第二十六話
遂にフィーレイ闘技大会が終わり、 見事優勝したエイン。
カミツグの心も晴れ、 憎悪による暴走は止まった。
しかし、 彼らにはまだ残された問題があった……
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表彰式、 大会で二位から五位までの入賞者が表彰されていく。
観客達が拍手を送る中、 エインはある事が気になっていた。
……あの人が王様かぁ……見たところ変な感じはしないけど……
そう、 カミツグが国崩九魔の一人だと言っていた皇帝の事だ。
彼女は皇帝をじっと観察するも、 特に違和感を感じられない。
そんな事をしていたら、 いよいよエインの表彰だ。
この大会では、 優勝者には皇帝直々に優勝のメダルと賞金が渡される。
エインはそこで皇帝の様子をよく観察する事にした。
そして皇帝はエインの前に立ち、 メダルを首に掛ける。
「……優勝おめでとう……エイン殿」
「……」
すると、 皇帝はエインの前に手を差し出す。
握手を求めているらしい。
それに対しエインは若干警戒しつつも、 手を握ろうとする。
しかし……
「……ッ」
彼女は手を止めた。
……何だろう……何だか分からないけど……
絶対触っちゃダメな気がする……
エインは何か嫌な予感を感じ、 皇帝との握手を止めたのだ。
そんな彼女に皇帝は不思議がる様子を見せる。
それに対しエインは咄嗟に 自分の手は汚れているから と、 あからさまな嘘を付いて握手を拒否した。
「……そうか……まぁ良い」
少し考える様子を見せるも、 皇帝はあっさりと引き下がった。
反応がおかしい、 普通であればこんな事は不敬罪として処されるか、 無理やりにでも皇帝から手を握って来てもいい筈だ。
その瞬間、 エインは確信した。
……この王様……『黒』だ……!
そう思ったと同時にエインは手を剣の柄に置こうとすると
「やめておけ……今ここで抜けば……ここにいる者全員が死ぬ事になる……」
皇帝がエインにだけ聞こえる小さな声でそう囁いてきたのだ。
その声はまるで蛇の威嚇音のように鋭く、 肌を突き刺すような感覚に襲われる。
そんな皇帝の言葉にエインは凍り付く。
彼の言う事にただならぬ説得力があったからだ。
今ここで皇帝を攻撃すれば、 皆が巻き添えになる。
どう足掻いてもそうなると彼女は直感したのだ。
動けぬエインを見るや否や皇帝は不敵な笑みを浮かべ
「そう慌てるな……後にお前を我が城へ招くつもりだ……そこでゆっくりと話そう……」
彼女の耳元でそう囁くと背を向け、 目の前から立ち去った。
その時、 エインは感じた。
皇帝から感じた黒い気配。
同時に、 今まで出会ったどんな敵よりも、 強いと
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大会が閉幕し、 酒場に集まった一同はエインの優勝を祝い、 宴を開催していた。
そこには当然ヒュリデ、 ヘリア、 カミツグもいた。
エインは得意の剣術で果物を空中で同時に斬るという芸を見せたり、 ギャンブルでヒュリデが一人勝ちするなど、 皆それぞれ宴を楽しんだ。
その途中、 エインは少し外の空気を吸うと言ってベランダに出て行った。
一人になった時、 彼女は皇帝と接触した時の事を思い出す。
……あの気配と様子……間違いない……リエルデのあの王様とは全くの別物……明らかに魔族のそれだった……
するとエインは徐に手記帳を取り出す。
ページをパラパラとめくり、 何かを探す。
そしてあるページで手が止まる。
そこには……
「……国崩九魔かぁ……パパからよく聞いてたなぁ……」
国崩九魔の全員の名前とその特徴が書かれていた。
エインはまだ小さかった頃、 父から聞いた怖い話の中に国崩九魔が出てきたのが印象的で、 手記帳に記録していたのだ。
……カミツグが言っていた国崩九魔の一人って……どれの事だろ……
ぼーっとページを眺めながらそんな事を考えていると、 丁度そこにカミツグがベランダに出てきた。
彼もエインと国崩九魔の事について話そうと思って来たらしく、 エインは例のページを彼に見せる。
すると
「……こいつだ……この名だ……」
カミツグはハッとした表情でページを指さす。
その指した名前は……
『ミドガ』
と、 書かれていた。
因みに国崩九魔には、 その力と地位を受け継いだ時点でその魔族は本来の名を捨て、 『火の時代の悪魔』の名を冠した名と象徴する恐怖の暗示が与えられるのだ。
そして第一席から第九席の内に属される事となる。
その中で、 カミツグが自身の故郷を滅ぼしたのは国崩九魔 第一席 支配の恐怖を暗示する者 『ミドガ』という魔族である。
手記によれば、 この名を冠する魔族は古来より支配という行為に執着するとされている。
ある歴史の一節では数百年前、 太陽級の勇者によって討ち倒された先代のミドガは、 一国の王として人間に紛れ、 その民を支配し続けていたというものもある。
また、 伝説では手に触れた者の能力を複製し、 自身の力として取り込む事が出来る力を持つとされている。
言わば一度触れれば、 相手の能力、 魔法、 技術などをコピーしてしまうという事だ。
更に恐ろしい事に、 その力は触れた者の数だけ増えてゆき、 最限無く成長させる事が可能だという。
その記録を見て思い出したエインは納得する。
何故表彰式の際、 自分はあの皇帝の手に触れるのが危険だと感じたのか……
恐らく、 国崩九魔に関する情報を表面上は忘れていても、 その脅威だけは記憶していた彼女の潜在意識が本能的に守ったのだろう。
「あぁ~これかぁ~……ミドガ……剣士にとっては一番厄介な相手だってパパが言ってたなぁ……」
エインは思い出にでも浸るように語る。
するとカミツグはエインが書いた手記帳をパラパラとめくりながら眺める。
「……凄まじい数の記録だな……これ全てお前が? 」
「うん♪ 初めて見たモノはぜーんぶ書いてるよ」
そう言われ、 彼はまた手記の方を眺め、 旅人か……と呟きながら少し微笑んだ。
そんな事がありつつ、 二人はまた酒場の席へ戻った。
そこで、 エインは皆に表彰式の時に感じたモノを話した。
それを聞いた一同は少し半信半疑であった。
ただ、 ガルンは違った。
「……師匠、 俺は信じます……師匠の勘はいつも当たりますから……」
ガルンは今まで彼女と共に旅をして理解した。
彼女は運には恵まれないが、 それを跳ね除けるくらいに勘が当たる。
故に今までの危機を生き延びた。
そんな場面に何度も遭遇する内に、 彼は彼女の勘を心から信じるようになっていた。
「でも……エインちゃんが手を出せなかった相手でしょ? 」
「もし戦うとなると……あなたでも厳しいと思う……」
エインが表彰式の時点で手も足も出せなかった事から皆は心配する。
しかし、 彼女は不敵な笑みを浮かべて言った。
「あの時は皆がいたから危ない事はしなかっただけ……大丈夫、 これは私の勘だけど……」
一対一なら勝てるよ……
その言葉に皆は 勘かよぉ、 と言わんばかりに呆れかえる。
ただ、 皆はその勘に妙な信頼感を感じていた。
大会でのエインの強さを見ていた影響か、 何故か彼らにはエインの負ける姿が想像できなかったのだ。
そしてエインは雰囲気を戻し、 祝いの席なんだから沢山食べようと言った。
すると彼女は自分のジョッキと間違え、 ウルが使っていたジョッキを手に取る。
「おい、 それは俺の――」
彼女は止めようとするも間に合わず、 エインはジョッキの中の物を飲んでしまった。
次の瞬間……
『ガシャンッ! 』
と、 エインはテーブルに頭をぶつけながら倒れてしまった。
何事かと一同は彼女の元に集まる。
見てみるとエインは顔を真っ赤にしながら目が回しているようだった。
酒に酔っている時の症状だ。
彼女が口にしたのはベリスタの民間人がよく飲むという、 ティレンタというブドウに似た果実を使った果実酒だったのだ。
「うそぉ! ? 今の一瞬で! ? 」
「割とガキなんだなぁ……」
「エインの意外な弱点……発見……」
一同はエインのあまりの反応に驚く。
実はエイン、 この人生の中で酒を口にした事は一度も無かったのだ。
いくら戦闘には強いとは言っても、 彼女はまだ十代後半という若さだ。
アルコールに慣れていない彼女の身体に、 大人が飲むような強い酒を飲んでしまえば無理も無い。
思わぬところでエインの弱点を知った一同は、 しばらくして思わず吹き出してしまった。
……何だか安心した……師匠にも弱点があったんだな……
「ほぇ~へぇ~? なんかぐるぐるするぅ~~♪ 」
そんな事もあり、 宴は盛り上がりを見せながら幕を閉じた。
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翌日、 エインは鈍い頭痛に悩まされながらも、 大会を共にした者達を見送っていた。
ヒュリデは別の街へ向かい、 普段通りの暗殺業に勤しむそう。
エインは彼女も一緒に旅をしてみないかと誘ってみたが、 あっさり断られる。
「アタシはただ金で動くだけの薄っぺらい人間だからねぇ、 旅とかそういうのは興味ないわけよ♪ 」
断る理由として、 ヒュリデはそんな浅い理由を述べた。
もしかしたら、 またいつか会えるかもしれない。
その時なら気分が変わってるかも……
そう言い残して、 彼女は霧の中へ消えるように一行の前から立ち去った
ヘリアに関しては、 また新たな強敵を探す旅に出るという。
彼女も同様に旅に誘われていたが、 一人の方が気楽だからと言って断った。
ハーフエルフの寿命はエルフと同様、 とてつもなく長い。
見た目からするに、 ヘリアはウルよりもずっと長く生きてきたのだろう。
数多の時代を又に掛けたであろう彼女にとって、 出会ってきた強敵が自分よりも先に天寿を全うしていくのは日常だった。
仲間という存在が出来たとしても、 それは彼女にとってはほんの一瞬の関係……
そんな事を繰り返す内に彼女は、 一人になる寂しさを味わうくらいなら、 いっそ始めから一人の方が気が楽だと悟った。
でも、 一人は退屈だった……
それは遊び相手を探す子供のような感情。
仲間は要らない……でも、 一人は退屈……
そんな矛盾の中をさまよいながら、 きっとこれからも彼女は探し続けるのだろう。
一人という退屈を、 一瞬でも紛らわせてくれる遊び相手を……
そして二人はエイン一行に別れを告げ、 フィーレイから旅立った。
一方で、 カミツグは国崩九魔の件でエインの事が心配になり、 まだフィーレイから旅立てずにいた。
本人は心配いらないと言うが、 国崩九魔の恐ろしさを身をもって知っているカミツグに心配するなというのは無理な話だ。
しかし、 無情にもその時は来た。
その日の晩、 エインは皇帝の城に呼ばれ、 騎士達に連れて行かれる。
ウルとガルンはもしもの事が起きたら巻き添えになると言われていたため、 大人しく宿で待つことになった。
…………
ベリスタ帝国、 王城にて……
皇帝はエインの訪問を歓迎し、 応接間で話をする事になった。
そこで、 皇帝はエインに鉱山争奪戦争の時の話をする。
「覚えているか……? 」
「そりゃまぁ……っで? 私を捕まえて死刑にでもするの? 」
「……まさか……寧ろ天晴れだったと称賛しているのだよ……勇者以外でお前のような人間は見たことが無い……」
そう言うと、 皇帝はソファーから立ち上がり、 エインの背後に回ってくる。
「……どうだね……リ・エルデなどという腑抜けなんかと組まず……私と組まないか? んん? 」
それは同盟の申し出だった。
しかし、 そんな事をすればエインはリ・エルデを裏切る事になる。
そんな無茶苦茶な要求を受け入れられる訳が無い。
……この人……相当自分の力に自信があるんだなぁ……隙だらけなのに……
皇帝の傲慢さにエインは少し呆れる。
それは国崩九魔のであるが故なのかもしれないが……
ただ、 向こうはまだ正体を明かしていない、 確証も無く下手な事をすれば面倒なことになる。
その事ぐらいは彼女も分かっていた。
すると、 皇帝はゆっくりと手をエインの肩に触れようとしてきた。
次の瞬間、 エインは目にも留まらぬ速さで移動し、 皇帝から距離を取った。
……やっぱり……触られそうになると凄くぞわぞわする……
危険信号を感じたエインは本能で回避したのだ。
それを見た皇帝はやはりと言わんばかりに笑い出す。
「……お前……本能的に気付いているな……」
「もうその変身やめたら? 」
エインがそう言うと、 皇帝は黒い炎に包まれる。
すると、 炎の中から現れたのは一人の男。
貴族のような服を着ており、 白い肌に金色の長髪をしている。
そして何より目が行くのは、 蛇のような赤い瞳。
魔族だ。
エインはそれを見るや構える。
しかし、 魔族の男は余裕の表情を浮かべながら手を後ろに組み、 ゆっくりと歩き出す。
「流石大会優勝者と言ったところだ……かなり勘のいい小娘と見た」
「おじさん、 国崩九魔のミドガだよね……」
それを聞いた彼は少し驚いた表情を見せる。
カミツグの言う通り、 ベリスタ帝国の皇帝は国崩九魔の一人、 ミドガだったのだ。
……私が何者かまで知っているのか……なるほど、 私の手に触れようとしない訳だ……
ミドガは頑なに自分に触れようとしないエインの行動に納得がいった。
そして、 戦う気満々のエインを見て不敵な笑みを浮かべる。
「よかろう、 ここでは何だ……場所を変えよう」
そう言うと次の瞬間、 ミドガはエインの背後に瞬間移動し、 無造作に拳を放った。
エインは咄嗟に剣で防御するも衝撃を抑えられず、 部屋の壁を突き抜けて遠くまで飛ばされてしまった。
……凄い力……ドラゴンさんと同じくらいかな……
玉座の間まで飛ばされたエインは平然とした様子で起き上がり、 ミドガのパワーに感心する。
そしてミドガも玉座の間に入って来た。
……あの小娘……さっきの攻撃でも私に体を触れさせなかった……相当訓練された剣士と見える……欲しい……その力……その技術……その速さ……お前の全てを支配してやりたい……!
そう考えている内に、 ミドガは不気味な笑みを浮かべていた。
そこで、 エインは彼にある質問をした。
「ねぇ、 いくつか聞かせて……どうしておじさんはこの国の王様をやってるの? 」
その質問にミドガは何を聞いているんだといった表情で答える。
「聞くまでも無かろう……支配するためだ……」
そして話を続けながら彼女の元へ歩み寄る。
「そもそもこの世界とは、 我らが祖……魔王様が支配していた世界だ、 それをザルビューレとかいうふざけた竜の所為で均衡が崩れ……劣等種である人間共が世界を横取りしたのだ……元々この世界は我ら魔族が支配すべき世界なのだよ……故に私がたかが国一つ支配したところで何も問題は無かろう……寧ろ謙虚な方だ」
「世界は誰の物でもないよ……世界は皆の物だよ――」
「そんな綺麗ごとばかり抜かすから人間は我らに支配されてきたのだ……あの竜さえいなければ、 今もお前達は恐怖に震えたまま我々に支配されていただろうに……我々は恐れないぞ……いずれあの竜も葬り、 再び支配者としての地位を取り戻す……それが、 魔王様が残した願いなのだ」
ミドガは元々世界を支配していた頃の地位を取り戻す事しか考えていなかった。
支配される者は弱者である……自分は弱者ではない、 故に支配する。
支配こそが強者たる証拠……支配できなければ取り戻す事もできない。
それが彼を支配というものに執着させている所以だろう。
……魔族って……変な所にプライド持ってるよねぇ……それに押し付けがましいというか図々しいというか……他の人の事なんて何も考えてない……ただただ自分善がりって感じ……
エインはミドガの話を聞いて少しイライラしていた。
「……次の質問、 この国の人達は王様が魔族だって事は知らないの?」
「愚問だな……城の者はおろか、 側近である騎士団長すら私の正体に気付いていない……代替わりの際はその辺の人間を使って誤魔化してやったさ……ここまで来れば最早哀れなモノよ、 こんな単純な手を使っているのに何百年と経っても私の正体を欠片も気付かないのだから……だから支配されるのだろうが……」
……じゃあ、 ベリスタの兵士さん達は何も知らずに……
魔族にいいように使われている事も知らずに戦争に駆り出され、 無残に散っていった兵士達。
エインはベリスタとの戦争の時に殺した兵士達の顔を思い出す。
自分は都合のいい言い訳を探していたのかもしれない……あの時殺めた兵士達は、本当は皇帝の正体を知っていながら忠誠を誓い……魔族達と同じ思想を以て敵対していた。
それなら、 彼らを殺しても幾分か罪悪感は減っただろう……と……
……いや……駄目だよね、 自分のした事に目を背けちゃいけない……パパが私に教えてくれた事だ……
ここで皇帝が何者であったとしても、 自分のした行いが変わる訳じゃない。
人を殺めるというのはその者の全てを奪うという事、 また、 その全てを奪う権利など誰にも無い。
どんな理由があれ、 許される行いではない。
そう考えたエインは改めて、 人を殺めたという罪に向き合い、 そんな無垢な人々の命を手駒のように扱うミドガに怒りを覚えた。
「……じゃあ最後に、 ここから東にあった街を襲った理由は? 」
その質問にミドガは少し考える仕草を見せる。
どうも忘れかけているらしい。
そしてしばらくして、 彼は思い出したようにハッとした表情を見せる。
「あぁ……あの目障りな街の事か……邪魔だったから滅ぼした、 強いて言えばそれだけだな……」
そう言うと、 エインの目付きが今まで見たことが無い、 鋭い目付きになった。
「そっか……わかったよ……やっぱり私……」
魔族が嫌いだよ……
そう言って彼女は、 ゆっくりと剣を抜いた……
続く……