何百年と生きて来たウルでも初めてだった。
自分の魔法を一瞬にして模倣してしまう相手に出会う事が。
独自の魔法を開発する程に魔法が大好きなウルにとって、 今目の前にいる逸材を試さずにはいられなかった。
……もしかしたら……初見一発合格なんてのもあるかもしれねぇ……こんな興奮何年ぶりだ……! ?
いつになくウルは心が躍っていた。
そんな事もあり、 エインはフィエレンテにて『全国魔試』を受験する事に決めた。
「……あの、 忘れてるみたいだけどその試験……四年に一度だよ……今年やってるかどうかは……」
話に夢中になる一行を見ていたテフィーはふとそう言うと、 一気に静まり返る。
……まずは試験が今年中にあるかどうかだな……
テフィーの発言で冷静に戻った一行は、 一先ず今年中に受験が可能かを聞く体でフィエレンテに向かう事にした。
続く……




