第三十四話
前回、 ベリスタ帝国を出て、 遂にハフケアヌ山脈へと進んでいった一行。
しかし、 そこでエインは帽子を失くしてしまい、 この先の旅路に不安が生じる。
果たして彼女はこの先、 進むことが出来るのだろうか……
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洞窟内、 一行は相変わらずどの道を進めばいいのか分からずに歩き続けていた。
ウルは道が分かる魔道具とかは無いのかとエインに聞くが、 彼女は首を横に振るだけだった。
明らかにまだ元気が無い様子。
……ったく……ガキのお守は苦手だってのに……あんな顔をされちゃあ放っておけねぇよ……
そう思いつつ、 ウルは歩きながらエインの傍に寄る。
「エイン……忘れろとは言わねぇけどよ……いい加減元気出せって……」
「……分かってるけど……」
相変わらず覇気の無い声で話すエイン。
するとウルは自身の過去について話した。
それは昔、 彼女がまだエルフの村で暮らしていた頃の話。
当時はまだ中身も幼かった彼女は、 大事にしていたモノを失くしたら何日も泣きじゃくっていたそう。
そんな自分を慰めるのに、 両親を苦労させてしまっていたと彼女は言う。
結局当時は、 代わりの物を作ってもらったりして何とか収めていた。
そうやって自分は大事だと思う物を代えていった。
そんな昔話がどうしたのかとエインは聞く。
「……エイン、 失くした物をいつまでも悔いていたらもったいねぇぜ……俺は何回も大事な物を失くして、 何か月も探していた事もあったが……結局最後には時間を無駄にしてしまったって後悔するんだ……お前は、 そうやっていつまでも引きずって、 新しい発見を逃しちまうつもりか? 」
それを聞いたエインは、 父との過去を思い出す。
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それは、 彼女が大事に取っておいた綺麗な石を失くしてしまい、 泣きじゃくっていた時の話……
父はそんな彼女を慰めるでもなく、 ただ黙々と何かを作っていた。
その間、 エインは森中を探し回り、 失くした石を取り戻そうと何日もさ迷った。
しかし結局、 石が見つかる事は無かった。
諦めたその夜、 エインは元気が無い様子でただ焚火を眺めていた。
「……そんなに大事な石だったのか? 」
相変わらず何かを作りながら父は聞いた。
エインは黙って頷く。
彼女にとって、 その石はどんな物にも代えがたい程綺麗な物だった。
一生の宝物にするつもりだった。
父に聞かれ、 改めて思い出してしまったエインは涙ぐんでしまう。
すると
「……エイン、 どんなに大切に思っている物でも……持っていれば必ず失くしてしまうものだ……人とは、 そうやって失くした物を必死に探そうと道を戻ろうとする……だがな……そんなのはあまりに勿体なさ過ぎる……折角進んだ道を戻ってしまうのもそうだが、 何より見つからなかった時に無駄にしてしまった時間を知って後悔する……」
父はそう言って彼女を諭す。
それに対しエインは聞き返す。
「じゃあ……パパならどうするの? 」
「……俺は……もっと大事だと思える物を探そうと……先に進む……」
父はそう言うと、 今まで作っていた何かをエインに差し出す。
それは現在彼女が使っている魔法のポーチだった。
父はそれを彼女にプレゼントしたのだ。
エインは自分の為にずっとポーチを作ってくれていたのかと聞く。
父は相変わらず無口だったが、 少し微笑んでいた。
「……それが代わりになるとは言わないが……もしまた大事だと思う物を見つけたなら、 それにしまっておけ……」
それから彼女は、 そのポーチが綺麗な石よりも大事な物だと思うようになり、 何時しか石の事などすっかり忘れていた。
エイン……もし何か大事な物を失くした時は、 失くした物を考えるより……もっと大事に思える物を探すようにしろ……
ポーチを貰ってはしゃぐ彼女へ、 最後に父はそう言った。
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そうだった……そんな事言ってたなぁ……
父との会話を思い出した彼女は、 ウルにお礼を言い、 すっかりいつもの調子に戻った。
そんな彼女を見たガルンは、 次の街で代わりの帽子を買おうと言った。
エインはそれを聞いて喜んでいた。
「……珍しいな、 お前がエインを慰めるなんて……」
「別にそんなんじゃねぇよ……ただ……元気の無ぇあいつを見てたら、 ガキの頃を思い出しちまっただけだ……」
カミツグの発言にウルは少し照れくさそうにそう言った。
そんな事をしていると、 一行の前方からかすかに風が吹いてきた。
外が近いと悟った一行は駆け出し、 風が吹いている方向に向かった。
すると、 目の前に天井が崩れた跡のような瓦礫の山があり、 その隙間から僅かに光が漏れていた。
風の魔法でどかせないかとウルに聞くも、 そこまでパワーは無いと言われてしまう。
……俺とカミツグでもどかせるかどうか……もし雑にやろうとすればこちらに崩れてくるかもしれないし……
ガルンもカミツグも無闇にどかすのは危険だと判断し、 下手に手は出せなかった。
何とかして瓦礫をどかせないかと考えていると、 エインはポーチから何かを取り出す。
それはいつしかガルンと共に訪れたベリスタ帝国 国境の街 リフェイドにて見せた『ジュっとやってファサァ……』となる液体を噴き出す魔道具だった。
エイン曰く、 光が漏れている場所に一点集中で噴き出せば、 瓦礫が崩れる事無く脱出できるかもとの事。
他に方法が思い浮かばなかった三人はその案を採用し、 エインに任せた。
そうしてエインは光が漏れている場所に向けて液体を噴射した。
液体が掛かった場所はジュ~っと焼けるような音を出し、 徐々に砂のように分解していった。
漏れ出る光は徐々に大きくなり、 やがて外に繋がる穴が完成した。
外に出られると喜んだ一行。
しかし喜んだのも束の間……
『……え』
「ありゃ? 」
瓦礫の山から不穏な音が聞こえ、 辺りが揺れ出した。
次の瞬間、 凄まじい音を立てながら瓦礫が崩れてきた。
一行はそれに巻き込まれて埋もれてしまう。
しばらくして、 崩れた瓦礫の山からガルン、 ウル、 カミツグの三人が這い出てきた。
不幸中の幸いにも、 誰一人として怪我はしなかった。
エインは持ち前の身体能力で崩壊を回避していたようで、 先に外に出ていた。
「……結局こうなるのか……ホントツイてねぇ……」
くたびれた顔でウルはそう言いながらエインが立っている場所まで歩く。
ガルンとカミツグも続いて歩み寄る。
そして、 何かをずっと眺めているエインの傍に来て、 そこで一行が見たのは
「……これは……! 」
「凄いな……」
「すっげぇ~……」
辺り一面に広がる雲海、 その上には雲一つ無い薄明の空が広がっていた。
日が昇っていくその景色は何とも幻想的だった。
一行はハフケアヌ山脈の山頂にまで登っていたのだ。
……いつの間にか私達……洞窟で一晩明かしてたんだ……
時間感覚を失っていた一行は少し動揺しつつも、 山頂の景色に見惚れた。
すると、 ふとエインは近くの雪の中から何かが飛び出しているのに気付く。
まさかと思い、 それを引っ張り出すと
「……! 私の帽子だぁ! 」
何と、 風で飛んで行ってしまったエインの帽子が現れた。
風に浚われた帽子はいつの間にか山頂まで飛ばされ、 雪に埋まっていたのだ。
これにはエインは大喜び、 大事そうに帽子を抱き締める。
運がいいのやら悪いのやらと、 ウルはそう言いながら笑った。
……次の街で帽子を買う必要は無くなったか……本当に良かった……
喜ぶ彼女を見たガルンは安心しつつも、 少し残念に思う。
するとエインはガルンの方を見て言った。
「でも、 ガルンからも何か欲しいなぁ……折角買ってあげるって言ってくれたんだもん♪ 」
それを聞いた彼は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「……はい、 では次の街で、 帽子以外の何かを買いましょう! 」
「俺も選ぶぜ♪ 」
「俺も良ければ……」
こうして三人は次の街で、 エインの為に何かを買ってやることにした。
……大切な物が戻って来たからと言って……もう一つ大切な物を貰っちゃダメだなんて……そんな決まりは無いもんね♪
そして、 無事ハフケアヌ山脈を越える事が出来た一行は、 麓付近に見えた街を目指した。
ハフケアヌ山脈 麓の街、 ゲフェヌにて……
街の市場に来た一行は、 エインに何を買おうか迷っていた。
……あいつ基本何貰っても喜びそうなんだよなぁ……でもせっかくなら特別そうな物がいいし……アクセサリーとかかぁ?
ウルはアクセサリーショップにてエインに似合いそうな装飾品を選んでいる。
一方ガルンとカミツグは、 そもそも女性に何を送れば喜んでもらえるのかが分からなかった為、 色んな店を歩き回っていた。
当の本人は、 宿でハフケアヌの洞窟で見て採取した生き物や植物などをスケッチしていた。
……そういえば、 パパ以外で……ずっと一緒にいる誰かから何かを貰うって……初めてかも……
スケッチをしながらエインはふとそう感じた。
今まで彼女は旅で立ち寄る村や街で、 誰かから何かを貰う事はあったものの、 こうして旅を共にする仲間から何かを貰うというのは初めての経験だ。
いつも一緒に過ごしていて、 彼女の事を他の誰より理解する仲間から貰う物。
それは何なのかがエインには予想が出来なかった。
ただ、 彼女はそんな予想が出来ないモノを楽しみにしていた。
その夜、 一行は部屋に集まってエインに買ったものを出す。
ウルは小さな緑の宝石が装飾された首飾り、 ガルンは花の彫刻が彫られた銀の指輪、 カミツグは小さな緋色の石が装飾された髪飾りだった。
全員アクセサリーじゃないかと三人は笑い合う。
エインはそんな三人からのプレゼントに凄く喜んだ。
早速それらのアクセサリーを身に付け、 三人に見せる。
「おぅ、 けっこう様になってるじゃねぇか」
「綺麗ですよ師匠」
「よく似合っている……」
と、 彼女を見た三人は似合っていると褒める。
すると、 ウルがふと 何の記念日でもないのにプレゼントを渡すのも違和感があるな と呟く。
そこでガルンはエインの誕生日を聞く。
しかし、 エイン自身も細かい日にちまでは分かっていないらしく、 父と出会ってから大体の年数で歳を数えていたそう。
……確か暦っていうんだっけ……パパから教わっておくんだったなぁ……誕生日なんて考えた事なかったし……
エインは父から細かい暦について習っておかなかった事を後悔した。
因みに、 この世界の一年はこちらの世界で395日と、 日にちが一ヶ月分多く数えられている。
故に一年は十三ヵ月として数えられている。
そして現在は『太陽の時代』と言われており、 『火の時代』から約10万年後の時代とされている。
その間にも幾多もの時代が移り変わっているが、 その詳細はここでは省くとしよう。
その話をウルから聞いたエインは、 それを踏まえた上で自身の誕生日がいつなのか考え込む。
そこで
「……それでは、 今日を誕生日にしてはいかがでしょう? 」
ガルンがそんな提案を出す。
思い返してみれば、 エインとガルンは出会ってからもう一年近くは経っている。
誕生日が分からないのであれば、 この機会に誕生日を決めてしまおうと彼は言う。
そんな適当でいいのかとカミツグは言うが、 こういったモノに関しては大雑把なウルは大賛成した。
勿論、 難しい事は考えないエイン本人も
「うん♪ それがいいね、 今日が私の誕生日♪ 」
ガルンの提案に賛成した。
その時、 彼女は父の事を思い出す。
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それは彼女が父からポーチを貰ってから間もない頃の事……
森に日が射す昼下がり、 エインと父は森を散歩していた。
その時、 ふと父は言った。
「……エイン、 旅に出るなら……誰か一人でも仲間を作るといい……」
「どうしてぇ? 」
当時、 仲間というモノがどういうモノなのかを知らなかったエインはキョトンとした表情を見せる。
そんな彼女に父はいつものように優しく頭を撫でながら言う。
「大事だと思える物が増えるからだ……お前にとって大事な物は、 なにも俺から貰うモノが全てではない……それを知って欲しいんだ……」
当時はイマイチイメージが出来なかった彼女は、 何となくその場で頷くだけだった。
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……パパ……やっと分かったよ……あの時パパが言いたかったこと……
思い出したエインは思わず微笑んだ。
そんな彼女を見てどうしたのかと聞く三人。
「……うぅん、 何でもない♪ ただ、 仲間がいるのって……こんなに楽しい事なんだなぁって……」
それを聞いた三人も微笑んだ。
「そんじゃ俺の誕生日の時も何かプレゼントしてもらおうかねぇ♪ 」
「俺は師匠からなら何だって嬉しいです」
「ちょっと図々しくないか……お前ら……」
そんな事もありつつ、 一行は着実に目的地へと近付いていくのだった。
「そう言やぁガルン、 お前がエインに渡したアレ……どういう意味なのか分かってて渡したのか? 」
エインの部屋を後にした時、 ウルはガルンのプレゼントについて触れる。
彼が渡したあの指輪に彫られている花、 あれは青燕の花を模ったモノだそう。
恐らく、 単にエインが好きな花だからという理由で選んだのだろう。
しかし、 その花の指輪には花言葉とは別に、 ある意味が込められているとウルは言う。
それは……
「『初恋の君へ』……って意味なんだぜ、 アレ♪ 」
それを聞いた瞬間、 ガルンは大量の冷や汗を搔きながらあたふたする。
そんな彼の反応を見たウルは大笑い。
ガルン自身はあの指輪にそんな意味が込められているとは知らなかったのだ。
エインには言うなとガルンはウルに念を押す。
「わぁーってるよ、 お前がそんなの知る筈も無かっただろうしな♪ 」
そう言ってウルは秘密にするとガルンに約束した。
……まさかあの指輪にそんな意味が……しかし……
廊下で一人になった時、 ガルンは日頃のエインの事を思い出す。
思えば彼女の見せる笑顔は太陽のように輝いており、 時折見せる優しい表情はまるで女神のように美しかった。
「……まさか俺が……師匠に……」
そう呟いた瞬間、 ガルンは自分の頭を叩いた。
続く……




