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私はただの『旅人』です。  作者: アジフライ
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第三十二話

前回、 ユレフェイにて休息をしたエイン達一行。

しかし、 その中で盗賊組織の者の襲撃に遭い、 一つの場所に長く留まる事は危険だと判断する。

一行は襲撃後すぐに街を発つことに決めた。

ベリスタ帝国北東部、 ユレフェイ北街道付近にて……

そこは崖際に作られた荒れた道、 時に風が強く吹き、 通る者を崖から落とすという危険な道だ。

元は鉱夫が使っていた近道だったという。

そこで、 一行は立ち往生していた。

理由は……


「助けてぇーー! ! 」


一行の頭上に大量の巨大なコウモリの魔物。

その内の一匹に捕まっている一人の男、 商人である。

一行はコウモリの魔物の群れに遭遇していた。

……あの魔物はぁ……本で見た、 確か ガウシュ……


地闇魔(ガウシュ)、 それは暗い洞窟に潜む巨大なコウモリの魔物である。

主に風が吹く谷にある洞窟に生息しており、 匂いや音に反応し集団で襲う習性を持つ。

殆どは洞窟の奥で獲物を狩るとされているが、 餌が少ないと洞窟の外に出て狩りを行う事もあるそう。

風の吹く谷に巣を作るのは、 外での狩りで風に乗りやすくする為だとも言われている。

体長は一般の成人男性程の大きさがあり、 翼を広げるとその三倍にもなる。


現在一行はそのガウシュの群れに襲われている行商人と出会い、 助けるために群れと交戦中だ。

脚をこちらに向け、 次々と空から襲って来るガウシュの群れ。

それをガルンとカミツグが武器を振り回して他二人を守る。

ウルは何とか行商人を助けようと風魔法で彼を掴んでいるガウシュを撃ち落とそうとする。

しかし、 風が吹く谷の中、 風に乗るガウシュを撃ち落とすのは手練れの弓使いでも至難の業、 ウルは行商人への被弾を考えて下手に撃てずにいた。

そんな中、 エインは飛んでいるガウシュを手記にスケッチしていた。


「師匠! スケッチは後にして頂けませんか! ? 」

「あの行商人を何とか出来ないか? 」


……生きてるガウシュをスケッチしたいのにぃ~……

ガウシュの対処に追われる二人に言われた彼女は、 少し頬を膨らませながら宙を舞う行商人の方を見る。

そしてしばらく周囲の状況を確認すると、 しょうがないなぁ~と呟きながら高く跳び上がった。

エインは行商人を掴むガウシュへ一直線に向かって行き、 構える。

ガウシュは咄嗟に飛ぶ方向を変え、 回避しようとする。

しかし、 彼女は近くを飛んでいたガウシュの頭を踏みつけ、 素早く跳ぶ方向を変えた。

咄嗟の方向変換にガウシュは反応し切れず、 一瞬で足を切断されてしまった。

解放された商人は落下し、 地面に激突してしまうかと思われたが、 その落下直前にウルが風魔法で衝撃を減らし、 無事行商人を保護した。

獲物を奪われたガウシュは再び行商人を襲おうとする。

しかし……


『……ッ! ! 』


空中で落下しながらこちらを見つめるエインを見た瞬間、 群れ全体が恐怖した様子で谷底の洞窟へ逃げ帰っていった。

彼女が殺気で追い払ったのだ。

……相変わらず師匠の殺気は凄まじいな……あんな多くの群れを全て退かせてしまうなんて……

彼女を見たガルンは新ためてその凄まじさに畏怖した。

そうして地面に着地したエインは一仕事を終えたような表情を浮かべる。


「ふぃ~、 救助完了♪ 」

「行商人は気絶してるけどな」


ウルがそう言うと、 エインは気絶している行商人に手を合わせた。

それを見てウルとカミツグはバカタレと言って彼女の頭を叩いてツッコミを入れる。

その後しばらくして、 森の安全な場所にて……

目を覚ました行商人は一行に礼を言う。

なんでも、 ベリスタ帝国北東の国境を出てしばらく進んだ所にあるという雪原の村へ向かっていたところをガウシュに襲われてしまい、 危うく命を落とすところだったという。

その話を聞きつつ、 エインは持ち出したガウシュの死体を調べていた。

……ほほぉ……翼は頑丈な膜で出来てるんだぁ……あんな強い風でも飛べたのはこれが理由かぁ……匂いは……なんか木の皮みたい……

彼女は隅から隅まで死体を調べて手記に書き込み、 何かに使えそうな部位は分解してポーチに突っ込んでいく。

それを見たガルンはふと質問する。


「……コウモリの肉とは……食えるのだろうか……肉は大きくて赤みがあって美味そうだが……」

「やめとけ、 ガウシュの肉は煮ても焼いても臭くて食えたモンじゃねぇ」

「肉食獣の肉は基本的に臭みが強過ぎると聞くしな……ガウシュは確か肉食だ」


それを聞いたガルンは少し残念そうな顔をする。

実は度々、 一行は食料が少ない時は狩った魔物などを料理する場合もあるのだ。

その殆どはエインの手記に記されている料理を元に調理するが、 彼女以外の者がやると何故か失敗する事が多い。

……腹は満たせても美味くないとどうもなぁ……師匠の腕でもガウシュは流石に無理か……

食い意地を張ってしまったかと少し反省するガルン。

その時、 エインは三人がガウシュの肉の話をしていたのを見て話し掛ける。


「ガルン、 ガウシュのお肉に興味あるの? 」

「え……あぁ、 まぁ……しかし食べれないのでは……」


そう言うガルンにエインはチッチッチ、 と舌を打ちながら指を振る。

すると徐にポーチから草に包まれた何かを取り出す。

それは先程解体したガウシュの肉だった。

何故使えない肉なんて取ってあるのかと聞く三人に、 エインは説明した。


「ガウシュのお肉はねぇ、 ちゃんと食べ方があるんだよ♪ 」


エインが言うには、 ガウシュの肉とはそのまま焼いたり煮たりして食べるのではなく、 基本的に下ごしらえをしてから調理をするのだそう。

ガウシュの肉の臭みは基本的に酒や果実などに漬け込む事で殆ど取れる。

更に香りがいい葉などと一緒に焼く事で臭みは全く無くなるという。

その話を聞いていた行商人は、 大陸の南側にそういった肉食獣の肉を料理する文化を持つ国や部族があると話す。

……なるほど……一概に肉食獣とは食べれない物ばかりではないという事か……

一連の話を聞いていたガルンは、 料理の奥深さを感じた。

そんな話をしながら歩いている間に日が暮れる。


一行は焚火を囲い、 料理の用意をした。

その材料は先程エインが見せたガウシュの肉だ。

彼女はガウシュの肉にハーブのような香りがする葉を挟んでいたらしく、 一同はその匂いを嗅いで驚く。

殆ど臭みが無かったのだ。


「ふふん♪ あとはぁ、 お肉に軽く火を通してから……油を塗った熱々の鉄板に乗せてぇ、 お酒を少しかけてじっくり焼くと……」


そうして完成したのはガウシュのステーキだ。

シンプルながらも、 ほんのりと香るハーブのような匂いと香ばしい脂の匂いが食欲をそそる。

一行はそのステーキを食べて絶賛した。

こんな光景は珍しくも無い、 エインが料理をするたびに皆そんな反応をする。

聞けば、 エインは父から料理も教わっていたらしく、 旅において美味い料理は士気にも繋がるし、 何より餓死を防ぐ一因にもなるとの事。

……旅人とはやはりそれなりに自給自足が出来ないと生きてはいけないからなぁ……エインの父はさぞ凄い旅人だったのだろう……

エインの料理を食べながら一同はそんな事を思う。


「……かぁ~食った食ったぁ……やっぱエインの作った飯が一番だぜ! 」


食後、 ウルは膨れた腹をさすりながらそう言う。

すると、 一緒に食べていた行商人はウルにある質問をする。


「……あの旅人様は、 どうしてあぁもなんでも出来るのでしょう……私を助けて頂いた時も、 剣の腕はかなりのものでしたし……料理だけでなく魔物に関してもかなり博識でした……」


それを聞いたウルは確かにと思いつつエインの事を見る。

彼女はいつものように楽しそうな顔をしながら今日出会った魔物の事を手記に書き込んでいる様子。

今日も父の事を思い出しているのだろうか。

……考えてもみりゃ……あいつの持っているモノは全部、 元は親父からの受けよりだよなぁ……

剣術を始め、 帽子も、 剣も、 手記帳も……その知識に至るまで、 エインが持つ何もかもは父から貰った物ばかりだった。

普通の人間なら、 知識も物も、 全て両親から貰う訳ではない……故に忘れる事もあるし、 失くすこともある。

だが、 エインはその全てを失くしもしないし、 忘れる事も無い。

そんな事を考えている内に、 ウルは段々微笑みが浮かんでくる。


「……あいつの持つモノ全部が……親父との思い出だからなのかもな……」


彼女はふとそう呟く。

何故そう思うのかと行商人は聞く。


「……あいつにはな、 親父しかいなかったんだ……話す相手も遊ぶ相手も親父だけ……あいつの中に残る記憶の殆どは親父……かけがえの無いたった一人の家族との思い出、 アンタにそれを忘れることが出来るか? 」

「……なるほど……確かに、 忘れられませんね」


理解した行商人は微笑む。


「まっ、 今は俺達がいるからな……あいつの親父に負けねぇくらい思い出を作ってやるつもりだ♪ 」


……この人達は……良い仲間だ……

話を聞いた行商人はそんな事を思った。


翌朝、 一行は再び出発する。

朝霧が漂う道の中、 エインは鼻歌を歌いながら歩いていると、 あるものに目が留まる。

それは『青燕(そうえん)の花』と呼ばれる、 淡い青色をした花びらが特徴の花だった。

その形は我々の世界で言うところの『ヒエンソウ』にそっくりで小さく可愛らしい。

エインはその花を見て懐かしむように微笑む。


「このお花……ここにも咲いてたんだ……」

「好きなのですか? この花」

「うん、 私が一番最初に見つけたお花なんだぁ……確か花言葉っていうのがあってね……このお花はぁ……」


彼女は青燕の花の花言葉を思い出そうとする。

そこでウルが教えた。


「そいつの花言葉は『自由』だぜ……」


それを聞いて思い出したエインはポンッと手を叩く。


青燕の花とは、 古代神話の時代、 ザルビューレが世界の形を変えた時から咲いていると言われ、 繁殖力は低いがどのような環境、 場所でも咲くことが出来るとされている。

故にその分布は世界中に広がっており、 探そうと思えばどこでも見つけられる。

ただ、 先に言ったように繁殖力が低い植物であるため、 見つけにくいモノでもある。

そんなどこにでも咲けるという性質と、 その癖人や動物の前には中々姿を現さず、 まるで気まぐれな妖精のようなイメージから、 『自由、 気まぐれ』といった花言葉が付けられたのだ。

また、 伝説ではザルビューレが住まう森、 神霊の樹海には大量の青燕の花が咲いているという話もある。

そして実際、 エインはその森で父と過ごしていた為、 青燕の花は見慣れていた。


すると、 エインは過去の事を思い出す。

それは、 自分にエインという名が付けられて間もない頃……

月明かりに照らされる森の中……

エインは夜の森を父と共に探検していた。

どこからか聞こえる小川のせせらぎ、 心地よいそよ風……

蛍のような光が辺りを舞っている。

そんな幻想的な夜の森にエインは密かに心を躍らせた。

するとそこに、 月光が射す森の吹き抜けを見つけた。

そこには沢山の青い花が咲いており、 そよ風になびいて月の光を反射し、 煌めく青い絨毯のような美しい光景を作っていた。


「すごい……パパ……これはなに? 」


花について聞いてはいたが、 まだ実物を見たことが無かったエインは父に聞く。


「……これは青燕の花だ……実物はこれが初めてだったな……」


そう言って父は花を一輪摘み取り、 エインに渡す。


「そいつにはな……花言葉というモノがあるんだ……青燕の花の花言葉は『自由』だ……」


花言葉を教えた父は、 彼女の頭を優しく撫でる。



エイン……その花のように……『自由』に生きろ……



最後に父はその言葉を送る。

……てっきりあの森にしか咲いてないのかと思ってた……どこでも咲くんだ、 このお花……

すると、 徐に彼女は青燕の花を一本だけ摘み取り、 眺める。


「……押し花にしよっかな……あの森にはいっぱいあったから作ろうとは思わなかったけど……何だかこの子は特別に感じる……」


そう言って彼女は一本の青燕の花を持ち出す事にした。

……『自由』……かぁ……まるでエインみてぇな花だな……また親父の事でも思い出してんだろうなぁ……

青燕の花を持つ彼女を見たウルはそう思った。

続く……

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