第三十話
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ベリスタ帝国北東部、 鉱山の街 ユレフェイ……
多くの岩山が立ち並ぶ大地にある鉱山の一つにて、 大爆発が発生した。
爆煙が吹きだす鉱山の出入り口から、 雄叫びを上げながら飛び出してきたのは……
『ヌォアァァァァアアァ! ! ! 』
「わっははぁ~~~い♪ 」
エイン、 ガルン、 ウル、 カミツグの四人だった。
レオウスの脅威から救った村から出発して数日、 ユレフェイに到着した一行は現在、 ある依頼を受けている最中だった。
それは、 鉱山の一つで偶然発見された、 地下に棲むドラゴンの巣の調査、 及び討伐だった。
それで一行は巣へと向かったはいいが、 気が立っていたドラゴンに攻撃されて逃げ帰って来たという事だ。
一行は地面に転げ、 息を切らす。
「はぁ……はぁ……師匠、 流石にドラゴン相手にあれは……」
「バッカ野郎お前! ドラゴンの卵を盗むとかイカれてるのにも程ってモンがあるだろ! 」
そう言われるエインの腕にはドラゴンの卵が抱えられていた。
この世界においてドラゴンとは貴重な生物でもあり、 最強種の一つでもある。
それらの祖先は全て、 神話にも登場するザルビューレであると言われ、 その力は並の魔族を凌駕する程だ。
その鱗は鋼鉄の十倍以上の硬さを持ち、 爪は岩を豆腐の如く斬り裂き、 砕く、 翼は竜巻をも引き起こす力を持つとされている。
正に最恐にして最強を象徴する生物なのである。
そんな生物の身体の一部でも持ち帰れば、 一生遊んで暮らせる程の金が手に入る。
それが卵であれば尚更だが、 もっともエインにとっては、 ただ興味の対象でしかなかった。
「……だって……調べてみたかったんだもん……」
彼女は頬を膨らませながらそう呟く。
ドラゴンが最も嫌う事は、 自身の縄張りに入られる事と、 卵に触れられる事だ。
一行はその内の一つ、 縄張りに侵入した。
そして、 エインが卵を盗み出した。
タブーのコンプリートである。
……ドラゴンとは何回か戦った事はあったけど、 卵なんて見た事なかったし……こんなチャンス逃したくなかったもん!
そう思っていたエインは大事そうに卵を抱く。
それに対しウルは卵を没収しようとし、 彼女をペチペチと叩き、 ガルンはそんな二人を宥めようとする。
それを見ていたカミツグは呆れ顔を見せる。
……いつもこんな感じなのか……この三人……
そんな事がありつつ、 問題のドラゴンをどうにかしようと一行は再び鉱山に入った。
ただ、 既に正面からは警戒されてしまっているため、 他の作戦を考えることにした。
現在の状況は、 ドラゴンの巣に繋がっているのは一本の坑道のみ。
その巣の周辺に他の坑道は無く、 鉱山からのルートでは正面から行く他ない。
ただ、 坑道以外にも巣への出入り口はある。
そこは普段ドラゴンが通っているであろう洞窟であり、 それが地上のどこに繋がっているかまでは不明。
そして、 現在確認されている時点で判別されているドラゴンの種類は、 『鉱爵竜』と呼ばれるものである。
鉱爵竜とは、 地下に巣を作る竜種であり、 群れは作らず、 主に鉱物を食べて生活している。
体内には硬い鉱石を溶かす為の器官があり、 そこから溶解した金属などを吐く事で攻撃する事も出来る。
大人になると体長は二十メートル前後になるとされ、 この世界のドラゴンの中では少し小さめの部類に入る。
また、 鉱石を食す事によって体表に金属質の鱗を形成し、 身を守る生態を持つ。
鱗は食べる鉱石によって色や形も異なり、 まるで貴金属を着飾る貴族のような見た目から、 鉱爵竜と呼ばれている。
因みに、 硬い鱗や牙などは武具の素材としても使われ、 一部の魔物狩りの間では素材が高く取引されている。
先程の爆発はその鉱爵竜の攻撃が坑道内に残っていた爆薬に引火したという訳だ。
「どうするよ、 この狭い坑道でまたあんなの吐かれるのは御免だぜ? 」
「俺もガルンもどうしようもないな……ウルの魔法では防げないのか? 」
「無理に決まってんだろ、 相手はドラゴンだぞ! ? 」
エインを覗く三人がそんな話し合いをしている中、 エインはポーチの中を漁って何かを探しているようだった。
……何かいいの無かったかなぁ……ドラゴンって結構敏感だから隠れながらは厳しいもんねぇ……
そんな事を考えながら彼女はポーチから次々と謎のガラクタを取り出す。
それを見たカミツグはガラクタの一つを拾い、 これを全て一人で作ったのかと感心する。
「大体失敗作だけどねぇ、 あとそれはイーレレの声を再現する笛ね、 聞いても死にはしないけど三日ぐらい気絶するよ♪ 吹いた人も漏れなく♪ 」
それを聞いたカミツグは笛を投げ捨てる。
因みに 命食草とは、 特殊な性質を持った植物の名である。
赤や黄色などの鮮やかな花を咲かせる根菜類の仲間で、 よく民間用の魔法薬の材料などに使用される。
ただ、 栽培方法には注意が必要で、 まだ未熟状態の物を触れたり傷つけたりすると、 人間の叫び声のような警戒音を出す。
その叫びを聞いた者は耳や鼻、 身体中の穴という穴から血を吹き出し、 命を奪われるという恐ろしい特性を持っているのだ。
故にイーレレを栽培する仕事に携わる者は、 聴覚を失っている者が殆どだという。
カミツグを見て何してんだと呆れるウル、 すると彼女はある魔道具に目が留まる。
それは一見小さな盾だったが、 何らかの魔力が感じられる。
ウルはどういった魔道具なのか聞いたところ、 その盾は持つ者の身体の大きさに合わせて大きさが変化する盾だという。
本来は剣や槍などの武器に変形できる盾を作ろうとしたそうだが、 失敗して大きさしか変わらないモノが出来てしまったのだそう。
……まぁそもそも私、 剣以外の武器はからっきしだから使えないんだけどねぇ……
話を聞いたウルは少し考え込む仕草を見せ、 ふとガルンにその盾を持たせた。
すると、 盾はガルンの体格に合わせ、 彼の身体を覆える程に大きくなった。
「おぉ……凄い、 大きさは違うのに重さは一切変わらない……」
「……もしかしたらこれ、 使えるかもな……」
ウルは何か思い付き、 エインに盾の耐久性について聞く。
流石に鉱爵竜のブレスを何発も耐える事は出来ないが、 一、 二発程度なら耐えられるかもとの事で、 それを聞いた彼女は皆に作戦を話す。
数分後……
鉱爵竜の巣にて、 竜は相変わらず坑道の方を警戒している様子。
するとそこから巨大な盾を持ったガルンが姿を現す。
鉱爵竜はすぐさまブレスを吐き出し、 盾を攻撃する。
盾は一部が溶解してしまい、 一発で使い物にならなくなってしまった。
次の瞬間、 ガルンの後ろに隠れていた三人が飛び出し、 鉱爵竜を囲う形で移動した。
そしてエインは高く跳び、 鉱爵竜の首に刃をかける。
しかし……
『キィィィイィンッ! 』
「ッ……かったぁ~! 流石ドラゴン」
エインの剣でも鱗は斬れず、 攻撃は失敗する。
その攻撃に鉱爵竜は怒り、 エインを追いかけ始める。
……これでいい……エインが気を引いている間に……
隙を見てウルは魔法を詠唱し、 鉱爵竜の足元の地面を泥に変化させて転ばせた。
それを見計らいカミツグは倒れた竜の頭の方へ突進し、 耳の方にしがみ付く。
次の瞬間
『キエェアァァァァァッ! ! ! 』
と、 空間に凄まじい叫び声が鳴り響く。
その音の主は先程エインが出した魔道具の中にあった、 イーレレの声を出す笛だった。
空間にいた全員は耳を塞ぎ、 叫び声を聞かないように必死になる。
……いくらドラゴンとは言え……イーレレの声を耳元で諸に聞けばただじゃ済まねぇだろ!
そう、 これがウルの作戦だった。
鉱爵竜に一度ブレスを吐かせる事で次の手までの時間を稼ぎ、 エインが注意を引いている間に隙を作り、 あの笛で竜を昏倒させるというものだ。
これで流石の鉱爵竜も気絶しただろう。
そう思っていた……
「ッ! ぬおぉ! ? 」
何と、 鉱爵竜は気絶する事は無く、 音に悶絶して暴れ出してしまったのだ。
作戦が失敗し、 一行は混乱する。
すると、 暴れた拍子に振り回された尻尾がウルに目掛けて振り払われる。
それをカミツグは間一髪のところで彼女を守るように抱き、 壁に吹き飛ばされてしまった。
お陰でウルは無事だったが、 カミツグは頭から血を流す程の怪我を負ってしまう。
そして、 鉱爵竜は笛を吹いたカミツグの事を根に持ったのか、 続けて巨大な爪を振り下ろしてきた。
万事休すかと思われた次の瞬間、 エインが目にも留まらぬ速さで横から飛び出し、 一瞬で鉱爵竜の腕を斬り落とした。
「なッ! 斬れねぇんじゃかなったのかよ! ? 」
「鱗はね♪ 」
先程の攻撃で鱗ごと斬るのは不可能だと判断したエインは、 鱗と鱗の間に刃を滑り込ませる事で直接肉を斬る事が出来るのではと思い、 結果切断する事に成功したのだ
……普通のドラゴンさんなら斬れたけど……流石に色んな金属を食べてるだけあって硬かったなぁ……後でどれだけ硬いのか調べてみよ♪
初めて斬れない相手に遭遇したエインはそんな事を考えていた。
そして腕を切断された鉱爵竜は驚き、 痛みで雄叫びを上げる。
それを見たカミツグはガルンに声を掛ける。
ガルンは空かさず大剣を抜き、 竜に目掛けて投げた。
大剣は見事に鉱爵竜の眼に命中し、 突き刺さった。
その瞬間、 ガルンは走り出し、 竜の眼に目掛けて跳び上がった。
そして、 竜の頭に捕まった彼は浅く突き刺さった大剣を掴み、 更に奥へと力一杯に押し込んだ。
大剣は鉱爵竜の脳にまで達し、 絶命してしまった。
『……や、 やったぁ~……! 』
討伐に成功し、 身体の力が一気に抜ける三人。
エインは相変わらずの様子で鉱爵竜の身体に興味津々で、 鱗をべりべりと剥がしたり、 牙を次々引き抜いたりと、 死体を漁りまくっていた。
そんな光景を見てウルは
……なんかあいつ……密猟者みてぇだな……
カミツグの治療をしながらそんな事を思った。
無論依頼を受けての討伐なので死体漁りをしても問題はない。
そんな事がありつつ、 一行は街へ戻った。
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ユレフェイの酒場にて、 一行は一仕事を終えて一休みしていた。
「にしてもホント物好きだよなぁお前、 金なんざ大会の時たんまり稼いだってのにあんな依頼受けるなんてよ」
「興味本位だからねぇ♪ それにお金だけど……もう結構危ないんだよね……」
そう言いながらエインは金貨袋を取り出し、 中身を見せる。
その残金、 金貨三枚と銀貨、 銅貨数枚。
四人で毎回立ち寄る街で買い出しをしながら旅をしていくとなると、 大体一ヶ月程でなくなってしまう金額だ。
因みに大会で貰った賞金は金貨二十枚、 現在までに十七枚程使い切ってしまっていたのだ。
何に使ったんだと詰め寄るウル。
聞けばエイン、 今までにない大金を手にして調子に乗ってしまったらしく、 賞金の殆どを魔道具作りの材料や見た事ない本などを買うのに使ってしまったのだという。
それを聞いたガルンは彼女の肩に手を置く。
「……師匠……今度何か買う時はちゃんと相談してください……」
「はい……」
珍しくガルンに叱られたエインであった。
その晩、 エインは部屋で今回の依頼で討伐した鉱爵竜についての情報とスケッチを手記帳に書き込んでいた。
……なるほどぉ……鱗は一層の構造じゃなくて、 何重も薄い層が重なって出来てるんだ……こりゃ普通に斬ろうとしても斬れない訳だぁ……
彼女は採取した鱗を観察しながらその硬さの秘密を知る。
そうして手記を書き終えると、 彼女は夜の街を散歩に出かけた。
鼻歌を歌いながら街の至る場所を探検するエイン。
すると、 街から少し外れた荒野にて、 何者かがいるのに気付く。
近付いてみるとそこに居たのはカミツグだった。
彼は鞘に納めた刀を振り、 剣の特訓している様子。
……ほえぇ~……怪我したっていうのに頑張り屋だなぁ……
怪我をしていながらも特訓をする彼を見たエインはそんな事を思いながら彼の傍に歩み寄る。
「カミツグ♪ 」
「あぁエインか……どうした、 こんな夜遅くに」
「ちょっとお散歩♪ それより頑張ってるねぇ~」
そう言うエインに、 ただ闇雲に振り回しているだけだと彼は言う。
彼曰く、 戦いで傷を負った時はこうして一人で特訓をしているのだという。
何故そんな事をするのかと聞くと、 国崩九魔を倒す為に怪我をしても尚闇雲に特訓続けていた結果、 いつの間にか癖になっていたのだという。
「傷を負うという事は……その分、 自分にまだ弱さがあるのだと……勝手に思い込んでてしまってな……」
弱くては国崩九魔には勝てない……勝つために、 強く在らねばならない……傷の数は自分の弱さの数だ……
エイン達と出会うまで、 彼はずっと自分にそう言い聞かせていた。
しかし、 彼女達と出会ってから、 それは間違いだと気付いた。
……誰しも弱さはある……それでも、 助け合える者がいるから強く在れるのだ……と……
するとカミツグは頭の包帯を触りながら
「だが……この先……傷を負う事があっても、 それは誰かを守れた証だと誇れるようになろうと……そう決めた」
微笑みながらそう呟いた。
「……うん、 いいと思うよ……そっちの方がカミツグらしいもん♪ 」
彼の話を聞いたエインは、 優しい笑みを浮かべてそう言った。
そんな彼女の表情を見たカミツグは少し顔を赤らめ、 顔を逸らす。
彼から見た彼女の笑顔は、 まるで月光に照らされる女神のように見えたから……
……こいつ……こんなに大人びた顔してたか……?
彼はエインの不思議な美しさにそんな事を思った。
「にしてもカミツグ……あのドラゴンさんの攻撃をまともに受けてその程度の怪我で済むなんて……頑丈なんだね……」
「あぁ、 前に落石が頭にぶつかった事もあったが……今回もそれくらいの痛みだったな」
普通ドラゴンの攻撃を受ければ、 防具を装備していても全身粉砕骨折は免れないのが常識だ。
だが、 彼はそんな攻撃を受けて頭から出血はするも、 骨一つ折れる事も無かったのだ。
……あれ……カミツグってもしかしてガルンより頑丈……?
エインはそんなバケモノじみたカミツグの頑丈さに少し不気味に思った。
続く……