第二十七話
前回、 遂にベリスタ帝国の皇帝は正体を現し、 国崩九魔の一人であるミドガがエインの前に立つ。
彼女は世界最恐と呼ばれる魔族を前に、 果たして生き延びれるのか……
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王城に響く金属音……
エインとミドガは戦いの最中だった。
彼女は強く踏み込み、 凄まじい速さでミドガの目の前まで距離を詰める。
そして剣を彼の首に目掛けて振る。
しかし、 その寸前でミドガは剣を握るエインの手に触れようとする。
その瞬間にエインは動きを止め、 咄嗟に距離を取って退いた。
……やはり触れられぬか……この小娘……私の能力を理解しているだけあって厄介だな……
今までは自分の能力を理解した上で挑んでくる敵など会った事が無かったミドガ。
初めての敵に手こずっている様子。
……今まで戦ってきた魔族よりも圧倒的に速い……もっと素早く斬らないと駄目かぁ……でも面倒だなぁ……あまり本気でやり過ぎて仕留めきれなかったら……危険を感じて派手な魔法で抵抗して城全体に被害が出るかもしれないし……
そんな事をしていると、 騒ぎを聞き付けた城の衛兵が玉座の間に入ってくる。
二人を見て何事かと騒ぐ兵士達。
それをエインは
「みんな逃げて! 王様は国崩九魔だったんだよ! 」
珍しく大きな声を上げて兵士達に真実を伝える。
半ば半信半疑であったが、 魔族であるミドガの姿を兵士達は急いで退避命令を出す。
しかし、 逃がすまいとミドガは兵士達の方を向き、 黒い槍のような形の塊を無数に飛ばしてきた。
反応に遅れた兵士達は槍で串刺しになったかと思いきや……
『ッ! 』
兵士達の前に現れ、 一人の青年が刀で槍を弾き守った。
「……カミツグ! ? 」
そう、 彼らの前に現れたのはカミツグだった。
どうやら街の方でも城での騒ぎが見えていたようで、 居ても立っても居られなかった彼はエインの元にやって来たのだ。
兵士達は侵入者と騒ぎ立てるも、 カミツグは
「そんな事を言っている場合ではないだろう! あれを見ろ! あれは国崩九魔の一人、 ミドガだ! 城にいる者は全員避難させろッ! 」
凄い剣幕で兵士達に怒鳴る。
その勢いに押された兵士達はすぐさま立ち上がり、 城の皆を避難させる事にした。
そうして兵士達をその場から退避させると、 カミツグはエインを見つめながら小さく頷き、 その場を立ち去った。
一瞬、 彼は自分が戦いに加わるべきかと考えたが、 それではエインの足を引っ張るだけだと確信したのだ。
仇を討つのは自分でなくてもいい、 今の彼にとって一番大事なのは……両親が残してくれた命を無駄にしない事。
今、 エインは自分の為に怒ってくれている。
そう感じていた彼は静かに笑みを浮かべていた。
……カミツグ……ありがとう……これで気兼ねなく闘えるよ……
エインはカミツグに感謝し、 再び構えを取る。
邪魔が入ったミドガは不機嫌そうな表情をしながら、 彼女の方に向き直る。
「とんだ邪魔が入った……目撃者は生かしておく訳にはいかないというのに……さっさとお前を殺し、 先程の男も殺してやる……その後は城にいる者全員だ……」
それに対してさせまいとエインは身構える。
次の瞬間、 ミドガはいつの間に出したのか、 槍を片手にエインの目の前に瞬間移動してきた。
エインは咄嗟に身を翻し、 ミドガが放ってきた突き攻撃を躱す。
しかし、 その躱した先に彼の手が下から振り上げられてきた。
指先が顎に当たりそうになるも、 間一髪でエインは宙返りで身を反らし、 回避した。
避けられたミドガは小さく舌打ちし、 今度は触れようとした手に剣を出して襲って来た。
その動きはまるで様々な武術を身に付けた戦士の如く洗練されており、 エインは複数の武術家と戦っているような感覚に襲われる。
……一つだけじゃない……色んな武器を使って色んな技を組み合わせてる……この魔族……今まで何人の人の技を盗んできたんだろう……
それらの技は全て、 ミドガがコピーした者が持っていた技術だというのは明白だった。
剣士、 槍使い、 弓使い、 拳法家……ありとあらゆる分野の技がミドガから放たれる。
それだけではない、 先程から使っている武器を出現させる魔法も恐らくコピーしたモノ。
「……凄い数だね……一体何人の人の技を盗んできたの? 」
戦いの最中、 エインはミドガに聞く。
「お前達人間は今まで潰してきた虫けらの数を一々覚えているか? それと同じだ……」
ミドガは嘲笑うように答える。
……こりゃ触られたら一巻の終わりだなぁ……
今の技術の数々に加え、 エイン自身の技までコピーされれば、 恐らく勝ち目はない。
故にエインは下手に攻撃を仕掛けられずにいた。
すると
「……もういい……お遊びは終わりだ……」
ミドガはふとそう言うと、 武器を捨てて指を鳴らした。
その時、 エインの手から剣が消えた。
彼女は驚き、 あたふたしながら自分の身体を探る。
気が付くとエインの剣はミドガの手の中にあった。
『対象の武器を奪う魔法』、 それが今彼が使った魔法だ。
続いてミドガは前に手を翳し、 魔法陣を出現させた。
するとエインは自分の身体の中で何かが縛られたような感覚に襲われる。
……今ギュってされた感じ……もしかして魔力が縛られた?
そう、 魔力を封印されたのだ。
「……ほう、 魔力を封印したというのに立っていられるか……だがもうさっきのようには動けんだろう……」
そう言うとミドガは仕上げだと言い、 地面に手を当て、 蜘蛛の巣のように黒い糸を空間中に張り巡らせた。
エインは何だろうと思い、 その糸を軽くビィンッと弾く。
次の瞬間、 どこからともなく黒い塊でできた槍や剣が彼女に目掛けて飛んできた。
咄嗟に避けるも、 その先にあった糸に足を引っ掛けてしまい、 また武器が飛んでくる。
糸に触れてはいけないと悟ったエインは糸に気を付けながら攻撃を回避した。
「……凄いねぇ……自動で攻撃してくれる魔法なんだね」
「糸に触れれば即反応する物理結界だ……断ち切ろうとしても無駄だ、 その糸は並の武器では絶対に斬る事はできん……」
武器を奪われ、 魔法を封じられ、 行動も制限された。
普通に考えれば詰み状態だ。
しかし、 何を思ったかエインは笑みを浮かべている。
それが気に障ったか、 ミドガは無数の魔法陣を周囲に出現させ、 一点集中でエインにあらゆる魔法で攻撃した。
その威力は城の壁や床を殆ど吹き飛ばす程で、 エインとミドガがいた部屋は外にむき出しになってしまった。
砂煙が舞う中、 ミドガは武器と魔法陣を構えながらエインの様子を伺う。
すると……
「いやぁ~はっはぁ~♪ 意外といっぱい魔法持ってるんだね、 びっくりだよぉ」
頭上からエインの声が聞こえた。
ミドガはまさかといった表情をしながら声のする方を見る。
そこには、 僅かに残ったむき出しの骨組みにぶら下がる彼女の姿があった。
それを見たミドガはすぐさま武器と魔法を飛ばして攻撃する。
それに対し オワッ! というような間抜けな声を上げながらエインは飛び降りた。
落下中もミドガの魔法は追尾してくるも、 彼女はそれを身を捩るようにしてすり抜けていく。
そうしてエインは無事、 何事も無かったかのように地上に降りてきた。
そんな彼女の回避力を見たミドガは冷や汗を垂らす。
……この小娘……一体どんな鍛錬を積んだんだ……私が生きて来た八百年間でこんな人間……勇者以外で見たことが無いぞ……!
自身が今まで奪って来た者達の技術、 魔法が通じないのに不気味さを感じ始めていた。
しかし、 それでも尚、 彼は自身の優位性を疑わなかった。
それは過去に何度も勇者と闘って来た経験から来るものだった。
いくら勇者とは言え、 本質は人間と同じ、 武器も魔力も使えなければ国崩九魔であるミドガにとっては赤子同然なのだ。
……分かる……あの子娘は勇者並みとは言えど……太陽級までとは行かない……現に攻撃を仕掛けてこないのがその証拠……
ミドガがそんな事を考えている中、 エインは空を見上げ、 月に照らされるミドガの結界を眺めていた。
「……思い出すなぁ……パパの言ってた事……」
戦いの最中、 エインは父との記憶を思い出す。
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それはエインがまだ修行を始めたばかりの頃……
森の中で彼女は座禅を組み、 ある訓練を行っていた。
「だいぶ魔力を封じれるようになってきたな……これなら四ヵ月でモノに出来そうだ」
修行する彼女の元に父が現れる。
この時、 エインが行っていたのは魔力を自ら封じるという訓練だった。
ただ、 彼女はこの訓練に対する意味が全く分からなかった。
何故、 体を動かす為に必要なエネルギーでもある魔力を自ら封じ、 逆に不利な状況に自身を追い込むのか……
既に魔力の基礎を父から教わっていた彼女はそんな疑問が絶えなかった。
そしてこの日、 遂に耐えきれなくなったエインはその疑問を父に投げかけると
「……エイン、 もし敵がお前の武器を奪って来たらどうする……」
「え……そりゃ……魔法で闘うよ? 」
「では、 その魔法を封じてきたらどうする……最悪、 魔力そのものを封じてくるかもしれんぞ? 」
その言葉にエインは何も言い返せなかった。
普通、 魔力を封じられた人間とは、 体を動かせなくなってしまうのだ。
奪われる訳ではないため、 死に至る事は無いというが、 敵を前にして体を動かせないという状況は、 もはや死んだも同然である。
ただ……訓練した者は別である。
「この訓練は、 そういった敵にも対処が出来るように備えるものだ……」
「う~ん……意味はだいたい分かったけど……こんなのいつまで続ければいいの? 力が出ないから地味に疲れて嫌なんだけど……」
そう言うエインに父は微笑み、 彼女の頭を優しく撫でる。
エイン……その修行が日常となるまで続けなさい……いずれそれが役立つ時が必ず来る……
最後に父は、 その言葉を彼女に送った……
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「やっぱりパパは凄いや……教えられた事が無駄になった事なんて一度もない……言いつけ守ってて正解だったよ♪ 」
父との思い出が蘇ったエインはしみじみと呟く。
そんな彼女に対してミドガは首を傾げる。
「何を呟いているのか知らんが……もう終わりにしよう」
そして一点に魔力を集め、 強力な魔法攻撃を放つ準備をする。
エインの魔力を封じ、 結界内に閉じ込めた時点で彼は勝利を確信している。
しかし、 そんな中でも彼の中で、 ある違和感を覚えていた。
それは拭い切れない『エインに対する恐怖』だ……
自分は恐れない、 そう思っていても本能的恐怖からは逃れられなかった。
……結界の効果で行動の支配権はこちらの物……魔法も武器も奪った……現にさっきの小娘の動き……明らかにキレが無くなっていたのが何よりの証拠……完全に優位性はこちらに有るはずなのに……何だ……この違和感……
ミドガは準備をしながらそんな事を考えているとエインが口を開く。
「……魔族のおじさん、 戦いにおいて大事なことは何だと思う? 」
それは突拍子もない質問だ。
ミドガは答える必要も無いと無言でいる。
次の瞬間……
『ヒュン……』
と、 穏やかなそよ風が吹く。
それと同時に、 ミドガの視界に映る天と地が逆さになった。
「……は……? 」
理解が追い付かないミドガ。
視界の異変と同時に体の感覚も消え、 魔力の操作も出来なくなる。
地に向かってゆく視界の中、 いつの間にかエインが自身の背後に佇んでいるが見えた。
彼女は剣を使わずミドガの首を刎ねたのだ。
……何故……何故だ……全く見えなかった……さっきよりも……速かった……魔力が封じられているのではないのか……防御魔法もすり抜けただと……? まさか今まで手加減していたのか……? あの身体能力は魔法によるものでもなかったのか……?
薄れゆく意識の中、 ミドガはエインに対する疑問が溢れ出す。
その時、 彼女は振り向きミドガに先の質問の答えを言う。
「どんなに自分が有利な状況に感じたとしても、 相手が自分より弱いなんて思わない事だよ♪ 」
……修行の時、 パパはいつもそう私に言い聞かせてた……
長年、 魔力を自ら封じる訓練という、 普通なら意味の分からない修行をしてきたエイン。
しかし、 父からの言いつけを守り続け、 地道に訓練を重ねる内に、 彼女は魔力を使わない事が日常となるまでに至っていた。
それに伴って、 肉体も魔力が無くとも動けるように適応していたのだ。
魔力が生物を動かすエネルギーの一つとなっているこの世界において、 それが何を意味するのか……
……異端……
エインは気付かぬ内に、 世界の常識から逸脱した生物の域にまで至っていたのだ……
人間よりも魔力の操作に長け、 高等な魔法技術が常識である魔族にとって、 それは『未知なる恐怖』……人間に例えるなら、 彼らから見る『厄災魔獣』と言ってもいい。
……気付くべきだった……魔力を封じた時点で動ける事が異常だと……焦り過ぎた……奴の力を奪う事に……執着し過ぎた……こんな事なら……力を奪おうとせず……さっさと殺すべきだった……
手遅れになって愚かなのは自分だったと気付いたミドガは、 彼女の力を奪おうと思っていた事を後悔した。
「私を殺さずに力を奪う事に集中してて助かったよぉ、 お陰で楽に決着が着けられた♪ 」
魔法が消え、 はらはらと崩れ去って行く黒い糸が降る中、 エインは振り返り、 笑みを浮かべてそう言った。
まるでゲームでもしていたかのような反応を見せるエインにミドガは戦慄する。
その時、 彼の中である種の走馬灯が過った……
八百年以上も昔……この世に生まれ、 私は国崩九魔『ミドガ』の力を継承した……
それと同時に、 先代の記憶も継承した私は理解した……
国崩九魔とは……魔王様が我ら悪魔の子孫に残した最後の希望なのだ、 と……
かつての世界の秩序を乱し、 世界そのものの形を変えてしまったザルビューレを討つ為に……
故に太陽級の勇者が来ようと、 我ら国崩九魔は恐れない……逃げも隠れもしない……
我らは弱者ではない……それを再び世界の支配者となって証明するのだ……
それが私の……国崩九魔としての……
『誇り』なのだ……
それを胸に、 数多の人間を葬って来た私は……もはや太陽級の勇者にも負けぬ……そう思っていた……
だが……どうだろう……
今目の前にいる旅人を名乗る小娘は……私の予想を遥かに上回る強さを有していた……
先代の記憶に在った、 かつての太陽級の勇者達の強さ……よもや見誤る筈もない……私は奴らに勝てる程の強さは既に身に着けていたはずだった……
そんな私に対し、 強さを隠し……我の油断を誘い……よもや被害が拡大せぬ内に一瞬で……
この子娘はもはや人間ではない……ヒトの形をしたバケモノだ……
「……バケ……モノ……め……」
その言葉を最後にミドガは息絶えた。
「失礼な! 私はただの旅人だよぉ! 」
エインは既に息絶えたミドガに向かって頬を膨らませながらそう言った。
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その後、 兵士達から事情聴取を受けたエインは、 一度皇帝殺しの疑いで拘束されるも、 カミツグや他の目撃者の証言のお陰もあり、 すぐに釈放された。
新たな皇帝に関しては、 ベリスタの騎士団長を務めていた者が受け継ぐ事となり、 事態は一時収束した。
翌朝、 宿にて……
エインを起こしに部屋に入って来たウル。
そこで……
「くぁ~~……♪ 」
「……」
エインは、 世界最強の魔族と闘った後とは思えない程間抜けな寝顔をしていた。
……こいつ、 やっぱ何考えてっかさっぱりだな……
寝顔を見たウルは少し笑みを浮かべながらそう思った。
そして彼女を起こし、 再び旅立つ準備をする。
その時、 ガルンはエインに聞く。
「本当によろしかったのですか? 国崩九魔の支配から国を救ったという偉業を、 騎士団長にあげてしまうなんて……」
ミドガを倒したエインは、 魔族の支配政治から国を解放してくれたと騎士団から強く感謝されていた。
そこで後継ぎとなった騎士団長から感謝の勲章と懸賞金を送りたいと申し出がされた。
しかし、 エインは何を思ったのか、 勲章も賞金も受け取る事は無く、 挙句には自身の功績を騎士団長の物として譲り渡してしまったのだ。
彼女曰く、 お金は国民の為に使って欲しいとの事。
また功績にはさほど興味も無いのであげると、 かなり適当な事を言っていた。
ただ、 それでも何か贈り物をしたいと言う騎士団長に、 エインは仕方なく受け取る事にする。
その受け取ったモノは……
「いいの♪ それに報酬はちゃんと貰ったもん♪ 」
そう言って彼女は二冊の本を見せる。
それは高等な錬金術の指南書と、 ベリスタの料理レシピが記された本だった。
そんな物で良かったのかと少し呆れるウル。
……錬金術はあまり触れた事が無かったし……それにお料理は野宿で役に立つからねぇ……後でじっくり読も♪
周りの反応は気にする様子も無く、 欲しかった本が手に入ってウキウキなエイン。
そんな事をしていると、 三人の元にカミツグが訪ねて来た。
「あ、 カミツグ! 昨日は色々とありがとう♪ 」
「構わないさ……それに礼を言うべきは俺の方だ……それよりエイン……折り入って頼みたい事があるんだ……」
「なぁに? 」
カミツグいつになく緊張している様子だった。
……あぁ……この感じ……アレだ……
エインは何かを察する。
そしてしばらく硬直していた彼は決心し、 口を開く。
「……俺を――」
「弟子にしてはやめてよ? 」
カミツグが言い切る前にエインはそう言うと、 彼は絶望した表情を見せる。
エインの強さを見て憧れを抱いていた彼は、 エインの剣術を学びたいと思っていた。
しかし……
……誰かに何かを教えるのは疲れるよぉ……弟子はもうガルンで十分!
何かと師匠という立場に面倒さを感じていたエインは、 これ以上の弟子を受け入れるのは嫌になっていた。
そんな彼女に言う前から断られてしまったカミツグはしょんぼりする。
するとそれを見たエインは微笑みながら言った。
「でも、 一緒に旅をしたいなら私は大歓迎だよ♪ 」
「! ……あぁ、 是非! 」
こうしてカミツグは、 エイン達一行の旅仲間に加わる事となった。
続く……