第二十九話
前回、 エイン達は新たな仲間、 カミツグを加えフィーレイを旅立ち、 次は大陸の北にあるという魔法都市 フィエレンテを目指す事にする。
その途中、 訪れた村にて、 一行は厄災魔獣である植物の魔物 レオウスを討伐する事となってしまう。
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防毒用のスカーフを付け、 井戸へ向かう一行。
その中でエインは、 毒は平気だから付けなくて大丈夫と言い、 そのまま現場へ向かった。
……言われてみればロヌエラスの毒を舐めても舌が痺れる程度だったな……相変わらず人間とは思えない化け物ぶりだな……
毒もほぼ効かないというエインの身体にウルは心の中でそう思った。
そんな事をしつつ、 一行は村の井戸の前に来た。
作戦通り、 油が入った瓶を井戸に投げ込み、 紐に火を点ける。
そして……
『ッ! ! 』
火の点いた紐を井戸に投げ入れると、 中から爆発音が鳴り響いた。
一行の足元は揺れ、 井戸からは黒い煙が立ち昇る。
レオウスは燃え尽きたかと思われたその時、 井戸の周りの地面を突き破り、 無数のツタが地面から這い出てきた。
そして、 井戸からは本体と思われる巨大なツタの塊が這い出てきた。
その先には巨大なバラのような花を咲かせており、 怒り狂ったかのように暴れ回っていた。
「し……師匠……これって……」
「うん、 失敗♪ 」
エインは振り向いてウィンクをしながらそう言った。
ふざけてる場合かとウルがツッコミを入れた次の瞬間、 レオウスは四人に目掛けて巨大なツタを鞭のように振り下ろしてきた。
それをガルンは大剣で斬り落とした。
しかし、 斬られたツタはすぐに再生してしまう。
エイン曰く、 レオウスは高い再生能力を持っているらしく、 花の部分を斬り落としても再生するという。
すなわちエインでも切り倒せない植物という訳だ。
「どうすんだよそんな相手! さっきので燃えなかったって事は火も効かねぇぞ! 」
「私の時は……確か根元にあった核を燃やして倒したんだよねぇ……多分このレオウスにも根元に同じのがあると思うんだけど……」
そう言いながらエインはレオウスの下の方を見る。
しかし、 肝心の根元は井戸の底にあるらしく、 核は見当たらない。
……まいったなぁ……根元も見えないんじゃ倒しようが無いよぉ……いや……ウルならもしかしたら……
万事休すかと思われた時、 エインはある方法を思いつく。
そしてツタの対処で忙しそうなウルに話す。
「ウル、 もしかしたら井戸の中に転移できれば根元の隙間に潜り込めるかも! 」
「お前転移まで使えたのかよ! 」
実はエイン、 転移の魔法も使う事が出来るのだ。
ただ、 自分の足で歩きたいと考えている彼女は普段は全く使うことは無い上、 鍛錬も積んでいないため範囲もせいぜい十数メートルまでしか飛ばせないのだそう。
それでも、 こういった入れない場所に入りたい時などでは十分活躍する。
そして、 提案を聞いたウルは
「それを俺にやれってか! ? 」
と、 あまり乗り気では無さそうだ。
「体の大きさ的に入れそうなのはウルしかいないの、 お願い! 」
そう言う彼女に、 他に手段が浮かばなかったウルは仕方なく承諾し、 エインに転移を頼む。
そして、 エインは核の特徴を伝え、 魔法陣を展開する。
「最悪転移した傍から根っこに巻き込まれて一体化しちゃうかもだけど……その時はごめんね♪ 」
「え……今なんか聞き捨てならねぇ事――」
こうしてウルはレオウスの根元に転送された。
…………
井戸の中、 レオウスのツタが絡み合う空間に、 ウルが転移して来た。
その瞬間、 彼女は自身の身体に異常が無いか確かめる。
……巻き込まれはしなかったみたいだな……アイツはとりあえず後でシバく……
根に巻き込まれなかったことに安心したウルは核を探す。
話では、 核は青白く光る小さな蕾だそう。
ウルはその情報を頼りに這いずりながら進んでいく。
…………
一方、 地上では三人が眠っている村人がツタに巻き込まれないよう必死に守っていた。
しかし、 斬った傍から再生するためキリが無く、 ウルが核を破壊してくれるのを待つ他無かった。
「このままだとじり貧だぞ! 」
「師匠、 本当にウルは大丈夫なんですか! ? 」
ウルの事をあまり信頼し切っていなかった二人は心配する。
しかし……
「大丈夫、 ウルは私より探し物が得意なんだから♪ 」
エインはそう言い切った。
彼女は旅の中でウルの得意分野を理解していた。
洞窟や遺跡などの狭い空間において、 ウルはどこに隠し部屋や罠があるのかを把握できる能力がある。
エルフ特有の大きな耳から来る聴力と、 七百年以上積み重ねてきた膨大な知識と経験から来る、 ウルならではの能力だ。
それはエインにも真似のできない事だ。
故に、 状況的に彼女が適正だと考え、 井戸の中へ送ったのだ。
だがそれ以上に、 彼女はウルの事を信じていた。
……普段は口が悪くて怒りっぽいけど……ウルは一度やると言った事は絶対にやり遂げてくれる……
エインはそんな意志の強い彼女を見てきてそう思うようになっていた。
それはウル自身も感じ取っていた。
こんな何処の誰とも知れない盗賊エルフの自分を信じてくれる者がいる。
それが彼女にとって、 久しく喜びを感じる程に嬉しかった。
だったら期待にとことん応えてやる……それが彼女のエインに対する思いだった。
そして、 攻撃に耐える事数分、 突然レオウスの動きが止まる。
すると根元の方からウルの叫び声が聞こえてきた。
次の瞬間
「おんどりゃぁぁぁぁぁ! ! ! 」
と、 凄まじい雄叫びと共に風の刃でツタを斬り刻みながらウルが飛び出してきた。
その手には青白い蕾、 レオウスの核が握られていた。
彼女は飛び出した勢いで地面に転げ落ち、 同時にレオウスは徐々に朽ち果てていく。
こうしてエイン達はトラブルがありつつもレオウスの討伐に成功した。
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討伐後、 村人達は毒の効果が消えて次々と目が覚め、 エイン達が原因を絶ってくれた事を知る。
村は総出で感謝の宴を開催し、 一行をもてなした。
「勇者様はこんな小さな村なんて助けてはくれなかったでしょう……本当に助かりました」
「いいよいいよ! たまたま通りかかっただけだしぃ♪ 」
それに倒せたのはウルのお陰だし……
エインは感謝する村人に囲まれながらも、 抜け出してウルの元へ向かった。
当の本人は村の老人たちに孫のように扱われており、 口では嫌がりつつも満更ではなさそうだった。
するとエインに気付いた彼女も抜け出し、 場所を変えて話をする事にした。
…………
夜空がよく見える丘の上にて……
二人は座りながら今回の戦いの事を振り返る。
「全く……国崩九魔を倒したと思ったら、 まさか厄災魔獣にまで遭遇するとは……ホントお前ってツイてねぇよな……」
「あっははぁ~……巻き込んでごめんねぇ……」
謝罪するエインに、 ウルは空を見上げながら言った。
「まぁ……お陰で退屈しねぇわ……あの街にいた時は本当に死ぬほど退屈だったからよ……」
……ウル……
あの街で出会って、 共に旅をすると決めてから、 はや数ヶ月……
ウルはエインに感謝していた。
故郷を失い、 何百年もさ迷い続け、 生きる為に盗賊として退屈な毎日を送っていた。
思えば、 エインに付いて行こうと思ったのは、 そんな退屈な日々から抜け出したかったからなのかもしれない。
……好きな所へ行って……好きな事をして……仲間と下らねぇ事ではしゃぎまわる……俺は……そんな旅に憧れていたのかもな……だからこいつに付いて行った……
そんな事を思う内に、 ウルは思わず口から零れる。
「言うの遅くなったが……俺を連れ出してくれてありがとな……エイン……」
その言葉にエインはただ微笑んだ。
「あっ、 それはそうと、 お前あの時『根っこに巻き込まれるかも』とか言っておきながら容赦なく転送させたろ! 」
いい雰囲気で終わろうとした時、 ウルはレオウスとの戦いの時のエインの言葉を思い出す。
エインはそれに対し気まずそうに顔を逸らす。
……こいつ……
そんなエインの反応を見たウルは何も言わず彼女の事をペチペチと叩いた。
…………
その頃、 宴を楽しみつつも、 ガルンは今回の件について村人達から詳しい話を聞いた。
どうも彼はレオウスが出現した事に不自然さを感じているそう。
……普通の植物系の魔物ならばまだしも……殆ど目撃情報が無い厄災魔獣が突然井戸の中に現れるなんて……どう考えても人為的としか思えない……
そう考えていた彼は村の村長に話を聞くことにする。
その結果、 ある事実を知る。
話によると数週間前、 村に謎の宗教団が訪問して来たのだという。
そして、 その教団は村に豊作をもたらすという儀式を施していったのだそう。
その際に教団は、 井戸に何種類もの種を撒いていたそうで、 その中にレオウスの種子があったのではないかとの事。
話を聞いたガルンは、 まさかと思いその教団の名前について聞いた。
その教団の名は
「『救済の灯』……と名乗っておりました……」
そう、 以前ベリスタ帝国へ入る直前、 最近話題になっていると言われていたカルト教団『救済の灯』だったのだ。
……まさか救済の灯だとは……もし彼らがレオウスの種を井戸に仕掛けたのだとしたら……あの噂も本当なのかもしれないな……
噂では『火の時代』の復活を目論んでいると言われている救済の灯、 それが本当だとすれば今回の事件を引き起こした理由にも納得がいく。
ただ、 彼らがやったという確証はまだ無い、 もしかしたら知らずに紛れ込んでいた種が偶然発芽してしまっただけなのかもしれない。
色々な考察をしながらも、 話を聞いたガルンは村長に礼を言い、 すぐに仲間の元へ向かった。
…………
一連の話を聞いたカミツグはやはりかといった顔を見せる。
「やはり……あまりに不自然だったんだ……今日まで伝説上の魔物だとばかり思っていた厄災魔獣が、 こんな何ら変哲もない村に突如として現れるなんて……」
「どうする、 師匠とウルにも当然話すが……この先の旅、 危険かもしれないな」
「ウルはともかく……エインは止まるつもりは無いだろうな」
そんな話をしていると、 エインとウルが二人の元に現れた。
早速ガルンは村長から聞いた話を二人に話す。
案の定、 ウルもこの先の旅は危険ではないかと心配する。
だが……
「まぁ大丈夫でしょ♪ もしもの事があっても私達なら何とか出来るよ♪ 」
相変わらず楽観的なエインは心配している様子も無かった。
……救済の灯ねぇ……宗教にもちょ~っと興味あるかも……会ったらお話してみよっかな♪
挙句にはそんなことまで考える始末。
そんな彼女の反応を見た一同は、 呆れ顔をしつつも、 どこか安心しているようだった。
結局、 旅をやめる訳も無く、 四人は引き続き北を目指す事にした。
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翌日、 村人達に深く感謝されつつ、 一行は村を発った。
出発前に村人から北に他の村などが無いかを聞き、 次はベリスタ帝国北東部にあるという鉱山の街、 ユレフェイという所を目指す事にした。
「にしても、 エインは相変わらず行く先々で人助けばかりしてやがるなぁ……村を出発するまで村人の仕事手伝ってたし」
「もはや旅人というより勇者だな……」
エインの数々の行動にウルとカミツグはそんな事を言う。
……まぁ……前々から俺もそう思っていたが……そういう時、 師匠は決まって……
二人の発言を聞いたガルンはエインの方を見る。
すると、 エインは二人の方を振り向き、 微笑みながら言った。
「私はただの旅人だよ♪ 」
それに対し二人は無理があるだろうと言う。
「私はただ興味本位で色んな事に挑戦してるだけ……その中でたまたま誰かの助けになってたってだけだよ♪ 」
……師匠は……本当に人助けが上手い方だ……
聞いていたガルンはそう感じた。
…………
その頃、 とある国にある聖堂にて……
青白く灯るロウソクが照らし、 薄暗い部屋の中、 白装束の集団が玉座に鎮座する謎の人物に跪いている。
その人物の顔は薄暗くてよく見えないモノの、 不敵な笑みを浮かべているのが伺える。
「……分かります……ミドガの気配が消えましたね……まぁ、 あれはまだ若過ぎた上……あんなやり方ではすぐに殺られるとは思っていましたが……にしても、 彼を倒したのは一体何者か……少し興味がありますね……」
そう呟くと、 謎の人物は立ち上がる。
そして、 天井を見上げ、 神話の絵画のような絵が描かれている天窓を眺める。
「……『争い』の予感がします……久しぶりに心が躍りますねぇ……」
薄暗い聖堂の中、 不気味な笑い声が響き渡る。
続く……