表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はただの『旅人』です。  作者: アジフライ
25/30

第二十五話

フィーレイ闘技大会本戦、 第二回戦にてヘリアと立ち合う事となったエイン。

試合開始直後からあり得ない素早さで観衆を驚愕させた二人。

その後も、 試合は更に白熱する事となる。

…………

闘技場に響く金属音、 観客も選手もリング上の戦いに釘付けになっていた。

ヘリアは間合いに入ってきたエインを薙ぎ払いで攻撃する。

それをエインはスライディングで下に潜り込み、 彼女の足元に来るとブレイクダンスのような動きで回し蹴りを放った。

ヘリアは咄嗟に跳ねるように後退し、 蹴りを躱す。

そして着地する直前、 剣先が地面すれすれになりながらも大太刀を縦に回転させ、 下から振り上げた。

エインは空かさず体を捩り、 逆立ちをしながらジャンプして躱し、 バク転をしながら距離を取った。

体勢を立て直すエイン、 すると……


「……ありぇ? ちゃんと避けたと思ったんだけどなぁ」


彼女の前髪の一部毛先がはらりと落ちたのだ。

ヘリアは僅かながらエインに攻撃を当てる事に成功したのだ。

今まで自信満々で相手の攻撃を避けてきたエインもこれには少し驚いた。

……やっぱりあのお姉さん……凄いや……!

背筋がゾクッとしたエインは思わず無邪気な笑みを浮かべる。


「凄いねぇお姉さん……もしかしたら団長さんより強いかも」


そう言うエインにヘリアは反応する。


「団長さん……? 」

「えっと……確かぁ……ばる……ばるぅ……バルキス団長さんだ! 」


その名を聞いたヘリアは一瞬きょとんとした表情を見せ、 微笑んだ。

……リ・エルデの騎士団の団長……バルキス……か……

彼女はバルキスの事を何か知っているようだった。

すると次に彼女はこう告げた。


「私は……あの人には及ばない……あなたは彼女と戦ったのね……でも……その時も……きっと彼女は本気じゃなかった……」


そう言うヘリアの目は、 どこか寂しげであり嬉しそうでもあった。

……あのお姉さん……団長さんと知り合いなのかな……

エインはヘリアの反応を見てそう感じた。

すると、 大太刀を構えたヘリアの雰囲気が一気に変わる。

今までにない程の覇気だった。


「……残念だけど……私はあの人程あなたを楽しませる事は出来ないかもしれない……でも……せめてもの贈り物として……」


私の本気を見せてあげる……


次の瞬間、 彼女から今まで感じられなかったあり得ない量の魔力が溢れ出した。

それと同時に彼女の身体に変化が生じた。

頬や手首、 足にまで謎の黒い線の模様が浮かび上がり、 耳がまるでウルのような長い耳へと変貌した。

その耳を見た者全員は驚愕する。

そう、 ヘリアはエルフだったのだ。

否、 正確には……


「……あれは……ハーフエルフか……! 」


と、 彼女の姿を見たウルは呟いた。


ハーフエルフ、 それはこの世界においてはエルフよりも数が少なく、 世界で最も珍しいとされる種族で、 別名『神の血を持つ者』とも呼ばれている。

人間と交わったエルフの中から、 極稀に生まれるとされているが、 どのようにして生まれてくるのか正確には分かっていない。

見た目に関する特徴としては人間とエルフ、 二つの姿に変わる事が出来るという。

故に彼らは人間社会に紛れ込み、 人身売買などの危険から逃れて生活しているという噂がある。

ただ、 未だにその変身の原理については個体数が少ないせいもあり、 解明が進んでいない為、 その真偽を確かめる事も不可能とされている。

そして、 彼らの最大の特徴……『神の血を持つ者』と呼ばれる所以となっているモノがある。

それは有している魔力の量である。

この世界で高い魔力を持つ種族と言えば、 おとぎ話や神話に記される『火の時代の悪魔』、 その血を継ぐ魔族、 他にはエルフも挙げられる。

人の形をしていない者を含めるなら厄災魔獣か竜種くらいだろう。

ハーフエルフはそれらを含め、 『火の時代の悪魔』に匹敵すると言われる程の魔力量を持つのだ。

すなわち、 生まれながらにして彼らは魔族を超えた力を持つという事だ。

そんな事もあり、 普段エルフや珍しい魔物を売り捌く奴隷商達からは『この世で最も高価であるが、 触れれば火傷をする金の卵』と言われ、 ハーフエルフを商品として扱うには手に余ると認知されているのだそう。


そんな種族が今、 エインの前に立っている。

それを見た彼女は興奮すると思いきや


「……んぇ? もしかしてウルの親戚だったの? 」


何も知らなかった彼女は首を傾げながらそう言った。

……あれエルフだよね……? いやでも、 さっきまでは人間だったし……あれ……えぇ?

現在のエインの頭の中はごちゃごちゃになっていた。

思わぬ反応にヘリアは拍子抜けし、 少し呆れた表情を見せる。


「その……ウルって人は昨日会ったあのエルフの事かな……だとしたらちょっと違うかな……」

「へぇ~違うんだぁ」

「普段は魔力を抑えてるから……解放すると自然とこの姿になるの……」


ヘリアは自分について軽く説明すると、 エインは何となくだが理解する。

……まだちょっと分からない事あるけど……つまり……今のお姉さんは凄く強いって事だ……

それだけ理解したエインは笑みを浮かべ、 この大会で初めてまともに構えた。

すると、 溢れ出る魔力がヘリアの方に収束し始める。

……身体強化だ……しかもあんな魔力量で……一体どんだけ強くなるんだ……! ?

ウルはヘリアが身体強化の魔法を使ったのを瞬時に察した。

圧縮する魔力量に応じてその強度が増すとされる身体強化の魔法。

それを並の大魔法使いを凌駕する程の魔力量を持つヘリアが使えばどうなるか。

見当が付かなかい。

ただ、 これだけは分かる。


彼女は本気だ


そして準備が整った両者は向き合い、 共に低い体勢で構える。

この一瞬で決めるつもりだ。

見ていた観客と選手達は息を飲む。

次の瞬間……


『……ッ! ! ! 』


凄まじい風切り音と共に、 ヘリアはエインを通り過ぎる形で瞬間移動した。

ヘリアのいた場所の地面にはくっきりと踏み込んだ跡が深く残っており、 そこから直線状に地面が軽く抉られていた。

そこから彼女の凄まじいパワーとスピードが伺えた。

一方、 エインに関しては最初の構えの姿勢のまま、 静かにその場で佇んでいるだけだった。

その佇まいから察するに、 先程の風切り音はヘリアのものだったのだろう。

目に見える限りの速さ、 感じられるパワーはヘリアの方が圧倒的。

観客達はヘリアが勝ったと感じた。

しかし、 ガルンだけは違った。

……あの時と同じだ……勇者と立ち合ったあの時と……

すると……


「……! 」

『キンッ……』


ヘリアの大太刀が中央から真っ二つに折れたのだ。

否……斬られた……

お互いすれ違うあの瞬間、 エインはヘリアの大太刀を斬っていたのだ。

彼女本体を狙う余裕があったのにも関わらず。


「……無名……参♪ 」


エインが微笑みながらそう呟くと、 ヘリアは力が抜けるように地面にへたり込んでしまった。

同時に姿も人間に戻った。

そして、 彼女は静かに降参を口にした。


『しょ……勝負ありー! ! ! 勝者エイン選手ぅーー! ! ! 』


そのアナウンスと同時に会場に大喝采が巻き起こる。

…………

試合後、 エインとヘリアは控室にて握手を交わした。


「楽しかった……あんなの……久しぶりだった……」

「私も楽しかったよ♪ 」


まるで遊んだ後の子供のような笑顔を見せる二人。

ヘリアは負けたのにも関わらず、 とても満足しているようだった。


「……次は……カミツグかな……」


思い出したようにヘリアはカミツグの事を口に出す。

そう、 まだ終わっていない。

カミツグを止めなくては民衆の前で皇帝が殺されるか、 失敗してカミツグが殺されるか。

いずれにしろ最悪の事態になってしまう。

……そうだ……あのお兄さんを止めないと……

思い出したエインは神妙な面持ちになる。

そして第二回戦は二試合目、 三試合目と進み、 最終的に残ったのはエイン、 カミツグ、 ヒュリデの三人となった

準決勝……

残った三人の内、 一人がそのまま決勝へ進む一回戦免除の権利が与えられる。

結果、 エインが一回戦免除となりそのまま決勝へ進む事となった。

よって準決勝はカミツグとヒュリデの対決となる。


「ふぅ~ん……実際こうして向き合ってみると、 結構強そうじゃん……」

「……」


飄々とした態度のヒュリデにカミツグは何も言わない。

そしてお互いまともな会話もせずに試合が始まった。

すると……


「あたっ! あいたたたぁ~! 」


と、 ヒュリデが突然声を上げ、 胸を抑えながらその場で跪いてしまった。

審判は何事かと駆け寄り、 彼女の容態を確認する。

すると、 審判は司会席の方に例のバツのポーズを送る。

何と、 試合開始直後にして、 ヒュリデは復活戦の時に負ったという怪我により戦闘不能と判明し、 カミツグの勝利が決定してしまったのだ。

これには観客も動揺を隠せずにいた。

こうして準決勝は何ともあっけない終わり方をしてしまう。

…………

その後、 廊下にて……

先程まで負傷の痛みで動けないと言っていたヒュリデは嘘のように平然と歩いていた。

それを見たカミツグは怒りの表情を浮かべながら彼女を引き留める。


「待てッ! 何故立ち合いを放棄した……怪我だなんて嘘を吐いて! 」


そう言うカミツグにヒュリデは笑みを浮かべながら振り向き


「だぁって、 アンタ絶対アタシより強いもん、 アタシは勝てない勝負はやらない主義なの……それにアンタを止めるのはアタシじゃないし」


相変わらずの様子でそう言った。

カミツグはどういう事だと聞くと彼女は不敵な笑みを浮かべながら言った。


「エインちゃんだよ……アタシはアンタが何をしようが別にどうだっていいタチだし、 どちらかって言うとあの子の方がアンタを止めたがってたみたいだから……」


……それに金さえ貰えれば何言われようが別にいいし~♪

出来るだけ楽に稼ぎたかった彼女は、 賞金を貰える最低順位の三位での入賞が確定した頃合いを見て、 適当な理由を付けて試合を放棄したのだ。

勿論、 エインの事を見ていた影響もあり、 カミツグを止めたかった思いも無きにしも非ずだったが、 彼女は自分の実力ではカミツグには及ばないと判断し、 即諦めたのだった。

……まっ……後は二人におまかせって事で……

そしてヒュリデは早々に観客席の方へ行ってしまった。

フィーレイ闘技大会、 本戦、 決勝戦……

皆がこの時を今か今かと待ち望んでいた。

大会の最後を飾る試合、 エインとカミツグの試合だ。


「……お兄さん」

「何度も言わせるな……止めたくば俺を倒してみろ……それ以外は望めんぞ……」


話し合おうとするエインをカミツグは引き離す。

……やっぱ戦うしかないかぁ……

そう思った時、 エインの中である事が過る。

それはヒュリデとカミツグの試合の時、 ヒュリデが試合放棄した際の彼の反応だ。

その時、 もしかしたら……と、 彼女の中で何かが思いつく。

そして、 試合が開始された。


次の瞬間、 カミツグはエインに目掛けて突進し、 居合切りを放ってきた。

しかし当然の如くエインはそれをあっさりと躱す。

カミツグは目にも留まらぬ速さで斬撃を何度も繰り出すも、 彼女は最小限の動きで躱すばかりで反撃もしない。

……なぁんか……このお兄さんと戦っても面白くないなぁ……動きも速さもさっきのお姉さんよりはあれだけど……そういうのから来るものじゃないなぁ……

戦いの最中、 エインは今までにない程退屈そうな表情をしていた。

確かにカミツグは決勝まで勝ち登るだけあって強い、 いつものエインならば楽しそうな顔をして技を見ていただろう。

ただ、 彼女はなぜか彼の技にイマイチ面白味を感じられなかった。

……何だか……前に着たくもない服を着せられて、 試験を受けていた時の私を見てる気分……

そう、 エインの感じていたモノの正体はそれだった。

本当は身に付けたくて付けた技術ではない、 ただ、 両親や故郷への憎悪に突き動かされ、 踏み込みたくもない危険な道を歩んできた。

彼の心境はそんなところだったのだろう。

……この技は……自分を守るためのモノじゃない……魔族……たった一人の魔族を殺すがための……そっか……お兄さんは……この技に、 憎悪に人生を捧げてきたんだ……


そんなの……勿体なさ過ぎるよ……


そう思った時、 エインは動きを止めた。

カミツグはそんな彼女の様子に気付き、 寸手のところで刀を止める。


「……やーめた、 降参するよ」


それは突然の降伏宣言だった。

エインは戦いを放棄したのだ。

会場は当然ざわめき、 突然の状況に困惑を隠せずにいる。

そんな中、 司会はカミツグの勝利を宣言しようとする。

しかし


「待てッ! ! ! ! まだ終わっていない! ! 」


と、 カミツグは怒鳴り、 司会を黙らせた。

そしてこの時、 彼は初めてまともにエインと話を始めた。


「何故だ……何故なんだ! 」


当然カミツグは取り乱し、 怒りを露わにする。


「お兄さんの覚悟が私の好奇心を上回っただけだよ……私はもう飽きちゃったもん」

「認めない……認めんぞッ! 今の降参を取り消せ! 俺と闘え! 」


彼にとって、 この大会はただの富や名声を目的に参加したわけじゃない。

失った故郷と両親の無念を晴らす為に、 優勝者に与えられるという皇帝との接触の機会を得て、 皇帝に化けているだろう国崩九魔を討つ為だ。

ただ……それと同時に、 彼は恐怖から自分を奮い立たせたかったのだ。

相手は恐らく、 この大会に出場するどの選手よりも強大で恐ろしい魔族。

並大抵の自信や憎しみなんかでは、 きっと自分は奴の前に立った時……恐怖で動けなくなってしまう。

そんな事では……両親の無念を晴らすなんて到底無理だ。

この大会の優勝者に与えられるという、 最強の称号……もし、 それを自分の力で勝ち取ることが出来れば、 幾らかマシなのかもしれない。

心の片隅では、 彼はそう思っていたのだ。


そう……彼だって怖かったのだ。

……頼む……どうせ俺を止めるなら……どうか……お前自身の力で止めてくれ……でないと、 俺の中で諦めを付ける事も、 覚悟も決める事ができないんだ……

そんな思いで再戦を申し込むカミツグに、 エインは微笑みながら彼の側に歩み寄る。


「お兄……いや、 カミツグ……もうやめよ? つまらないよ……こんなの……」


そんなエインの呼びかけにカミツグは彼女と目を合わせる。

彼を見るエインの眼は、 今までになく優しい目をしていた。

それはまるで、 彼の心を理解する母親のような雰囲気だった。


「パパやママを殺された人の思いは……確かに私にはよく分からない……でもね、 これだけは分かる……カミツグのパパとママは、 君に生きてて欲しかったんだよ……だから君だけでも、 遠くの方へ逃がしてくれたんじゃないかな? 」


その言葉にカミツグは父と母の記憶が蘇る。


あの日は……雨だった……

俺はいつも通り、 父と母と一緒に市場へ買い物をしに出掛けていた。

それは……突然の事だった……

奴が……魔族達が街を襲撃し……家も人も焼いていった……

無力だった俺は、 泣きながら父と母に手を引かれ、 逃げ惑った……

だが……現実は虚しく……俺達家族も奴らに捕まってしまった……

幼くして死の絶望を知った俺は……ただ泣き叫ぶ事しか出来なかった……

その時だ……

父は魔法で火を起こし、 奴らの眼を眩ませ……母が最期の力を振り絞り、 俺を転移の魔法で遠くへ飛ばした……

そこでカミツグは思い出す。

父と母が視界から消えるその刹那、 最後に聞こえた声を……


『生きて……カミツグ……』


それを思い出したカミツグは、 涙を溢した。

……父さん……母さん……

そしてエインは彼の頬に手を添え、 涙を拭う。


「せっかくパパとママから貰った人生なんだよ……もっと楽しまないと勿体ないよ」


彼女がそう言うと、 彼は力が抜けるように刀を手から離した。


「……俺の負けだ……」


そう言うカミツグの表情は、 今までとは打って変わって穏やかになっていた。

……父と母は仇を討つ事なんて望んでいなかった……ただ……俺を最後まで愛し……ただ……俺が健やかに生きる事だけを望んでいたんだ……


もう、 憎しみで闘うのはやめよう


……両親が与えてくれた命を……誰かの為に使おう……それが、 今の自分に出来る親孝行だ……

目の前にいる『ただの旅人』がそう気付かせてくれた。


するとアナウンスが入る。


『決着ぅーー! ! カミツグ選手の試合放棄により、 エイン選手の勝利ぃー! 』


そして会場に喝采が巻き起こる。

エインの優勝だ。

……あれ……降参させるつもりは無かったんだけど……まぁいっか!

不本意な勝利を手にしたエインはきょとんとした表情を見せた。

その時、 カミツグがエインに聞く。


「なぁエイン、 何故分かったんだ? 降参を選べば俺が止まると……」

「え……う~ん……なんとなく♪ そう言えばちゃんとお話しができるかなぁって思ったから……」

「フッ……なんだそれ……」


エインの適当な返答にカミツグは呆れながらも、 初めて笑顔を見せた。

こうしてフィーレイ闘技大会は幕を下ろした。

続く……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ